第三話 廃村にて
ヒロシには冒険者用の丈夫な服とブーツ、メリアには魔法使い用の木の杖と布のローブを買い、他は傷薬など治療用の薬品といくつかの道具を買い揃えると、ヒロシたちは用意された馬車に乗って北西の廃村へ向かった。道中、眼前に広がる広大な自然の風景を眺めつつ軽い食事を済ませ、ちょうど昼頃に廃村が遠くに見えてきた。あまり近付くと馬が襲われるかもしれないため、村から少々離れた位置で馬車を降りたヒロシとメリアは十五分ほど歩いて廃村の入り口に立った。村の中は静まり返っており、木造の建物は所々崩れたり焦げた跡は見られたものの、火を点けて焼き払ったような痕跡は見られなかった。案内悪の話でも、住人はほとんどが避難して大した犠牲者は出なかったという話である。
「見える範囲には死体とかオバケは見当たらないけど……人気のない村って思ったより不気味だなあ」
「そうですね、確かに静かなのに……うまく説明できませんけど、おかしな気配を感じます」
魔法使いの素質があるのは伊達でないらしく、メリアは村に漂う違和感を敏感に感じ取っている様子だった。一方のヒロシはというと、腰が引けつつも手にした得物を握り締める。
「うう……予算が無くて棍棒しか買えなかったけど大丈夫かな。当たれば痛そうではあるけど」
「だ、大丈夫です! 私もフォローしますから、なんとなかると思います。たぶん」
「えっ、今たぶんって言った? ねえ?」
不安ではあるが、いつまでも入口で立ち尽くしているわけにもいかない。二人は意を決して村の中へと足を踏み入れる。村の中央にある広場まで一本道が続いており、周囲に気を配りつつ先へ進む。そのまま広場まで辿り着くと、なにも起きなかったことに二人は胸を撫で下ろす。
「し、しかし緊張するなあ。出し惜しみされると余計に怖さが増すというか……」
ふう、とため息をついた瞬間、ヒロシは急に生臭い匂いが鼻について顔をしかめる。
「う、なんだこの臭いは……」
ふと後ろを振り返ると、そこにはボロボロの衣服に黄土色の肌で、顔面の肉が一部剥がれ落ちて白骨が見えてしまっている人間が立ち、唇が無く剥き出しになった歯の間から、耐えがたい異臭を吐き出していた。
「ギャーーーーッ!?」
「ウワーーーーッ!?」
ヒロシとメリアは完璧に同じタイミングで悲鳴を上げ、恐怖世界の住人のような顔になって驚く。どこからか突然姿を現したそれは、噂にたがわぬ動く死体そのものであった。動く死体は焦点の定まらない眼球で見つめながら、両腕を伸ばして襲いかかってきた。
「ひええっ、気持ち悪いッ!」
ヒロシはメリアの手を取ってとっさに距離を取り、動く死体の様子を伺う。動きは鈍く攻撃を避けるのは難しくなさそうだが、なによりも見た目があまりに気持ち悪く、もし捕まったら肉体的にも精神的にもダメージは計り知れない。
「よ、よし……こいつ一体くらいなら棍棒でも追い払えるんじゃないか」
たまには自分も良い所を見せようと、ヒロシは安値で買った棍棒を両手で持ち、力を込めて動く死体の頭へ振り下ろした。
「でやっ!」
ガゴッと鈍い音と手応えがあり、多少なり打撃を与えた実感があった。ヒロシがもう一度動く死体の様子を確かめると、動く死体の頭部は首からもぎ取れてしまい、繋がったままの皮と肉で胸元にだらりとぶら下がっていた。
「ウワーーーッ! さらにグロテスクにッ!?」
「こっ、怖いッ!」
頭が落ちてなお動く死体は足を進め、ゆっくりと二人の方へ向き直す。この怪物の動きを止めるには、頭を飛ばすだけでは不十分であった。
「ヒロシ様、私がやってみます!」
メリアは木の杖を構えて先端を動く死体の方へ向け、意識を集中して素早く呪文を唱え始める。直後、杖の先から火球が出現し、動く死体めがけて放たれた。棒立ちのまま火球の直撃を受けた死体は、燃え上がりながら仰向けに倒れ、そのまま黒焦げになって動かなくなった。やがて火が消え、異臭と黒い煙が立ち上ると、その様子を息を呑んで見つめていたヒロシとメリアは距離を取ってため息をついた。
