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第五話 魔獣討伐



 亜人の戦士ヒナタとツキヨを仲間に迎えてから、すでに一ヶ月が過ぎていた。その間、ダレル王からの呼び出しなどは無く、ヒロシたちは平和な日々を過ごしていた。そんなある日、ヒロシの家で全員が揃ってくつろいでいると、木の椅子に座っていたヒナタが急にわっと声を上げた。


「ヒマだニャ! 退屈だニャ! つまんねーのニャ!」


 駄々をこねる子供のように手足をジタバタさせ、ヒナタは喚いた。普段から活動的な彼女にとって、ただ家でじっとしているのはすでに限界を迎えつつあった。ソファで本を読んでいたツキヨ、テーブルで読み書きの勉強をしているヒロシとメリアの視線が同時にヒナタへと向けられる。


「せっかくパーティー組んだのに、なんもしねーで過ごすなんて青春の無駄遣いニャー! ダラダラするのは好きだけど、退屈は大ッキライなのニャ!」


 プンスコと怒るヒナタの愚痴に、ツキヨは読みかけの本を閉じて言う。


「私とヒナタがここへ住まわせてもらってからというもの、特に何事もなく過ごしてきましたが……確かにそろそろ仕事を受けた方がいいかもしれませんね。今後の蓄えや生活費のこともありますので」


 ツキヨの言う通り、仕事を引き受けておきたいのは事実であった。四人分の食費や生活費はもちろんのこと、装備の更新や消耗品の補充や、いざという時のためにも資金を稼いでおく必要がある。働かざるもの食うべからずというのは、この世界でも変わらない原則であった。


「そうだなあ、仕事を探しに行く前に、もう一度俺たちの役割なんかを確認しておこう」


 ヒロシが言うと、まずメリアが立ち上がってぺこりとお辞儀をする。


「私は魔法が使えます。まだ未熟で経験は足りませんけど、頑張ります」


 続いて木の椅子に座ったままのヒナタが、両手を頭の後ろに回したまま言う。


「アタシは接近戦が得意だニャ。武器はかぎ爪と、一応弓も扱えるニャ。こう見えても村じゃ一番強かったんニャよ」


 ヒナタが言い終わると、ソファに座っていたツキヨが背筋を真っ直ぐにして立ち上がる。


「私は一通りの武器が扱えますが、特に剣と槍、そして弓を得意としています。どのような場面でもお役に立てるかと」


 三人が言い終わると、最後のヒロシに視線が集まる。ヒロシも立ち上がってはみたが、なかなか言葉が出てこない。


「あー、えっと……俺はその、なんていうか……」


 三人はじっと次の言葉を待っていたが、ヒロシは謎のプレッシャーに押し潰され、思わず男泣きしてしまう。


「俺はッ! パーティのお荷物ですブヒィッ! 出来ることがないっ……!」


 鼻水を吹きながら号泣するヒロシを見て、ヒナタは腹を抱えて笑っている。メリアが鼻紙をもってきてヒロシに渡すと、ヒロシは盛大に鼻をかんで顔を上げた。


「せめて荷物持ちとかで頑張るから……」


 しょんぼりしているヒロシを横目に、ツキヨが口を開く。


「ひとまず数は揃っているので、形にはなるでしょう」


 気が済むまで笑っていたヒナタも、そこへ付け足すように言った。


「そーそー、依頼主が非戦闘員なんて、わりとよくある話ニャ」

「後衛は戦場を広く見て、死角からの接近や攻撃に警戒してくれれば、それだけでも助かります」


 気を遣われてしまったようで情けないが、せめてそのぐらいの役目はこなそうと、かたく心に誓うヒロシだった。


「よ、よーし。仲間の理解も深まった所で、仕事を探しに行ってみよう」


 ヒロシたち四人は冒険者ギルドへ赴き、いい仕事が入っていないか探すことにした。せっかく四人いることもあり、多少難度が高くとも実入りの多い仕事がいいだろうと考えていると、破格の報酬が提示されている仕事が目に入った。


「報酬一万!? すごいな、死霊使いの時にもらった全額の、さらに倍もあるじゃないか」


 金一万ともなれば、数か月は遊んで暮らしていてもおつりがくる額である。しかし報酬の高さばかりが目を引くが、仕事の内容はというと『北の古戦場跡に出る魔物を退治せよ』と書いてあるだけで、具体的な内容がどこにも書かれていなかった。


