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氷雪記  作者: ゐく
第一部
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第九章 血を引く者 壱

 昨晩から降りだしていた雨は止み、朝日が昇るよりも先に雲は遠くの空へ流れ去っていた。

 晴れ渡る青空から燦燦(さんさん)と太陽の光が降り注ぐ。それを浴びた風見ヶ丘の草木が、雨粒の宝石できらきらと輝やいていた。


 静かな朝であった。

 ごく一部の家を除いて。


薪割(まきわ)り終わりましたー!」

「掃除終わりましたー!」


 廊下と呼ぶにはあまりにもお粗末な短い廊下に、バタバタと慌ただしい足音が響く。間もなくして、少年と少女が勢いよく居間に飛び込んできた。

 そう、この者たちは昨晩 雪姫の家に「泊めてほしい」と訪ねてきた、隣国からの旅芸人──幼夢(ようむ)佳月(かげつ)──の二人である。

 話せば二人とも皇家の人間だというので、これには本当に驚いた。去年の疾風の時といい、今回といい、なぜか雪姫には皇家と縁があるようである。


 幼夢と佳月は一晩泊めてくれたお礼にと、それぞれ掃除と薪割りを買って出てくれたのだが。それにしても、朝から元気な二人である。この者たちの力は、いったいどこから出てくるのだろうかと、雪姫は底無しの活力に驚かされていた。しかし、二人を見ているとこちらまで明るい気持ちなってくるので、決して悪い気はしないのであった。


「これもお願いね」


 横から咲雪の手がのびきて、雪姫ははっとする。洗い終わった大根がまな板の横に置かれた。

 咲雪を手伝い、朝食の準備をしていた少女は、手が(おろそ)かになっていたことに気付いて再び包丁を動かしはじめた。




「雪姫、すごい! この煮物とっても美味しいわ!」


 雪姫の作った野菜の煮物に(はし)をつけた幼夢が頬に手を当て、明るく顔を輝やかせた。まさか彼女に料理を誉められるとは思ってもみなかったので、雪姫は驚きのあまり危うく箸を取り落としかける。


「あっ、ありがとうございます!」


 緋那の皇女である幼夢は、皇宮でもっと美味しいものを食べていたはずである。にもかかわらず、雪姫の作った料理を嬉しそうに次々たいらげてゆく。様子からすると、どうやら世辞ではないらしい。


 自分など何の取り柄もないと思っていた雪姫にとって、彼女からの言葉はこの上なく嬉しく胸に響いた。照れくさくなり、誤魔化すように「そういえば」と話題を切り替える。


「お二人は、このあとどちらへ向かわれるおつもりなのですか?」


 幼夢は箸を止め、考えるようにして「んー」と唸った。


「それが、特には決めてないのよねぇ」


「ふらっと気ままに旅してるだけだしな。けっこう適当だよ」


 横から佳月が満足そうに汁物をすすりながら、話に加わってきた。ちなみに、汁物はこれで三杯目である。


「実は私達、この前 緋那(ひな)を出たばかりなの。国境(くにざかい)から街道をずーっと歩いて、ここまできたのよ。ところで雪姫、この煮物ってお代わりできるのかしら」


「あ、俺も」


「えっ、煮物……ですか?」


 実に見事な話しの跳び具合いである。雪姫は一瞬ついてゆけずに、ぽかんとした。


「あれ、どうしたの? もしかして、お代わりもうなかった?」


 雪姫は二人の食べっぷりに吹き出すと、笑顔で首を横に振った。


「いいえ。たくさんありますから、どんどんお代わりなさってください」


 本当に美味しそうに食べてくれるので、振る舞う側としてもとても気持ちがよかった。

 囲炉裏(いろり)を囲みながらの食事は、幼夢と佳月が加わったお陰で賑やかなものとなり、雪姫にはいつもよりずっと美味しく感じられた。




 食事を終えて皆で後片付けをしていると、入口の戸が叩かれた。


「あら、いったい誰かしら?」


 咲雪が前掛けで手を拭いながら、土間へと下りる。戸を開けると、そこには村の者ではなく、まったく見覚えのない顔の男が立っていた。


「こちらに咲雪様はいらっしゃいますか?」


 男は、ただならぬ深刻な空気を(まと)っていた。

 どうやら早馬で駆けてきたらしい。息を切らせており、髪も少し乱れている。


「はい、咲雪とは私のことですが……どちら様でしょう?」


 (いぶか)しみつつ尋ねてみると、その者は霜白から使わされてきた者だと名乗り、丁寧に頭を下げた。

 霜白といえば、ここからずっと北に進んだところにある国のことである。いったい何の用があって、わざわざそのような遠い場所からやってきたのだろうか。

 とりあえず、咲雪は使いの者を居間に上げ、急いで敷物と茶の用意に取りかかる。



 咲雪と白峰以外の三人は、すぐ隣にある雪姫の部屋へ避難することになった。しかし、ここは所詮(しょせん)庶民の暮らす狭い家で、話し声など筒抜けである。(ふすま)越しに聞こえてくる話し声に聞耳をたて、三人は様子を窺った。

 家族である雪姫はもちろんのこと、部外者であるはずの幼夢と佳月も、使いの様子が尋常ではなかったため気になっていたのである。


「咲雪様のお祖父様は、霜矢(そうや)様ですね?」


「はい、そうですが……」


 確認が取れるや、使いの者が両手をついて勢いよく頭を下げる。


「咲雪様、お願いします。どうか白き闇を防いでください!」


 ──沈黙。


 この男は、いったい何を言っているのだろうか。この家いる誰もがそう思った。雪姫達三人は絶句し、咲雪は戸惑い、その隣に座る白峰は面食らった顔をしている。


「も、申し訳ございません。何をおっしゃっているのか、よく、分からないのですが……」


 しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を吐き出す咲雪を、使いの者が両手をついたままの姿勢で見上げた。その瞳は、焦燥で大きく揺れていた。


「氷姫と同じ血を引く者なら、白き闇を防ぐことができるのではないかと……」


「こ、氷姫? 同じ血? あの、申し訳ないのですが、最初から説明していただけませんか?」


 そして男は説明をはじめた。

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