14.男子のような少女の使い魔は
ガラッと音を立ててあけられたドア。いつもの教室とは違い教壇は左手側にある。右手側には木でできた二人掛けの机と椅子が三列に置いてある。生徒の数は少なく三人しかいないようだ。俺とフラット……、いや俺しか入らないか。俺を入れても四人、後から来るキャムを入れても五人だ。人がまだ来てないのか、はたまたこれだけなのか。先生はまだ来ていないらしい。
フラットは教室の中に入るのを渋っていたが、バラバラに座っている生徒達の中で知り合いを見つけたのか小走りで走っていった。
最前列の、ここからだと奥にある右列の席。フラットが向かう先に視線を合わせるとそこには一人の男子生徒がいた右肘を付いて顎を支えていた。フラットが自分のほうに走ってくるのを目だけで見ると「やぁ」と表情を少しも変えず、男子にしては少々高い声で挨拶した。
……いや、違う。女子生徒だった。スカートを履いている。
フラットの後ろに続いてその生徒に近付く。その顔には見覚えがあった。すごく凛々しい顔をしていて女子に人気がある男子生徒のような顔。髪の毛を伸ばしておらず、そのことが余計に男子だと錯覚させる。自分のクラスの人ではないが、朝食の際にたまたま見かけたとき、スカートを履いていてとても驚いた記憶がある。貴族ならば髪を伸ばすし、印象に残ったので夕食などの際にもみかけ庶民服を着ていたので孤児院出だろう。
庶民服を着ているときはスカートを履かないらしく、常にズボンを履いているので男子にしか見えなかった。
夏場は首にタオルを巻き、冬には必ずマフラーを巻いていた。ちなみに今は青月なのでマフラーを巻いている。女子にしては声が低すぎないかとも思うが、自らの領地でもそういう領民をみたことがある。
灰色のバンダナは手首に巻いてあった。使い魔の姿は見えない。小さいのか?
フラットも同じことを思ったらしく、机の前まで歩き手を付けて身を乗り出すと質問した。
「やぁやぁダッシーよ。お主同じクラスか。ところで何召喚したー?」
「……ああ、これ」
このダッシーと呼ばれた生徒は寡黙な雰囲気を出している。これは……俺達男子よりカッコいいな……。貴族であればかなりの女子生徒の家といい関係を結べそうだ。
静かにそういうとコトッと音を立てて左脇に置いてあったものを机に置いた。灰色のバンダナで風呂敷代わりに使い魔を包んでいるらしい。
「んー? これ何? 袋開けていいの?」
「いいよ」
上半身を色々動かしてバンダナの隙間から中を覗いていたフラットが尋ねる。中身を知りたくてたまらないというようにウズウズしている感じを声に孕ませていた。
一方ダッシーという人は先程と同じように目だけでフラットを見て灰色のバンダナに包まれているものに視線をズラすと短く了承の言葉を発した。
許可をもらったフラットは嬉々としながら結び目をほどき始め、俺はそれを見ながらなんとなく顔をあげて教室を見回した。
その途端一人の女子生徒と目が合い、慌てて顔をそらされる。本人も恐らく驚いたのだろうが……、顔をそらされるというのはやはり少し空しいものである。
周りを見ても喋ってるはいない。喋っていたときからわかっていたが、教室には俺とフラットとダッシーという人の声だけが響いていた。つまり会話はみんなに丸聞こえ、というわけだ。
会話に混ざりたいと思ったのか、すこし興味を惹かれたのか。そういう理由で見ていたのだろう。
左から視線を感じダッシーという人の二つ後ろに座っている人物を見るが、目を合わせる前に顔をそらされてしまう。なんだったんだ?
まぁいいか、と思いつつフラットの手元に注意を向き直す。
灰色のバンダナの中にあったのは茶色の木箱だった。
……え? これが、使い魔? まさか……?
「……えー、と、木箱が使い魔なんてバカなことはありませぬよー、な? 中?」
フラットが俺の思ったことと同じことを尋ねる。机に置くときに硬い音がしたのは木箱だったからか……と考えつつ、色々な方向から視線を感じたので顔を上げると教室にいる他の二人の視線がこちらを向いていた。正しくは木箱に、というべきか。
やはり聞き耳を立てていたようだ。目が合った女子生徒の使い魔だと思われる鼠や顔をそらした男子生徒の使い魔だと思われる猫もこちらを見ていた。
「うん、中」
教室に入った時から変わらぬ体勢のまま答えるダッシー、という人。相変わらず目だけでしか木箱を見ていない。
「開けて、い?」
「うん」
フラットがゆっくりと灰色のバンダナの上に置かれた木箱に手を伸ばす。左にちらっと視線を向ければ二人と二匹が食い入るようにこちらを見つめていた。
正方形の木箱の蓋の対辺を両手で挟み、ゆっくりと持ち上げる。そこにいたのは黒い――――
「キ、キャアアアアアアアアアアアアアア!」
女子生徒が立ち上がって悲鳴をあげ、それに驚いてみんながそちらに視線を向けるが、すぐに木箱に目を向ける。ダッシーという人は横目で見て迷惑そうにしていた。
だが……女子生徒が悲鳴を上げるのがわからないわけではない。むしろとてもよくわかる。
なぜなら――――箱に入っていたのは黒い大きなゴキブリだったのだ。
ゴキブリ。それは厨房に出没し、名を口にすることさえ憚られる黒く光る虫。学園では管理が徹底しているようなので見たことがないが……こんなところで見るとは。箱の周りには綿が詰めており、その真中にゴキブリはいた。叫び声に動じた様子もなく、ただじっとしている。
フラットはそれを見て叫ぶことはなく、三、四回目をパチクリさせると口を開いた。
「あー、それはー、もしー、や?」
悲鳴を上げた女子生徒をチラチラ見ながらダッシーという人に訊く。名前を出さないようにして配慮しているつもりらしい。
外から先生などが急いで入ってくる様子がないので今の叫び声は隣の教室には届かなかったのだろうか、と疑問に思うが自分で答えを見つける。
魔法実技教室は学習教室と違い、魔法の暴発などに耐えるため色々な魔法がかけられていると授業で習った記憶がある。
「うん」
ダッシーという人が口を開く。彼女はチラっと先程叫び声をあげた女子生徒を見てから言った。
「ゴキブリ」
教室にまた叫び声が響いたのは言うまでもないことだ。
ゴキブリ。不快にさせてしまった方には申し訳ありません。
カイルは正式に?知り合うまで名前を呼び捨てとかにはしませんのです。
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