「マスター、この仕事って魔物を倒せとしか書いてないんだけど、どういうことなんだ?」


 ヒロシが依頼の一覧表を見せて尋ねると、冒険者ギルドのマスターは少し難しい表情をした。


「ああ、その仕事か。書いてある通り、北へ向かう街道の途中で古戦場跡の遺跡を抜ける場所があるんだが、そこに狂暴な魔物が出るそうなんだ。すでに何台もの馬車や商人たちがやられてる。だがその魔物ってヤツは用心深くてな、どこからか突然現れて、人間や馬車を襲った後は風のように消えちまうらしい。だから詳しいことが全然分かってないんだよ。ここだけの話、王様の命令で向かわせた小隊が、手も足も出ずに逃げ帰ってきたって噂もあるんだ」

「な、なるほど……道理で賞金が高いわけだ」


 ヒロシは躊躇したが、横で話を聞いていたヒナタは手を上げて声を上げた。


「はいはーい、この仕事引き受けたニャ! スリリングでおもしろそーなのニャ!」

「いや面白そうって、ハイキングに行くんじゃないんだから」

「ヒロシは分かってねーのニャ。退屈で鈍ったアタシの身体が、刺激とカネを求めているんニャ! やっすい仕事でチマチマ稼ぐより、一発勝負でドカンと稼ぐ! これが浪漫ってもんだニャ!」

「なんかものすごいダメ人間みたいなこと言ってるこの人!」


 ギャンブル中毒のおっさんみたいな台詞を吐くヒナタに、ヒロシは開いた口が塞がらない。ともあれ勝手に二人だけで話を進めるのは良くないと、ヒロシはメリアとツキヨを呼ぶ。


「この仕事、二人はどう思う?」


 メリアはヒロシ同様、この業界にはあまり詳しくないので判断はヒロシに任せると言ったうえで、


「これだけお金があったら、新しいお鍋や食器が買えますね。お花の種も欲しいものがあって、あれとかこれとか……」


 などと彼女らしい使い道について考えていた。そしてツキヨは少し考えこみ、いつもの通りあまり表情が変化しない顔つきで言った。


「足りない情報、正体不明の魔物、積み上がった賞金の高さ。この仕事、我々の想像以上のリスクがあると考える方が賢明でしょう。ですが、同時に大きなチャンスでもあります」

「チャンス?」


 ヒロシが聞き返すと、ツキヨはこくりと頷く。


「王国の小隊ですら逃げ帰るような魔物を討ち取ることが出来れば、我々の名も相応に上がることでしょう。そうなれば国王もヒロシどのへの態度を改めざるを得ません。それに今後、国王からの依頼を受ける際にも手厚い支援を期待できるはずです」

「な、なるほど……頭がいいんだなあツキヨは。俺はそこまで考えが回らなかったよ」

「この仕事は大きな危険を伴います。最悪の状況となる可能性も低くはない。ですが、それだけに成功すれば得るものも大きい。ヒロシどの、どうしますか?」


 話は責任重大である。自分や仲間の命がかかっている以上、軽率に判断するわけにはいかない。しばし考えこんだ後、ヒロシはぐっと真面目な表情で言った。


「俺はこの世界に来るまで、挑戦することからずっと逃げてた。失敗するぐらいなら、なにもしない方がマシだって……確かに安全だったよ。でも、なんの思い出も残らなかった。あの時ああすれば良かったとか、こうすれば良かったとか、ずっとその繰り返しでさ。全然面白くなかったなあ」


 酒場の天井を見上げ、ヒロシはふうっと息を吐く。それからメリア、ヒナタ、ツキヨの顔をそれぞれ見て深く頷く。


「でも今は違う。昔は自分一人だけだったけど、今は頼れる仲間がいる。俺にはみんなを信じる事しかできないけど、きっと上手く行くはずだ」

「では決まりですね。全員で力を合わせて頑張りましょう」


 ヒロシに続いてメリアが言うと、ぞの場の全員が力強く頷く。ヒロシはギルドのマスターを呼び、古戦場跡の魔物退治を引き受けるのだった。




 王都ストームサングから北に延びる街道は、遥か先への砦へと続いている。今回の目的地はその中間に位置する、古い時代の戦場跡とされる遺跡群だった。そこは無数の瓦礫が今も散乱したままで、現在の様式とは全く違う文明の跡が垣間見える。だが、長い時を経て土と砂に埋もれた残骸からは、もはやこの地でなにが起きたのかを読み取ることは出来なかった。古戦場跡の入り口で馬車を降りた四人は、馬車を安全な場所まで避難させると、周囲を警戒しながら遺跡の中へと足を踏み入れた。古戦場跡には背の高い住居跡なども多く残っており、想像よりも視界が悪い。あちこちに死角があるので、用心しながら進むのは意外なほどに神経を使わされた。しばらくすると前を行くヒナタとツキヨが立ち止まり、特徴的なネコの耳とウサギの耳をピクピクと動かしていた。


