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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十九章 荒ぶる神 弐

「大巫女様!」


「おお! お前達……! 無事だったのか!」


 雪姫達が神社の本殿を覗くと、祭壇で霜を取っていた大巫女がこちらに気付いて振り向いた。道具を放り出すようにして作業を中断し、大慌てでやってくる。


「戻らなかったから、心配したぞ。しかし、どうやって……」


 境内(けいだい)に降り、訪ねてきた少年少女を見回す。


 大巫女の疑問は、もっともであった。雪姫達は山頂近くから、不可思議な力によって皇宮まで瞬間移動を果たしていたのである。そのようなこと、誰が想像できるだろう。


「実は……」


 雪姫が昨日の出来事について説明すると、当然ながら、大巫女は不可思議な力にも、白き闇を生み出したものの正体が氷之神であることにも驚いた。


「なんということだ。信じがたい話だが……お前達が言うのだから、そうなのであろう。見てのとおり、村の方は辛うじて無事だ。だが、被害は大きい。避難しなければならない状況にある」


 大巫女が村を見下ろし、そちらに水を向ける。

 幼夢も顔を曇らせた。


「やっぱりそうなんだ。村の人達も、荷物をまとめて霜白まで(おり)る準備をしてたもんね……」


 村は、霜白よりも白き闇が発生した場所に近かったせいもあり、被害はずっと大きかった。

 霜の層が厚いだけでなく、屋内にまで侵入している。もはや氷では? と思えるような(かたまり)も、村のあちこちにみられた。


 白き闇は通常の霜と違っており、熱してもなかなか溶けないという厄介な性質を持っていた。しかし、効果がまったくないわけではないので、地道に溶かしてゆけばある程度までなら取り除くことができる。

 ただ、効率が悪いのと、熱資源には限りがある関係で、村の者達は貴重品や必要なものだけを持ち出して霜白へ避難しはじめているという。


「して、お前達はどうした。村の様子見と安否の報告をしに来ただけではあるまい」


 どうやらお見通しのようである。佳月は小さく苦笑した。


「さすがは大巫女様だ。そうなんです。実はお聞きしたいことがあって」


「いいだろう。立ち話も何だ、上がるがよい」





「それで? 何が知りたい」


 白き闇の被害を免れた布類を数枚重ねて敷物の代わりにし、全員が席につくと、さっそく本題に入った。


「僕達がお聞きしたいのは、氷之神様を鎮める方法についてです。大寒気を防ぐには、これしか道は残されていません。何かご存知ありませんか?」


 疾風が切り出すと、


「方法ならあるぞ」


 あまりにも、はっきりと。あまりにも、簡潔な回答であったがために、雪姫達は一瞬意味を飲み込めずに固まってしまった。


「……えっ! あ、あるんですかっ? 鎮めの方法がっ?」


 たっぷり三拍置いて、皆の口から一斉に同様の感想が飛び出す。

 思わず身を乗り出してしまった雪姫達に対して、大巫女が淡々とした調子で「ああ」と頷いた。


「氷之神に限らず、神を鎮めるための舞と祝詞(のりと)がな。これも、大巫女が代々受け継いでいることの一つだ。まぁ、おそらく霜白神宮の方にも同じようなものが伝えられているだろうが……」


「では、その舞と祝詞を氷之神様に奉納すれば、暴走が収まるかもしれないのですね!」


 興奮を抑えきれない様子で、粋が大巫女に尋ね返した。


「可能性はあるだろう。祭壇に祝詞を記した巻物もある。必要なら、お前達に貸してやってもいいぞ」


「まぁ! で、でも、よろしいんです? わたくし達としては大変助かりますけれど……貴重なものなのではありません?」


 破格の待遇に、早智乃もさすがに恐縮していた。しかし、大巫女の心はすでに決まっているようで、何でもないといった風である。


「このような緊急時に、出し渋ってどうする。それに、お前達が無事に解決して返してくれればよい話だろう?」


 大巫女が自信ありげに、にやりと口角を上げた。

 雪姫達のことを信頼してくれているのである。雪姫の心が、じんと震える。

 幼夢も、嬉しそうに笑った。


「あはは、それもそうね!」


「して、舞の方だが……わしももう歳だ。この老いぼれの身では、舞手など務まらん。だが、振りを教えることならできる。振りは書き記しておいてやるから、お前達は舞手となる者を集めておいてくれ」


「わかりました。では、人数はどれぐらい集めればよいでしょう? あと、どのような人が望ましいとか、ありますか?」


 粋が詳細を尋ねる。

 大巫は顎に手をやり、考えながら答えた。


「人数は、そうだな……通常であれば一人からでも行っていたが、今回は訳が違う。対象が我を忘れるほどに荒ぶっているとなると……舞の経験がある者を、できるだけ多くとしか言えんな」


「できるだけ、多く……」


 硬い表情で、粋が呟くように反芻(はんすう)する。


「というのも、この舞で重要になってくるのは、思いを込めることにあるからだ。祝詞はそれ自体に霊力が宿っており、舞は踊ることで霊力を発生させる。確かに霊力を持つ者の方がより強力な効果を発揮するのは確かだが、基盤となるのは祈る心にあるのでな」


「そうなんだ。じゃあ霊力がない人でも舞手は務められるってことね。なら、どうにか集められるかも!」


「そうですね」と粋も頷く。


「霜白神宮の方はもちろん、皇宮に勤めている人でも舞の心得がある方はいらっゃるはずですし」


「よーし、なら善は急げよ! 今のことを氷室様に報告して、さっそく舞手を集めましょ!」


 やる気に満ちた幼夢が、さっそく立ち上がる。

 皆も口々に返事をし、それに続いた。


「大巫女様、どうもありがとうございました。僕達は一度、霜白に戻って──」


 粋が代表で礼を言い、皆で屋外に出る。そこで、固まった。

 境内から見下ろした先。村では、大勢の兵士達が動き回っていたのである。奥の方には、集まる巫女達の姿まであった。


「い、いったい、どういうことです?」


 不測の事態に、早智乃はすっかり動揺していた。

 雪姫も、指示を出している者を見つけて、はっとする。


「どうして一葉様が……」

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