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私を忘れる呪いにかかった公爵様が、会うたびに告白してきます

掲載日:2026/10/11

 



「君とは初めて会った気がしないな」

「そう、ですか」

「名前は?」

「クラーラです」


 綺麗な名前だと褒められた。


「婚約者はいるのかな?」

「いませんよ」

「立候補しても?」

「……ええ」

「本当かい!? 明日にでも君の家に書状を送るよ」


 治療院の窓を背に、陽光で短く切りそろえたブルネットの髪を赤く輝かせながら、満面の笑みを向けて来る公爵様。


「お待ちしております」


 来ることはない書状。

 守られることはない約束。

 それでも私は断れない。




 領主館にある治療院に勤めて十年、こんな事は初めてだった。

 朝、騎士団とともに犯人確保に向かったハイデルベルク公爵が、意識不明の重体で戻って来て、目覚めたら記憶を失っていた、なんて――――。

 

 記憶を失うというか、なぜか恋人である私のことだけをまるっと忘れていた。

 治療院の院長いわく、呪いだという。

 魔獣の呪いは稀にある。魔力が多く知能の高い魔獣が死ぬ間際、残り全ての命と魔力を賭して、呪いを発動させるのだ。

 ただ今回は違った。

 人の、呪いだった。


 森の奥で魔獣と魔獣を掛け合わせ、キメラを作り出していた魔術師がいた。それどころか、国外から奴隷の子どもを取り寄せ、魔獣と人を掛け合わせているようだと報告があった。

 自分の領地でそんな非人道的なことが行われていると知り、公爵様が現場に立ち会うことになった。

 公爵になる前は騎士だった彼が油断するわけもなく、本当に細心の注意を払って同行していた。


 呪われそうになっていたのは、新人の騎士だったらしい。

 魔獣と人のキメラの恐ろしさを目の当たりにして発狂してしまい、キメラに斬り掛かった。

 そのキメラのことを心から愛していたらしい魔術師が、呪いを発動させたのだという。

 人には発動できないと言われていた呪いが、魔術師に出来たことも驚きだったが、それが発動し効果が出たことも予想外だった。

 

 解呪には専門家の知識が必要だということで、国王陛下に報告後、王都から専門家に来てもらったものの、一ヵ月が経った今でも解呪には至っていない。




「毎日治療院に来るのは面倒だったと思っていたが、今日君に出会えたことは僥倖だったな。明日も会えるかな?」


 空色の瞳を細めて、そう聞いてくる公爵様。


「はい、もちろんです。公爵様」

「公爵だなんて堅苦しい呼び名ではなく、名前で呼んでくれ」

「ジークベルト、さま……」

「んっ」


 耳の先を少しだけ赤く染めて、嬉しそうに微笑む公爵様。彼が照れたときの表情。それをまた私に向けてくれることへの嬉しさと、彼に見えている私は本当に私なのかという不安。

 明日には、もう名前を呼べなくなるのに、それでも彼に望まれれば呼んでしまう。

 明日になったら、私はまた他人の私なのに。




「ん? 初めて見るね。新人かな?」

「……ええ」

「よく私がシナモン入りミルクティーが好きだと知っていたね」

「院長に聞きました」

「砂糖の量も? 誰にも言っていないのに?」


 公爵様は甘いものが好きなのに、なぜか隠している。ミルクティーにはシナモンパウダーを一振り。そして、砂糖を三つ。私には甘すぎると思うけど、彼はそれが大好きだった。


「……私の好みの甘さで作ってしまいました」


 嘘。

 つい作ってしまった。

 疲れているときは、シナモン入りの甘いミルクティーが飲みたい。いつもそう言っていたから。

 毎日毎日、理由も分からず治療院で検査の連続。疲れ気味の顔になっていた公爵様に、好きなものを飲んでほしくて。

 