「なんか近付いてくるニャ。ヒロシ、メリア、油断するニャよ」

「六、七……いや十匹以上だ。来る!」


 ヒナタが手甲からかぎ爪を伸ばし、ツキヨが槍を構えるのとほぼ同時に、周囲の瓦礫の上から無数の人影らしきものが現れた。


「ヒョヒョッ! ホーッ! ホーッ!」


 奇妙な鳴き声を発するそれは、ゴブリンに似た魔物の群れだった。ただし肌の色はくすんだ黄色っぽく、体格もゴブリンより一回りかそれ以上は大きい。手には棍棒や石斧、石の槍といった原始的な道具を持ち、そして一番の特徴は、両足が毛をむしったウサギか鳥の脚のような形をしており、足の付け根部分はとくに発達した筋肉が見て取れた。


「ハネコブルだニャ! みんな頭上に注意するニャ!」


 ヒナタがそう叫ぶと同時に、ハネコブルと呼ばれる魔物たちは一斉に動き出した。ハネコブルたちはノミやバッタのようにぴょんぴょんと跳ねながら素早く移動し、ひと飛びで四、五メートルもの高さまで跳躍すると、頭上から得物を振り下ろしてきた。攻撃をかわしたヒナタやツキヨが攻撃に転じようとした時には、すでにハネコブルはその場から飛び去り、再び周囲の瓦礫の上に登ってこちらを見降ろしている。


「は、速い! それにこの地形、あいつらにものすごく有利なんじゃないのか!?」


 ヒロシの心配通り、周囲の残骸はハネコブルたちにとって安全地帯として機能し、地面で迎え撃つのは分が悪かった。


「ええ、奴らは岩場や瓦礫を好み、それらを巧みに利用する魔物です。動きに惑わされず、冷静に対処してください」


 ツキヨは周囲を飛び跳ねるハネコブルの動きを冷静に見極め、槍の切っ先を向けてけん制する。そして一匹が横から飛び掛かった瞬間、素早く身体の向きを変えてハネコブルの胴体を槍の一突きで貫いた。


「ギエーーーーッ!?」


 空中で槍の先端を引き抜くと、ツキヨは落ちてきたハネコブルに蹴りを見舞い、瓦礫の向こうへと吹き飛ばす。隣のヒナタも別のハネコブルが振り下ろした石斧をかぎ爪で受け止め、がら空きになった胴体に小さな跳躍からの両足蹴りを叩き込む。矢のように吹っ飛んだハネコブルは瓦礫に頭から叩き付けられ、紫色の血飛沫をべっとり付けて動かなくなった。


「甘いのニャおめーら。こんなんじゃアタシに指一本も触れないニャよ! それから……」


 ヒナタはぐっと身を屈め、そこから地面を蹴って一気に跳躍した。普通の人間では到底届かないような高さまで、彼女は一息で飛び上がってしまった。そのまま瓦礫の上に着地すると、こちらを見降ろしていたハネコブルへと肉薄する。


「飛んだり跳ねたりでアタシらにケンカ売ろうなんて、百年はえーのニャ! オラオラオラー!」


 瓦礫から瓦礫へと飛び回り、ヒナタはハネコブルの群れを蹴散らしていく。地上でそれを見上げていたツキヨも、槍から弓に武器を持ち換えて言った。


「では、私もラビト族の技をお見せしましょう。はっ!」


 ツキヨは弓を構えたまま一瞬身を屈め、バネのように垂直に飛び上がった。一瞬にして五メートルほどの高さまで跳躍すると、目にも止まらぬ速さで弓を連射し、三体ほどのハネコブルを一息で射抜いてしまっていた。そのまま地面に降りてきて着地した彼女の顔は、いつものように冷静である。


「す、すごい……! 普通の人間じゃこんな動きはできないよ」


 ヒロシが驚いていると、視界の外から一匹のハネコブルが飛びかかってくる。反応が遅れたヒロシは腕で防御の体勢を取るしかなかったが、そこへすかさず声が響いた。


「凍り付きなさいッ!」


 メリアが杖をかざした瞬間、空中にいたハネコブルの身体が氷に覆われて固まり、そのまま地面に落下して砕けてしまった。


「やった、新しい魔法も上手く出来ました! ヒロシ様、怪我はありませんか?」

「ああ、おかげさまでなんともないよ」


 危ない所をメリアの魔法に救われ、ヒロシは胸を撫で下ろす。ふと回りを見れば、ヒナタとツキヨの活躍でハネコブルの群れは完全に勢いを削がれ、ヒィヒィと情けない声を出しながら退却を始めた。ひとまず危険は去ったかと思っていたその時、突如として一匹のハネコブルが空中で腹から血を拭き出し、ブチッと嫌な音を立てて潰れた。


「な……なんだ……!?」


 なにが起きたのか分からず驚いていると、今後は瓦礫の上にいた別のハネコブルの胴体が上下に分かれ、上半身だけが瓦礫の壁へと吹き飛んで潰れた。目の前で起きている出来事が理解できず目を見開いているヒロシたちの前で、地の底から響くような唸り声が聞こえてきた。


