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氷雪記  作者: ゐく
第二部
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第十九章 冷夏 弐

 雪姫は身をもって知った。現実の自分は思っていたよりもずっと非力で、しょうもないほどに役立たずで、とんでもなく愚図(ぐず)であったのだと。

 これほどまでに無能であったとは。何かできるに違いない、だなんて思い上がりもよいところであった。

 氷姫と血の繋がりがあったとしても、それは関係ない。雪姫はただの村娘で、特別な力などなく、それ以前に幼夢のように積極性や行動力に富んでいるわけでもない。どうやら無意識のうちに己のことを高く買い被っていたらしい。恥ずかしい話である。

 だが、目が覚めた。氷姫捜しが壁にぶつかり、仲間との力の差に落胆していたところへ暑さという追い討ちをかけられた。落ちるところまで落ちて、空っぽになって、ようやく気が付いたのである。器の小ささに。





(……これでよし、と)


 翌朝。起床時間より早めに起きてしまった雪姫は、まだ寝息をたてている幼夢と早智乃を起こさぬよう、静かに身支度(みじたく)を済ませ、散歩に行ってくると書き置きを残して部屋を出た。


 夏などなくなってしまえばいいのにという、雪姫の思いが天に届いたのだろうか。あれから山の上空に出ていた雲が急速に成長し、空一面を(おお)うまでとなった。

 日が差さなくなっただけでだいぶ違う。今朝にいたっては、まだ時刻が早いことも手伝って、涼しくて過ごしやすい。霜白自体の標高が高いことも関係しているのであろう。風見ヶ丘でいうところの秋頃の気温のように感じられる。

 多くの人の感覚であれば肌寒いと思うかもしれないが、雪姫にとってはこれぐらいがちょうどよかった。


 部屋に閉じこもってばかりいたので、例え敷地内であっても、こうして外に出て歩き回れるのは気分がよい。今までの反動なのか、普段よりずいぶんと開放的な気持ちでいられる。


 屋敷の庭は、驚くほど広かった。

 建物自体も広いが、庭もまた広い。歩いてゆくと、人工的に造られた小さな滝があり、そこから流れた水はいくつも連なった池の方へと注がれていた。陸と小島とを結ぶ石橋も設けられ、草木もふんだんに植えられている。

 全体的に手入れがよく行き届いていた。思えば、庭師が作業しているのを何度か見かけたことがある。


 奥に進むと小高くなっており、(くぬぎ)や楓といった野生の種が増えてゆく。山を思わせる造りになっているので、自然と馴染み深い地形と草木に囲まれた。


 雪姫は庭を見渡せるこの場所が気に入り、近くに設けられていた東屋には()えて入らず、地面にそのまま腰下ろした。

 膝を抱えながら景色を眺め、大きく息を吸い込む。

 ひんやりとした空気は、肺だけでなく空になっていた心までも満たしてくれるようであった。


 涼しくなったからか頭が冴えている。そんな気がした。今にして思えば、今年が異常だったのである。具合が悪くなるにしても、これほど酷くなることは一度もなかった。


(寒さには強いのに)


 遠くでは、番の者が腕をさすっていた。雪姫はというと、いつもと同じく薄着だが、何の問題もなかった。むしろ調子が良いぐらいで、思考の方もくるくるとよく働いてくれている。


(夏の間、ずっとこのままでいてくれないかしら)


 なんてね、とひとり肩を(すく)めて苦笑する。夏は作物にとって大切な時期である。日照不足で冷夏となり、成長に害が出てしまっては困るのだ。農民の立場からして、これは本望ではない。


 そして、しばしの沈黙。

 突然、雪姫は溜め息をつき、己の膝に顔を埋めた。


「あーあ」


 別のことを考えているうちはよいのだが、それが途切れた途端、頭の隅に置かれていたものが もたげだす。それは他でもなく、至らない自身のことについてであった。


 できない。足りない。何の役にも立てていない。むしろ皆に心配までかけ、足を引っ張っている始末。だが、これが事実であり、現実であった。


「あーあ……」


 どうしようもないほどに胸の奥が(きし)む。けれど、雪姫はもう認めよう、受け入れようと思った。抵抗する力さえ残っていない。だからもう、受け入れることしかできない。

 もはや、開き直りに近かかった。だが、これでよいのではないか、とも思う。


 雪姫は衣や髪が汚れてしまうのもお構いなしに手足を投げ出し、地面に寝そべった。


「私は幼く、愚かでした」


 懺悔(ざんげ)の言葉を誰にともなく呟く。

 雪姫は押し寄せてくる惨めな気持ちに流されてしまわないよう、心を強く持ってひたすらに耐えた。


(もう、認める。認めるから……)


 ゆっくりと深く呼吸し、目を閉じる。

 気持ちの波が静まるまで、雪姫はしばらくの間そうしていた。

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