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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十四章 再会 壱

 雪姫達が新たな調査に乗り出してから、数日後のことである。この日、氷室が久しい人物を連れて書庫を訪れた。


清晏(せいあん)先生!」


 粋が驚きと喜びの声を上げ、真っ先に彼のもとへ駆け寄る。雪姫や他の仲間も、次々に席を立った。


「みなさん、お久しぶりです」


 清晏は五人を見渡し、微笑んだ。


「お久しぶりでございます、先生」


 いつもの高飛車(たかびしゃ)振りはどこへやら。早智乃が(うやうや)しく挨拶する。

 幼夢は「あれっ?」と疑問の声をあげ、首を傾げた。


「久しぶりってことは、早智乃は先生と初対面じゃないんだ?」


「ええ」と清晏がにこやかに頷いた。


「早智乃様は、よく粋を訪ねておいででしたので、その時に」


「ああ、なるほど!」


 合点がいったとばかりに幼夢が手を打った。雪姫も、そういうことであったのかと納得する。そんな矢先、粋が首を(ひね)りつつ、ぼそりと漏らした。


「訪ねて? うーん。なんというか、単なる暇つぶしの場所にされていただけのような……」


「粋~? 何かおっしゃいまして~?」


「いえっ、何もっ!」


 早智乃の煌煌(きらきら)しい笑顔が逆に怖い。粋はこれ以上ないぐらいに背筋を伸ばし、口を(つぐ)んだ。


「ところで氷室様、清晏先生が霜白にいらしているということは……」


 一連の流れが落ち着いたところで、佳月が氷室に向き直る。和やかに見守っていた氷室も、表情を真剣なものに変えた。


「ああ。察しのとおり、私が石碑の調査のために清晏殿を水澄から呼び寄せた。今日は、君達に結果の報告をしに来たんだ」


 氷室が清晏に目配せをし、退(しりぞ)く。代わって清晏が進み出ると、そのまま口を切った。


「まずはみなさん、氷姫のことをよく突き止めてくださいましたね。これは……大変な発見です」


 最後、清晏は深刻そうに、噛み締めるように言った。


「石碑ですが、地質から見て百年前のもので間違いないでしょう。何らかの理由で、当時の人達の手によって下方が埋められていたようです。ただ、その理由も時と共に風化し、わかる者はもういません。村の人達も、本当に水神の石碑だと思ってきたようですから」


「そうでしたか……」


 報告を聞いて、粋が沈鬱(ちんうつ)な表情で呟く。

 やはり、氷姫が亡くなっていたというのは、紛れもない事実のようである。

 重たく沈んでしまった空気を変えるように、清晏が新たな話題を振った。


「ところで、みなさんの方はいかがですか? 白き闇が起こる原因を突き止めようと動いているそうですが……」


 氷室から聞いていたらしく、こちらの状況について尋ねられる。

 粋が「そうなんです」と答えた。


「今までの人達が見逃している何かを、僕達は見つけるつもりでいます。清晏先生は、人以外のもの……生き神と呼ばれるに相当するようなものについて、何か心当たりはありませんか?」


 清晏は粋の話に驚きはしたものの、納得した様子をみせた。


「なるほど。そちらの方面から攻めるおつもりですか」


 さらに顎に手をやり、少し(うつむ)きながら思案しはじめる。


「そうですね……申し訳ないのですが、今のところこれといって思い当たるものがありません。ですが、石碑の調査のまとめが終わり次第、私の方でも探してみましょう」


 そう言って清晏は微笑み、雪姫達に協力を約束してくれた。






「何? 人以外のもの?」


 大巫女が(いぶか)しげに顔をしかめる。


「はい。何か心当たりはありませんか? 白き闇の原因を突き止めるために、少しでも情報が必要なんです」


 雪姫は、(すが)る思いで大巫女を見つめた。

 ここは、“困った時の大巫女頼み”である。あれから皆で資料を漁り続けたが、これといってめぼしいものは見つけられなかった。そこで、物知りな大巫女ならば何か知っているかもしれないと期待し、再び村を訪れたのである。


「ふむ。一つだけ心当たりがないこともないぞ」


「本当ですか!」


 玉砕覚悟の構えでいたが、意外にも手応えがあり、嬉しくなる。五人は顔を見合わせて喜び合うと、さっそく傾聴(けいちょう)の姿勢をとった。


「ああ。この村の大巫女になった者にだけ、代々口伝えでのみ遺されている話だ。本来ならば他言無用だが、このように切迫した状況であれば仕方なかろう。村のことをいろいろと手伝ってもらった恩もある。特別に協力しよう」


 立ち話も何であるからと、雪姫達は本殿に上がるよう促された。祭壇に飾られた掛け軸の氷姫が見下ろす中、大巫女の口が開かれる。


「その昔、氷之神によって力を与えられ、人あらざる者となった巫女のことを雪女と呼んでおったそうだ。もともと、雪女という あやかしの言い伝えがあるだろう。そこから名をとったと言われておる」


 ああ、とそれから大巫女が何かを思い出し、「氷之神とは、霜白で信仰されている土地神のことだ」と注釈を入れた。


「力を与えられ……」


 何やら思い至った様子の粋が、大巫女に尋ねた。


「この力というのは、霊力を指しているのでしょうか?」


「おそらくな」


 大巫女が頷いて返す。


「人の域を越え、神には及ばず、といったところであろう」


 それから話を本筋に戻した。


「雪女は人と氷之神とを繋ぐ存在。言わば、橋渡しの役割を担っていたという。そんな巫女が昔、この山に住んでいたらしい」


 それを聞いた幼夢が、はっとする。


「ねぇ、もしかして氷姫もその雪女の一人だったんじゃない? “力を与えられて、人あらざる者”って辺り、かなり近いと思うんだけど!」


 興奮しだした幼夢が大巫女に詰め寄った。


「雪女って、髪の色はどうだったんですか? 年を取らないとかは?」


 矢継ぎ早に質問され、大巫女の顔がげんなりしたものになった。


「知らんわ」


 またもや一蹴である。幼夢はがくりと項垂(うなだ)れた。


「ですよねぇー」


 すごすごと大巫女から離れ、座り直す。大巫女はそれを一瞥(いちべつ)し、ため息をついてから再び口を開いた。


「詳しく知らされてはおらん。ただ、そういう者がおったと言い伝えられていただけだ」


 しょげていた幼夢であったが、何かを思いついたらしく、がはりと勢いよく顔を上げた。


「あっ、でもでも! もしそうだとしたら、氷姫の霊力は霜白皇家の血筋とは関係がなくなる訳だから……雪姫を含めた子孫が、誰一人として白き闇を防げないっていうのにも、納得がいくわ!」


 自分の言ったことに元気づいて、幼夢は胸の辺りで拳を握る。


「うん、いい線いってるかも!」


 そんな彼女の言葉を受けて、雪姫も確認するように仲間に問いかけた。


「じゃあ、氷姫の霊力は母方の血筋によるものだったかもしれない……ということ?」


「そういうことになりますね」


 早智乃が応じる。


「氷姫の母親って、誰なんだ?」


 答えを求めて佳月が粋を見やった。


「氷姫は霜白の初代皇帝の娘にあたります。ですが、奥方についての情報は、ほとんど残っていなかったはずです」


 粋は考える仕草で、うーんと唸った。


「ひとまず、霜白に戻って清晏先生様に相談してみましょう」




 そうして霜白に戻る途中。もう少しで森を抜けようというところで、事件は起きた。

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