「ヒロシ様、なにかいます! とても大きな……!」


 メリアが指した方に目をやると、そこだけ空気が歪んでいるように見え、ゆっくりと動いている。最初は目の錯覚かと思ったが、それは気のせいなどではなかった。


「グルルルル……!」


 今度はハッキリと唸り声が聞こえ、重いものが地面に着地したような音が聞こえた。そして間を置かず、空中に無数の電流のような光が走ったかと思うと、今までなにも居なかった場所に、黒く巨大な四本足の獣が現れていた。体高はおよそ三メートル、体長は六メートル近くもあり、ヘビのように動く長い尻尾を持っている。身体は暗黒の体毛でびっしり覆われていて、輪郭が分かりづらく黒い塊のようにしか見えない。顔はトラやライオンに似て長い牙が生え、恐ろしげな形相をしている。刃物のような五本の爪が伸びた前足はヒロシの胴体よりも太く、その牙や爪にはハネコブルのものであろう紫の血が付着していた。


「こ、これが古戦場跡に住み着く魔物……!?」


 真っ黒な顔の中で、黄色く光る眼と白い牙だけが強調されて見える。真っ黒な怪物は瞳孔を細く絞り、周囲の空気が震えるほどの咆哮を発した。


「グアアアアアアアアッ!!」


 鼓膜が破れそうなほどの声に思わず耳を塞いだヒロシたち四人は、それだけで圧倒されそうな威圧感を感じていた。突然の出来事にただ戸惑うヒロシの前で、ツキヨが珍しく動揺した声を出した。


「暗黒の毛皮が、昼間でも夜の如く身を隠す……間違いない、こいつは……!」


 彼女の表情は強張り、目を見開いて巨大な魔物を見上げている。


「ツキヨはこの魔物を知ってるのか?」

「これは魔獣ギラム……故郷の伝承に語られていた、恐るべき獣です! 本来はずっと北の険しい山脈を住処にしているのですが……そんなことよりも、とにかくまずい!」


 ツキヨがそう言った瞬間、ギラムと呼ばれる黒い魔獣は、見た目からは想像もできない速度で引っ掻いてきた。ツキヨは咄嗟に槍で爪を受けたものの、丸太よりも太い前足の力に耐え切れなかった。ヒロシとメリアもその巻き添えとなり、三人まとめて後方へ弾き飛ばされてしまう。


「うわっ!?」

「きゃあっ!」


 二人でツキヨの身体を受け止める形になって地面に転がったものの、どうにか全員無事ではあった。だが、すぐに身を起こしたツキヨは折れてしまった槍を捨て、腰の剣を抜いて叫ぶ。


「逃げてください、早く! こいつは我々では勝てない!」


 その言葉の意味を、ヒロシたちはすぐに思い知る事になった。魔獣ギラムがゆらりと横へ移動すると、身体中に電流のようなものが走り、その直後にギラムの姿は空気に溶けるようにして見えなくなってしまった。


「き、消えた!? あの図体でそんなのアリか!?」


 姿は消えたが、その息遣いや気配はまだ残っている。だが姿が見えないというのは、それだけで二手も三手も反応が遅れてしまう。突如、ブォンと棒を振った時のような音が聞こえたかと思うと、ツキヨの身体が横なぎに吹っ飛んだ。


「がはっ!?」


 そのまま道の脇にある草むらへ突っ込んだツキヨは、脇腹を押さえ動けなくなっていた。そしてまた、音もなく魔獣ギラムが漆黒の姿を露わにすると、その身体の横で長い尾を振り回していた。尾の先端は毛の代わりに硬いウロコ状の物で覆われていて、棍棒のようになっている。ツキヨは避ける間もなく、この尻尾の一撃をもらってしまったのだ。


「コラー! アタシの相棒になにすんだニャ!」


 瓦礫の上にいたヒナタは、ツキヨがやられたのを見て魔獣ギラムへ飛び掛かった。しかし魔獣ギラムは彼女の素早い動きにも即座に反応し、後ろ足で立ち上がると前足でヒナタを叩き落した。


「うぎゃっ!?」


 爪の一撃こそもらわなかったものの、ヒナタも地面に叩き付けられてしまい、すぐには立ち上がれないほどのダメージを負ってしまっていた。


(ま、まずいぞ……どうする!?)


 動けるのはヒロシとメリアだけだが、どうやっても目の前の巨大な魔獣を退けるような方法が思い浮かばない。せめて時間稼ぎをするしかないと、ヒロシは必死に考えを巡らせていた。


(どうにかしてコイツの気を引いて、みんなから遠ざけるしか……頼むからちゃんと動いてくれよ、俺の足!)


