第十七章 霜白にて 弐
山を越え、平野を進み、ようやく雪姫達三人は霜白の地を踏んだ。
一週間の旅の末にたどり着いた北国の主都は、若草や水澄と大きく異なり、山の斜面から裾野にかけて国が設けられていた。独特の形で繁栄する国の様子を、坂の頂に建てられた皇宮が見下ろしている。
麓の食事処で足を休めた雪姫達は、次に清晏の助言に従って氷室の屋敷を目指すことになった。その、道中。
「雪姫様……?」
名を呼ばれたような気がして振り向けば、なんとそこにいたのは風見ヶ丘までやってきた使いの者であった。
「雪姫様ではありませんか! どうしてここに!」
使いが慌てて馬から下りる。まさか雪姫が霜白にいるとは思ってもみなかったらしく、ひどく驚いていた。
「──って、駄目です! まずすぎます!」
たっぷり三拍置き、今度は慌てて雪姫達を道端に連れ出すと、周りを気にしながらできるだけ声を小にして訴える。
「あなたが霜矢様の子孫であると過激派の人間にばれたりしたら、命を取られたとしても文句は言えませんよ……!」
「あ……あの、落ち着いてください。私達、それを承知でここまできたんです」
「え?」
半ば取り乱し気味の使いを宥めれば、彼は先ほどよりもさらに大きく目を見開いた。雪姫は、霜白まで来るに至った経緯を話して聞かせた。
「それにしても、よくぞご決断なされましたね」
氷室の屋敷まで案内してくれるという彼の後ろに続き、歩き出した直後。ここまで来たことに対して感嘆の言葉をかけられ、雪姫はどきりとした。
「いえ、他に手立ても思い浮かびませんでしたし……」
雪姫は咄嗟に曖昧な返事をしてごまかすが、なんとも気まずかった。命懸けで氷姫を捜しにきたと言えば聞こえはよいが、実際は何もできないでいることに耐えきれず、こちらの道を選んだだけにすぎない。危険だということも、おそらく本当の意味では理解などできていないのだ。良くも悪くも、無知で無鉄砲であるがゆえに選べてしまった、ただそれだけ。だから、違う気がした。結局は皆のためでなく自分のためで、褒められるような要素など一切ない。感心される分には動機が不純すぎて、照れといった感情よりも後ろめたさが募る。
次は何と言われるのだろうと雪姫が身構えていると、予想に反して彼は話題を移した。
「ご存知のとおり、霜白は次期皇位継承権を巡って荒れています。民衆も、過激派でも国をよく知る一葉様か、堅実でも突然外部より戻ってこられた得体の知れない氷室様か、どちらを支持すべきか迷っているようです」
「宮中はどうなんだ?」
「宮中はどうなの?」
ぼーっと話を聞くだけであった雪姫に代わり、横から幼夢と佳月が重要な部分に切り込んだ。
「……って、内部のことをそんなに軽々しく喋れるわけないか」
口にしてから気付いたようで、佳月が苦笑する。隣の幼夢も失念していたらしく、「あ、そっか。そうよね」と声を漏らした。
馬を引きながら前を歩いていた使いの肩が、微かに揺れる。どうやら笑っているらしい。
「民も皆知っていることですし、よいでしょう。この際ですからお話します。勢力としては、だいたい半々です。そのせいで、勝敗がつき辛くなっていたりします」
「へぇ。急に戻ってきたっていうから劣勢なのかと思ってたけど、意外と支持者は多いんだな、氷室様って」
腕を組み、関心した様子で佳月が誰にともなく呟いた。
「氷室様と関わった者ならば、彼がどれほど優れたお方か、よくわかりますから」
先導する使いは時々しか振り返らないため、表情はよく見えない。が、その声色から氷室への信頼が十分に感じ取れた。
清晏も推すほどの人物である。いったい、どのような人なのだろうか。
しばらくすると長い板塀が現れ、前方に門が見えきた。屋敷の入り口で、使いがくるりと向き直る。
「さぁ、着きましたよ。こちらが氷室様のお屋敷です」