19.粘って相棒の魔法の才能は
まだ希望はある。先生の言葉を聞いてそう思った。
「今年は優秀だな……。初めての授業で成功するなんてそうそういないんだ。先生が学生だったときも最初はフラットのように何にもできなかったんだ。だから成功しなかった人も落ち込む必要はない。けど、フラットはもう少し落ち込もうな」
クラスの中で誰よりもうまく変色魔法が使えなかったフラット。本人は落ち込む様子もなく、へらへら笑っており、魔法が使えないことを誇っているような……?
そんなフラットに先生は呆れながら言った。ある程度は変色魔法を成功させたナルニーナと言う人とエジーマという人は少なからず落ち込んでいる。
「あー、でも確かに勉強も体力も魔法もコレだと困りますよねー。国に恩が返せないっていうね」
あはは、と困ったように言うものの、顔はへらへらしたままだ。
そうだ。フラットは孤児院出であり、現在孤児院は王立――王族がいないため国立ともいう――である。だからこの魔法学園を卒業した後は役所で公務員として国のために働くことになっている。十四年前に孤児院が王立となってから孤児たちの生活は昔とは比べられないほど豊かになった。その恩を返すために魔法学園で一生懸命勉学に励み、公務員として国のために働く孤児がほとんどだ。
しかし普段のフラットのやる気のなさからすると、そういう心意気は感じられない。恩を返す気あるのか……?
そして気付く。フラットは俺の使い魔だ。使い魔と言うのは常に主人と一緒にいるものであり……、この学園を卒業したらどうなるんだ? 厄介なことになってきた。考えるのはやめるか。明日からはあの気味の悪い自慢大会もあるし、父上とも会うことになるだろう。文書だと届くのは遅くなるしその時に相談するとして……。しまった、フラットにこのことを言うのを忘れていたな。
「頑張れよ。じゃあ残りの時間は各々この魔法を自習してくれ。カイルやキャム、ダシタムは出来ていたが、今度は念じる時間を少なくするんだ」
「先生はどちらに行かれるんですか?」
「あ、いや、俺はここにいるぞ。何か質問があったら呼んでくれ」
エジーマという人の質問に答えると先生は教壇の机に用意されていた椅子に座りこんだ。
教室にいるみんなが念じ始めている。
明日の事についてフラットに話そうかと思ったが、前髪の隙間から見えるフラットの目はを閉じて集中している。テレパシーで話しかける雰囲気でもないし後でいいか。
……いや、寝てる? こいつ寝てないか?
そう思っていると口がゆっくりと開いた。なんだ、起きてるのかと思ったのだが。
……顔が間抜けすぎる。やはり寝てるか。
しかも涎が……。
ヒュッと音を立てて涎が口の中に戻る。それとともにフラットの首がガバッと立てられた。やっと起きたか。
フラットに気を取られていてすっかり練習をするのを忘れていた。俺も騎士として、常に上を目指す姿勢で変色魔法を少しでも上手にしなければ。
「よーし、今日はコレで終わりだ。寮に帰ったらコツを思い出すようにして復習するように。以上!」
三時間に及ぶ魔法の授業を占めると、そそくさと先生は出て行ってしまった。
昼食の時間か、と思いながら腰を上げる。
朝食や夕食のように自由なときに来て良いとは違い、昼食を食べる時間は三科と四科の間であるため生徒が同じ時間に食堂に集まってしまう。だがいくら大きな食堂とはいえ学園の生徒全員を収容は出来ない。そのため生徒は食堂に立ち寄って食事を貰った後、自らの寮で食べることになっているのだ。
「お昼だー。あーたるかったー」
隣で机の上にグダーっとなっているフラットは最後まで変色魔法が使えなかった。ナルニーナという人もエジーマという人も上達していたのに、なんだかな……。
フラットはその隣で立ちあがったキャムにつられるようにしてすくっと立ち上がると、一方的に腕を絡めた。背中を丸めて少しキャムに体重をかけているようだが、キャムの方は気にした様子もない。まぁフラットは灰組でもよく色んな女子生徒に腕を絡めてるよな……。
フラットとキャムは自然な足取りでダシタムという人に近づくと話しかけた。机の上にいたルーは跳び降りてキャムの後ろを歩いている。
「いこー!」
「ん」
立ちあがって自分の使い魔が入った木箱を入れているバンダナを持つダシタムという人。
自分から誘ったにも関わらずキャムと彼女に無言で、指をまっすぐ上に伸ばして指と指の隙間をあけずにして、停止するよう求めるポーズをするフラット。
念入りに数回前後にその手を動かすと、先程から下を向いたまま座っているナルニーナという人の元へと足を勧めた。
それはいいんだが進み方がとても怪しい。手をぶらぶらと動かして変な重心移動をしている。
ナルニーナという人の席の前で止まるって口をパクパクさせる。手も宙を動いていて何がしたいのやら。
ナルニーナという人もフラットがいることで席を立てなくなっている。
「あ、えあ、い、一緒に。お、昼、食べない?」
「あ、い、いいんですか!?」
「う、うん、いいよ! むしろ大歓迎!」
フラットは両手をあげて歓迎していることを体で表すと、キャム達の元へ後走りをしながらナルニーナという人に手招きした。
「あ」
ドンッ。
「った! ゔっ、ぎぃぃぃぃー、い。ふぅ」
「だ、大丈夫ですか!?」
後走りをしていたフラットはまったく後を確認しなかった。そして中央列の最前列の机の角に左太腿をぶつける。キャムはそれを回避させようと声をかけようとしていたが間に合わなかった。
太腿を抱えて蹲り、少し呻くとまた立ちあがって何事もなかったかのようにナルニーナと言う人を手招きした。今度は身体を前に向けている。
「だいじょーぶだいじょーぶ! ほら行こ!」
「あ、はい!」
そうして四人の女子生徒は教室から出て行ってしまった。
つまり。教室に残っているのは、俺と、エジーマと言う人。
二人で無言で見つめ合う。……き、気まずい。
昼食やっと出せたー!
多分この後も四人で食べるんでしょうなー
感想、評価、アドバイスなど頂けたら幸いです。