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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十九章 荒ぶる神 参

 少女の唇から転がり出てきたその名に、皆が反応した。


「あの方が……」


 早智乃が呟く。

 彼女を含め、他の仲間達にも緊張が走る。皆で目を凝らし、そちらを眺めた。


「あーもう! ここで見ててもわからないわ。下に行って、確めてみましょ!」


 いてもたってもいられなくなった幼夢が、境内(けいだい)を飛び出してゆく。

 雪姫達も慌てて彼女を追いかけ、霜で滑らないよう気を配りながら急いで石段を下った。


「いったい何が起きているんですか!」


 一足先に道へ降りた幼夢が、さっそく近くにいた村人を捕まえ、尋ねた。村人は突然話しかけられて一瞬たじろいだが、すぐに状況を話してくれた。


「あ、ああ……それが、一葉様が災厄を打ち消すためにここを祭壇にして、儀式を行うと(おお)せになられて……」


(儀式? それに、災厄を打ち消すって、まさか……)


 仲間と共に追いついた雪姫が、それを聞いてひやりとする。先ほどから嫌な予感がしていたのである。一葉が巫女達を引き連れていたので、雪姫の脳裏には昨日聞かされた彼女の計画がちらついていた。その予感が、当たってしまったかもしれない。

 心臓が、どくどくと嫌な音を立てはじめる。


「なんでも、巫女達の霊力を一つに合わせて、それをさらに呪物で増幅させるのだとか」


「そんな!」と幼夢が焦りの声をあげた。


「む、無理よ! どんな手を使ったって、人間の力じゃ敵わないわ。だって、相手は……」

「──くだらんな」


 一言。女性の声により、背後からばっさりと冷たく切り捨てられる。

 雪姫達が驚いて振り返ると、(おごそ)かな空気を(まと)った人物が、霜を踏みしめながら悠然とこちらへ近付いてくるところであった。

 男装の女性である。


 一歩、一歩と、足を進めるその動作には、相変わらず隙がなかった。場の空気が、あっという間に張り詰めたものに変わる。


 緩やかに波打つ、癖のある髪。後ろ髪は短く切っており、前髪は右側から大きく流して分けている。

 その髪の隙間から覗く、揺るぎない眼光を(たた)えた鋭い目が、まっすぐにこちらを見ていた。


「一葉様……」


 消え入りそうな声で、雪姫が呟く。


 村人は、一葉の目的が雪姫達であるのを察して「わ、私はこれで……」と、ひどく怖じけた様子でこそこそと立ち去った。


 一葉の足が、雪姫の前で止まる。

 反射的に身を強ばらせた少女の前に、疾風がすかさず片足を割り込ませた。

 何かあればすぐに対処できるようにと警戒する少年に対し、一葉は、ちらりと胡乱(うろん)な目付きを向けただけであった。取るに足りない、些末(さまつ)なことであると切り捨てて、自身の言葉を紡ぎ出す。


