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灰塵より飛翔する鳳凰 ~ 大明帝国始祖・洪武帝伝 ~親兄弟餓死、托鉢乞食放浪から、「世界最大の帝国」を創始した男の実話~   作者: 如月妙美


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第5章 「大足」の賢妻 ―― 絆という名の最強の鎧

5-1:数奇なる縁 ―― 出自不明の「大足」の姫

 至正十二年(一三五二年)、濠州ごうしゅうの城内には、春の重く湿った風が吹き抜けていた。  朱元璋が紅巾軍に加わってから数ヶ月。その破竹の勢いでの出世と、戦場での冷徹かつ正確な指揮能力は、主君・郭子興かくしこうを驚嘆させた。郭子興は、この底知れぬ才覚を持つ若き将を、一族の血に繋ぎ止め、その忠誠を永遠に獲得するための決断を下す。それは、自らの養女である馬秀英ば・しゅうえいを元璋に嫁がせるという、政略と情愛が入り混じった婚姻であった。

 婚礼の夜。城内の一角にある質素な部屋には、安価な獣脂を燃やす灯明の匂いが漂い、門出を祝うための強い「しゅ」の香りが満ちていた。  朱元璋の前に静かに座っていたのは、郭子興の養女、秀英である。彼女の出自については、城内でも多くの噂が飛び交っていた。一説には、彼女の実父は宿州の富豪・馬公であったと言われている。馬公は学問に通じ、義侠心に厚い人物であったが、政争に巻き込まれて非業の死を遂げた。郭子興はかつて馬公と生死を共にするほどの深い親交があり、友の死後、天涯孤独となった幼き娘を探し出し、実の娘以上の慈しみをもって育て上げたのである。  しかし、その出生の詳細は戦火の中で曖昧となり、いつしか彼女は「謎多き養女」として知られるようになっていた。

 当時の中国において、女性の美徳は「纏足てんそく」にあると信じられていた。幼少期より足を布で固く縛り上げ、骨を砕き、三寸(約十センチ)足らずの歪な形に固定する「金蓮きんれん」。それは女性の歩行の自由を奪い、男性の庇護下に閉じ込めるための、凄惨なまでの伝統であった。  だが、秀英の足は自由であった。実父・馬公の「自らの足で歩める娘に育てたい」という遺志と、それを汲んだ郭子興の寛大さゆえに、彼女は一度も足を布で縛られることがなかった。その結果、彼女の足は泥を蹴り、大地をしっかりと踏みしめる、しなやかで「大きな足」のままであったのだ。

「元璋様、何をそんなに凝視していらっしゃるのですか。……やはり、私のこの不格好な『大足だいそく』が、お気に障りますか」

 秀英の声は、澄んだ鈴の音のように凛としていたが、その奥底には僅かな自虐の影が揺れていた。元璋は、自らの視線が彼女の裾から覗く足元に釘付けになっていたことに気づき、ゆっくりとおもてを上げた。

「……いや。俺が三年の托鉢放浪で見てきた女たちは皆、自力で立つのも困難なほど足が腐り、杖や壁に縋って生きていた。だが、お前のその足には……、自らの力で運命を切り拓こうとする者の『強さ』があると思ったのだ。飾られた偽りの美しさより、俺は土を踏む力を信じる。俺が求めていたのは、共に風雪の中を歩み、泥にまみれても倒れぬ伴侶だ」

 秀英は意表を突かれたように目を見開いた。城内の家臣たちは、彼女を「大足の姫君」と呼び、陰では「あんな大きな足では、農民の嫁に行くのが関の山だ」と嘲笑っていたからだ。元璋は、自らの、鉄鍬を振り続け、石を投げられ、節くれ立った無骨な掌を彼女の前に差し出した。

「三寸金蓮の女に、俺の背負う重荷を半分持ってくれと言えるか? 俺が求めていたのは、飾り立てた美しさではない。お前のその足こそ、俺が必要としていた『誠実さ』の証だ。俺は、お前という女に出会えたことを、天に感謝する」

 秀英の瞳から、大粒の涙が溢れた。この夜、二人は単なる夫婦の契りを超え、乱世という名の濁流を泳ぎ切るための「唯一無二の同志」となったのである。


5-2:胸中の焦熱 ―― 命を繋ぐ一片のもち

 しかし、幸福な新婚生活は、嫉妬という名の毒によって短期間で塗り替えられた。  朱元璋の軍才が際立ち、配下の兵たちが郭子興よりも元璋に信望を寄せ始めると、郭子興の息子たち――とりわけ次男の郭天叙かくてんじょらの嫉妬は、殺意に近い執念へと変貌していった。

