私を忘れる呪いにかかった公爵様が、会うたびに告白してきます
「君とは初めて会った気がしないな」
「そう、ですか」
「名前は?」
「クラーラです」
綺麗な名前だと褒められた。
「婚約者はいるのかな?」
「いませんよ」
「立候補しても?」
「……ええ」
「本当かい!? 明日にでも君の家に書状を送るよ」
治療院の窓を背に、陽光で短く切りそろえたブルネットの髪を赤く輝かせながら、満面の笑みを向けて来る公爵様。
「お待ちしております」
来ることはない書状。
守られることはない約束。
それでも私は断れない。
領主館にある治療院に勤めて十年、こんな事は初めてだった。
朝、騎士団とともに犯人確保に向かったハイデルベルク公爵が、意識不明の重体で戻って来て、目覚めたら記憶を失っていた、なんて――――。
記憶を失うというか、なぜか恋人である私のことだけをまるっと忘れていた。
治療院の院長いわく、呪いだという。
魔獣の呪いは稀にある。魔力が多く知能の高い魔獣が死ぬ間際、残り全ての命と魔力を賭して、呪いを発動させるのだ。
ただ今回は違った。
人の、呪いだった。
森の奥で魔獣と魔獣を掛け合わせ、キメラを作り出していた魔術師がいた。それどころか、国外から奴隷の子どもを取り寄せ、魔獣と人を掛け合わせているようだと報告があった。
自分の領地でそんな非人道的なことが行われていると知り、公爵様が現場に立ち会うことになった。
公爵になる前は騎士だった彼が油断するわけもなく、本当に細心の注意を払って同行していた。
呪われそうになっていたのは、新人の騎士だったらしい。
魔獣と人のキメラの恐ろしさを目の当たりにして発狂してしまい、キメラに斬り掛かった。
そのキメラのことを心から愛していたらしい魔術師が、呪いを発動させたのだという。
人には発動できないと言われていた呪いが、魔術師に出来たことも驚きだったが、それが発動し効果が出たことも予想外だった。
解呪には専門家の知識が必要だということで、国王陛下に報告後、王都から専門家に来てもらったものの、一ヵ月が経った今でも解呪には至っていない。
「毎日治療院に来るのは面倒だったと思っていたが、今日君に出会えたことは僥倖だったな。明日も会えるかな?」
空色の瞳を細めて、そう聞いてくる公爵様。
「はい、もちろんです。公爵様」
「公爵だなんて堅苦しい呼び名ではなく、名前で呼んでくれ」
「ジークベルト、さま……」
「んっ」
耳の先を少しだけ赤く染めて、嬉しそうに微笑む公爵様。彼が照れたときの表情。それをまた私に向けてくれることへの嬉しさと、彼に見えている私は本当に私なのかという不安。
明日には、もう名前を呼べなくなるのに、それでも彼に望まれれば呼んでしまう。
明日になったら、私はまた他人の私なのに。
「ん? 初めて見るね。新人かな?」
「……ええ」
「よく私がシナモン入りミルクティーが好きだと知っていたね」
「院長に聞きました」
「砂糖の量も? 誰にも言っていないのに?」
公爵様は甘いものが好きなのに、なぜか隠している。ミルクティーにはシナモンパウダーを一振り。そして、砂糖を三つ。私には甘すぎると思うけど、彼はそれが大好きだった。
「……私の好みの甘さで作ってしまいました」
嘘。
つい作ってしまった。
疲れているときは、シナモン入りの甘いミルクティーが飲みたい。いつもそう言っていたから。
毎日毎日、理由も分からず治療院で検査の連続。疲れ気味の顔になっていた公爵様に、好きなものを飲んでほしくて。
「そうなんだね、とても美味しいよ」
「ありがとうございます」
「君! その制服は治療院の子だよね?」
「……はい」
「薬草園に行く途中かな?」
「ええ。急いでいるので失礼します」
「私も一緒に行こう」
なぜ、と聞くと、薬草園に用事があると言われる。
なのに薬草園に着くと、私の側から離れずただ私と話して、私とともに薬草園をあとにする。
本人もなぜそうしているのかは分からないらしい。
どんなに彼を避けても、彼に見つけられて、少し話した後には好きだと言われる。
なのに、翌日になれば、彼は私のことを覚えていない。
どれだけ私のことを話しても、以前の関係を説明しても、何も聞こえていないような反応になる。
どれだけ彼を避けても、なぜか彼から近付いてきて、どんなに酷い態度を取っても、彼に告白されてしまう。
そして、翌日には、絶望の『はじめまして』だ。
何度も何度も『はじめまして』を突き付けられる。
これは誰にとっての呪いなのだろうか?
