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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十六章 前進 伍

 大机に広げられた巻物を、皆で覗き込む。

 人名が縦や横の線に繋がれてずらりと並んでいるこれは、現在の霜白皇家の家系図であった。

 名前の横には丁寧にふりがなも振られている。雪姫は、記されている文字を何となしに読み上げた。


如月(きさらぎ)深冬(みふゆ)、氷……」


 昨日の約束どおり、清晏が初代帝の時代にまつわる手持ちの資料を屋敷まで持ってきてくれた。雪姫達は書庫でそれらを広げ、氷姫の母親について何か情報を引き出せないかと調査をはじめたところである。


「では、疾風さんも新しく仲間に加わったことですし、これまでの情報をおさらいしてみましょうか」


 粋が進行係を買って出てくれた。疾風も「ありがとう、助かるよ」と素直に従う。


「先生、氷姫は霜白初代帝の如月様とその奥方である美冬様の娘だったんですよね?」


「ええ。如月様は、花栄(かえい)王朝初期の頃の帝です。若くしてご病気のためお亡くなりになられて、そのあとの座は弟君である八雲(やくも)様が継いでいます」


 粋から説明を代わった清晏が、巻物の先頭部分を指さした。

 雪姫は「八雲」から幾重(いくえ)にも枝分かれした先に、氷室と一葉、そして曾祖父の名を見つけた。

 霜矢で止まっているその下を、少女はよく知っていた。祖母、その下に咲雪(さゆき)。そして……自分──雪姫、である。


 家系図は雪姫にとって衝撃的であった。なにせ、こんなにもたくさんの人と繋がりがあったのである。先祖というぼんやりとした想像はあっても、実際に名前が並んでいるのを目にしてみると驚いてしまう。もし、この中の人が一人でも欠けていたとしたら、雪姫は今ここに存在していない。まさに、奇跡としか言いようがなかった。


(私、こんなにもたくさんの人達のお陰で、ここにいられるのだわ……)


 なんだか感慨深い。

 繋がるすべての(えにし)に対して、雪姫は感謝の念を抱かずにはいられなかった。


「美冬様については情報が少ないせいで研究が進んでおらず、どんな方だったのか詳しくわかっていません。確かなのは、如月様の没後に彼女もすぐ息を引き取っていることぐらいでしょうか」


 清晏が話し終え、粋が「なるほど……」と感心の声を漏らしたのを皮切りに説明役に戻る。


「では、調査でわかったことを整理してみますね」


 一言だけ前置きして、粋は本題に入った。


「氷姫はどうやら伝説のとおり長生きで、髪も銀色だったようです。また、白き闇は氷姫が生まれる前にはなかったようですし、氷姫にしか防げません。以上のことから、彼女は本当に人間だったのか、白き闇と氷姫には何か関係があるのではないかという疑問が浮上しました。そして昨日の調査で、雪女と呼ばれる巫女が昔この山に住んでいたことがわかりました」


 粋が息を吸い、再び口を開く。


「雪女は霜白の土地神である氷之神と人とを繋ぐ、橋渡しのような役割を担っていたそうです。また、氷之神から力を与えられていたので“人あらざる者”に……つまり、人の域を超え、神には及ばぬといった中間的存在であったようです。この話から、もしかすると氷姫も雪女だったのではないかという仮説が立ちました。もし、深冬様が雪女であったとするなら、氷姫もその力を受け継いでいる可能性は十分にあります。それを確かめるために、これらの資料の出番、という訳です」


 彼は淀みなく言い切った。簡潔にまとめてくれた少年に、聞いていた側から「おぉ~」という感心の声と共に拍手が送られる。

 疾風の方も理解が追い付き、納得したようであった。


「うん、了解」


「では、改めて資料を見てみましょう」


 粋の号令で、もう一度皆で家系図を覗き込む。


「……やっぱり。今の皇家の人達の血は八雲様からのものだから、氷姫以外は誰も美冬様の血を継いでいないってわけね」


 幼夢が顎に手を当て、考える仕草で言う。清晏も眼鏡を押し上げた。


「国も、今まで皇家の血に特別なものがあると信じて氷姫と同じ力を持つ者を捜してきましたが、それは間違いで、皆さんの言うように奥方様の血によるものだった可能性が高そうですね。……実は、巫女と聞いて、私の中でも繋がるものがあるんです」


 清晏が顔を上げたので、皆もそれにつられて起き上がった。専門家である彼からの前向きな回答に、雪姫達にも期待の色が広がる


「霜白があるこの山は、氷之神を信仰対象とした霊山です。雪女が山の上に住んでいたのなら、位置的に皇宮とも近いですし、如月様と雪女との間に交流があったとしても何ら不思議ではありません。さらに、如月様の時代は短期ではありましたが、民の生活は安定し、平穏であったことが当時の資料から窺えます。それを影から支えていたのが、祈祷(きとう)卜占(ぼくせん)でした。その効果や的中率に目を見張るものがあったのですが、今にして思えばそれらを行っていたのは深冬様だったのかもしれません」


 清晏は大机に広げられていた巻物のひとつを手に取り、記述部分を探し出して雪姫達にわかるように見せた。


「これは、もしかすると当たりかもしれませんね……」


 粋が重々しく呟いた。


「ええ。証拠となるものがないので確実とは言えませんが、あらゆる方向で辻褄(つじつま)が合いますし、いい線を行っているのではないかと」


「清晏先生もこうおっしゃられているのですから、深冬様は雪女で、氷姫の霊力は雪女の血によるものだったと考えてよさそうですね」


 早智乃が結論付ける。


「そうなると、次の問題は氷姫と白き闇はいったい何が関係しているのか、ってことよね」


 口にして、幼夢がうーんと唸った。彼女の眉間に(しわ)が寄ってゆく。

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