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氷雪記  作者: ゐく
第二部
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第十七章 霜白にて 壱

「えっ、霜白へ向かわれるのですか!」


 思いのほか相手の反応が大きかったため、雪姫の方が狼狽(うろた)えてしまった。出立の朝、清晏に霜白で氷姫捜しをするのだと伝えたところ、ひどく驚かれた。


「止めはいたしませんが……」


 清晏は顎先に指を当て、何やら深刻そうに切り出す。


「私としては、あまりおすすめできません。現在、氷室(ひむろ)様と一葉(かずは)様……二者の間で起きた皇位継承問題によって、霜白はひどく荒れています。心配なのは、このお二人よりも雪姫さんの方が強い継承権を持ってしまっていることなんです」


(──えっ?)


 雪姫は瞠目(どうもく)した。


「もし、あなたが霜矢様の曾孫だと知られたら、利用しようとする者、亡き者にしようとする者が現れるかもしれません」


 なぜそのようなことになるのか、雪姫の頭が追い付かなかった。自身について語られているはずであるのに、他人事(ひとごと)のようにしか感じられない。清晏の物腰は穏やかだが、言っていること自体は非常に物騒である。ただの村娘にとっては縁遠く、現実離れしすぎているせいで単なる言葉の羅列としてしか入ってこない。氷姫と同じ血を引いているという意識はあっても、皇家の血が流れているという認識はあまりにも薄すぎた。今回、霜白に行くことで浮き彫りとなった霜矢の血統の重要性に、雪姫は今さら怖じ気づいた。


「当初は一葉様が皇位を継ぐことになっていたのですが、辺境にお住まいだった氷室様が突然霜白にお戻りになられて、血筋的に優位な氷室様に継承権が移ることになったのです。ところが、突然現れた彼に国を任せられないと不満を言う者達が出てきまして……それで皇宮は荒れてしまっています」


 清晏が、ぎしりと木の床を踏み鳴らし、こちらへ一歩、歩み寄った。


「一葉様側は過激派です。十分な注意が必要となります。それでも、行かれるのですか?」


 まるで、全てを見透かすような視線であった。雪姫は言葉に詰まり、思わず目を()らす。


 どくどくと鼓動が鳴りはじめた。危険が伴う可能性を否定できないからこそ、覚悟のほどを問われているというのに。即答できなかった。


(私、今「はい」とすぐに言えなかった。「行きます」って、すぐに答えられなかった……)


 霜矢の血は、自分が思っている以上に大きな意味を持ってしまっている。幼夢や佳月を巻き込んでしまうことも、ないとは言い切れない。ここにきて、雪姫の霜白へ行くという決心はひどく揺らいでいた。


(わからない。私、どうしたらいいの……)


「──雪姫」


 横にいた幼夢が、包むようにして手を握ってきた。雪姫は、はっと顔を上げる。


「ねぇ、雪姫はどうしたい? 私達のことなら、気にしなくていいから。雪姫に関わることだから、雪姫が決めて? 行かないなら行かないで別の方法を探すだけだし、危険でも行くっていうのなら、私達だって、ちゃんと覚悟決めるよ?」


「幼夢……」


 泣きそうになった。雪姫はここでも幼夢に助けられ、心強いやら情けないやらで、気持ちとしては少々複雑であった。

 悔しいけれど、認めたくはないけれど。それでも今、彼女の優しさと手の温もりが背中を押してくれているのは、紛れもない事実である。


(そうよ、私が自分から氷姫を捜し出すって言いだしたんだもの。そしてこれは、私に関することなんだもの。きちんと自分自身で判断して、決めなくては)


 雪姫は口を引き結び、頷いてみせる。その反応を見て、幼夢の方も微笑んで頷き返した。

 包み込んでいた手が、するりと離れてゆく。


 雪姫はゆっくりと息を吸い込み、呼吸を整えた。

 思えば、この進路は二人からの提案で、自分はそれに乗っただけにすぎない。他に方法はなさそうであるからという理由で簡単に決めてしまったが、蓋を開けてみれば、簡単に決めてよい事柄ではなかった。

 だから改めて判断を下さなければならない。選ばなければならない。安全か、前進かを。


(私は……)


 どうしたいのだろう。

 霜白に行って氷姫の手がかりを見つけられるという保証も、安全という保証もない。最悪の場合、殺されてしまうかもしれない。


 それでも、このまま前に進めずにいるのは、絶対に嫌であった。何もできずに、ただ見ていることしかできないという苦しみは、一年前の疾風の時に十分すぎるほど味わった。


(あんな思い、もう二度としたくない。だから、もし私にできることがあるのら、頑張りたい)


 限られた時間の中で、精一杯の努力をしたいと雪姫は切に思った。


(だったら私は──)


「例え、危険が伴ったとしても……前に進みたいです」


 心も、声も震える。けれど、必死になって訴えた。


「霜白に行きます。危険かもしれないけれど、それでも私、今は前に進みたいです」


 ようやく出された答えに、清晏は眼鏡を押し上げて応じる。


「わかりました。最初に申し上げたとおり、止めはいたしません」


 あっさり引いてくれたことに、ほっとしつつ、雪姫は清晏に感謝した。答えを待ってくれたことが、意志を尊重してくれたことが、本当に嬉しかった。


「では、霜白に着きましたら氷室様を訪ねることをお薦めします」


「でも、待ってください。その氷室って人物、今の話だと王位継承問題の渦中にいるんじゃあ……」


 佳月が困惑した口調で尋ねた。


「ええ、そうです」


 清晏は頷き、話を続ける。


「庇護下に入れてもらうのがよろしいかと思います。彼は穏健派の人間ですから安心ですし、雪姫さんのことを守れるだけの力も持っていらっしゃいます。さらに、氷姫捜しにも全力を注いでおられる方ですから、必ずや皆さんの力になってくれることでしょう」


 それから残念そうに微笑み、軽く肩を(すく)めてみせた。


「私からできる助言といえば、このぐらいです」


「いいえ、十分です」


 雪姫は否と首を振った。


「ご助言、ありがとうございました。霜白に着いたらすぐに訪ねてみます」


「では、私から氷室様に紹介状を送っておきましょう」


 三人は深々と礼をし、書庫を出た。


「幼夢様、佳月様もどうかお気をつけて」


 そうして清晏に見送られ、雪姫達は水澄を発った。

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