「そうなんだね、とても美味しいよ」

「ありがとうございます」




「君! その制服は治療院の子だよね?」

「……はい」

「薬草園に行く途中かな?」

「ええ。急いでいるので失礼します」

「私も一緒に行こう」


 なぜ、と聞くと、薬草園に用事があると言われる。

 なのに薬草園に着くと、私の側から離れずただ私と話して、私とともに薬草園をあとにする。

 本人もなぜそうしているのかは分からないらしい。




 どんなに彼を避けても、彼に見つけられて、少し話した後には好きだと言われる。

 なのに、翌日になれば、彼は私のことを覚えていない。


 どれだけ私のことを話しても、以前の関係を説明しても、何も聞こえていないような反応になる。

 どれだけ彼を避けても、なぜか彼から近付いてきて、どんなに酷い態度を取っても、彼に告白されてしまう。

 そして、翌日には、絶望の『はじめまして』だ。

 何度も何度も『はじめまして』を突き付けられる。


 これは誰にとっての呪いなのだろうか?


 彼はただただ、初めて出会った私に恋をするだけ。

 私はただただ、毎日絶望を突き付けられるだけ。


 アースカラーの瞳が美しいと褒め、顎のラインで切りそろえた金髪に優しく触れ、私にとても似合っていると毎日のように言ってくる。

 その言葉を、信じられない私がいる。

 その言葉を、信じたくない私が、いる。


 彼がこうなる前は、背中の中ほどまであった自慢のロングヘアー。

 シルクのようで綺麗だと褒めてくれた。手で梳くのが好きだった。毛先にキスをしては、耳を赤く染めて「キザすぎた」なんて照れていた。

 

 大切なものをなくしたときは、大切なものを捧げると見つかる。なんて迷信に縋って、髪を切った。

 そんなことで戻って来るはずもないのに。


 騎士だったころから、お互いに恋をし、恋人になり、結婚の約束もしていたけれど、男爵家の娘である私と公爵子息の彼とでは立場が違いすぎた。だから、恋を諦めたこともある。

 彼は、彼の両親を説得してくれた。彼の両親から、温かく迎え入れられた。

 その数ヵ月後に彼の両親が馬車の事故で亡くなり、二十五歳という若さで公爵位を受け継ぎ、領主となった。

 領主の仕事が落ち着いたら、婚約を発表して結婚しようって話していたのに――――。




「やぁ、院長はいるかな?」

「呼んできますね」

「君っ!」


 朝一番で治療院を訪れた公爵様。院長を呼びに行く体で立ち去ろうとしていたのに、パシリと手首を掴まれて止められた。


「どこかで会ったこと……」


 心臓が跳ねた。

 どくりどくりと破裂しそうなほどに鼓動が速まっていく。


「ジ――――」

「そんなわけないか。ごめんね。今、何か言いかけたかな?」

「っ」


 もうだめだった。

 もしかしたら……そんなふうに期待することに疲れてしまった。


「す、すまない! 急に触れて、怖がらせたね」


 申し訳なさそうに眉を寄せ、顔をのぞき込まれた。空色の瞳が悲しそうな色に変わるのが、ぼやけて見える。

 何度も謝られたが、喉の奥が締まって、言葉を発せない。ただ俯いて頭を横に振るだけしか出来なかった。


「泣かないでくれ。君に泣かれると、なんだか辛いんだ」

「っ! 貴方に、何が分かるのよっ! 明日には私のことなんて忘れてるくせに! だいっきらい――――」

「え……?」


 感情のままに叫んでしまった。

 堰を切ったように、抑えていた想いが溢れ出て止められなかった。彼を傷付ける言葉を沢山吐き出して、治療院から逃げ出し、寮の部屋に閉じ籠もった。




■■■




 私は何かの記憶を失っているらしい。

 何も忘れてはいないと言うが、とても大切なものを忘れているのだという。

 キメラ事件も、人が呪いを発動させたことも覚えている。公爵としての仕事にも支障はないようだし、それならば思い出さなくても問題ないのではと思うのだが、それを治療院の院長に言うと、酷く悲しそうな顔をされた。


