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わたしの帰る場所

作者: チョコ630
掲載日:2026/02/15

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 春の匂いは、少し甘い。


 ベランダに揺れる洗濯物の向こうで、父がくしゃみをする。

 母は台所で味噌汁を温め、兄たちはテレビのリモコンを奪い合っている。


 どこにでもある、普通の朝。


 ――でも、わたしには“声”が聞こえる。


(今日も仕事かぁ……でも、みおの笑顔見たら頑張れるな)


 父の心。


(最近ちょっと元気ない?学校で何かあったのかしら)


 母の心。


(妹にプリン取られたらマジ泣く)


 次男の心。


 わたしは、人の心が読める。


 音じゃない。

 言葉でもない。

 感情が、直接流れ込んでくる。


 だからわたしは、空気を読むのが得意だった。

 怒る前に謝れるし、悲しむ前に寄り添える。


 でも――


 この力は、誰にも言えない秘密。


 家族にも。


 だって、もし怖がられたら?

 もし“普通じゃない”って言われたら?


 わたしは、ここにいられなくなる気がして。


 ◇


 わたしが拾われた子だと知ったのは、七歳のときだった。


 押し入れの奥にあった古い封筒。

 そこには、病院の書類と、小さな赤い布切れが入っていた。


 金糸で刺繍された、不思議な紋章。


 母は、泣きそうな顔で話してくれた。


「あなたはね、公園に置かれていたの」


 十年前の春。

 まだ赤ちゃんだったわたしは、人気のない公園のベンチに置き去りにされていたらしい。


「でもね、運命だと思ったの」


 父が言った。


「抱き上げた瞬間、ああ、娘だって思った」


 わたしは泣かなかった。

 心が読めたから。


(この子を守る)

(絶対に幸せにする)


 その決意が、胸いっぱいに響いていたから。


 それ以来、わたしは「拾われた子」ではなく、

 「選ばれた子」だと思うようにした。


 ◇◇◇


【 ()()() ()()()()()() 】


 十歳の誕生日。


 ケーキのロウソクを吹き消した瞬間、

 胸の奥がざわりと揺れた。


 知らない“心”が、近づいてくる。


(見つけた)

(皇女殿下)


 皇女?


 その言葉が、雷のように落ちた。


 玄関のドアが壊される音。

 黒服の男たち。


 わたしは連れ去られた。


 車の中で、男の一人が思っていた。


(十年前に消したはずだった)

(王はまだ諦めていない)


 王?

 消した?


 わたしの頭に、知らない記憶がかすめた。


 広い庭園。

 白いドレス。

 優しい女性の腕。


 そして――

 暗闇。


 ◇


 連れていかれたのは、古い屋敷だった。


 わたしは知った。


 自分が、この国の皇女であること。

 十年前、権力争いの中で誘拐され、殺されたと思われていたこと。


 そして、心を読む能力。


 それは王家に稀に生まれる“真心の力”と呼ばれるものだった。


(この子が生きている限り、脅威だ)

(王に渡すわけにはいかない)


 怖い。


 でも、わたしは目を閉じた。


 遠くで、強い想いが近づいてくる。


(必ず見つける)

(今度こそ守る)


 その心は、澄んでいた。


 ドアが破られた。


 そこに立っていたのは、王と王妃。


 目が合った瞬間、涙があふれた。


「……生きていてくれて、ありがとう」


 王妃の心は、十年間の後悔と愛で満ちていた。


 でも、わたしの胸に浮かんだのは――


 母の笑顔。

 父の大きな手。

 兄たちのうるさい声。


「わたし、帰りたい場所があるの」


 王は静かにうなずいた。


「ならば、その場所も守ろう」


 ◇◇◇


【 ()()() ()()()()()() 】


 すべてが明らかになった。


 誘拐の黒幕は捕まり、

 王家は正式にわたしを皇女として迎え入れると発表した。


 でも。


「みおは、うちの娘です」


 父は震えながらも言い切った。


 王はしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。


「では、共に育てましょう」


 前代未聞の決断だった。


 わたしは王宮と家を行き来しながら生活することになった。


 昼は王宮で歴史や政治を学び、

 夜は家で母の作るハンバーグを食べる。


 兄は言った。


「妹が皇女とか、漫画かよ」


 でも心は違った。


(すげえ誇らしい)


 母はわたしを抱きしめた。


「力があってもなくても、あなたはあなたよ」


 わたしは初めて、自分の能力を全部話した。


 みんな、驚いた。

 でも――


「便利じゃん。俺のテストの答え読める?」


 と長男が笑い、

 家の空気はいつも通りだった。


 ◇◇◇


【 ()()() ()()()()()()()()() 】


 数年後。


 わたしは正式に皇女として国民の前に立った。


 でもスピーチの前、深呼吸をして思った。


 聞こえてくる、たくさんの心。


(応援している)

(幸せになってほしい)


 わたしは微笑んだ。


「わたしには、二つの家族があります」


 ざわめき。


「血のつながった家族。

 そして、わたしを選んでくれた家族」


 父と母が客席に並んで座っている。

 王と王妃も、その隣で。


「どちらも、わたしの帰る場所です」


 拍手が広がった。


 わたしの力は、もう怖くない。


 人の心を読む力。

 それは、疑うためじゃない。

 守るためのもの。


 十年前、闇に消えたはずの命。


 でも今、わたしはここに立っている。


 皇女で。

 娘で。

 妹で。


 愛されていると知っている。


 そしてわたしも、愛している。


 春の風が、またやさしく吹いた。


 わたしの名前は、美桜。


 二つの家族に守られながら、

 これからは、わたしが世界を守る。


 ――ここが、わたしの帰る場所。

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