第二十四章 再会 壱
雪姫達が新たな調査に乗り出してから、数日後のことである。この日、氷室が久しい人物を連れて書庫を訪れた。
「清晏先生!」
粋が驚きと喜びの声を上げ、真っ先に彼のもとへ駆け寄る。雪姫や他の仲間も、次々に席を立った。
「みなさん、お久しぶりです」
清晏は五人を見渡し、微笑んだ。
「お久しぶりでございます、先生」
いつもの高飛車振りはどこへやら。早智乃が恭しく挨拶する。
幼夢は「あれっ?」と疑問の声をあげ、首を傾げた。
「久しぶりってことは、早智乃は先生と初対面じゃないんだ?」
「ええ」と清晏がにこやかに頷いた。
「早智乃様は、よく粋を訪ねておいででしたので、その時に」
「ああ、なるほど!」
合点がいったとばかりに幼夢が手を打った。雪姫も、そういうことであったのかと納得する。そんな矢先、粋が首を捻りつつ、ぼそりと漏らした。
「訪ねて? うーん。なんというか、単なる暇つぶしの場所にされていただけのような……」
「粋~? 何かおっしゃいまして~?」
「いえっ、何もっ!」
早智乃の煌煌しい笑顔が逆に怖い。粋はこれ以上ないぐらいに背筋を伸ばし、口を噤んだ。
「ところで氷室様、清晏先生が霜白にいらしているということは……」
一連の流れが落ち着いたところで、佳月が氷室に向き直る。和やかに見守っていた氷室も、表情を真剣なものに変えた。
「ああ。察しのとおり、私が石碑の調査のために清晏殿を水澄から呼び寄せた。今日は、君達に結果の報告をしに来たんだ」
氷室が清晏に目配せをし、退く。代わって清晏が進み出ると、そのまま口を切った。
「まずはみなさん、氷姫のことをよく突き止めてくださいましたね。これは……大変な発見です」
最後、清晏は深刻そうに、噛み締めるように言った。
「石碑ですが、地質から見て百年前のもので間違いないでしょう。何らかの理由で、当時の人達の手によって下方が埋められていたようです。ただ、その理由も時と共に風化し、わかる者はもういません。村の人達も、本当に水神の石碑だと思ってきたようですから」
「そうでしたか……」
報告を聞いて、粋が沈鬱な表情で呟く。
やはり、氷姫が亡くなっていたというのは、紛れもない事実のようである。
重たく沈んでしまった空気を変えるように、清晏が新たな話題を振った。
「ところで、みなさんの方はいかがですか? 白き闇が起こる原因を突き止めようと動いているそうですが……」
氷室から聞いていたらしく、こちらの状況について尋ねられる。
粋が「そうなんです」と答えた。
「今までの人達が見逃している何かを、僕達は見つけるつもりでいます。清晏先生は、人以外のもの……生き神と呼ばれるに相当するようなものについて、何か心当たりはありませんか?」
清晏は粋の話に驚きはしたものの、納得した様子をみせた。
「なるほど。そちらの方面から攻めるおつもりですか」
さらに顎に手をやり、少し俯きながら思案しはじめる。
「そうですね……申し訳ないのですが、今のところこれといって思い当たるものがありません。ですが、石碑の調査のまとめが終わり次第、私の方でも探してみましょう」
そう言って清晏は微笑み、雪姫達に協力を約束してくれた。
「何? 人以外のもの?」
大巫女が訝しげに顔をしかめる。
「はい。何か心当たりはありませんか? 白き闇の原因を突き止めるために、少しでも情報が必要なんです」
雪姫は、縋る思いで大巫女を見つめた。
ここは、“困った時の大巫女頼み”である。あれから皆で資料を漁り続けたが、これといってめぼしいものは見つけられなかった。そこで、物知りな大巫女ならば何か知っているかもしれないと期待し、再び村を訪れたのである。
「ふむ。一つだけ心当たりがないこともないぞ」
「本当ですか!」
玉砕覚悟の構えでいたが、意外にも手応えがあり、嬉しくなる。五人は顔を見合わせて喜び合うと、さっそく傾聴の姿勢をとった。
「ああ。この村の大巫女になった者にだけ、代々口伝えでのみ遺されている話だ。本来ならば他言無用だが、このように切迫した状況であれば仕方なかろう。村のことをいろいろと手伝ってもらった恩もある。特別に協力しよう」
立ち話も何であるからと、雪姫達は本殿に上がるよう促された。祭壇に飾られた掛け軸の氷姫が見下ろす中、大巫女の口が開かれる。
「その昔、氷之神によって力を与えられ、人あらざる者となった巫女のことを雪女と呼んでおったそうだ。もともと、雪女という あやかしの言い伝えがあるだろう。そこから名をとったと言われておる」
ああ、とそれから大巫女が何かを思い出し、「氷之神とは、霜白で信仰されている土地神のことだ」と注釈を入れた。
「力を与えられ……」
何やら思い至った様子の粋が、大巫女に尋ねた。
「この力というのは、霊力を指しているのでしょうか?」
「おそらくな」
大巫女が頷いて返す。
「人の域を越え、神には及ばず、といったところであろう」
それから話を本筋に戻した。
「雪女は人と氷之神とを繋ぐ存在。言わば、橋渡しの役割を担っていたという。そんな巫女が昔、この山に住んでいたらしい」
それを聞いた幼夢が、はっとする。
「ねぇ、もしかして氷姫もその雪女の一人だったんじゃない? “力を与えられて、人あらざる者”って辺り、かなり近いと思うんだけど!」
興奮しだした幼夢が大巫女に詰め寄った。
「雪女って、髪の色はどうだったんですか? 年を取らないとかは?」
矢継ぎ早に質問され、大巫女の顔がげんなりしたものになった。
「知らんわ」
またもや一蹴である。幼夢はがくりと項垂れた。
「ですよねぇー」
すごすごと大巫女から離れ、座り直す。大巫女はそれを一瞥し、ため息をついてから再び口を開いた。
「詳しく知らされてはおらん。ただ、そういう者がおったと言い伝えられていただけだ」
しょげていた幼夢であったが、何かを思いついたらしく、がはりと勢いよく顔を上げた。
「あっ、でもでも! もしそうだとしたら、氷姫の霊力は霜白皇家の血筋とは関係がなくなる訳だから……雪姫を含めた子孫が、誰一人として白き闇を防げないっていうのにも、納得がいくわ!」
自分の言ったことに元気づいて、幼夢は胸の辺りで拳を握る。
「うん、いい線いってるかも!」
そんな彼女の言葉を受けて、雪姫も確認するように仲間に問いかけた。
「じゃあ、氷姫の霊力は母方の血筋によるものだったかもしれない……ということ?」
「そういうことになりますね」
早智乃が応じる。
「氷姫の母親って、誰なんだ?」
答えを求めて佳月が粋を見やった。
「氷姫は霜白の初代皇帝の娘にあたります。ですが、奥方についての情報は、ほとんど残っていなかったはずです」
粋は考える仕草で、うーんと唸った。
「ひとまず、霜白に戻って清晏先生様に相談してみましょう」
そうして霜白に戻る途中。もう少しで森を抜けようというところで、事件は起きた。