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氷雪記  作者: ゐく
第三部
53/101

第二十章 真相 壱

 私は幼く、愚かでした

 もう、認める。認めるから……



 どれぐらいの時が経っただろう。ようやく落ち着きを取り戻した雪姫は、来た道を──屋敷の庭園を引き返していた。

 しばらく歩を進めていると、幼夢と早智乃がやってくるのが見えた。


「あ、いたいた! 雪姫ーっ!」


 片やにこにこしながら大きく手を振り、片や凛とした佇まいを崩さないでいる。なんとも対照的な二人だったが、揃って上掛けを羽織っていた。


「幼夢、早智乃。どうしてここに?」


 それには幼夢が答えた。えへへと、おどけるように笑いながら言う。


「散歩に行くって書き置きがあったから、混ぜてもらおうかと思って」


「それにしても、雪姫。あなた、そのような格好で寒くありません?」


 早智乃は怪訝(けげん)そうに眉を寄せると、雪姫の袖を取った。まったくもって理解できない、といった様子である。


「ええ。ぜんぜん平気よ。むしろ、これぐらいでちょうど良いくらいだから」


「そ、そう。なら、よいのですけれど……」


 本人が言うならと、あきらめたのか手を離し、つんとそっぽを向いて腕を組む。


「でも、見ているこちらだけが寒いだなんて。何だか悔しくなりますね」


 思わず苦笑が漏れる。ここにきても、似たようなことを言われてしまうとは。風見ヶ丘でも、雪姫は友人の椿に「見ているこっちが寒いから上掛けを着なさい」と、理不尽な理由でよく怒られていたのである。


(懐かしいな……)


 こっそり郷愁に誘われる。それでも、帰りたいとは思わなかった。

 白き闇が降りる最後の瞬間まで尽力(じんりょく)すると決めて村を出たのである。器量の小ささは認める。けれども、それを理由に氷姫捜しをあきらめるつもりはなかった。


愚図(ぐず)には愚図なりの、村娘には村娘なりの頑張り方があるはずだもの。まずは、それを見つけなくては)


「そういえば、このところ安定しないねぇ天気」


「当たり前ではありませんか。季節の変わり目なんですから」


 誰ともなしに歩き出し、自然と話題も別のものに移ってゆく。


「雨、降っちゃうのかなぁ」


 雪姫が二人の話を聞きつつ、どうしたらよいのかを考えていると、会話に入っていないのを見てとった幼夢がこちらに話題を振ってきた。


「そうそう。雨っていったら、雪姫との出会いのきっかけも雨だったよね」


「え? ああ、そういえばそうだったわね」


「きっかけ? 雨がですか?」


 不思議そうにしている早智乃に、幼夢が「そっか。早智乃は知らなかったよね」と当時のことを話した。


「あたしと佳月、旅の途中で雨に当たっちゃって。その時に泊めてもらったのが雪姫の家だったの。それがはじまり」


 ねっ? と確認するように微笑む。雪姫もそれに(かぶり)を振って応えた。


「ええ。でも、運が良かったのかも。うちの村は、人にも慣れている方だったから」


「え、なになに? どういうこと?」


 幼夢が話に食い付いてきた。


「前にね、旅の人が言っていたの。村によっては警戒心が強くて、泊めてくれないところもあるって。余所からの人を嫌ったりするんですって。山間部だったりして奥まっていたりすると、なおさら」


