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氷雪記  作者: ゐく
第二部
32/101

第十四章 消えた皇子の行方(中) 参

 疾風と草助が村の水田地帯へ差し掛った時であった。


「あれは……」


 前方を、誰かが一人で歩いていた。

 首の後ろで一つに束ねた、長い髪の後ろ姿に見覚えがある。疾風は一人足を速めてその者に近づき、声をかけた。


「やはりそうだ、(かすみ)殿」


「疾風様! 草助様も」


 振り返った少女は驚いた顔をしたが、すぐに目の前の疾風と、後ろからついてくる草助の二人に対して頭を下げる。

 彼女は薬に詳しい老人の孫娘で、十七と疾風とも同い歳である。治療の手伝いのために家まで通ってくれていたので、すでに面識があった。


 細い顎、紅く小さな唇、通った鼻筋に薄桃色の頬。そして大きな瞳。多少日焼けしてはいるものの、化粧をせずとも貴族の娘と十分に張り合えるほどの器量を持っており、その上気立てもよいらしい。草助いわく、彼女は村の若い男達にとって憧れの的なのだとか。


「おう、霞じゃねぇか。これから田植えか?」


「はい」


 のんびりと歩いてくる草助に、霞が頷いて答える。今度は気遣わしげに眉を下げ、疾風の瞳を覗き込んだ。


「疾風様、お怪我はもうよろしいのですか?」


「ああ。霞殿とお爺さんのお陰だ。ありがとう」


 返ってきた柔らかな笑みに、少女の頬が淡紅(たんこう)に染まる。少しだけ顔を(うつむ)かせ、「そんな」と首を振った。


 彼女の様子を見て、草助は顎をいじりながら一人薄笑いを浮かべた。

 霞が疾風に対して好意を持っているということは、明らかであった。手当てのために家を訪れていた時も疾風が眠っている間は傍でじっと様子を窺っていたし、話しかけられた時には頬を染めていた。最近、ぼーっとすることも多くなったようである。そして何より、彼に向ける熱っぽい視線。しかし、当の疾風はというと、彼女の気持ちにはまったく気が付いていないようであった。


(意外と、こういうことには鈍いんだな……)


 他のことに関しては察しがよいのだが、恋愛面に関してはだけは酷い欠陥があるらしい。そういえばこうして美人を目の前にしても、少しもなびかない。


 すると突然、疾風がとんと手を打った。


「そうだ、ちょうど良かった。霞殿、これから田植えをするのなら、頼みたいことがあるんだ」


 何やら思いついたらしく、疾風の表情が明るくなる。


「ええ、私にできることでしたら。何なりとお申し付けください」


「僕も田植えをやってみたくて。それで、もしよければ教えてはもらえないだろうか」


「ええっ! た、田植えを、疾風様がっ?」


 霞は目を丸くし、扇のように広がる長い睫毛をぱちぱちと(またた)かせた。





 水田に到着し、そこで合流した他の村人達に軽く挨拶を済ませたあと、疾風と霞も続いて田の泥に足を沈ませてゆく。草助はというと中には入らず、畦道(あぜみち)から二人の様子を眺めていた。


 疾風は冷たい泥の感触に足をとられ、苗を植えるのにも適度な深さが掴めず、隣の霞から何度もやり直しを宣言されている。


(あーあ。一国の皇子が泥にまみれて田植えしてらぁ……)


 このような光景、なかなか拝めるものではない。草助が笑いを押し殺しつつ、そのようなことを思っていた時のことであった。

 ふと背後に人の気配を感じ、振り向いた。


「おう」


「お久しぶりです」


 草助が片手を上げて挨拶すると、向こうも口角を少しだけ上げた。

 なんと、やってきたその男は藤太であった。彼はいつもの黒装束(くろしょうぞく)姿ではなく、紺の着物に(うぐいす)色の裁着袴(たっつけばかま)を着ており、すっかり庶民と化している。


「緑助様より、様子を窺ってくるよう(おお)せ付かってまいりました」


「そうか。こっちは問題ねぇ。で? そっちはどうなんだ。帝はもう捜索をはじめてんのか?」


「はい。そのうち山吹にも商人や旅人と称して、手の者が回ってくるかと思います」


「しばらくの間は警戒が必要になるな……」


「──藤太?」


 するとそこへ、立ち話をしている藤太の姿を見つけたらしい。疾風が霞に断りを入れて作業を中断し、泥を漕ぎながらこちらへ寄ってくる。

 霞はその場に残り、遠くから頭を下げた。

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