 そう思っているうちに、魔獣ギラムはヒロシとメリアの方へにじり寄ってくる。もはや一刻の猶予もないと、ヒロシは叫ぶ。


「メリア、当たらなくてもいいから魔法でアイツの注意を逸らしてくれ!」

「はっ、はいっ!」


 メリアは言われた通りに杖を構え、火球の魔法を放つ。それは魔獣ギラムには命中せず顔の横を掠めて行ったが、それがメリアの狙いでもあった。魔獣のすぐ隣には崩れかかった高い瓦礫があり、そこに火球が直撃すると一部が崩落し、魔獣の頭上へ降り注いだ。それだけではろくなダメージにもならなかったが、ヒロシが言ったように気を逸らすには十分だった。


「う、うおおおおおわああああっ!!」


 ヒロシは叫びながら、猛然と魔獣ギラムの元へ駆け出した。頭に降り注ぐ瓦礫に気を取られていた魔獣は、ヒロシが懐へ潜り込むのを許してしまう。ヒロシは太い前足の間をくぐり、魔獣ギラムの腹の部分にしがみついた。


「う、うぐっ……まだここから……っ!」


 そのままでは簡単に引き剥がされてしまうのが目に見えているため、ヒロシはここぞとばかりに腕と足に力を込め、魔獣ギラムの背中側へと急いでよじ登る。背中側にいれば爪や牙にやられる心配は少なく、腹側にいるよりはずっと安全なはずである。


「グオッ!? ガアアッ!!」


 実際、四足歩行の体形では背中の毛にしがみつくヒロシに手が届かず、、時々立ち上がったりして振り落とそうとしていたが、ヒロシも負けじと毛を握り締め耐えていた。やがて痺れを切らしたのか、魔獣ギラムは一声吠えてからいきなり走り出す。そして手近な瓦礫や岩などに向かって体当たりをし始めた。


「うわあっ!? と、飛ばされる……ッ!」


 巨大な質量がぶつかって急停止する勢いは相当なもので、ヒロシは腕がちぎれそうであった。魔獣ギラムが激突した瓦礫は大きく崩れ、その下から古い遺構が顔を覗かせたりもしている。もはやこれ以上耐えられそうもないと悟ったヒロシは、せめてツキヨやヒナタの仕返しくらいはしてやろうと、護身用のナイフを腰の鞘から抜き、魔獣の左前足と肋骨の境目に近い、人間で言えば腋に当たる部分の近くに刃を突き立てた。


「ガアアアアッ!?」


 剛毛に邪魔されて刺さった部分は浅かったが、これが魔獣にとっては結構な痛みだったのか、魔獣ギラムは左前足を折るようにしてその場に立ち止まった。


「や、やったぞ……効いた!」


 ヒロシがそう喜んだのもつかの間、ようやく身体を起こして状況を見たツキヨは、ヒロシに向かって叫ぶ。


「ダメだ、早く離れて! 魔獣の最も恐ろしいのは――!」


 言いかけた途端、魔獣ギラムの身体にバリッと青白い光が走る。それは次第に光と強さを増し、強烈な電流となってヒロシの身体を貫いた。


「うわああっ!?」


 電気ショックによって背中から弾き飛ばされたヒロシは、そのまま地面に転げ落ちてしまう。なにが起きたのか分からず顔を上げると、魔獣ギラムは身体に青白い電気を帯び、放電し始めていた。


「ギ、ギラムは身の危険を感じると、強力な電撃を使うのです……ううっ……!」


 勝ち目がないとツキヨが最初に言った本当の理由が、ヒロシにもようやく理解できた。ただでさえ巨大で恐ろしく強いのに、電撃まで駆使して暴れられてはお手上げである。ここへきてヒロシは、自分の浅はかさをようやく思い知るのだった。


(な、なんてことだ……下手に手を出したせいで、本気にさせてしまった……お、俺のせいでみんなが……!)


 全滅――再びその言葉が脳裏をよぎる。せめて仲間だけでもと思っても、この状況ではどうすることもできない。その上、魔獣ギラムは更なる攻撃を繰り出してきた。四肢を踏ん張り身体を震わせると、周囲に強力な電撃を放ち始めたのだ。直撃を受けた瓦礫は崩壊し、地面伝いにも強い電気が流れてきて、その場にいる全員を感電させてしまう程の威力だった。


「ぐわあああっ!?」

「きゃあああっ!」


 ヒロシとメリア、そしてツキヨとヒナタも強い電流を浴びてしまい、その場に倒れ込む。もはや成す術がなく、後は魔獣の餌食となるのを待つばかりという、絶体絶命の窮地だった。


(これで終わりなのか……嫌だ……まだ俺は、みんなと……助けてくれ、誰か……!)