「やっぱり魔法は凄いんだなあ。一撃でやっつけちゃったよ」
「ちょっと緊張しましたけど、うまく当たって良かったです。でも、ヒロシ様……」
「ん、どうしたんだい?」
「死体が燃えて動かなくなった時、黒い影のようなものが抜けていくのが見えました。普通の煙なんかじゃありません。もしかしてあれが、死体を動かしてるんじゃないでしょうか」
「黒い影? それが死体に取り憑いて歩き回ってるのか……」
どうやっても目視が不可能なウィルスとかでなくてよかった、とヒロシは心の中で呟く。
「じゃあ王様が言ったみたいに、なにか原因があるのは確からしいなあ。あーやだやだ」
「はい、気を付けた方がいいと思います」
最初に感じた不穏な気配が気のせいではなかったことを悟り、二人はより警戒を強めながら、慎重に村の奥を目指す。しばらく進んだ所で道が狭くなり、両隣を民家で挟まれた小道で、再び動く死体が行く手を遮ってきた。今度は正面に二体、後ろに一体で、逃げ道を塞がれてしまった形である。
「わわっ、囲まれた……!?」
「前の二体は私が! ヒロシ様は後ろをお願いします!」
メリアはさっきと同じように杖を構え、素早く呪文を唱え始める。ヒロシは後ろへ向き直し、じりじりと近付いてくる死体と対峙する。
「ゴブリンに比べたら動きは鈍いけど、本当に見た目が気持ち悪いな……このっ!」
頭を殴っても効き目が薄いことは分かっていたので、今度は死体の足を狙ってみることにした。倒せないまでも足にダメージを与えれば、動きが鈍くなって時間稼ぎが出来るだろうと考えたからだ。ちょうど左の膝関節に棍棒が直撃すると、死体の脚は枯れ木のようにそこからボロっと折れてしまう。支えを失った死体はその場に倒れ込み、身動きが取れなくなっていた。
「よしっ、上手くいった! メリア……!」
ヒロシが振り返るとすでに一体の死体は炎に包まれて倒れ込み、メリアは二発目の火球を残りの死体めがけて放つところであった。火球が直撃した動く死体は燃え上がり、そのまま倒れ込んで動かなくなる。思った以上にあっさり敵を撃退できた事に、ヒロシは少し興奮気味にメリアへ声をかけた。
「やった! メリアがいれば動く死体もへっちゃらだな、すごい!」
「はぁ、はぁ……はい……」
ふとメリアの顔を見ると、汗がにじみ呼吸が乱れ、一目で疲労していると分かる表情をしていた。
「だ、大丈夫かい?」
「す、すみません……魔法って、思った以上に消耗が激しくて……はぁ、はぁ……」
彼女の疲れ具合は普通ではない。長く下働きを続けてきた経験から体力はヒロシよりもあるはずの彼女が、全力疾走をした直後のように息を乱しているのだ。
「しまったな、まさか魔法にこんな欠点があったなんて……無理させた俺の責任だ」
「い、いえ……まだ平気です……少し休めばこのくらい……」
全く平気でないのはヒロシでもすぐに分かる事だった。とにかくこの場を離れよう、そう思った瞬間。
「ア"ア"ー!」
さっき足を折った死体が、不気味な呻き声と共に地面を這って迫っていたのだ。ヒロシは足首を掴まれ、強い力でぐいっと引っ張られる。
「うわっ、危ないッ!」
とっさにメリアを突き飛ばすようにして遠ざけたが、バランスを崩して転んだヒロシに向かって、死体が躍りかかってきた。ヒロシは棍棒を突き出して死体の口に突っ込んだが、見た目からは想像もできないほどに死体の力は強く、突っ張った両腕ごと圧し潰してやるとばかりに、おぞましい爪がどんどん迫って来ていた。
「うぐぐっ……こ、こんな奴に噛まれるなんて絶対に嫌だ……ぐうっ……!」
メリアは乱れた呼吸がまだ戻らず、呪文を唱える暇がない。ヒロシの腕の力も限界に達し、絶体絶命の危機を迎えたその時だった。どこからか「ヒュッ」と空を切り裂く音が聞こえたかと思うと、死体の額に一本のナイフが突き刺さっていた。次の瞬間、ナイフが刺さった部分から白い煙のようなものが立ち上ったかと思うと、死体は急に悲鳴を上げて仰け反り、そのまま糸が切れたように動かなくなってしまった。
