第二十七章 白き闇 弐
「大巫女様!」
雪姫達は山の上の村に到着すると、すぐさま大巫女の神社を訪ねた。
来る途中、山道で再び刺客達に囲まれたが、今回は疾風と佳月が連携して瞬く間に敵を伸してしまった。敵は新しく仲間に加わった疾風の力量を甘く見ていたらしく、分が悪いと判断してすぐに撤退したので、行きの道で襲われたのはそれきりで済んでいた。
「お前達か」
大巫女が疾風に気付き、確認するかのように上から下をしげしげと眺める。
「なんだ、今日は見かけない顔が一人おるな」
「はじめまして。新しく仲間に加わりました、疾風です」
疾風がにこやかに挨拶し、大巫女の足元に隠れている少女にも「よろしく」としゃがんで声をかける。
「おはようございます。あの、大巫女様。風が何だか変だと思いませんか?」
挨拶もそこそこに、雪姫はさっそく本題に入った。
「気付いておったか。村の者達も皆そう申しておる」
「私達、今日はこの風を調査しに来たんです。もしかすると白き闇の前触れかもしれません。山の上へは、修験古道を使えば行くことができるのですよね?」
修験古道と聞いて、大巫女は眉を寄せた。
「頂上まで続いとる道だからな。行けるには行けるが……危険だぞ。何人も帰ってきておらん。ゆえに封鎖されておる。お前には、以前そう話したはずだが?」
「ですが、何が起きているのか、急いで確めに行かなければなりません。使える道があるのなら、それを使わせていただきたいです」
雪姫がはっきりと意思を示す。他の皆も、気持ちは一緒であった。
注がれる全員からの視線に、大巫女も口を噤む。この者達の決意は固く、曲げたりしないのだろうと悟り、ため息をついた。
「……待っておれ。今、鍵を持ってきてやる」
「やった!」と幼夢が横で歓喜の声をあげる。
「鍵が必用だったのですね。ありがとうございます!」
「どうなっても知らんからな」
雪姫が礼を言うと、大巫女は仏頂面で本殿に上がっていった。
引き出しから木箱を取り出し、しまわれていた鉄製の鍵を持って戻ってくると、「こっちだ」と雪姫達についてくるよう促す。
大巫女と少女に案内されて本殿の裏手にある小道を抜け、開けた場所を通り、水場まで移動する。
岩を伝い落ちてきた水と、下からの湧水とが合わさってできた小川を飛び石で渡り、越えた。
ここから先は、雪姫も初めて足を踏み入れる。
水の落ちてくる岩の奥に見えていた坂道を登ってゆくと、古道の入口となる木地の鳥居が見えた。
鳥居には鉄製の柵が立てられ、固定するために鎖が巻き付けられていた。それを、錠前がとめている。
長いこと人の立ち入りを阻んできたそれらは、風雨に晒され続けていたせいで錆び付き、赤茶けていた。錠前は固くなり、大巫女も少々手間取るほどであったが、無事に開錠された。
鎖が取り払われ、立てられていた柵も地面から引き抜かれる。
入口を閉ざすものがなくなり、道が開かれた。
「何があるのかわからん。十分に気を付けて行くのだぞ」
「はい。行ってまいります」
雪姫は膝に手をつき、少し屈んで少女にも声をかける。
「それじゃあ、行ってきます」
そっと頭を撫でてやると、少女が照れてくすぐったそうにする。
「さぁ、上を目指しましょう」
粋が皆に呼び掛けた。
雪姫も身体を転じて鳥居と対峙する。背筋を伸ばして腹に力を込めると、仲間と共に鳥居をくぐった。
「……よかったね、おねえちゃん」
小さくなった雪姫の後ろ姿に向かって、少女が呟く。その瞳は、いつの間にやら全てを見透かすような、不思議な色に変わっていた。
いくら踏み固められているとはいえ、人が入らなくなれば道は荒むものである。
雪姫達は、いったいどんなことになっているのかと身構えていたが、幸い順路を見失うほどのことにはなっていなかった。
道には枯葉が降り積もり、ふかふかと足の裏を押し返す。時折、誰かしらが紛れていた小枝を踏んで、ぱきっと割れる音が鳴った。
道を外れた下は急斜面となっており、そこから空に向かって垂直に伸びた木々の隙間から、小さくなった霜白が見える。
もし、急務を負った状況でなければ、景色を楽しむこともできたであろう。しかし、今の雪姫達にその余裕はなかった。慎重に歩を進め、黙々と登る。
山の八分目あたりまでやってくると、いよいよ感じる風が強くなってきた。その質も、身を切るような冷たさを孕んだ、冬に吹くようなものであるのがはっきりとわかる。
さらに、ここまで来る間に、一方向からしか吹いていないことにも気が付いた。
この道は方角や景色から察するに、どうやら山に対して蛇がとぐろを巻くように、一回りの螺旋を描く形で延びているらしかった。ところが、霜白から見て山の裏側にあたる位置を歩いていた時には、いっさい風を感じなかったのである。
進めば進むほど、風の正体に近づけば近づくほど、その異常さは際立った。