 地面に倒れたまま、ヒロシは祈るような気持ちで手を伸ばす。離れた所にいるメリアに少しでも近づこうとしたが、もう身体が言うことを聞いてくれない。


(頼む、誰か……誰かあいつをやっつけてくれ! みんなを守ってくれ……!)


 悔しさのあまり、握り拳で地面を叩いたその瞬間であった。突如、周囲の地面が揺れ始めたかと思うと、崩れた瓦礫の下から覗く遺構の入口が崩れて穴が開き、そこから奇妙な姿の存在が這い出してきた。身長は三メートルほど、身体は茶色っぽい硬質な素材で覆われ、無数の光る線が全身に走っており、人間と同じような体型で手足が生えている。しかし、その頭部には緑色に光る眼らしきものがある以外には、他になにも付いていない。簡単に表現するなら、それはロボットと呼ぶにふさわしい姿をしていた。ロボットは目を光らせて周囲の状況を確認すると、機械的な響きの音声を発した。


「強い外部電流により起動エネルギーを確保。周囲状況から本機の機能停止より千年以上経過したものと推測。強い救難念波を受信した為、これより救助活動を開始します」


 大きなロボットは四角い足で地面を踏み締めながらヒロシの元へ近付き、光る眼を向ける。


「救難念波の発信者を特定。打撲、電流による身体のダメージを確認。要救助レベル1と認定」


 ロボットが音声を発してヒロシに手を伸ばそうとした瞬間、背後にいた魔獣ギラムが電撃を放ち、ロボットを攻撃した。ロボットは電撃を浴びても平然としており、魔獣ギラムの方へ向き直し両目を光らせた。


「前方に獣型モンスターを確認。対象のモンスターレベル三十相当と推定。人間への攻撃の形跡あり、危険度高の脅威と判断。本機はこれより戦闘モードへ移行、脅威の排除を実行します」


 その音声が終わった瞬間、ロボットの両目が緑から赤色に変わり、魔獣ギラムへ向かって突進した。魔獣ギラムはそれを迎え撃つように前足の爪で襲い掛かるが、ロボットの装甲から硬質な音が響くだけで、さしたる打撃も与えられていなかった。ロボットはそのまま腕を振り上げ、魔獣ギラムの顔面に重いパンチを叩き込む。


「グガッ!?」


 その威力は凄まじく、一発のパンチで魔獣ギラムの身体は仰け反り、地面にひっくり返ってしまうほどだった。すぐさま起き上がって反撃に出る魔獣ギラムだが、ロボットはそんなものお構いなしに殴り、掴み、投げ飛ばす。


(な……なにを見てるんだ俺は……大怪獣バトル?)


 ヒロシは顔だけ上げてその光景を見ていたが、状況がさっぱり飲み込めず混乱するばかりである。ロボットに手を焼く様子の魔獣ギラムは姿を消す能力を使って透明化するが、ロボットの目線はじっとその姿を追跡し、素早く腕を伸ばしてなにかを握る動作をした。直後、姿を消していた魔獣ギラムが喉元を鷲掴みにされ、苦しそうに悶えている姿が見えてきた。


(凄いな、あのロボットは透明になった魔物の位置が見えてるのか。よし、今のうちに……)


 ヒロシは痺れる身体に気合いを入れ、やっとのことで身体を起こすとメリアの元へ近付いた。電撃を浴びて身体が痺れている彼女に肩を貸し、なんとか立ち上がると、ロボットと魔獣が格闘している場所から離れた物陰に避難した。


「メリア、大丈夫かい?」

「うう、すみません……まだ少し痺れて……」

「いいんだ無理しなくて。それよりアレは、一体なにが起きてるんだ」

「私にもよく分かりません。でも地面から出てきた方には、悪い気配は無いように感じます」

「やっぱり、あれは俺たちを守ってくれてるってことなのかな」

「はい、きっと……」


 爪や牙が通らない相手に業を煮やしたか、魔獣ギラムは後ろ足で立ち上がり両前足を上げて威嚇すると、そのままロボットにのしかかった。ロボットもその場から引かずに魔獣の身体を受け止め、がっぷり四つで組み合う体勢となった。ロボットは魔獣ギラムの背中に両腕を回して指を組み、がっちりと固定したまま一気に締め上げた。その圧力に魔獣ギラムは苦しみ始め、全力の爪や牙でロボットを攻撃する。牙と爪が装甲に食い込み穴を開けても、ロボットの力は弱まらない。ならばと蛇のような長い尻尾をロボットの身体に巻き付け、魔獣ギラムは全身から青白い光と共に強烈な電撃を放った。空気が割れるような凄まじい音が響き、辺りが真っ白になって見えなくなるほどの光と衝撃に、ヒロシとメリアは地面に伏せた。やがて音が消え去り、恐る恐る二人が目を開けると、魔獣ギラムは白目を剝き、口から泡を吹いていた。


ベキッ――!!