「な、なんだ……?」
状況が呑み込めず起き上がたヒロシは、近くの建物の屋根に見覚えのある人影を見つけてあっと声を上げた。
「お、お前……ガンバじゃないか!?」
「よっ、久しぶりだな」
ネズミ人のガンバは軽快な身のこなしで屋根から飛び降りると、ヒロシとメリアを見てにやりと笑った。
「相変わらず使えねえなあ、ヒロシの旦那よ。俺が助けてやらなかったら、おたくらここで全滅だぜ?」
「い、いや、ガンバこそどうしてこんな所にいるんだよ。一年もずっと行方不明だったくせに」
「あん? 俺ぁ集団行動とか馴れ合いってのは苦手でねえ。だがオメーらのことは、時々様子を見てたんだぜ」
「それなら声くらいかけてくれれば……いや、それより助かったよ、ありがとうガンバ」
「ありがとうじゃねえっての、ったく。こんなド素人嬢ちゃんの魔法だけで、無事にヤマを片付けられると思ってたのか?」
「い、いや、それは……」
「お前も見ただろうがよ、魔法ってのは消耗が激しいんだ。普通の魔法使いってのは、ある程度魔法を連発しても平気な訓練を積んでから実戦に出るもんだぜ」
「ううっ……」
見通しの甘さを指摘され、ヒロシは返す言葉もなかった。
「こういうアンデッドを相手するんなら、まず聖水を用意するのが先だろ」
そういってガンバは、懐から瓶に入った水を見せる。
「こいつを武器に振りかけておけば、低級なアンデッドなら苦労しないはずだぜ。さっきみたいにな」
「だからナイフが刺さっただけで死体をやっつけられたのか……!」
こんな基本的なことも教えてくれなかった王様に、ヒロシの不信感が一ポイント上がった。
「俺は聖人だからよお、予備の聖水をお前らに分けてやってもいいぜ。ただし、お代はキッチリ頂くけどな」
「ぐっ……わ、わかったよ。命を助けてもらったこともあるし……いくらだ?」
「このヤマでお前らが受け取る報酬の四割。安いもんだろ?」
ボッタクリだと叫びたくなったが、もはや選択の余地はない。
「ええい、持ってけドロボー!」
「そーそー、人間聞き分けがいいのが一番だぜ、ひっひっひ」
ガンバは道具袋に入れていた小瓶をヒロシとメリアに渡し、ヒゲをぴくぴくと動かして言った。
「この先だ。村の外れに墓地があるんだが、そっちから濃い気配を感じるぜ。気を付けて進みな」
ガンバの言うとおり、村の奥の方に見える墓地には、なぜかどんよりとした黒いもやがかかっている。ほどなくして息を整えたメリアが立ち上がると、三人は墓地へ向かって歩き出した。
辿り着いた墓地の光景は、さながら地獄のようだった。墓という墓が掘り返されて地面にいくつもの大穴が開いており、無数の動く死体ばかりでなく、周囲の空を半透明の亡霊らしきものたちが狂ったように飛び回っている。
「うわあ……」
思わず呟いたヒロシと、メリアもガンバも気持ちは同じであった。この数を相手にするのはさすがに無謀であり、正面から突っ込むのは自殺行為である。別の方法で墓地を調べる方法を考えていると、墓地の横に小さな教会が建っているのが見えた。立地から考えても、葬儀のために使われる場所なのだろう。そしてその教会からも、どんよりと黒いもやのような気配が漂っていた。
「ヒロシ様、あの教会……嫌な気配がずっと強く感じます」
「ああ、俺のヒゲにもピリピリ来るぜ。気を抜くなよ」
メリアとガンバも漂う気配を敏感に感じ取り、険しい表情である。三人は墓地を迂回して教会の方へ回り込み、鍵のかかっていない扉を開けた。教会の中は椅子が散乱して荒れており、生きた人間のいる気配はない。教会の奥に鎮座する石像は腰から上の部分が崩れてしまっており、原型を留めていないかった。そしてその石像の手前に、ボロ布のようなものが浮かんでいるのが見えた。最初はそれがなんなのか分からず、用心して教会の中に足を踏み入れると、突然乾いた音が響いた。