彼はただただ、初めて出会った私に恋をするだけ。
私はただただ、毎日絶望を突き付けられるだけ。
アースカラーの瞳が美しいと褒め、顎のラインで切りそろえた金髪に優しく触れ、私にとても似合っていると毎日のように言ってくる。
その言葉を、信じられない私がいる。
その言葉を、信じたくない私が、いる。
彼がこうなる前は、背中の中ほどまであった自慢のロングヘアー。
シルクのようで綺麗だと褒めてくれた。手で梳くのが好きだった。毛先にキスをしては、耳を赤く染めて「キザすぎた」なんて照れていた。
大切なものをなくしたときは、大切なものを捧げると見つかる。なんて迷信に縋って、髪を切った。
そんなことで戻って来るはずもないのに。
騎士だったころから、お互いに恋をし、恋人になり、結婚の約束もしていたけれど、男爵家の娘である私と公爵子息の彼とでは立場が違いすぎた。だから、恋を諦めたこともある。
彼は、彼の両親を説得してくれた。彼の両親から、温かく迎え入れられた。
その数ヵ月後に彼の両親が馬車の事故で亡くなり、二十五歳という若さで公爵位を受け継ぎ、領主となった。
領主の仕事が落ち着いたら、婚約を発表して結婚しようって話していたのに――――。
「やぁ、院長はいるかな?」
「呼んできますね」
「君っ!」
朝一番で治療院を訪れた公爵様。院長を呼びに行く体で立ち去ろうとしていたのに、パシリと手首を掴まれて止められた。
「どこかで会ったこと……」
心臓が跳ねた。
どくりどくりと破裂しそうなほどに鼓動が速まっていく。
「ジ――――」
「そんなわけないか。ごめんね。今、何か言いかけたかな?」
「っ」
もうだめだった。
もしかしたら……そんなふうに期待することに疲れてしまった。
「す、すまない! 急に触れて、怖がらせたね」
申し訳なさそうに眉を寄せ、顔をのぞき込まれた。空色の瞳が悲しそうな色に変わるのが、ぼやけて見える。
何度も謝られたが、喉の奥が締まって、言葉を発せない。ただ俯いて頭を横に振るだけしか出来なかった。
「泣かないでくれ。君に泣かれると、なんだか辛いんだ」
「っ! 貴方に、何が分かるのよっ! 明日には私のことなんて忘れてるくせに! だいっきらい――――」
「え……?」
感情のままに叫んでしまった。
堰を切ったように、抑えていた想いが溢れ出て止められなかった。彼を傷付ける言葉を沢山吐き出して、治療院から逃げ出し、寮の部屋に閉じ籠もった。
■■■
私は何かの記憶を失っているらしい。
何も忘れてはいないと言うが、とても大切なものを忘れているのだという。
キメラ事件も、人が呪いを発動させたことも覚えている。公爵としての仕事にも支障はないようだし、それならば思い出さなくても問題ないのではと思うのだが、それを治療院の院長に言うと、酷く悲しそうな顔をされた。
「確かに、それで問題はないのかもしれませぬ。ですが、ワシは……■■とジークベルト様が■■だったことをなかったことにはできぬのです。あまりにも■■■■が可哀想で」
「ん? すまない、聞き取れなかった。もう一度――――」
「申し訳ございません。呪いのせいです。ジークベルト様が認識出来ない言葉を使ってしまいました」
認識出来ない言葉、か。確かに、それがあるのは不便だな。
事件のことは直ぐに国王陛下に報告していた。
人が呪いを発動させたことは、あまりの衝撃だった。恐怖の波紋を懸念した陛下は、まだ発表しないと決めた。解呪は行っていいとのことで、領地に呪いの研究職を送ってもらい、内密に研究と解呪をすることになった。
一ヵ月が経ち、呪いの全容が見えてきたと報告された。
精神と脳の奥深くに呪いの枝が絡み付いているらしい。無理やり剥がせば脳の他の機能も傷付ける恐れがあるとのことで、ゆっくりと解呪を進めることとなった。
毎朝治療院に通うようになって三ヵ月。
金髪を顎のライン切りそろえた、悲しそうな瞳をした女性が治療院にいた。
初めて見る顔だった。制服は治療院のものなので、治癒師なのだろう。新しく雇った覚えはない。もしかしたら、私の呪いでの増員か何かだろうか。
緑のようなオレンジのような、不思議な色の瞳に見入っていると、「公爵様?」と声を掛けられた。
心臓がギュッと締まった。
彼女がキラキラと輝いて見える。たぶん、気のせいなのだが。
一目惚れというものかもしれない。
気付けば、院長を呼びに行くと言い、立ち去ろうとした彼女の手首を掴んで引き止めてしまっていた。
何かを伝えなければならないと思うのに、脳の奥底に靄が掛かっていて、上手く言葉が紡げない。
「どこかで会ったこと……」
まるでナンパのようだった。
今まで、こんな風に女性を引き留めたことがなくて、なんと言えばいいのか分からない。ただ、彼女と離れたくないと、頭ではなく、心が叫んでいた。
女性の顔を見て、焦った。
何かに怯えたような表情で、瞳をふるふると揺らしている。
どうにか誤魔化さなければ。
冗談だよ、ごめんねと。
「ジ――――」
「そんなわけないか。ごめんね。今、何か言いかけたかな?」
「っ」
失敗した。
美しい瞳から、ポタリポタリと落ちる雫。
泣かせてしまった。
「す、すまない! 急に触れて、怖がらせたね」
慌てて手を離し、俯く顔をのぞき込む。
彼女は頭を横に振るだけだった。
落ち続ける雫を拭いたい。
抱きしめたい――――なぜ?
