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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十六章 前進 壱

「そうであったか……」


 書斎に氷室の呟きが落ちる。


 雪姫達は調査の報告や刺客のこと、新しく疾風を仲間に迎えたことを氷室に伝えるため、彼の書斎にきていた。

 そこには清晏の姿もあり、彼の表情には氷室と同様の感想が書かれていた。


 清晏とはこの書斎でばったり会った。聞けば、氷室に石碑の調査報告をし終えて帰ろうとしていたところであったらしい。雪姫達は彼を引き留め、氷室と一緒に話を聞いてもらうことにしたのである。

 清晏には霜白初代帝の奥方について情報がないか相談しようと思っていたので、この場で出会えたのは幸運であった。


「とにかく、雪姫殿も皆も無事でよかった。そして疾風殿。ご協力感謝する。君もこの屋敷を自由に使ってくれ」


「ありがとうございます」


 疾風が凛とした佇まいで氷室に一礼する。


「私の方も、最後の報告書を提出し終えたところですし、手が空きましたのでお手伝いしますよ」


 そう言ってくれたのは清晏であった。


「皆さんが調べたいのは、初代帝の奥方……深冬(みふゆ)様について、ですね。古い時代の記録が少ないせいもあって、彼女に関して詳しいことはわかっていません。ですが、その時代の皇家にまつわる資料でしたら私もいくつか持っています。明日こちらにお持ちしましょう」


 彼はさっそく「こうしてはいられません!」と意気込み、長い髪を揺らしながら急ぎ足で場を辞した。


 雪姫達も部屋に戻ることになり、ぞろぞろと廊下を歩く。

 疾風が物珍しそうに辺りを見回しているので、雪姫は内心でふふ、と笑った。若草の離宮で一緒に過ごした時の、無邪気に振る舞う姿と今の姿とが重なる。見た目は変われども、やはり中身は疾風のままなのであった。


「すごく大きなお屋敷でしょう? でも、建物だけではないの。お庭の方も、びっくりするくらい広いのよ」


「へぇ、そうなのか。中庭だけでもこれだけの広さだから、全体でとなると想像もつかないなぁ」


 感心し、好奇心に瞳を輝かせている疾風の横から、「あっ、そうだ」と何やら思い付いたらしい様子の幼夢が、ひょっこりと顔をつき出してきた。


「ねぇねぇ、疾風。せっかくだから、雪姫と一緒にお屋敷の中を回ってきたら? 雪姫も、案内ついでに疾風と話しでもしてきなよ。久々に再会したんだから、積もる話しもあるんじゃない?」


「夕飯までけっこう時間あるしな。俺達も適当に過ごすから、行ってこいよ」


 前を歩いていた佳月も、振り返り様に親指を立てながら廊下を指すような合図を送る。早智乃と粋も特に言葉はないが、こちらを窺う雰囲気が「行ってきたらどうです?」「どうぞどうぞ」と語っていた。


 皆に勧められ、雪姫と疾風は目を(またた)いた。互いに顔を見合せる。


「……じゃあ、お言葉に甘えて雪姫を借りていってもいいかな?」


 やや間を置いて、疾風が皆にゆっくりと尋ねるように返事した。


「おう。もちろんだ。また後でな!」


 佳月が軽く手を上げ、二人を送り出してくれる。


「みんな、ありがとう。それじゃあ行ってくるわね」


 雪姫と疾風は屋敷を回ることになった。




 見張りの兵や途中で行き合った氷室の家臣に挨拶しつつ、雪姫は疾風を案内した。場所について簡単に説明し、屋敷を巡る。


 一周して、二人は並んで廊下の欄干(らんかん)に寄りかかった。目の前は開けており、庭がよく見える。遠くの方では、曇り空を背景に庭師が大きな松の木の剪定(せんてい)を行っていた。

 ここは人通りのある場所ではないので、雪姫と疾風しかいない。時折吹く風が、二人の髪を静かに揺らしていた。


「こうして疾風とまた一緒にいられるだなんて、なんだか夢みたいに思えるけれど……夢ではないのよね」


「そうだね。僕も、一年前までは雪姫とこういう形で再会するだなんて、想像もしていなかったよ」


 疾風も沁々とした声で頷いた。


「一年前、雪姫と別れたあと……刺客がどんどん敷地内に雪崩れ込んできて、応戦したんだ。その時に、護身刀にはかなりの無理をさせてしまった。でも、そのあとこの刀を作った人と偶然出会うことができて、刃を鍛え直してもらえたんだ。まぁ、それがきっかけで大変なことが起こってしまったんだけど」


 最後、少年は横顔のまま眉を下げ、困ったように笑ってみせた。


「たくさんの人に迷惑をかけたし、たくさん人も斬った」


 疾風がこちらを向いて、雪姫を見つめる。


「雪姫、長くなるけれど……僕がここに来るまでの経緯、聞いてくれる?」


「ええ、もちろんよ」


 雪姫は疾風の瞳を捉え、しっかりと頷き返した。


「聞きたいわ。聞かせて」

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