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氷雪記  作者: ゐく
第三部
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第二十章 真相 弐

 幸い天候は曇りが続き、夏の気配も遠のいている。そのお陰で雪姫も調子を崩すことなく、村に通うことができていた。


 ところが、問題は次から次へとやってくるものである。

 それが起きたのは、屋敷を出て大通りを進んでいた時のことであった。


「──つけられてる」


 思わず振り返りそうになった雪姫を、佳月が「だめだ、気付かないふりしてろ」と小声で(いさ)めた。


「今のところは様子を窺ってるだけらしい。下手に動いたりしなければ向こうだって手を出してはこないはずだ」


 言われて、雪姫の心に冷たいものが走った。


(知られてしまったんだわ……。私の存在が、過激派に……)


「そうですね。今はまだ大丈夫だと思います。ですが油断は禁物です。できるだけ大人数で行動しましょう。雪姫さんは、絶対一人になってはいけません」


 十分に気をつけているつもりでも、どこからか情報は漏洩(ろうえい)してしまっているようである。雪姫は気を引き締める思いで拳を握り、「わかったわ」と小さく、けれども力強く頷いた。


 そんな一行の様子を、少し離れた路地の陰から眺める男がいた。その者は笠を深く被り、桔梗(ききょう)色の衣と銀鼠(ぎんねず)の袴を(まと)っている。


「…………」


 息を殺し、しばらく眺めたあと、さっと影の中に消えてゆく。男が居たことに気付いた者は、この時、誰一人としていなかった。





 ドコニイル

 ヘンジヲ、シテクレ……



 光も届かぬ真っ暗な闇の奥で、ひゅうひゅうと風に混じった声が響いていた。否、それは風自体がしゃべっているようにも聞こえる。



 ナゼ、コタエテクレナイ…



 声の元をたどってゆくと、巨大な水晶と見紛うほどの分厚い氷に行き着いた。大きな一筋の亀裂(きれつ)から、風が漏れている。声は、そこから発せられていた。



 ナゼダ……ナゼ……

 ……アァ……ァ……



 深い悲しみと傷ましさが、震える空気を通じてこれでもかというほどに辺りに伝播(でんぱ)する。声の主は悲嘆に暮れ、我を忘れているようでもあった。



 ドウシテ、ヘンジガナイ……

 ドウシテ……ドウシテ……



 押し込められていた存在が氷の内側で渦を巻きはじめ、次第に力と感情を増幅させてゆく。もとより入っていた亀裂が広がってゆき、次々と新たな亀裂を生み出していった。


 ひび割れたその隙間から冷気があふれれ出し、ついに氷の(くれ)が打ち砕かれる。



 ────ミフユ……



 暗く冷たい闇の奥で、何かが静かに目覚める気配がした。





「外まで追ってくる気はないらしいな。ひとまずは安心だ」


 しばらく歩いたところで佳月が町を振り返る。それを聞いて雪姫達も一斉に安堵の息をつき、互いに顔を見合わせ、喜びあった。


 いくら過激派とはいえ、いきなり人の命を奪うような真似はしてこないらしいので、助かった。

 これから歩く山道の方が道幅も狭く、木々に囲まれているため見通しも悪い。もし狙われるようなことがあれば、ひとたまりもない。そんな襲うに格好の場所まで乗り込んでこないということは、やはりただ様子を窺っているだけのようである。でなければ、「手は出さないでいてやる」と情けをかけることでどちらが優位であるかをちらつかせ、暗黙のうちに牽制(けんせい)を図っているのかもしれなかった。


(あら?)


 安心も束の間。今度は違和感を覚え、雪姫は辺りをきょろきょろと見回した。


「どうしたの?」


 その様子を見て幼夢が首を傾げた。


「あ、ううん。何か変というか、違ったような感じがしたから」


「そうなの? 昨日来た時と、何か変わってる?」


 幼夢も辺りを見回した。その時であった。



 ──────!



 視界いっぱいに閃光が弾けるのと同時に、パァンとけたたましく何かが割れたような音がしたので、雪姫は仰天した。


 どきどきと鼓動が打ちはじめる。ところが、頭に直接響いてくるほどの大きな音であったというのに、幼夢はというと何事もなかったように他の仲間にも変わったところはないか尋ねていた。皆も平然と受け答えをしており、どうやら雪姫以外に音を聞いた者はいないようであった。


(う、嘘でしょう……みんなには聞こえていないの?)


 雪姫はひどく混乱した。そういえば、と以前にも似たようなことがあったのを思い出す。

 夢の中に、ひびの入ったような音が割って入り、飛び起きたことがあった。その時も近くにいた者達に尋ねて回ったが、誰も何も聞いてはいなかったのである。

 ずいぶんと大きな音であったというのに皆が(そろ)って言うのだから、ただの夢だったに違いないと結論づけていたのだが。今回の場合はどう説明すればよいのだろう。夢ではもう片付けられない。もしかすると、前回の音も夢ではなかったのかもしれない。


「うーん。特に変わったところは見当たらないかなぁ」


 一通り仲間にも尋ねてくれた幼夢が、こちらを振り返る。雪姫は平静を装いながら、皆に向かって笑いかけた。


「ご、ごめんなさい。やっぱり、ただの思い違いかも。気にしないで」と、打ち消すように手を振る。


 違和感については、実のところ雪姫自身も何がどう変なのか、よくわかっていなかった。確固たるものがなく、あまりにも茫洋(ぼうよう)としすぎているため、気のせいではないかと思えてくる。

 それよりも、音である。なぜ皆には聞こえないのだろうか。なぜ自分にだけ聞こえるのだろうか。耳がよすぎるのか。それとも、頭の方に異常があるのか。その他に理由でもあるのか……

 ぐるぐると考えてみたが、答えなど出ない。こっそりと息をつき、雪姫はこれから登る山道を見上げた。

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