 太い枝が折れるような音がしたと思った瞬間、魔獣ギラムの身体は背中側に向かって折れ曲がり、二度と動かなくなった。ロボットは両腕を解いて魔獣の屍を投げ捨てるが、装甲の表面や全身から火花と煙が立ち上っており、その場に膝をつく格好でこちらも動かなくなってしまった。ロボットのことは気になるが、まずは仲間の方が先だと、ヒロシとメリアは地面に倒れたままのツキヨとヒナタの元へ駆け寄った。


「……申し訳ありません。よもや魔獣ギラムが出てくるとは、迂闊でした」


 メリアの回復魔法で脇腹の手当てを受けながら、ツキヨは謝罪する。一歩間違えば、そしてあのロボットが出てこなければ全滅は免れなかったことは、その場にいる全員が認める所だった。


「でも、コイツはなんなのニャ? いきなり出てきたかと思ったらメチャクチャつえーのニャ。そんでまた動かなくなっちまったニャ」


 比較的ダメージの軽かったヒナタは、動かなくなったロボットの周囲をグルグルと回って興味深そうに眺めている。手が空いたヒロシもロボットに近付いて観察してみたが、このロボットは不思議な構造をしている事に気が付く。


(このロボット、継ぎ目がないぞ……関節はあるけど、全部膜みたいなもので繋がっていて隙間が無い。どうやったらこんな物が作れるんだ?)


 この世界どころか、転生前の元の世界でさえ考えられないような技術である。それからロボットの背後に回って観察していると、後頭部の所にボタンのような突起があるのが見えた。少し躊躇したが手を伸ばしてボタンに触れてみると、ロボットの後頭部が音もなく開き、煙と共に中身があらわになった。そこには有機的な質感の回路らしきものがあり、突然目の前の空間に薄いパネルのようなものと、その中に大量の文字が表示されていた。


「うわっ、なんだこれ? 漫画とかで見るような……立体映像ってやつか?」


 空間に浮かび上がる文字は細かくびっしりと表示されていて、素早く流れていくものは読み取れなかったものの、一度全体が青くなって立体映像が消えたかと思うと、再び同じ場所に映像と文字が映し出された。


「今度は文字が読めるな……えーと」


 そこには次のように書かれていた。



 メインシステムに重大なエラーが発生しました

 デバイスが破損しています

 メモリデータが破損しています

 自己修復機能ではメモリデータの破損を修復できません

 ストレージをフォーマットし、本機を出荷状態へ戻します


 OK?



(な、なんだこりゃ……まるでクラッシュした時のパソコンみたいだな……)


 画面がそこで止まったまま動かないので、ヒロシは試しに『OK』の文字を指で触れてみる。すると再び映像の文字が流れ出し、ロボットの各部がせわしなく光ったり点滅したりし始める。しばらくすると、立体映像にまた文字が流れてきた。



 機種名:ゴーレムR50M


 プログラムの初期化が完了しました

 自己修復機能、正常動作中……

 メイン動力、完全修復完了まで出力最大値の10%で稼働

 外的要因による損傷のため、音声出力に異常が発生中

 各種武装、出力不足および機能不全により使用できません

 

 マイクロミサイル オフライン

 プラズマビーム  オフライン

 フレアランチャー オフライン

 マインスロアー  オフライン

 ポジトロンボルト オフライン


 総合戦闘力95%低下

 本機はソーラーエネルギーを利用できます

 チャージの際は日当たりがよく安定した場所に本機を設置してください

 設置の際はお子様やペットの手が届かない場所をお選びください



(いやちょっと待って、なんかすごく物騒な文字が見えたんだけど。大丈夫なのかコレ?)


 羅列された兵器の名前にヒロシが戸惑っていると、またも画面が変わり新たな文字が浮かび上がる。



 本機の使用者登録を行ってください

 音声による声紋登録が可能です

 登録完了後、本機は再起動を行います



 どうやら最後にロボットへの登録が必要らしく、そこで画面は止まってしまった。どうしたものかとヒロシは考えたが、物は試しとやってみることにした。


「あー、えーと。ヒロシです。これでいいのか?」


 ヒロシが名乗ると画面が再び動き出し、登録完了の表示が現れる。そして後頭部のハッチが自然に閉まると、ロボットは小刻みな振動を起こした後、ゆっくり顔を上げて立ち上がった。


