第二十章 真相 参
雪姫達が大巫女のいる神社にやってくると、岩影から出てきた幼い少女が とてとてと頼りない足取りでこちらに走り寄ってきた。
何度も村に通っているうちに心を許してくれたのか、彼女は一行のことを見つけると、向こうから近寄ってきてくれるようになっていた。
「こんにちは」
「おばあちゃん、おそなえ」
雪姫が彼女に合わせて腰を屈め、挨拶するや少女が返事の代わりにそう返してきた。
「大巫女様、お供えをしに行ったの?」
こくりと首が振られる。
「おねがいするの。神さまに、ことしもまた、たくさんみのりますようにって」
少女は「こっち」と小さな手で雪姫の手を引き、歩きはじめる。
引かれるがまま、一行は本殿の裏手にある小道を上っていった。
「へぇ~、裏にもまだ続く道があったんだ~」
幼夢の感心は、もっともである。半ば草木に埋もれているため、よほど注意を払っていなければ見逃してしまうであろう道であった。
登りきったところで視界が開けるのと同時に、少女の手がはなれる。少女はそのまま大巫女の方へ駆けてゆき、飛び跳ねるようにして緋袴に抱きついた。
「どうした、こんなところまで」
大巫女は抱きつかれた勢いで若干よろめいたが、驚いたのは一瞬だけで、次には最近よく現れるようになった面々に呆れたような表情を浮かべた。
「……なんだい、あんたたちかい。毎日毎日、ご苦労なことだな」
「あはは、どうもー」
幼夢が笑いながら頭を掻く。
雪姫達は、村のあちこちに出没しては、話しかけたり手伝いをしたりしていた。その甲斐あってか、村の人々とは打ち解けることができつつある。氷姫の情報は何一つ得られてはいないものの、初めの頃よりは向こうから話してくれる機会も多くなっている。それだけでも、作戦としては一歩前進であった。
「ん」
少女が両手を伸ばし、大巫女の持っている桶をねだった。
「おや、汲みに行ってきてくれるのかい?」
笑顔で頷き、望みのものを受け取ると、少女は再び雪姫の手を引き歩きだす。雪姫は引っ張られながら、慌てて大巫女に頭を下げた。
皆も各自に礼をし、あとに続いてぞろぞろと動きだす。見かねた大巫女が、やれやれと首を振り、後ろにいる他の仲間達を呼び止めた。
「水汲みごときに、そんな大人数で行かなくてもよかろう。せっかく来たんだ、おまえ達にも手伝ってもらいたいことがある。来るがよい」
そう言って踵を返し、少女が行くのとは逆方面に向かって進んでいった。
幼夢達と別れてから、それほど歩かないうちに湧き水の出ている場所に着いた。
水は、ちょろちょろと軽やかな音をたてながら岩肌を伝い、滑り落ちている。
濡れた岩に生えた苔は、たっぷりと水気を含み、生き生きと緑を輝かせていた。苔だけではない。この辺りは緑が鮮やかに見える。水場が近いからであろう。
湧水は岩を伝って流れてくるものと、地面から湧き出てくるものとが合わさり、小さな川の形を成している。初めて来た場所に雪姫が感心していると、少女は岩に手をつき、水源近くから水を汲み取った。
汲み終えると今度は桶を後ろに置き、膝をついて湧水を両手で掬いはじめる。
「飲めるの?」
慣れた様子で水を飲んでいたので、雪姫が尋ねてみると少女はちらりとこちらを見やり、頷いた。
湧水は綺麗に透き通っており、底石を映しながら なみなみと揺れている。
雪姫も少女の隣にしゃがんで水を掬い、口に含んでみることにした。
「うん……! 冷たくておいしい!」
その反応に満足したのか、少女がはにかんだように微笑む。雪姫もつられて笑顔になった。
雪姫は懐から手拭きを取り出し、少女の小さな手を拭ってやった。次に自身の手を拭きながら改めて辺りを見回すと、湧き水の落ちてくる岩越しに山道の入口らしきものを見つけた。
「まだ上があるの?」
どうやら、川に設けられた飛び石で向こう岸に渡たれば、行けるようになっているらしかった。
「おねえちゃん、うえにいきたいの?」
「え? ううん。ただ、何があるのかなって思っただけだから」
尋ねられたので向き直ってみると、少女は表情を消し、雪姫のことを食い入るように見つめていた。しかし、どうも視点が噛み合っていない。初めて会った時と同じように、そこにあったのは驚きのような、見定めるような瞳。雪姫のことを見ているはずであるのに、そうではない気がする、不思議な瞳であった。
少女がいったい何を見ているのかが、わからない。困惑していると、
「上には近付かん方がいいぞ」
そう挟んできたのは大巫女であった。供えるための花を摘みながら歩いていたようで、作業しながら背中で語る。
「あの道は山の頂上まで続いとる。もとは修験古道だったが、ある時期から行ったきり帰って来ない者が後を絶たなくなったらしくてな。捜しに行った者まで帰ってこないということが続いて、それで長いこと封鎖されておる。氷之神様が、お怒りになっているのかもしれんな。理由はわからんが」
話はそこで切られ、大巫女の意識は手元の花に切り変わる。
「これぐらいあればよかろう」
最後に適当な茎を使って手早く縛り、花の束を作った。それで用は済んだらしく、大巫女はさっさと戻って行ってしまう。
雪姫がぼんやり見ていると、少女が大巫女を指差しながら袖を引っ張った。一緒に戻ろうと笑いかけるその瞳は、いつの間にやら普段のものに戻っている。
雪姫は、何だかほっとした。
「そうね。私達も行きましょうか」
笑いかけると、少女も頷いた。雪姫は桶を持つと、もう一方の手を少女と繋いで、大巫女の背中を追いかけた。