月神の都、アキウトゥミクの物語 11
老人はしばらく歩くと一つの平らな白い石の台座を指し示した。台座は二つに折れ、乾いた血で黒く汚れていた。
「これはかつての月神の祭壇。エルミアス将軍が誤って自らの血で汚したもの」
「では、この血はエルミアスの流した血なのですか」
「この血は月神への生け贄の乙女が流したもの。ですが、貴方には到底わかりますまい」
そう言って老人は目を閉じた。
「将軍の血が祭壇に滴り落ちた瞬間に、清く透明に流れた生け贄の乙女の血が赤く変じたのです。エルミアス将軍は突然自分が赤い血の池のただ中に立っている事に気づき、思わず悲鳴を上げられました」
老人はそこで言葉を切った。ルシウスは老人が先を続けるのを辛抱強く待った。
「そして、あの地震が起きました。堅牢な筈の石の都があっと言う間に崩れ、地割れに呑み込まれました。あの地震は月神の怒りそのもの」
老人は祭壇を悲しげにじっとみつめた。
「しかし、アキウトゥミク崩壊の恐怖は生け贄の乙女の血が赤く変じた時に私が感じた恐怖に比べれば、何ほどの事もありませんでした。この祭壇はアキウトゥミクそのものよりも遥か昔から月神の祭壇として、清く保たれていたものを・・・」
老人は首を振ってため息をついた。
「月神は慈悲深くも、その面を私達に向けている事を血の奇跡をもって私達に示して下さっていました。しかしもう月神の面は我々から背けられたのです。ルシウス将軍、あなたはもう月神の怒りを恐れる必要は全くないのです。もう月神は私達からその面を背けられたのですから」