「泣かないでくれ。君に泣かれると、なんだか辛いんだ」
どうしてか、心臓が苦しくなる。
この人を泣かせたくないと。
笑って欲しいと。
「っ! 貴方に、何が分かるのよっ! 明日には私のことなんて忘れてるくせに! だいっきらい」
「え……?」
だいっきらい。
そう言われて、脳が揺れた。
目の前が真っ暗になった。
心臓が、破裂しそうだ――――なぜ?
「約束したのに! ■と■■するって、■■■■って、■■にするって……私のジークを返してよ! 貴方なんて、大嫌いよ!」
聞き取れない。
なにか、大切な言葉が、聞き取れない。
聞こえない。大切な人の言葉が。
走って逃げる彼女を追いかけたいのに、足がその場に縫い付けられたかのように動かない。
彼女にジークと呼ばれた。
身体が歓喜している。
心臓が早鐘を打ち、全身に灼熱のような血を巡らせているのが分かる。
そして、激しい目眩のあと、倒れた。
目覚めると、院長のしわくちゃの顔が目の前にあった。
せっかく、彼女の夢を見ていたのに。
彼女?
だれだっけ?
長い金色の髪を撫でると、アースカラーの瞳をゆっくりと閉じ、キスを受け入れてくれた女性。
泣いていたあの子にそっくりの女性だった。
「……欲求不満か?」
「ジークベルト様?」
「あ、いや。なんでもない」
どのくらい寝ていたか聞くと、発見してから一時間ほどだと言われた。
さっきの女性のことを聞くと、不幸なことがあって精神が不安定になっていた。部屋で休んでいると言われた。
「泣かせてしまったんだ。謝罪したい」
「今は、そっとしてあげてはいただけませんか? 彼女は強い。きっと明日にはいつも通りになりますから」
「彼女は、新人ではないんだな? ずっといる治癒師――――っ、くそ。頭が……」
「ジークベルト様! 無理はいけません!」
院長や研究職たちに、無理に思い出そうとするなと止められた。
それでも、彼女のことを考えるのを止められなかった。
何かに急き立てられるように、彼女の部屋を探し出し、ドアを何度もノックした。
「頼む、開けてくれ。君と話したい。君のことが知りたい。どうしてか分からないけれど、君が好きなんだ。初めて会ったのに、泣かせたのに、泣かせたくなかったのに、すまない。どうかドアを――――」
◇◇◇
涙が枯れるほど泣いて泣いて泣き終えたころ、ドアが何度もノックされた。
震える声で公爵様がドアを開けてほしいと言った。
泣かせたことを謝る公爵様。そんな公爵様こそ泣きそうな声だった。
気付けばベッドから抜け出し、ドアノブに手を掛けていた。
「どうかドアを――――っ! クラーラ……?」
大きな手でふわりと両頬を包まれた。
空色の瞳にジッと見つめられて、また涙が溢れ出てしまった。
もう嫌だ。もう希望なんて持ちたくない。
どうせ明日はまた全てがなかったことになるのに。
「クラーラ」
「っ……」
「泣かないでくれ、クラーラ」
名前を呼ばれるたび、心臓は甘く締め付けられる。
そう長くはない人生だけど、唯一愛した人。この人より好きになる人はきっと現れない。そう思うほどに、愛していた。
「クラーラ、君がクラーラだというのは分かるんだ。クラーラ、好きだ……なんて言っても信じられないよな? でも、好きなんだ。なんでか分からないけれど、君を愛せと心が叫んでいるんだ。君を失ったら、私は絶望で死んでしまうだろう」
「……嘘つき。明日には忘れるくせに」
「やはり、君を忘れる呪いなんだな」
――――え?
公爵様が嬉しそうに微笑み、ゆっくりと顔を寄せてきた。
「キス、したい。嫌?」
嫌じゃない。
でも、言葉には出来なかった。
「クラーラ、嫌なら殴って――――」
「ん……」
ふわりと柔らかく触れる、優しくて、甘くて、少しだけ塩っぱい、涙の味がするキスだった。
「少しずつ、解呪は進んでいるらしい。無理をするなと怒られたよ」
お伽噺のように、キスしたら戻るかもと思った、なんて照れ笑いしながら言われた。
耳の先が真っ赤に染まっている。
「何度でも、キスしてください。何度でも、告白してください。貴方が忘れても、私は全て覚えておきます。いつか、貴方が思い出してくれるまで、私も諦めませんから」
「ん。愛してるよ、クラーラ」
「私も、愛してます」
「君、初めて見る顔だね? 新人、かな……?」
「ええ」
「――――クラーラ?」
「っ!?」
―― fin ――
また企画で『田中エル』さんにタイトルいただきましたー!
エモエモなタイトルをもろて、コメディに走りたい欲とメリバに走りたい欲で戦った結果、じっとりハピエンに着地☆
褒めて! まじで、褒めて!
珍しく、ちゃんとなんか良い感じに書けたと思うのー!
ほ め て ぇ !




