第十一章 模索 弐
「こちらが書庫になります。少々お待ちくださいませ」
役人は雪姫達に一礼し、書庫番に命じて重たい木の戸を開けさせた。
「清晏先生、お客様です」
三人を部屋に通し、役人は廊下へと退いた。呼ばれた男は徐ろに文机から顔を上げると、「私に?」と言いたげな表情でこちらへ視線を送る。
雪姫達がぞろぞろと中に入ってゆくと、清晏も立ち上がった。
中央分けにした長い前髪の間から覗かせた面差しは、思いのほか若かった。おそらく、三十路を踏むか踏まないかぐらいであろう。眼鏡をかけており、優しそうな雰囲気を持っている。
「ほら、雪姫」
後ろから幼夢にそっと背中を押され、雪姫は頷く。一歩前に出ると、清晏に向かってお辞儀した。
「お初にお目にかかります。雪姫と申します。氷姫捜索のため、先生からお話をお伺いしたく、風見ヶ丘より参りました」
すると、清晏は眼鏡越しに瞳を大きく見開かせる。
「あなた方が、氷姫の捜索を?」
「はい。実は霜白から来た使いの方に、遠くで氷姫と同じ血を引いているのだとお聞きしたのです」
「では、あなたが霜矢様の……!」
「はい。曾孫にあたります」
そして雪姫は、自分にも母親の咲雪にも白き闇を防ぐ力はないということ、力がないからといって何もせずただ黙っていることができなかったことを伝えた。
「わかりました。そういうことでしたら、私もぜひ協力させていただきます」
言ってから、「ですが……」と清晏が表情を曇らせた。
「残念ながら、私が皆さんに教えて差し上げられることは、本当に僅かしかありません。氷姫についての文献は探せば山ほど出てくるのですが、著者や地域、書かれた時代によっても内容に差があり、さらに史実としては信憑性のまったくないものも数多く見られます。そのため調査が思うように進んでいないんです」
清晏自身、焦りと不安の波に揉まれながらも、必死に手掛かりを探していたところであるという。
「現在、一番有力なのは氷姫が複数いるという説です」
「氷姫が複数……。何人も存在する、ということですか?」
清晏からの思いもよらぬ発言に、雪姫の言葉の切れが悪くなる。後ろに控える幼夢と佳月も、驚きを隠せずにいた。
「ええ。何十年と歳をとらず、ずっと若い娘の姿をしていたとは言い伝えられていますが……そのようなこと、実際にはありえませんしね。強い霊力を持つ者が氷姫という“役職”を受け継ぎ、何代にもわたって白き闇を防いできたのではないか、という説です」
清晏は改めて今の話を噛み砕いて伝えた。
「つまり“氷姫”という役目を持つ者は、頻繁に世代交代をしていたのではないか、ということです。だからいつの時代、いつの時期に白き闇が起こったとしても、助けに現れた氷姫は若い娘の姿をしている……あくまで仮説ですが」
言い伝えられていくうちに話しが削られたり、尾鰭がついたりするのは世の常である。年を取らないだとか、銀の髪を持っているだとか、真珠のように透き通った白い肌であるだとか、長い年月をかけて氷姫という人物像を勝手に作り上げてしまったのではないだろうか。そう考えれば納得がいく、と清晏は言った。
「氷姫が見つからないのは、我々が思っているような人物ではないからなのかもしれません。それに、考えたくはありませんが……」
ここで清晏は言葉を切り、首を振った。
「いえ、なんでもありません」
前の言葉を打ち消すように微笑み、踵を返す。
「氷姫が霜白の皇女であるという、証拠になった文献をお見せしましょう。どうぞこちらへ」
清晏は三人を文机の方に呼び、書と書巻を広げだした。
三人とも清晏が何を言おうとしたのか少々気になりはしたものの、当人が次の行動に移ってしまったのでその流れに従うしかなかった。
「うーん、氷姫の居場所についての具体的な手がかりはナシかぁ~」
歩きながら幼夢が落胆する。
清晏から話を聞き終えた雪姫達は、皇宮を出て宿に向かっていた。
「とりあえず『清晏先生に会って話を聞く』っていう第一の目的は達成できた訳だけど……明日からどうする?」
「そうね……」
話を振られたものの、困ってしまう。雪姫が考え込んでいると、佳月が先に答えた。
「これは作戦会議が必要だな。でも、まぁ、今日のところはひとまず身体を休めようぜ」
「ふふ、それもそうね! あ~も~、くたくた~!」
「…………」
薄暗くなった書庫の中、窓から射し込んだ光が床の一部だけを明るく切り取っている。その上には、じっと出口を見つめたままの清晏が立っていた。
雪姫達が出ていったあと、書庫の中には一人思案に耽る清晏と、静寂だけが残されていた。
(氷姫が見つからないのは……)
清晏の瞳は虚ろで、どこを捉えているのかよくわからない。ただ力なくその場に佇んでいる。
(氷姫が見つからないのは、すでに氷姫という役職が途絶えてしまったから……なのかもしれません)
はっと我に返り、首を振る。同時に艶のある長い髪が揺れた。
(いいえ、そのようなことを考えてはいけません。今はまだ、望みを捨てるのには早すぎます。最後まで諦めてはなりません)
清晏は先ほどの考えを振り払い、再び文机に向かった。
高かった日は、もう西に傾いていた。