「あのような、どこの馬の骨とも知れぬ乞食坊主が、父上の寵愛を独占するなど断じて許せん。奴は必ず、いつか我らを追い落とし、この濠州を乗っ取るつもりだ」

 郭天叙らは、父・郭子興に対し、元璋が敵軍と内通している、あるいは独自の勢力を拡大して謀反を企てているという虚偽の報告を繰り返した。もともと猜疑心が強く、一度疑い始めると周囲が見えなくなる郭子興は、息子たちの巧みな讒言ざんげんに搦め取られ、次第にその言葉を真実と思い込むようになった。  ある日の軍議の後、元璋は突然兵に囲まれ、理由も告げられぬまま地下の薄暗い「兵糧庫」へと幽閉されてしまったのである。

 その処遇は、尋問さえ行われない、事実上の死刑であった。 「水も与えるな。食事も与えるな。己の不忠を悔い、餓死するまで放置せよ」  という厳命が下されたのだ。

 窓一つない石壁の部屋。カビの臭いと、冷たい湿気が充満する闇の中で、元璋は一人、凍てつく地面に座していた。  (またか……。俺はまた、この暗闇の中で飢え死にするのを待つだけなのか。鳳陽のあばら屋で父上や母上が亡くなった時のように、抗う術もなく、塵のように消え去る運命なのか)  空腹が胃壁を削り、体温が奪われていく中で、彼の心には漆黒の絶望が渦巻いた。皇帝への階段を登り始めたはずの彼を、過去の忌まわしい記憶が再び地の底へと引き戻そうとしていた。

 幽閉されて三日が過ぎた夜。重い木扉の小さな隙間から、微かな、しかし必死な囁き声が聞こえてきた。

「元璋様……元璋様、いらっしゃいますか……」

 聞き間違えるはずのない、秀英の声であった。元璋は這うようにして扉に近づき、通風のための小さな穴に顔を寄せた。

「秀英か……。なぜここへ。郭様の命令を破れば、お前も無事では済まぬぞ。帰れ、今すぐにだ」

「構いません。あなたがこの世から消えるのなら、私が生きる意味などどこにもありません。……さあ、これを」

 そう言うと、彼女は懐から一つの包みを取り出そうとしたが、衛兵が近づく足音が聞こえ、慌てて服の隙間から中のものを直接、扉の隙間に押し込んだ。  それは、厨房で今まさに炊き上がったばかりの、蒸したての熱い「もち」であった。元璋がそれを手にした瞬間、その異常な熱さに思わず手が跳ねた。

「熱い! ……なぜだ。厨房からここまで運ぶには時間がかかるはず。なぜこれほどまでに熱を帯びているのだ」

 元璋はふと、隙間から見える秀英の胸元に目をやった。彼女の着ていた薄い麻の衣の胸元が、不自然に赤く染まり、汗と蒸気で濡れているように見えた。

「秀英、お前、まさか……」

「……衛兵に見つかれば、すべてが台無しになりますから。懐に忍ばせれば、誰も食べ物を持っているとは思いません。……さあ、早く。温かいうちに食べて、力を蓄えてください」

 彼女は、焼けるように熱い出来立ての餅を、直接、自分の柔らかな肌に触れる胸元に隠して運んできたのだ。その熱さは、皮膚を焼き、肉を焦がすほどのものであったはずだ。元璋は、その餅を噛みしめた。小麦の甘みと共に、彼女の命懸けの覚悟と愛情が、喉を通り、五臓六腑に染み渡っていく。  涙が止まらなかった。三年の放浪で石を投げられても、親兄弟を自らの手で埋めても泣かなかった男が、闇の中で声を押し殺して嗚咽おえつした。

「秀英……、俺は誓う。この胸の熱さを、一生忘れはしない。お前が俺のために負ったその傷の痛みは、俺の魂に刻み込まれた。俺がこの乱世を勝ち抜き、民を救う時、お前は必ず俺の隣にいるのだ。誰にもお前を蔑ませはしない!」