「確かに、それで問題はないのかもしれませぬ。ですが、ワシは……■■とジークベルト様が■■だったことをなかったことにはできぬのです。あまりにも■■■■が可哀想で」

「ん? すまない、聞き取れなかった。もう一度――――」

「申し訳ございません。呪いのせいです。ジークベルト様が認識出来ない言葉を使ってしまいました」


 認識出来ない言葉、か。確かに、それがあるのは不便だな。


 事件のことは直ぐに国王陛下に報告していた。

 人が呪いを発動させたことは、あまりの衝撃だった。恐怖の波紋を懸念した陛下は、まだ発表しないと決めた。解呪は行っていいとのことで、領地に呪いの研究職を送ってもらい、内密に研究と解呪をすることになった。


 一ヵ月が経ち、呪いの全容が見えてきたと報告された。

 精神と脳の奥深くに呪いの枝が絡み付いているらしい。無理やり剥がせば脳の他の機能も傷付ける恐れがあるとのことで、ゆっくりと解呪を進めることとなった。

 

 毎朝治療院に通うようになって三ヵ月。

 金髪を顎のライン切りそろえた、悲しそうな瞳をした女性が治療院にいた。

 初めて見る顔だった。制服は治療院のものなので、治癒師なのだろう。新しく雇った覚えはない。もしかしたら、私の呪いでの増員か何かだろうか。

 緑のようなオレンジのような、不思議な色の瞳に見入っていると、「公爵様?」と声を掛けられた。

 心臓がギュッと締まった。

 彼女がキラキラと輝いて見える。たぶん、気のせいなのだが。

 一目惚れというものかもしれない。

 気付けば、院長を呼びに行くと言い、立ち去ろうとした彼女の手首を掴んで引き止めてしまっていた。


 何かを伝えなければならないと思うのに、脳の奥底に靄が掛かっていて、上手く言葉が紡げない。


「どこかで会ったこと……」


 まるでナンパのようだった。

 今まで、こんな風に女性を引き留めたことがなくて、なんと言えばいいのか分からない。ただ、彼女と離れたくないと、頭ではなく、心が叫んでいた。

 女性の顔を見て、焦った。

 何かに怯えたような表情で、瞳をふるふると揺らしている。

 どうにか誤魔化さなければ。

 冗談だよ、ごめんねと。


「ジ――――」

「そんなわけないか。ごめんね。今、何か言いかけたかな?」

「っ」


 失敗した。

 美しい瞳から、ポタリポタリと落ちる雫。

 泣かせてしまった。


「す、すまない! 急に触れて、怖がらせたね」


 慌てて手を離し、俯く顔をのぞき込む。

 彼女は頭を横に振るだけだった。

 落ち続ける雫を拭いたい。

 抱きしめたい――――なぜ?


「泣かないでくれ。君に泣かれると、なんだか辛いんだ」


 どうしてか、心臓が苦しくなる。

 この人を泣かせたくないと。

 笑って欲しいと。


「っ! 貴方に、何が分かるのよっ! 明日には私のことなんて忘れてるくせに! だいっきらい」

「え……?」


 だいっきらい。

 そう言われて、脳が揺れた。

 目の前が真っ暗になった。

 心臓が、破裂しそうだ――――なぜ?


「約束したのに! ■と■■するって、■■■■って、■■にするって……私のジークを返してよ! 貴方なんて、大嫌いよ!」


 聞き取れない。

 なにか、大切な言葉が、聞き取れない。

 聞こえない。大切な人の言葉が。


 走って逃げる彼女を追いかけたいのに、足がその場に縫い付けられたかのように動かない。

 彼女にジークと呼ばれた。

 身体が歓喜している。

 心臓が早鐘を打ち、全身に灼熱のような血を巡らせているのが分かる。

 そして、激しい目眩のあと、倒れた。




 目覚めると、院長のしわくちゃの顔が目の前にあった。

 せっかく、彼女の夢を見ていたのに。

 彼女?

 だれだっけ?

