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氷雪記  作者: ゐく
第二部
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第十六章 追手 肆

 山吹は今、喧騒(けんそう)の中にあった。

 押し寄せてきた兵士達によって持ち込まれた松明(たいまつ)(かがり)が闇を暴き、夜とは思えぬほどに村は明るい。住人達は中央の開けた場所に集められ、安全が確認できるまではこの場で待機するようにと指示されていた。

 人々は盗賊と聞いて不安を口にしたり、身を縮めたりしているが、これはただの演技である。盗賊集団の討伐と銘打(めいう)って軍が何かを探しているという知らせはすでに行きわたっており、山吹の住人達は草助からの普通の村人として振る舞うようにという指示を守っているにすぎないのであった。


 行き交う兵士達をかき分け、一人の若い兵士が走り去ってゆく。

 ぼんやりとそれを眺めていた少女は、膝を抱えて座っていた。目では兵士達を捉えてこそいたが、心ではまったく別のことを考えていた。


(疾風様、大丈夫かしら……)


 少女は霞であった。

 どうしても不安は拭いきれない。思考は悪い方にばかり巡ってしまう。


「大丈夫だ」


「え?」


 すぐ隣から発せられた声に、霞がはっと顔を上げる。

 口には出さなかったはずなのだが、考えていることなどお見通しらしい。隣に座る椎奈がこちらを向くことなく、ぽつりと言った。


「絶対、大丈夫だ」


 もう一度、椎奈が呟いた。その言葉は霞だけでなく、自身にも言い聞かせているようであった。


「そう、よね……」


 消え入りそうな声で、霞は幼馴染みから顔を()らす。

 彼も同じなのである。口では大丈夫と言うが、心の底では恐れているのが霞にもわかった。緑助から連絡はきておらず、草助もこの場にいない。今までこのようなことは、一度もなかった。


 膝を抱えて座る二人を、篝の炎がゆらゆらと照らす。薪は時折弾けて、辺りに火の粉を振りまいた。


 騒がしさはもう頭に入ってこない。霞は、長い睫毛をそっと伏せた。









「やはりこの村にも姿はありませんでした」


 一人の兵士が、鎧に身を包んだ大柄な男の前に素早く(ひざまず)いた。さらに後ろからまた別の若い兵士がやってきて、息を切らせながら追って報告する。


「ご報告します。森に怪しい者が潜んでおりました。が、見失い、現在行方を捜しております」


「──なるほど」


 低い声が静かに響く。

 ()ぜる篝火(かがりび)を背に、壮年の男は誰もが震え上がるような厳格な表情を少しも崩すことなく、答えた。

 報告を聞いていたこの男こそ、若草の上位武官、篠塚である。


「わかった。私もそちらへ向かうとしよう。しかし念のためだ、向こうの村や山にも手を回しておけ」


「はっ!」


 篠塚は他の部下達にも次々と指示を飛ばし、素早く馬に(またが)った。


 家臣の話では、昼間に鍛冶屋で疾風と(おぼ)しき人物と鉢合わせたという。

 なぜその者が疾風のことを知っていたのかといえば、以前、篠塚が所用で離宮を訪れた際に付き人として同行していたからであった。彼いわく、村人に(ふん)していたので一瞬目を疑ったが、容姿からして間違いない、とのことであった。


 半年前、疾風は忽然(こつぜん)と姿を消したのである。若草の外にいる可能性は十分にあった。

 疾風は(さと)い。離宮に追いやられていた彼がどのような手段を使って若草から出たのかは謎だが、それはのちほど明らかにすればよいことである。まずは彼を発見することに力を尽くさなければならない。


 篠塚は手綱を握り、馬の腹を蹴ると森へ急いだ。

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