第十八章 苛立ち 壱
「普通の村だよな」
「普通の村よね」
村に着くなり開口一番、幼夢と佳月が実に率直な感想を述べてくれた。
二人の言うとおり、何か目立って変わったところがあるわけではない。家があり、畑があり、棚田が広がるごく普通の静かな山村。氷姫の足取りを確認できる最後の地であるということを除いてしまえば、これといって特別なところはないように思われた。
「あっ! ねぇねぇ、佳月。あれって氷室様のお屋敷じゃない?」
幼夢が嬉々としながらその方面を指差し、少年の肩をたたく。
「ああ、本当だ。あの庭、絶対にそうだよな」
村は都から西に進み、いくらか登ったところにあるため、斜め上から霜白の町が一望できる。氷室の屋敷だけでなく、都の象徴ともいえる煌びやかな皇宮でさえも今は置物のように小さく見えた。
雪姫は、はしゃいでいる二人から少し外れた場所で景色を眺めていた。そこへ、後ろから遅れてやってきた早智乃と粋のやりとりが聞こえてくる。
「だ、誰です……っ! こんなところに、村を建てようだなんて、言い出した、輩は……っ!」
「ほ、ほらほら、早智乃様。もう、着きました、から。ね……?」
支えるようにして付き添っていた粋が、勝手に言いがかりをつけ、勝手に怒っている早智乃を宥めていた。
「早智乃、大丈夫?」
いつの間にやら、幼夢がこちらに移動していた。身を屈めて顔を覗き込めば、早智乃が むっと顔(※)になる。(※不機嫌な顔)
「わ、わたくしは、あなたと違って、か弱いん、ですっ!」
そうして決まり悪そうに、そっぽを向いてしまった。
気力的には元気そうだが、体力的にはどう見ても大丈夫そうではない。ついでに言えば、隣の粋は追いついたことに安心したのか、息切れの果てに放心状態になってしまっている。
二人は霜白まで来るために、馬や籠を使ったと言っていた。雪姫の場合は、普段の生活から山に登る習慣が。また、幼夢と佳月は活発な性格から底無しの体力があった。ところが、普段からあまり身体を動かすことのない早智乃と粋にとって、この山道は少々辛かったようである。
とりあえず二人の呼吸が整うのを待ち、それから調査を開始しすることになった。
「すみませーん! ちょっとお尋ねしたいんですけどー!」
畑で仕事をしている者達を見つけ、さっそく幼夢が声を張り上げた。そこにいた者達が、わらわらと集まってくる。
「この村が氷姫の立ち寄ったことが確認できる最後の地だとお聞きしんですけど、何かご存じなことはありませんか?」
「そう言われてもなぁ。俺達だって、氷姫が立ち寄ったとだけしか聞かされていないしな」
なぁ、と村人達は互いに顔を見合わせる。
「今までにも同じこと聞かれてきたけど、俺達だって何も知らないんだ」
「ではこの村で長生きな方か、物知りな方を教えていただけません?」
今度は早智乃が尋ねる。
「そりゃあ、大巫女の婆ちゃんに決まってるだろうよ。一番長生きだし、一番物知りだ」
一人が言えば、皆も頷いた。どうやら同じ意見であるらしい。
「どちらにいらっしゃいます?」
「神社にいるよ。ほら、あそこに鳥居が見えるだろう?」
一人が後ろにある山の方を指さしてみせる。たしかに、木々の間からは古びた石の鳥居が覗いていた。
雪姫達は村の人達に礼を述べると、その足で大巫女がいるという神社へ向かった。
山の斜面に沿って造られた、人の手で組まれた長い石段。それを登った先に境内はあった。
「ごめんくださーい!」
小さな本殿に向かい、幼夢が声をかける。しかし、待てども返事はなく、また人が出てくる気配もない。
「おかしいですね。留守なんでしょうか?」
粋も首を傾げた。
「誰かいませんかー!」
幼夢がもう一度呼びかけてはみるものの、やはり何の反応もなかった。
「あれ?」
幼夢が何かに気付いたらしい。つられて雪姫も首を巡らせてみれば、ちょうど先方の岩影からこちらを見つめている少女がいた。
まだ幼い。髪は襟元で切りそろえられ、お人形さんみたいという言葉がそっくりそのまま当てはまるような、可愛らしい少女であった。
雪姫と目が合い、少女は岩陰にさっと身を隠す。が、その場から離れようとはしない。余所者である一行のことが気になるらしく、しばらくすると再び顔を出し、様子を窺ってきた。
「小さい子がいる。どうしたのかな?」
構おうとする幼夢に対し、早智乃は嫌そうに顔を歪めた。
「わたくし、子供は嫌いです」
「えーっ、何でー? 可愛いのに~」
「すぐに泣きますし、言うことだって聞かないではありませんか」
「いや、だってそれは子供だから……」
呆れる幼夢と、ぶつくさと文句を垂れる早智乃を尻目に、雪姫は少女に向かって笑いかけた。少女の方も、照れたように笑顔を見せる。
雪姫は怖がらせないよう数歩だけ近付き、屈んで同じ目線に立った。風見ヶ丘でも子供の面倒を見る機会はあったので、多少の慣れはある。
「どうしたの? 一人で遊んでいるの?」
しかし少女は瞬きもせずに、こちらをじーっと見つめたままでいる。驚きか、選定か。何ともいえぬ食い入るような視線に耐えかね、雪姫は再び口を開いた。
「お姉ちゃん達、大巫女様に聞きたいことがあって来たの」
「……ひいおばあちゃんに?」
大巫女という単語に反応した少女が、瞳を瞬かせる。そこへ、ちょうど声がかかった。
「なんだい、大きい声出しとったのは、あんたらだったのかい」
途端、少女の顔が灯りをともしたように明るくなった。老婆に駆け寄ると、幼い子独特の可愛らしい笑い声をあげながら足にじゃれつく。
そんな無邪気な姿に、頭を撫でてやる老婆の目も細まった。
雪姫の頬も、自然と緩む。
「して、何用だ?」