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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十九章 荒ぶる神 壱

 翌朝。雪姫達は大巫女に氷之神を鎮める方法がないかどうかを聞きに、山の上の村へ向かった。

 一方、霜白の皇宮では、氷室と一葉が都の混乱を収めようと指揮を()っていた。


 普段、両者はそれぞれに宛がわれた部屋で仕事をこなしている。しかし、今回は緊急かつ異例の事態であるため、対策本部を新たに設け、そこに二人で詰めていた。


 先ほどから本部の内と外とを、あらゆる人が(しき)りに行き来している。皇宮は、この部屋を中心に慌ただしい雰囲気に包まれていた。


「正門ですが、東側の警備にあたっている者達を応援に回し、向かわせました」


「ご苦労だった。では持ち場に戻ってくれ」


「はっ!」


 伝令係が礼をして下がる。氷室が一区切りとばかりに、ふうと息をつき、隣の文机に座る一葉にこぼした。


「やはり、先に関所へ使いを送っておいて正解だったな。正門の様子からして、混雑が始まるのも時間の問題だろう」


「……ふん」


 話しかけられた当人は至極不機嫌そうに鼻を鳴らし、氷室には見向きもせず、手元の資料に視線を落とした。


「白き闇が降り、避難しようとする者達で正門や関所がごった返す……これぐらいは予想の範疇(はんちゅう)だ。とっとと次の件に移るぞ。山の上の村から避難してきた者達の受け入れはどうなっている?」


 相変わらずの刺々しい態度である。

 しかし氷室の方も、これにはとっくに慣れきっていたため、特に何か思うでもなく次の議題に必要な資料を手繰った。


 彼女の表向きの態度は、いつもと変わりなかった。(はらわた)の方は煮えくり返っているのかもしれないが、きちんと業務はこなしてくれている。

 彼女には、こういうところがあった。政務に関しては、私情を挟んで邪魔してくることもなければ、手を抜いたりすることもないのである。政敵とはいえ、氷室も一葉の(まつりごと)に対する熱意や姿勢自体には密かに感心しており、認めていた。


「失礼します」


 話し合いを進めていたところで、役人が入室してきた。


「備蓄庫の物資を出し終えました。どうにか足りそうです。これより配給の準備に移ります」


「わかった。あとのことはそちらの判断に任せる」


「承知しました」


 一葉が応じ、役人が下がろうとした時。「急げ!」と、奥側から声がした。開け放たれたままの入口の向こう側を、兵士達が慌ただしげに走り去ってゆく。


「何事だ?」


 氷室が思わず眉を寄せると、報告に訪れた兵士が口早に告げる。


「失礼いたします。皇宮前に、救済を求める民が集まりはじめております。門番だけでは(ぎょ)しきれなくなる可能性が出てきたため、他の部署から応援を頼んで対処に当たっています」


「………………」


 それを聞いた一葉が、唇を引き結んで静かに目を閉じ、何やら思案しはじめた。


「一葉殿?」


 氷室の眉が、さらに寄る。彼女の意図が読めずに呼びかけたのだが、返事はない。


 やがて、その下ろされていた(まぶた)が持ち上がる。

 現れた鋭い双眸(そうぼう)には、揺るぎない決意の光が宿っていた。





「白き闇は降りた。大寒気が訪れる時は、もう目前まで迫ってきている。皆の不安は、もっともであろう」


 一葉は皇宮の前に集まっていた民衆に対して、演説を行っていた。大勢の巫女と兵士を後方に従わせ、自らは台に立ち、声を張り上げている。


「だが、希望を捨てるな! 私には、策がある! いざという時のために巫女を育成し、呪物の研究も行ってきた。今こそ、その成果を発揮する時! 巫女達の霊力を統合し、さらに呪物で増幅させ、この災厄を打ち破る! ゆえに霜白の民よ、どうか案ずるな。私が必ずや諸君らを守ってみせよう!」


 堂々とした態度と力強い言葉により、民衆の不安が和らいでゆく。


「お、俺達、助かるのか?」

「ああっ、どうかお願いいたします!」

「一葉様!」


 太鼓の音が響き、皇宮の門前にできていた人だかりが兵士達によって割られてゆく。


 道が作られると、一葉は巫女達を率いて歩き出した。

 割れんばかりの声援に包まれながら、皇宮に残してきた政敵に対して念じる。


(氷室よ。貴様に借りを作るのは(はなは)だ不本意だが、背に腹は代えられん。霜白のことは任せたぞ)

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