第二十八章 対面 参
突きつけられた内容は、雪姫が実際に体験して得た情報とまったく異なっていた。信じられない思いで聞き返す。
「氷姫が、白き闇の原因……?」
一葉は少女の顎から手を引き、立ち上がって俯瞰する。
「そう。白き闇は、氷姫自身によって作られた災いだ。両親である如月様と美冬様が相次いで亡くなり、守ってくれる存在を失った氷姫は、人より永く生き、強い霊力を持った自分が『異形であると忌み嫌われ、死に追いやられたりしないよう、英雄となることで人々から愛されるように』と生み出したもの。しかし、予想に反して白き闇の力は自身を上回ってしまった。封印を施すが、しばらくすると破られてしまい、また封印し直しては破られる……それを幾度も繰り返し、そして百年前、氷姫はついに自身の生み出した災いに破れて亡くなり、この世には白き闇だけが残った。これが、真実だ」
語り終えた一葉は宙を見上げ、物思いに耽るような遠い目をする。
「もし、白き闇の元凶が氷姫であったと民や他国の者に知れたりすれば、霜白皇家の威厳がなくなる。そこで、我が祖先は氷姫が皇家の者であるという証拠を消して回った。清晏という学者や、お前たちのような輩に見つけられてしまったのは、計算外だったがな……」
そう言って瞼を絞り、忌々しげに目を細めた。
しかし、雪姫の意識は先ほど語られた“真実”の方に傾いていた。
一時は茫然となったが、思考も回復して言葉を紡げるようになる。雪姫は、ようやく反論に出た。
「い、いいえ……そんなはず、ありません。一葉様は先ほど、白き闇は作られた災いだとおっしゃいました。けれど……私は、違うと思います」
「何?」
一葉の声色に、苛立ちが混じる。
「私は、白き闇の原因となるものを間近で見ました。そして、思ったんです。あれは、氷之神様なんじゃないかって」
「ほぅ……」
一葉は声の調子を落とし、憤りを滲ませながら苦々しい表情でゆっくりと笑んだ。
「娘よ……余所からきた分際で、我が一族が永きにわたり守り続けてきた国の歴史を否定し、ばかりか、氷之神まで侮辱するか……」
腹の底より湧き出た声が、震える。想起させるのは地獄で煮えたぎる岩漿(※)。
(※マグマのこと)
過激派の若き長は、間髪入れずに雪姫の主張を貶めにかかった。
「それに、氷之神を見ただと? 馬鹿なことを。気でも触れているのではないか? 冗談なら、もっとまともなことを言ってもらいたいものだな」
一葉は雪姫の言うことを、まったく信じていないようであった。ハッと鼻を鳴らし、嘲る。
「ほ、本当です!」
雪姫は身を乗り出して訴えた。
「氷之神様は、我を忘れているようでした。氷之神様の暴走──それが、白き闇の原因です。だから、急いで鎮めなくてはなりません。鎮めることができれば、大寒気がくるのも防ぐことができるはずなんです! ですから、どうか……」
雪姫の声が、切なものに変わる。
「どうか、お願いします。私はここにいる訳にはゆきません。今すぐ氷室様のお屋敷に……みんなのところに、帰してください!」
少女が叫ぶようにして思いをぶつける。必死になって請うも、一葉は取り合おうともせずに「できぬな」と冷たく一蹴した。
「あきらめろ。そのような話、誰が信じる? 急いでいるのは我々も同じ。大人しく従ってもらうぞ」
「そんな……」
浮き上がっていた雪姫の身体が、力なく床に落ちる。
座り込んでしまった少女であったが、自らを鼓舞するように首を振り、なおも食い下がった。
「私に不思議な力はありません。訓練したところで、扱えるようになるとも思えません。仮に奇跡が起きて扱えるようになったとしても、私一人の力では、大寒気を防ぎきれません。どうか、お考え直しください!」
「そう。お前一人の力だけでは無理だ。だが……」
一葉は含みのある言い方をした。
「我々には秘密裏に進めてきた計画がある。氷姫の死を知っていて、ただ手を拱いた訳ではない。災いを消滅させるため、呪物の研究と巫女達の育成を行ってきた。それらを用いて、白き闇に挑む。お前はその前線に立つのだ」
「呪物に、巫女……私が、前線……? よく、わかりません。だって、災いを消滅させるだなんて、そんなことできるわけ……」
「信じられぬか? だが事実だ。巫女達の霊力を統合し、さらに呪物を使って増幅させる。その呪物も研究と改良が重ねられ、精度もかなり上がった。氷姫の霊力を遥かに上回る結果が期待できる。元は霜白神宮の大巫女の力を軸に据えるつもりでいたが、お前の持つ力の方が使えそうだとわかり、ここに呼んだのだ」
一葉は息を継ぎ、少女に対して満足げに語りかけた。
「どうだ? これで自分のすることがわかっただろう。訓練は明日の朝からだ。せいぜい今晩のうちに休んでおくんだな」
「そんな……無理です、だめです。どんなに計画が完璧であっても、あの存在を消すのは不可能です!」
雪姫は否と首を振った。
「相手は氷之神様……霜白の土地神様なんですよっ? 次元が違いすぎます。消滅させるだなんて、人間には無理です。何より、そのようなこと、してはなりません!」
「まだそのようなことを申すか……!」
一葉の纏う空気が、一気に昂る。
「わからぬ奴だ。従わぬというのなら、武力でもって従わせるぞっ!」
「──そこまでだ」