第十五章 消えた皇子の行方(後) 弐
山吹から隣の村まで、それほど遠くはなかった。
道なりに行けば、ニ刻(※一時間)もたたないうちにたどり着くことができた。
水田や畑、茅葺き屋根の家と、大まかな印象は山吹とほぼ変わらない。
なるほど。こういうもののことを村というのだなと、疾風も改めて理解を深めていた。
「あそこが例の鍛冶屋です」
村はずれまでやって来ると、椎奈が土壁の建物に向かって指差した。
小さな工場だが、中では何人かの男があくせくと忙しそうにしている。
聞こえてくる金属を打つ小気味よい音が、辺りの空気を震わせながらそれぞれ一定の調子を刻んでいた。
「秋彦さん、お客様がお見えですー!」
入口から一番近いところで作業していた者が疾風と椎奈の二人に気付き、声を張り上げる。すると、炉の前にいた男が振り向いた。
男は吹子を押していた手を止め、人を呼び寄せるとその場を頼み、鉢巻きを取って額の汗を腕で拭いながらこちらへやってくる。
工場の中と外気温の差は歴然で、この距離でも熱を感じるほどである。炉の間近で作業しているこの者は、いったいどれだけの間高温の中に身をさらすのだろう。疾風がそのようなことを考えていると、すぐ目の前から明るい声と笑顔が返ってきた。
「すみません、お待たせしました」
暗いところから急に真昼の強い光を浴びたせいか、秋彦と呼ばれた男は一瞬、眩そうに目を細めた。
歳は意外と若く、ニ十代中盤といったところであろうか。がっしりとした体躯と口髭が、遠くから見た彼の年齢の印象を引き上げていたようである。しかしこうして近くで見てみれば、藤太とほぼ変わらないように見えた。もしかすると、年下であるかもしれない。
そばかすと緩く波打つ癖のある髪が印象的な男であった。襷によって捲り上げられた袖からは、逞しい腕が覗いている。
「仕事中に申し訳ない。この小刀なんだが……」
「えっ!」
秋彦は目の前に差し出された小刀に強く反応する。
疾風が手わたすと、彼は鞘を抜き取り、目を瞠った。
「これは、まさか……」
表、裏と返しながら再度確認をし、「ちょっとすみません」と今度は慣れた手付きで柄を外しはじめた。
「やっぱりそうだ。間違いありません。ほら、これ、僕が創った刀です!」
そう言って顔を綻ばせ、疾風にも刻まれた文字を見せる。
柄が取り外され、剥き出しになった部分。いわゆる茎と呼ばれる部分には、たしかに「秋彦」と銘が彫られていた。
「あきひこ……じゃあ、あなたがこの刀を?」
ざわりと上昇感のようなものが疾風の身体を駆け巡った。刀も、鍛冶屋も、ごまんと存在するのである。そんな中、創った者と作品がこうして偶然にも巡り会えたという奇跡。心が、じんと震えた。
先ほどの問いに対し、秋彦は「はい」と大きく頷いてみせる。
「いやぁ、驚きましたよ。こんなことって、本当にあるんですね! 実はこれ、僕が初めて師匠に認めてもらえた作品で、思い入れのある刀なんです」
「そうだったのか……! では、秋彦殿がこれを創ったというのなら話しは早い。この護身刀を直してはもらえないだろうか? ちょっと無理をさせてしまって。自分で研いでみたのだが、どうしても最初のような輝きを取り戻すことはできなかったんだ」
すると秋彦は眉を寄せ、困ったような笑みで応じる。
「これは、ちょっとどころではなく……かなりの無理、ですねぇ」
痛いところを突かれてしまい、疾風は苦笑する。自分でもわかっていた手前、返す言葉がなかった。
離宮に夜盗が押し入ってきたあの時、疾風は刀の切れ味が途中で悪くなっていたことに気付いてはいた。しかし、そのようなことなどお構いなしに刺客は次々と襲ってくる。ゆえに、あとはもう力で押してゆくしかなかったのだ。
刃に相当な負担をかけさせてしまっていたということは、疾風自身もよくわかっていた。
「どうだろう、元に戻せるだろうか……?」
「もちろんです。そりゃあもう、今すぐにでもこいつを鍛え直してやりたいぐらいですよ!」
嬉々として早口で語る青年であったが、「鍛え直してやりたいんですが……」と反芻し、突然がくりと肩を落とした。
「あの、申し訳ないのですが、もうしばらく待っていただけませんか? 今ちょうど大量に発注がきていて、見てのとおり小さな工場ですから、てんやわんやで」
というのも、都に出していた秋彦の刀が評判となり、噂を聞きつけたお偉いさんから大量の注文を受けたばかりなのだという。
設けられた期限のことを考えると時間の余裕はなく、そのうえ小さな工場であるために、ただでさえ少ない従業員を総動員しなければ間に合わない状況なのだと言った。
やたらと工場の雰囲気が慌ただしかったのは、このせいであった。
秋彦は話しながら、かちり、かちりと鮮やかな手付きで護身刀を元に戻してゆく。
「本当にすみません。でも、これは僕にとっても思い入れの強い作品ですから、是非この手で鍛え直させてください」
職人としての魂に火がついたのか、彼の瞳の奥は炎のように揺らめいていた。その頼もしさに、疾風から自然と笑みがこぼれる。
「ああ、わかった。すまなかったな、忙しい時に押し掛けてしまって。じゃあ、しばらく経ってからまた改めて来ることにするよ」
秋彦から護身刀を受け取り、疾風は微笑んだ。
「はい。楽しみにしています」
秋彦も、笑顔で大きく頷いた。