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氷雪記  作者: ゐく
第二部
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第十二章 葛藤 壱

 辺りの空気を裂き、高い笛の()が水澄の青空に響きわたる。

 一拍置いたのち、再び響いた(おと)に合わせて、少女がゆっくりとその身を翻した。

 手には扇。身に(まと)うのは燃えるような緋色の着物と、鮮やかな紺色の袴であった。


 少女の動きには力強さと切れがあり、それでいて花のように軽やかで美しかったため、道行く者達は皆立ち止まって彼女の舞に見入っていた。


 少女が舞うその近くには横笛を巧みに操る少年の姿があり、先ほどから聞こえるこの音は、もちろん彼によるものである。


 都の川縁(かわべり)に突如現れた旅芸人、幼夢と佳月の周りには、すでに人だかりができていた。


 清晏から氷姫についての話しを聞くことができた雪姫逹であったが、次はどのように行動すればよいのか見当がつかなかった。単純に水澄へ行き、清晏に会えばこの先の行動に何らかの(きざ)しが見えるのではないかと期待していたが、どうやらそれは甘い考えであったようである。

 氷姫の行方については何の手掛りも掴めずに終わってしまい、そこで三人はしばしの間、水澄に滞在して路銀(ろぎん)を稼ぎながら今後の策を練ることにしたのであった。


 そういう理由で幼夢と佳月の二人は本領を発揮していた。舞と笛を披露し、昨日と今日の二日でけっこうな儲けを出している。

 本人達いわく、「都の人は羽振りがいい」とのことだが、雪姫は純粋に二人の芸が秀でているからであると感じていた。


 昨日初めて見た二人の舞と笛は、言うまでもなく互いの息がぴたりと合っており、演技自体も本当に素晴らしいの一言に尽きるものであった。

 これで、幼夢と雪姫は同い歳、佳月は十九と一つしか変わらのだから驚きである。




 笛の()と少女の動きが止まり、演技が終了する。辺りから盛大な拍手が沸き起こった。

 二人が礼をすると、途端に人が押し寄せる。口を広げた袋には次々と硬貨が入れられ、中には紙幣を入れてくれる者までいた。


 すっかり重たくなった袋を腰に()げ、佳月が天に向かって大きく伸びをする。


「今日もいい天気で助かったぜ」


 その表情は、実に晴れ晴れとしていた。幼夢も袋の口を結び終えると、表情を明るくした。


「そうね。気温も適度だったし、風もなくて本当に良かったわ」


 現在、人のはけた川縁に残るのは、幼夢と佳月の二人だけであった。今の二人の砕けた様子からは、先ほどの演技中に放たれていた厳格な雰囲気は爪の先ほども感じられない。


「よし。それじゃあ、そろそろ帰るとしますか!」


「そうね。帰りましょう、帰りましょう!」


 日が暮れるのにはまだ少し早いが、二人は自分逹の泊まっている宿へと歩きはじめた。


「もうお腹空いてきちゃった。今日のお夕食は何かしら」


「夕食って……いくらなんでも気が早すぎじゃないか?」


 二人の帰路には、明るい笑いの花が咲いていた。




 幼夢と佳月が外へ稼ぎに出ている間、雪姫は泊まっている宿で手伝いをさせてもらいっていた。


 二人のように人に見せられる芸など持ちあわせていない雪姫は、勇気を振り絞って町で賃仕事を探していたのだが。ほんの数日間だけ雇ってくれるようなところは見つかるはずもなかった。そこで、泊まっている宿屋の女将に仕事を手伝うことを条件に、宿泊代を安くしてもらえるよう頼み込んだのである。


 交渉は成立し、朝から掃除や洗い物、食事の支度の手伝いと大忙しであった。ただ、仕事内容が家事とほとんど変わらなかったため、それが救いとなっていた。ある程度要領は掴めている。あとはそれをいかに早くこなすかが勝負であった。




 雪姫が仕事を終えて部屋の襖を開けると、どうやら待っていてくれたらしい。二人とも夕食には箸をつけず、座って談笑していた。


「あっ、雪姫。お疲れ様ー!」


「おう、お疲れ」


「ええっ、嘘!」


 雪姫は目を見開き、慌てて自分の場所に腰を下ろす。


「二人とも、ごめんなさい! お腹空いていたでしょう? 先に食べていてくれてよかったのに……」


「雪姫がまだ働いてるっていうのに、俺達が先に食べるわけにはいかないだろ」


「そうそう。それに、やっぱり全員で食べた方が美味しいじゃない」


 二人とも、待っているのが当然だと言わんばかりの口ぶりである。


「二人とも……ありがとう」


 雪姫は静かに微笑みながら礼を述べた。


「気にすんなって。さ、食おうぜ!」


 そして食事をしながらの、今後についての話し合いがはじまった。



 ……はじまったのだが、しかし。



「どうするんだ?」

「どうしましょ」

「どうしたらいいのかしら……」


 結局のところ昨日と同じ会話が繰り返されるだけで、何の進展も見られない。清晏も新しいことがわかり次第、すぐに知らせてくれることになっているが、まだ連絡はきていなかった。だからといってこのまま水澄に留まり続けているわけにもいかず、三人は困り果てていた。


「ねぇ雪姫。さっき佳月と話していたんだけどね、霜白(そうはく)に行くっていうのはどうかしら」


「霜白へ?」


 行動派の幼夢はついに(しび)れをきらせたらしい。最後に白き闇が降りたとされる地で、情報収集をしてはどうかと持ちかける。


「水澄にいても仕方ないしな」


「雪姫はどう思う?」


 尋ねられ、雪姫はやや間を置いてから頷いた。


「そうね。清晏先生もいらっしゃることだし……私達にできることは、ここには何もないみたい」


 氷姫が白き闇を防いだあと、どこへ向かったのか言い伝えが残されているかもしれない。それを順番にたどり、現在の彼女の行方を探ってゆくという地道な数珠繋(じゅずつな)ぎ方式である。しかし、もうそれしか手立てはなさそうであった。


「それじゃあ、路銀もだいぶ貯まったことだし!」


 そう言って、幼夢と佳月の二人はごつごつと重たく垂れ下がった袋を、雪姫の目の前に掲げて見せた。


「決定、だな!」


 二人は同時に手を上げ、ぱん、と軽快に打ち合わせると、はしゃぎだした。

 新たな進路が決まり、すっかり元気になった二人は、その様子を雪姫が遠くにあるものでも眺めるかのような目で見ていることに、気付くはずもなかった。

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