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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十三章 敵の影 弐

(うーん、やっぱり違うみたい)


 雪姫は呪詛(じゅそ)の可能性を思いつき、関連資料を漁っていた。ところが、国を丸ごと覆ってしまうほどの力を発揮するには、霊力の強い者がいくら束になったとしても難しいようであった。何より、どんなに念じたところで霜や吹雪を起こすことはできない。呪詛は妙術ではないのだ。


 白き闇は人知を超えた不可思議な現象である。ゆえに近いと思ったのだが、当ては外れた。雪姫は文机に頬杖をついて、ため息をこぼした。


(まさか、(たた)り? でも各地で起こるみたいだし……)


 行き詰まっていたところへ、両手一杯に書巻を抱えた粋が通りかかった。雪姫は慌てて席を立ち、横から少年の手の中のものをいくつか引き受ける。


「大丈夫? 手伝うわ」


「すみません、ありがとうございます」


「なになに? どうしたの、これ」


 さっそく興味津々の幼夢がやってくる。その後ろに、早智乃と佳月が続いた。


「奥の方にあったので、持ってきました。みなさんも、よければ使ってください」


 粋はさっそく気候の巻の紐を解き、文机の上に広げていた資料と見比べはじめる。その手元を幼夢が覗き込んだ。


「粋は何を調べてるの?」


「過去に白き闇が起こった時の気候と、現在の気候に共通点はないかと思いまして。比較をしているのですが……」


 粋が情報を照らし合わせる作業をしながら説明する。早智乃は期待から身を乗り出し、先を促した。


「それで? いかがですっ?」


 皆が注目する中、しばし作業を続けていた粋が、やがて眉を寄せて否と首を振った。


「……だめです。これといって引っかかるような点は見あたりません。特に今年は曇りが続いて冷夏になるのではと心配されているぐらいですからね。当時とは状況がまるで違っていて、共通点を割り出すどころの話ではないみたいです」


「そっかぁー、残念」


 ため息と共に大きく肩を落とした幼夢の隣で、早智乃も()くれながら、そろりそろりと前のめりになっていた身体を戻す。


「まぁ、そう簡単には見つからないよな」


 苦笑混じりに、佳月が粋の持ってきた資料に手を伸ばした。雪姫も、近くにあった神事の巻を手に取ってみることにした。先ほどの「祟り」が頭に残っていたこともあり、何となく興味を引かれたのだ。




 ──なるほど。霜白で(まつ)られているのは、氷之神(ひのがみ)であるらしい。


 軽く目を通すだけのつもりでいたはずの雪姫であったが、いつの間にやら記される内容に引き込まれていた。

 氷之神は霜白の土地神で、寒い地方ならではの、(おそ)れの念から生まれた信仰のようである。霜白に「氷」「霜矢」「氷室」というように冷気に関した名が多いのは、この神にあやかってのことらしかった。

 その他にも、動物であったり、天候であったり、いくつもの信仰があった。風見ヶ丘と共通しているものもあれば、違うものもあって、なかなか興味深い。


 雪姫が夢中になって読み進めていると、幼夢がぽつりと呟いた。


「……ねぇ、氷姫って本当に人間だったのかな」


 幼夢が声を発して初めて、雪姫は自身が思っていた以上に資料に没頭していたことに気が付いた。

 いつの間にやら横で一緒に眺めていたらしい。幼夢が何やら考える仕草で、険しい表情を浮かべている。


「はぁ?」


 佳月が書巻から顔を上げ、怪訝(けげん)そうに眉を寄せた。幼夢がそちらに向き直る。


「だって、生き神様って言われてたんでしょ? もし本当に人間じゃなかったらどうする? って話」


「それ、物語の読み過ぎだろ……って言いたいとこだが──」


 佳月が、考えを巡らせるように天井を振り仰いだ。


「実は、俺も少し気になってはいたんだ。あの村で見つけた石碑には、霜白皇家の紋章が刻まれていた。ってことは、氷姫の世代交代説が否定されて、本人がものすごく長い年月を生きてたってことになるんじゃないのか……? ってな」


 早智乃も思い出したように口を開く。


「大巫女様から見せていただいた絵によりますと、実際に銀色の髪をしていらしたようですしね。さらに年まで取らないとなると……」


 氷姫は本当に人間だったのだろうか? という疑問が湧いてくる。


 幼夢が「それに」と言葉を継いだ。


「氷姫が生まれる前に白き闇はなかったんでしょ? 氷姫にしか防げないっていうのも、何だか気になるのよねぇ。これってただの偶然かな? 氷姫と白き闇の間には、何か深い関係があるんじゃないかしら。考え過ぎ?」


「人以外のもの、ですか」


 そう言って粋が何やら考え出した。辺りに沈黙が降り立ち、微かな緊張が漂う。


「信じ難い仮説ですが、たしかに今まで誰も疑ってこなかった部類の考えであるとは思います。盲点であったことに違いはありません。懸けて……みますか?」


 ちらりと窺うような、固唾を飲んでの問い掛けであった。しかし、ここにきてもう迷いなどない。雪姫も他の三人も、決意を(みなぎ)らせ、しっかりと力強く頷き返した。





 暗闇の中で、燭台(しょくだい)の炎が蛇の舌のようにチロチロと揺れている。


彼奴(あやつ)ら、霜白のことを執拗(しつよう)に嗅ぎ回りおって……!」


 何者かが文机の上で拳を震わせ、腹の底から憎々しげに囁く。

 静かな夜。とある屋敷の一室で、声の主は記憶の中の敵を()めつけた。


 氷姫と同じ血を引くという、風見ヶ丘から来た娘。名は雪姫というらしい。彼女は仲間を引き連れ、これまでに何度も皇宮の書庫に出入りしているようであったが、自身としてはまだ一度も接触したことはなかった。氷室の加護下に置かれているだけあって、上手いこと遠避けられている。未だ遠方から姿を拝んだことしかない。


(いったい何を企んでいる……)


「一葉様」


 暗闇から音もなく家臣が現れる。一葉と呼ばれた者は、ひとまず怒りを抑えて「何だ」と返した。


()の者共は氷姫が亡くなっていたことを突き止めたような(やから)でございます。もしかすると、我々一族の守り続けてきた秘事も調べ上げられてしまうやもしれませぬ」


「ああ。わかっておる。我々に落ち度などないと思うが、念のためだ。奴らにこれ以上の詮索(せんさく)を許してはならぬ。今まで手加減してやっていたが、限界がきたようだな」


「では──」


 家臣は無表情のまま、(わず)かに身を乗り出した。


「手の者を回せ」


「かしこまりました」

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