 長い金色の髪を撫でると、アースカラーの瞳をゆっくりと閉じ、キスを受け入れてくれた女性。

 泣いていたあの子にそっくりの女性だった。


「……欲求不満か?」

「ジークベルト様?」

「あ、いや。なんでもない」


 どのくらい寝ていたか聞くと、発見してから一時間ほどだと言われた。

 さっきの女性のことを聞くと、不幸なことがあって精神が不安定になっていた。部屋で休んでいると言われた。


「泣かせてしまったんだ。謝罪したい」

「今は、そっとしてあげてはいただけませんか? 彼女は強い。きっと明日にはいつも通りになりますから」

「彼女は、新人ではないんだな? ずっといる治癒師――――っ、くそ。頭が……」

「ジークベルト様! 無理はいけません!」


 院長や研究職たちに、無理に思い出そうとするなと止められた。

 それでも、彼女のことを考えるのを止められなかった。


 何かに急き立てられるように、彼女の部屋を探し出し、ドアを何度もノックした。


「頼む、開けてくれ。君と話したい。君のことが知りたい。どうしてか分からないけれど、君が好きなんだ。初めて会ったのに、泣かせたのに、泣かせたくなかったのに、すまない。どうかドアを――――」




◇◇◇




 涙が枯れるほど泣いて泣いて泣き終えたころ、ドアが何度もノックされた。

 震える声で公爵様がドアを開けてほしいと言った。

 泣かせたことを謝る公爵様。そんな公爵様こそ泣きそうな声だった。

 気付けばベッドから抜け出し、ドアノブに手を掛けていた。


「どうかドアを――――っ! クラーラ……?」


 大きな手でふわりと両頬を包まれた。

 空色の瞳にジッと見つめられて、また涙が溢れ出てしまった。

 もう嫌だ。もう希望なんて持ちたくない。

 どうせ明日はまた全てがなかったことになるのに。


「クラーラ」

「っ……」

「泣かないでくれ、クラーラ」


 名前を呼ばれるたび、心臓は甘く締め付けられる。

 そう長くはない人生だけど、唯一愛した人。この人より好きになる人はきっと現れない。そう思うほどに、愛していた。


「クラーラ、君がクラーラだというのは分かるんだ。クラーラ、好きだ……なんて言っても信じられないよな? でも、好きなんだ。なんでか分からないけれど、君を愛せと心が叫んでいるんだ。君を失ったら、私は絶望で死んでしまうだろう」

「……嘘つき。明日には忘れるくせに」

「やはり、君を忘れる呪いなんだな」


 ――――え?


 公爵様が嬉しそうに微笑み、ゆっくりと顔を寄せてきた。


「キス、したい。嫌?」


 嫌じゃない。

 でも、言葉には出来なかった。


「クラーラ、嫌なら殴って――――」

「ん……」


 ふわりと柔らかく触れる、優しくて、甘くて、少しだけ塩っぱい、涙の味がするキスだった。


「少しずつ、解呪は進んでいるらしい。無理をするなと怒られたよ」


 お伽噺のように、キスしたら戻るかもと思った、なんて照れ笑いしながら言われた。

 耳の先が真っ赤に染まっている。


「何度でも、キスしてください。何度でも、告白してください。貴方が忘れても、私は全て覚えておきます。いつか、貴方が思い出してくれるまで、私も諦めませんから」

「ん。愛してるよ、クラーラ」

「私も、愛してます」







「君、初めて見る顔だね? 新人、かな……?」

「ええ」

「――――クラーラ?」

「っ!?」



 ―― fin ――




また企画で『田中エル』さんにタイトルいただきましたー!


エモエモなタイトルをもろて、コメディに走りたい欲とメリバに走りたい欲で戦った結果、じっとりハピエンに着地☆

褒めて! まじで、褒めて!

珍しく、ちゃんとなんか良い感じに書けたと思うのー!

ほ め て ぇ !

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― 新着の感想 ―
いっぱい褒めさせていただきます! ハピエン万歳! 『ちゃんとなんか良い感じ』でなく『すごく素敵なおはなし』でした!  公爵様は呪いにかかってる間のことは覚えてないんですよね 周りからしたら毎日『ラブ…
早く解呪されて思い出してぇぇぇぇぇ(´இωஇ`)
あとがき拝見したらコメディバージョンが読みたくなりました笑
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