「……」


 ロボットは緑色に光る眼でヒロシを見つめ、右手を胸の前にかざし挨拶のような仕草をする。


「わっ、どうしたんニャ。こいつ、ヒロシに挨拶してなかったかニャ?」


 横で見ていたヒナタが目を丸くし、ヒロシに尋ねる。ヒロシは試しにロボットへ右手を上げるように言うと、ロボットは妙な音声と共に右手を上げる。


「おお、言うこと聞いてる……よし、じゃあ次は左足を上げてみて」

「むっ」


 やはりロボットは変な音声と共に、左足を上げて片足立ちとなる。


「どうやらこのロボット、俺の言う事を聞いてくれるみたいだ」

「えーっ、ヒロシだけズルいニャ! アタシも色々命令したいニャ! ほら、ジャンプしてみるニャ!」


 ヒナタがロボットに命令するが、ロボットは無言のまま動かない。ヒナタはずるいずるいと文句を垂れていたが、そうしているうちに手当てを終えたメリアとツキヨが近付いてきた。


「あの、ヒロシ様……これは?」

「いや、それがよく分からないんだけど、どうも俺の言うことを聞いてくれるみたいなんだ」

「えっ、そうなんですか!? すごい……!」


 驚きの眼差しでメリアはロボットを見上げていたが、横にいたツキヨが怪訝そうに言う。


「見たところ、我々に危害を加える様子は無さそうですが……ヒロシどの、これをどうするつもりです?」

「どうするつもりって……あっ」


 ツキヨに言われて、ヒロシもようやく気が付いた。


「こんなデカいの、そのまま王都に連れてったら大騒ぎになっちゃうぞ。それに馬車にも載せられないし、どうしよう」


 ヒロシが腕を組んで悩んでいると、メリアが困った表情で呟く。


「物を小さくする魔法があれば良かったんですけど……そう都合よくはいきませんね」

「そうだよなあ、コンパクトな収納モードでもあれば便利だったのに。って、そんなもの無いか……」


 ヒロシがため息交じりにそう言うと、ロボットは「むっ」と声を出し、その場に直立する。そして次の瞬間、ロボットの身体はみるみる縮んでいき、ちょっと大きめの壺くらいのサイズになってしまった。形は立たせた卵によく似ていて、手足も全て引っ込んでしまっている。


「な、なんだってー!? ロボットが縮んだ! なんて都合のいい機能が!!」

「こ、これって元に戻せるんでしょうか?」

「あ、そ、そうだった。おーい、元に戻れるよな?」


 ヒロシが呼びかけると、タマゴ型に縮んだロボットから手足が伸び、再び三メートル近い人の形へと変形する。


「こりゃいいや! 小さくすれば怪しまれないし、馬車にも乗るんじゃないか?」


 再びロボットに小さくなるよう言い、タマゴ型になったロボットを持ち上げようとしてみたが、とてつもなく重くてびくともしなかった。


「ぐぎぎ……お、重い……見た目が変わっても、重さは変わってないのか。せっかく縮んでも、これじゃ一緒だよ」


 ヒロシががっくりと肩を落としたその時、タマゴ型の表面に無数の青い線が浮かび上がり、淡い光を放つ。するとロボットは音もなく、地上十センチ程度の高さでふわふわと浮き上がっていた。


「う、浮いてる……!? いやもうびっくり過ぎて、なにがなにやら……」


 試しとばかりにヒナタがタマゴ型のロボットを押したりしてみると、ロボットは音もなく横へ移動していく。そのまま上に乗っかっても、ロボットは地面との高さを維持したままで地面に落ちることは無かった。


「ニャハハ、これおもしれ―のニャ! このまま引っ張ってもらえば楽ちんなのニャ!」


 遊んでいるヒナタを横目に、ツキヨは真面目な顔つきでヒロシに話しかける。


「ひとまずこれで、問題は解決のようですね。それでヒロシ様、ひとつ提案があるのですが」


 ツキヨは絶命してひっくり返った魔獣ギラムの死体に目をやり、言った。


「せっかくですので、アレを持って帰りましょう。魔獣の肉や毛皮、骨などはとても高く売れます。これほど鮮度がいい物であれば、相場よりも更に高く買い取ってもらえるでしょう」

「あんなものが売れるのか……というか、ツキヨはどうやって運ぶつもりなんだ?」

「あの浮いている不思議な機械に括り付ければ、運搬も楽そうに思えますが」

「な、なるほど……よーし試してみるか!」


 ヒロシはタマゴ型のロボットを魔獣の死体の下に押し込んでみる。すると狙い通りに、魔獣の重い巨体がふわりと持ち上がる。そのまま馬車の所まで押しながら引き返し、外れないようロープでしっかり縛りつけると、ヒロシたちは魔獣ギラムの死体を手土産に王都へと帰還するのだった。夕方、魔獣ギラムの死体を引いた馬車が帰還すると、王都はちょっとした騒ぎになった。そしてこの巨大で危険な魔獣をヒロシたちが討伐したという噂は、あっという間に広がっていった。




第五話 魔獣討伐 おわり

 

諸事情により次の投稿は水曜日夕方以降の予定です

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