 その後、秀英は命懸けで郭子興のもとへ走り、自らの髪を切り、死を以て元璋の潔白を訴え続けた。さらに、元璋を慕う徐達じょたつらの将兵が、主君への不信から暴動を起こさんとする不穏な気配を察し、郭子興はついに元璋を釈放することを決めたのである。  牢から出た元璋を迎えたのは、胸元に痛々しい火傷の痕を残しながら、それでも太陽のように微笑む秀英の姿であった。絆という名の、この世界で最も強固な「鎧」を、元璋はこの時手に入れたのである。


5-3:鳳凰の片翼 ―― 慈悲という名の規律の礎

 釈放後の朱元璋は、濠州の郭子興のもとに留まることがもはや限界であることを悟っていた。彼は自ら選んだ二十四人の精鋭――後の大明帝国の幹部となる男たち――を率い、独立して南下することを決意する。  その全ての決断、軍事行動、そして小さな集団の統治の陰には、常に秀英の静かだが鋭い助言があった。

 当時の反乱軍の多くは、元朝の腐敗した役人たちと同様、あるいはそれ以上に民を苦しめる略奪者であることが常であった。勝利の報奨として村を襲い、農民から「種籾たねもみ」さえ奪い、女を拉致する。  元璋もまた、当初はその激しい気性と戦火の熱狂の中で、食糧確保のために非情な決断を下そうとすることがあった。そんな時、彼の袖を引くのは常に秀英であった。

「元璋様。今はまだ、私たちは小さな一団に過ぎません。ですが、あなたがこれから天下を目指すというのなら、今の振る舞いこそが大切です。力でねじ伏せて従わせるだけでは、私たちはあの忌々しい元朝の役人と何ら変わりません。民の恨みを買えば、私たちはすぐにでも背後から刺されるでしょう」

 ある時、進軍の妨げになるとして、部下たちが逃げ遅れた農民たちの「鉄鍬てっしゅう」を全て没収し、武器の材料として潰そうとしたことがあった。農民にとって、鍬を奪われることは飢えによる死を意味する。農民たちが泥を掴んで泣き叫ぶ中、秀英は自ら馬を下り、その鍬を一本ずつ拾い上げて農民たちに返して回った。

「元璋様。この鍬こそが、後にあなたが築くべき安寧の地の、最初の礎石なのです。民を泣かせて築く陣地は、一晩の嵐で崩れます。ですが、民に感謝されて耕す田畑こそが、何よりも強固な城壁となるのです」

 元璋は、その言葉の重みに深く感じ入った。彼はその場で軍令を改め、民から一粒の米、一本の農具、一尺の布を奪う者も、厳罰に処すと宣言したのである。

 また、秀英は兵士たちの士気を保つためにも、細やかな配慮を欠かさなかった。彼女は自ら古びた麻布を集め、夜通し針を動かして、兵士たちの「草履ぞうり」の底を補強させた。彼女が繕う衣には、常に一本の「赤い糸」が、見えぬ場所に忍ばされていた。それは「朱」の姓を担ぐ者たちの連帯を象徴すると同時に、彼らが一人の「母」に見守られているという安心感を与えた。

 食生活においても、彼女は徹底して質素を貫いた。  勝利を挙げた将軍たちが、戦利品の家畜をほふり、豪華な羊肉の「あつもの」を求める中、彼女は元璋の前に、あの日地下牢で食べたのと同じ「餅」と、野草の入った薄い「菜の汁」を置いた。

「私たちは、あの日、何を求めて立ち上がったのか。それを忘れた瞬間に、私たちの掲げる『義』の旗はただの布切れになります。民の空腹を知り、共に耐える者こそが、真に人の上に立つ資格を持つのです」

 元璋は、秀英という名のブレーキがあるからこそ、権力という名の魔物に魂を喰われずに済んでいた。一羽の伴侶を一生愛し抜く「信天翁 (アホウドリ)」の如き忠誠を、元璋は秀英に捧げた。  彼女がいたからこそ、朱元璋はただの「破壊者」として歴史の塵に埋もれることなく、一億の民を救うための「道」を歩み始めることができた。

 「大足の秀英」  かつて嘲笑されたその名は、今や紅巾軍の兵士たちにとって、勝利の女神であり、慈愛の象徴であった。絆という名の最強の鎧を纏った二人の歩みは、今、歴史の転換点となる南京の地へと、確信を持って加速し始めていた。


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