「お前達も、“どこぞの村娘”のように白き闇の原因が氷之神とでも申すか? そのような狂言、誰が信じる?」


 うっすらと目を細めて侮蔑(ぶべつ)の視線を投げてよこす。


「お初にお目にかかる。私の名は一葉。霜白の次期帝候補の一人だ」


 ところが、名乗っておきながらこちらの発言は求めていないようで、「言っておくが」と、いきなり厳しい口調で釘を刺してきた。


「邪魔は許さぬぞ。少しでも怪しい動きをしようものなら、容赦せぬ。多勢に無勢であることを、よく覚えておくんだな」


 最後、ふっと鼻で笑い、羽織を翻して去ってゆく。


 後ろ姿が少しずつ遠くなり、やがて十分な距離が取れたところで、幼夢が詰まっていた息を吐き出した。


「っ、はぁぁぁ……な、何ていうか……おっかない人だったわねぇ。どうやら本当に儀式を()り行うみたいだけど、大丈夫なのかしら?」


「たしかに」と、早智乃がそれに反応した。


「何も起こらなければよいのですけれど……もし、氷之神様の怒りに触れたりしたら、大変なことになるのではありません?」


「その可能性はあるな」


 声の主は大巫女であった。皆で振り返ると、あちらはちょうど最後の石段から降りたところであった。


「大巫女様」と、雪姫が声を漏らす。


 どうやら一連の話を聞いていたらしい。大巫女がこちらに近付き、険しい表情で告げる。


「もしも氷之神の暴走に拍車がかかったりすれば、大寒気が訪れるよりも先に霜白は冷気で閉ざされ、滅びてしまうやもしれぬ」


「そんな……」


 事態の深刻さに、雪姫も仲間と共に息を呑んだ。

 辺りが重々しい空気に包まれる。


「そうよ、だったら!」


 何か思い付いたらしく、幼夢が勢いよく顔を上げる。さっそく大巫女に対して身を乗り出し、願い出た。


「大巫女様、私達に鎮めの舞を教えてください!」


「お前達に……だと?」


 話が見えず、大巫女が眉に皺を寄せた。

 早智乃も困惑しながら説明を求める。


「ど、どういうことです、幼夢?」


「つまりね、霜白には戻らないで、私達でこのまま氷之神様を鎮めに行くの。一葉様の儀式がどう転ぶかわからない以上、早目に動いておくに越したことはないわ。氷室様への連絡はこれから避難する村の人に託して、私達は先にできることをしましょ? 例え力不足で氷之神様を鎮められないにしても、氷室様達の準備が整うまでの時間稼ぎくらいにはなれるかもしれないし。挑戦する価値はあると思う」


 言って、幼夢は自身の胸に手を当てる。


「幸い、あたしには舞の心得がある。佳月は笛が吹ける。祝詞(のりと)は、粋が読み上げに適してるんじゃないかしら?」


 皆を見回し、「どう?」と尋ねる。


「ふむ、なるほど。役者は揃っている、という訳か」


 大巫女が顎に手を当て、考える仕草で言う。

 ところが、


「……ちょっと。お待ちない、幼夢」


 それを遮るようにして早智乃が幼夢の前に立ちはだかった。両手を腰に当て、不満そうに目を吊り上げている。


「あなた、大事なことをお忘れではありません? 舞の心得があるのは、わたくしだって同じです。あなただけに、いい格好はさせませんっ!」


 最後、声を荒げて宣言し、鼻先に人差し指を突き付ける。幼夢は「へ?」と、一瞬きょとんとしたが、すぐに相好(そうごう)を崩した。

 要するに、彼女は協力を買って出てくれているのである。


「えへへ。うん! そうだよね。早智乃も一緒に舞ってくれるなら、心強いかも!」


「ははっ! それじゃあ決まりだな!」


 皆の表情から意見を汲んでいた佳月が、明るい声で取りまとめた。

 打つ手が見つかり、雪姫達の士気も高まる。さっそく、疾風が具体的な話を進めるために口を切った。


「そうなると、何か作戦を立てる必要が出てくるね。一葉様には釘を刺されたばかりだし、気付かれないよう上手くやらないと」


「危険ではあるが、方法ならあるぞ。一葉様に気付かれず、お前達の力不足までも補なうことができる方法がな」


 え、と皆が大巫女の話に食い付いた。


修験古道(しゅげんこどう)を登り、氷之神の間近まで行くのだ。そこで鎮めの祝詞と舞を奉納する」


「ああ……! なるほど、たしかに! それなら氷之神様へ直に力が伝わりますし、村から距離もあるので一葉様にも気付かれずに済みます!」


「うんうん! 一石二鳥ね!」


 粋と幼夢が、興奮気味に言う。


「だが……本当にいいのか? 白き闇のせいで、道はかなり険しいものになっておるぞ」


「はい、もちろんです。覚悟はできています」


 迷いのない声で雪姫が答えると、大巫女が頷いてみせる。


「いいだろう。ならば望みどおり、振りと曲を教えよう」


「ありがとうございます!」


「では、僕が氷室様への(ふみ)を書いておきますね」


 そう言って、粋が懐から紙と矢立(やたて)(※)を取り出した。(※携帯用の筆記用具。筆と墨壺がセットになったもの)

 疾風も、大巫女に手伝えることはないか尋ねる。


「大巫女様、僕達に何かお手伝いできることは?」


「お前達は祭壇から、鎮めの祝詞が記されている巻物を探し出しておいてくれ。あと、舞に使う鈴も頼む」


「わかりました。雪姫、行こう」


「ええ」


 雪姫も頷き、疾風に続いて境内に向かった。

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