02.少女の名前は
何が起こったんだろう……? あたしは、目の前で起こったことが信じられなかった。
だって……。友達が、家族同然の友達が、使い魔召喚儀式でクラスメイトに召喚されたんだよ……?
「さ、さっきまで隣にいたのに…!」
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「……んー? ……ん?」
目の前でスゥスゥ寝ていた同じ規定服を着ている少女―――――改めましてクラスメイトは、先ほどの少女の声に反応したのか、目を開けた。だが。
開けたはいいものの、目の前に俺の顔があって何がなんだかよくわかっていないらしい。
おそらく「んー?」は目を覚ました時に呻いた声であり、「ん?」というのが俺の顔を見て混乱している声だろう。
俺が何か言った方がいいのだろうか。えっと、名前、なんだったけ? あれ、俺、この子の名前知らないんだが。
「フラット、起きたか?」
「……あ、はい」
そう考えていたら先生がその子に声をかけた。いつのまにか俺の近くまで来てたらしい。
ああ、このクラスメイトはフラットというのか。知らなかった。フラット。その名前を頭の中で反芻する。召喚したクラスメイトの名前は、フラット。
「フラット。お前、今自分に何が起こったか、わかるか?」
「……す、すいません。よくわからないんですけど……」
先生があやすように話しかける。フラットは困惑した顔で答えた。なんせみんなが自分を見ているのだから、困惑するのも当たり前か。表情にでているから、多分しっかり目が覚めたのだろう。
……あと、今気付いたことだが、フラットの声は特徴的だ。そこらへんにいる女子より少し低いのは何でもないのだが、なんというか、カラスの鳴き声みたいな声をしている。弦がピンと張られているときにそれを弾いたような声だ。
「お前、今、カイルに使い魔召喚儀式で召喚されたんだ」
「……へー。……へー、へー、へー。……はぁっ!?」
先生が今起きたこと、いや、起きてしまったことを言うとフラットは目を白黒させて大声を張り上げた。にしては声がデカすぎないか。少し耳が痛い。
「えっえっえっどーゆーことですか!? 召喚されたってえっ!?」
「落ち着けって。あとでまた詳しく話す」
フラットの困惑っぷりに少し苦笑しながら宥めた先生は、この丘にいる生徒をぐるりと一周しながら見ると、神妙な面持ちで言った。
「いいか。このことについては緘口令を敷く。第一級緘口令、をだ」
クラスメイト達の方からハッと息を飲む音が複数聞こえた。
第一級、緘口令。その事柄について話してはいけないどころか、緘口令が敷かれていることさえ言ってはいけない、というもの。
俺がフラットを召喚したことは、それほどのことなのか。
「ああ、勘違いするなよ? これはあくまで学園長にこのことを相談して今後の方針を決定までの話だ。騒ぎ立てるなってことだ」
なーんだ、びっくりしたぁ、などという声が聞こえる。俺もほっとしたよ。
「で、それまではカイルとフラットのことを話すわけにもいかないけど、二人の使い魔がいないのもおかしいだろ?そもそもフラットは召喚してないんだけどな」
そういえば、フラットは自分の次、つまりクラスで最後に使い魔召喚儀式をするはずだった。
「だから、カイルについては『体調不良で欠席していた』、フラットについては『浮かれすぎて寮の階段を踏み外して落ちて療養室で休んでいた』とでも言っとけ」
「先生、オレの扱い酷くないですか」
「フラットが体調不良で休むとか信じられないし、この理由はお前に最適だろ?」
「あー……まぁ、確かに」
先生とフラットのやり取りに、クラスメイトから笑いがこぼれる。
そういえば、フラットの一人称は『オレ』だったな。この一人称はフラットの特徴の一つだ。
「あ、先生」
フラットが、何かを思い出したかのように声をあげる。
「大体何が起こったかはわかったんですけど、オレ、使い魔召喚しなくてもいいんですか?」
「ああ、何が起こるかわからないからな。とりあえず儀式はナシだ」
「了解でーす」
確かに、魔法使いに召喚された魔法使いが何か召喚したら何が出てくるかわからない。
「じゃあオレは学園長に話をしてくるからみんなは寮に戻ってくれ。じゃあ、今日はこれで解散だ」
早口に言い去ると、先生は大股で丘を降りて行った。
クラスメイトの集まりの中から、1人の少女がこちらに駆け寄ってきた。多分、フラットの友達だろう。さて、俺も寮に戻るか、と思いフラットに背を向けると声をかけられた。
「あ、アンダールイス」
「ん? なんだ?」
「あー……えっと、とりあえず、よろしくー! んじゃ!」
それだけ言うと、フラットは駆け寄ってきた少女と何かを話し始める。
しっかし……。名字を呼び捨てか。珍しい奴もいるもんだなと心の片隅で思いつつ、どうよろしくすればいいのかよくわからないなと悪態を吐いて、カイルは一人寮に向かって歩き出した。
フラットっていうんだ。フラットは庶民です。カイルは貴族です。だから初対面で呼び捨ては珍しいのです。
カイル君も仲良くしようと努力しないか!
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