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氷雪記  作者: ゐく
第二部
27/101

第十二章 葛藤 弐

 その晩、雪姫は部屋を出て廊下に一人、(うずくま)っていた。

 いったんは床についたものの、どうしても眠りに就くことができず、風にでも当たろうと思ったのである。


 空には痩せ細った月が浮かんでおり、その頼りなく弱々しい光が雪姫を照らしている。

 時刻が()の刻をまわっているせいもあり、無音の世界を崩す者は誰もいない。()いていうならば、自らが吐き出す息の音と、時折 風に揺れる木の葉のざわめきだけであった。


 いったい自分はどうすればよいのだろうか。自分に出来ることは何なのだろうか。

 その答えは(いま)だ見つかっておらず、白き闇が降りる時だけが刻々と迫っている。


 氷姫についての情報はほとんど得られず、今はどう足掻(あが)いても前に進むことができない。しかし、すぐ近くには己の力で道を切り開いてゆくことのできる幼夢と佳月がおり、二人には目の前で力の差を見せつけられたような気がして、雪姫は複雑な思いを抱いていた。

 優しい二人を尊敬し、大好きだと思う反面、悔しい、憎らしいとも感じはじめるようになっていた。


 氷姫を捜すことを決心した時、自身としては大きな一歩を踏み出したと思っていた。実際、それは大きな前進であったことに変わりはない。けれども、結局のところ幼夢と佳月の世話なしには何もできない。

 清晏と早く面会できたのも、路銀を稼いだのも、霜白で情報を集めようと旅の進路を提案したのも、あの二人である。


 氷姫を捜すと言い出した当人が、この先どうすればよいのかがまったくわからずに、動けないでいる。止まったままでいる。一番、何の役にも立てないでいる。


 だから悔しかった。

 雪姫が動けず、止まったままでいるというのに、二人は持ち前の明るさと行動力でどんどん前に進んで行ってしまうのだ。

 だのに、この二人は本当に心の底から優しかった。

 いつも雪姫のことを気遣い、振り返り、手を引いてくれる。そんな純粋で自然な二人の優しさが、嬉しくて羨ましくて……同時に、憎らしく思えた。


(こんな自分、大っ嫌い……!)


 少女を襲ったのは、激しい羞恥と嫌悪であった。奥歯を噛みしめ、ぎゅっとその身を固く閉ざす。

 こんなにも醜く、荒んだ心を持っていたのかと、自分のことが嫌で嫌で堪らなくなった。


 氷姫を早く捜し出したいという欲求と、手掛りがないという現実。幼夢と佳月を大好きだと思う気持ちと、憎いと思ってしまう気持ち。一つの胸の中に焦りや不安、劣等感、嫉妬と様々な思いが交錯し、雪姫の心を掻き乱していた。

 相反するものの間で心は板挟みにあい、悲鳴をあげていた。


 泣きたい気持ちが押し寄せるが、叶わなかった。中途半端に強いせいで、涙が出てきてくれなかったのである。


 泣きたいという気持ちと、実際に泣けるかどうかが別であるのを、雪姫はこの歳になって初めて知った。


 己を抱く手に力を込めたせいで、爪が着物越しの腕に突き刺さる。食い込んだ部分は次第にじくじくと熱を帯びはじめるが、痛みという感覚はただ通り抜けてゆくばかりであった。

 心がの方がずっと痛くて、傷だらけで、苦しい。この時の腕の痛みなど、雪姫にとっては何でもなかった。




 物音で雪姫が部屋から出ていったことに気付いていた幼夢は、あまりにも彼女の帰りが遅いので心配になり、捜しに出た。

 しかし、意外にも部屋から少し歩いたところで、すぐに見つかった。


(雪姫?)


 声をかけようとするが、思い止まり、言葉を飲み込む。捜していた少女が折り曲げた膝に顔を(うず)めていたので、幼夢は最初、雪姫が泣いているのかと思ったのだが。どうやら違うらしい。小さく丸まった後ろ姿は途方に暮れているようであり、何かに必死に耐えているようにも見える。


「………………」


 幼夢はしばらくその場に佇み、様子を眺めていたが、結局は声をかけずに そっと部屋に戻っていった。


 雪姫は幼夢が来ていたことも知らぬまま、彼女が戻ったあともまだしばらくの間部屋には戻らず、廊下に(うずくま)り続けた。


 夜が明ければ、雪姫は水澄を出て行く。

 もやもやとした何か、わだかまりを残したまま。

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