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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十四章 再会 弐

「──まずい、囲まれてる」


「ええっ、うそっ!」


 不意に歩みを止めた佳月に、幼夢が血相を変え、狼狽(ろうばい)した。


「な、何とかならないのっ?」


 焦れたように訴える幼夢に対し、佳月は何も言わず、ただ悔しそうに歯噛みしている。その表情は、すでに敵との接触が不可避であることを物語っていた。


 仲間達の間に、緊張が走る。敵との距離を推し量りつつ策を巡らせていた佳月が、やがてその瞳に決心の色を灯もらせた。

 皆が注目する中、彼の口が静かに開かれる。


「……奴らの狙いは、雪姫だ。だから俺達で隙を作って、雪姫を逃がそう」


 一瞬、雪姫は何を言われたのかがわからずに、茫然としてしまった。


「な、何を言うの……!」


 我に返り、慌てて少年の裾を掴んで抗議を唱える。ところが、


「うん、そうだね。それがいいと思う」


 いつもとは様子の違う、神妙な声であった。幼夢まで佳月の意見に賛同しはじめる。


「ちょっと、幼夢まで!」


 しかし、それ以上の発言は叶わなかった。雪姫は佳月により上から有無を言わさぬ空気で圧され、言葉を遮られる。


「いいか、雪姫。俺達が奴らを引きつけている間に、霜白まで逃げろ。幸い、ここからなら大した距離じゃない。そこまで行けば、人目もあるだろうから奴らもあきらめる可能性が高い。だから逃げろ。絶対だ。絶対に捕まるんじゃないぞ」


 言い聞かせる佳月の瞳は揺らがない。幼夢も口を引き結び、すでに覚悟を決めた様子でこちらに視線を注いできた。


「そんな……」


 胸の詰まる思いがする。

 腕から力が抜け、佳月の袖を掴んでいた手が不安げに宙をさ迷う。雪姫は顔を歪ませながら、いやいやと小さく首を振った。


「だめ……だめよ、そんなの。みんなはどうなるの? 他に何か方法を──!」


 皆を危険に晒して自分だけ逃げろというのか。そのようなこと、できるはずがない。逆の方がまだマシである。大好きで、大切な仲間だからこそ、雪姫は素直に頷くことができなかった。それでも、佳月は淡々と決定されたものとして話を進めてゆく。


「たぶん、この先の道も抑えられてる。だから奴らの虚を()いて、森の斜面を下って霜白に入れ。山道(やまみち)に慣れている雪姫なら、速く進めるはずだ」


「………………」


 雪姫には、もう息を飲み込むことしかできなかった。動揺しすぎて、うまく頭が働かない。そんな時であった。


「まったくもうっ! しっかりなさい!」


 早智乃が一喝した。同時に背中も(はた)かれて、雪姫は(わず)かに正気づく。


往生際(おうじょうぎわ)がよろしくなくてよっ? 腹を(くく)りなさい!」


 眉を吊り上げた早智乃が苛立たしげに腕を組み、観念しろとばかりに雪姫を睨んだ。


「そうですよ、雪姫さん。ここは大人しく、佳月さんの指示に従ってください」


 粋まで早智乃に加勢して、両手を腰に当てると、うんうんと頷いてみせる。幼夢もさらに言葉を重ねた。


「雪姫、私達これでも皇家の人間だよ? 武術も護身術も、嫌というほど叩き込まれてるんだから!」


 そう言って得意そうに腕を振り上げ、力こぶを作る格好をしてみせる。


「だから心配しないで。ねっ?」


「みんな……」


 仲間達の想いに、雪姫は泣き出しそうになる。皆はすでに決意を固めていた。


「危険度からいえば、かえって俺達の方が安全ないぐらいだ。奴らだって、国同士の問題になるのは御免だろ。他国皇家の人間を相手に、命を奪うような真似まではしてこないよ」


 佳月が雪姫の頭に、ぽんと優しく手を置く。


「だから心配すんな。俺達も、敵が退いたらすぐに追いかけるからさ」


 明るい口調でそう言い、あやすように撫でる。雪姫は佳月の手の温もりを感じながら、静かに(うつむ)いた。


「……もう、ひどいじゃない。みんなにここまで言われてしまったら、私にできることなんて──」


 次の瞬間、葉擦れの音がして身構えた。雪姫達は覆面をした大柄の男達に囲まれ、背中を合わせて息を飲む。


 早智乃が護身用の懐刀を取り出し、粋はそんな彼女を背に隠して庇うように立つ。幼夢も、素早く雪姫に寄り添った。


 刺客達が、じりじりと間合いを詰めてくる。彼らの手には、当然のように短刀が握られている。剣呑(けんのん)な空気に、雪姫の緊張はますます高まった。


「十一、十二、十三……これで全員か」


 身を(すく)ませる雪姫の横で、敵の気配を探っていた佳月が独りごちた。

 たしかに、敵の数は多かった。雪姫は、彼の考えを今になってようやく理解した。これだけの人数に囲まれてしまったら、捕まるのも、殺されるのも、時間の問題である。ゆえに、佳月は隙を作って逃がす道を選択したのだ。


 握りしめていた雪姫の手に、汗が滲む。

 張り詰めていた空気が僅かに揺らいだ、と思った次の瞬間。刺客が先手を打ってきた。


 身を踊らせた刺客に雪姫がひやりとするも、佳月が目の前に立ち塞がり、合気の要領で受け身を取った。そのまま相手の勢いを利用して、襲い来る集団に向かって背負い投げる。さらに身を翻し、息つく隙もなく今度は別方面から攻めてきた刺客の攻撃を受け流すと、その懐に入って膝を打ち込んだ。

刺客が(うめ)き、体勢が崩れたところへ、すかさず幼夢が足払いをかける。


「行って!雪姫っ」

「行けっ!雪姫!」


 幼夢と佳月が同時に叫ぶ。


 横転した刺客をねじり伏せている佳月と、体当たりで敵からさらに道を拓いてくれた幼夢を横目に、雪姫は弾かれたように走り出した。一瞬、草鞋(わらじ)が砂利で滑って転げそうになるも、踏ん張って体勢を立て直し、振り切るようにして前進する。


「逃がすな!」

「させる……かっ!」


 標的を追おうとして動いた近くの刺客も、素早く察知した佳月がうまいこと立ち回り、羽交い締めにして抑えてくれた。間一髪で、雪姫はその刺客の手からもすり抜ける。

 他の二人も、雪姫を逃がすために敵を引きつけてくれているに違いなかった。しかし、今は後ろの様子を窺ってはいられない。


(お願い! みんな、どうか無事でいて……!)


 森に飛び込んだ雪姫は心の中で強く祈り、霜白の都を目指してひたすらに駆けた。

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