「そうなんだ。ぜんぜん知らなかった。じゃあ村っていっても、みんながみんな風見ヶ丘みたいなところってわけじゃないんだ」


 幼夢が感心したように言う。雪姫はそこではっとした。


「そうよ、そうだわ!」


 どうしてもっと早くに気づかなかったのだろう。目には目を、歯には歯を。では、村には? と聞かれたら、答えは村だと決まっているというのに。


「幼夢、早智乃、ありがとう! 私にも、できることがあるかもしれない。役立てることが、あるかもしれない!」


「ど、どうしたの、急に?」


「役立てるって、いったい何のことです?」


 突然立ち止まったかと思えば、今度は沸き立ち出す雪姫に、幼夢も早智乃も鼻白んだ。


「来て! みんなに聞いてもらいたいことがあるの!」


 話したい、そう思ったら身体が動いていた。返事を待つことなく、雪姫は二人の手を取り走り出す。


「えっ! なっ、なになになに」


「ど、どういうことなんですっ? ちょっと!」


 突然、ぐんと引かれて幼夢と早智乃は目を白黒させる。

 そんな二人を連れ、雪姫は屋敷までの道を駆けた。





「それで、聞いてもらいたいことって何なんです?」


 ちょうど朝食のために集まる時刻と重なったので、佳月と粋を探しにいく手間が省けた。部屋に全員が揃うなり、雪姫はさっそく話を切り出した。


「あのね、村によっては余所者に対して警戒心が強いところもあるって、旅の人が前に言っていたのを思い出したの。だからこの前訪ねたあの村に、根気強く通ってみるのがいいんじゃないかと思って」


 そう述べ、息を継ぐ。


「だってね、もしも隠していることがあるとするなら、ちょっとやそっとのことでは わからないはずなの。村ってとても結束力が高いから、国に対して隠し事をしようと思えば、ばれないように上手くやれてしまうし」


「…………」


 注がれる四人分の視線に、雪姫の心臓が縮んだ。皆が驚きの目でこちらを見ている。それに驚いてしまった。


「え……?」


「い、いえ。なんというか……今さらりと恐ろしい発言があったので」


「あはは。けっこう怖いんだぇ、村って」


 粋は動揺を紛らわせようと眼鏡をいじり、幼夢は乾いた笑いで目を泳がせる。


「まさかそんな側面があったとはな……」


「ええ。知りませんでした。村に裏事情があったなんて……」


 佳月は呆然となり、早智乃は顔を引きつらせている。

 しばしの沈黙のあと、我に返った粋が口を開いた。


「す、すみません。ええと、村に通った方がよいという話でしたよね」


「え? ええ」


 ぎこちない空気から気持ちを切り替え、雪姫は説明に戻った。


「あとは、隠しているのではなくて、ただ単に気付いていないという場合も考えられると思うの。忘れ去られていたり、生活に密着しているからこそ自覚がないという具合に。そういう時こそ、外部からの人の方が気付けることもあるんじゃないかと思って。私も村民だから、比較できる対象があるからこそ、嘘を見抜いたり、発見できることがあるんじゃないかと思って」


 言い切ってから(うつむ)いた。何とか意思は伝えられたものの、どう返されるかがわからない。散々しゃべっておいて今さらだが、急に不安になってきた。

 雪姫は身体の前で両指を固く握りあわせ、身を(すく)ませながらも恐る恐る前髪の隙間から皆を窺う。


「……どう、かしら?」


「うん、いいんじゃない? 文のやり取りも一段落ついたところだし」


 幼夢はあっさり賛成し、ね? と皆に同意を求める。


「そうですね。幽閉についての捜査にも、まだまだ時間を要しますし。何より、僕達にはもう手出しできないほどの大事になってしまいましたから」


 そう言って最後、粋がちょっぴり困ったように笑う。その隣で佳月が腕を組み、(うなず)いた。


「たしかに。あとのことは氷室様に任せる他ないからな。俺達の手は、ちょうど空いてる」


 そのままの流れで早智乃に視線がいく。雪姫に緊張が走った。意志の強そうな、射抜かれてしまいそうな瞳に対して、()らすまいとなんとか踏みとどまる。

 雪姫にとっては、この、ほんの数秒がひどく長い時のように感じられた。


 やがて最後の少女は息をつき、いつもと変わらぬ淡々とした表情で言った。


「そのように今までにない観点で捜査ができるのなら、新たな手がかりも得られるかもしれませんね。迷う理由も特にありませんし、よろしいんじゃありません?」

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