「カカッ――!」
枯れ木どうしが当たったような音を立て、ボロ布が動いたかと思うと、それはぐるりと向きを変えて姿を見せた。
「が、がいこつが浮いてる……!?」
それは人間の白骨がボロボロの布を纏ったような、奇怪な姿の魔物であった。頭には教会の司祭が被るような冠を乗せ、黒い眼窩に赤く光る目のようなものが浮かんでいる。
「わしの縄張りに土足で踏み込むか、人間よ……!」
宙に浮かぶ骸骨は、寒気がするようなしゃがれた声を発した。それはゴブリンや動く死体からは感じられない威圧感に満ちていた。
「そうじゃねえかと思ってたけど、やっぱりか……こいつ、死霊使いだ!」
ガンバは素早くナイフを抜いて身構え、そう叫ぶ。
「まずいな、素人が手を出していい相手じゃねえぞこりゃあ……!」
言うなりガンバは身を翻して入口の扉へ向かおうとしたが、扉はひとりでに勢いよく閉じてしまう。
「わしの庭に生者はいらぬ……貴様らも死体の仲間になるがよい!」
死霊使いの両目が怪しく輝いたかと思うと、教会の窓ガラスが突然砕け、外から無数の亡霊たちが飛び込んできた。ヒロシとメリアは武器に聖水を振りかけ、迫る亡霊たちを手持ちの武器で打ち払う。聖水の効果はてきめんで、棍棒や杖に触れただけでも亡霊たちは蒸発するように消えてしまうが、次から次へと増えてきてきりがない。そのうち亡霊ばかりでなく、動く死体も窓から入り込んできた。
「や、やばいんじゃないか、これ? 囲まれちゃってるぞ!?」
「見りゃわかるだろそんなもん! こうなったら親玉のあいつをどうにかするしかないぜ!」
ガンバは宙に浮かぶ骸骨――死霊使いめがけて投げナイフを放ったが、その赤い両目が光った瞬間、ナイフが空中で制止し、くるりと向きを変えてガンバの方へ飛んできた。
「うおっ……!?」
間一髪でそれを避けたガンバの背後で、ナイフが刺さった死体がその場に崩れ落ちて動かなくなる。自分に刃を向けられたことが癪に障ったのか、死霊使いは怪しげな気配を増幅させた。周囲に風が舞い、地面に散らばった瓦礫が宙に舞い上がっていく。
「なんだあれ、超能力か!?」
「来るぞ!」
ガンバが一足先に近くの長椅子に隠れたのを見て、ヒロシもメリアの手を取って同じように長椅子の影に隠れる。その直後、死霊使いの高まったエネルギーが解放された。
「ぬんっ――!」
限界まで高めた魔力が解き放たれた瞬間、それは強い圧力を伴う波動となって拡散した。瓦礫と共に到達した衝撃波が、突風となって長椅子もろともヒロシたちの身体を吹き飛ばしてしまう。
「うわあああっ!?」
「きゃあっ!?」
轟音が収まり、やっとの思いで目を開いたメリアは、ヒロシが自分を守るように覆い被さっているのに気が付く。身体を起こしてみると、ヒロシの身体には細かい破片が刺さっており、頭からも血が流れていた。
「ヒロシ様! 大丈夫ですか!?」
「うぐっ、痛てて……メリアは無事かい?」
「私は平気です、ヒロシ様、私をかばって……」
「い、いいんだ。それよりあいつに対抗できるのは、たぶん君の魔法だけだ……頼む、なんとかあいつを……!」
周囲を見渡すと、長椅子の下敷きになっているガンバが見える。他にあれほど大量にいた亡霊や死体の群れは、衝撃波の巻き添えで皆バラバラになってしまった様子だった。今この場で動けるのは、メリア一人だけだった。
「……分かりましたヒロシ様。私、やってみます!」
メリアは立ち上がり、杖ではなく腰に括り付けていた魔導書を手に取り、そのページをめくっていく。ほどなくして彼女の指が止まった場所は、火の玉とは別の魔法が書き記されていた。
「まだ試したことの無い魔法だけど、でも……!」
メリアは意識を集中し、魔導書の呪文を唱え始める。彼女の身体に満ちる魔力を感じ取った死霊使いは、真っ赤な目を光らせて嗤う。
「魔力の練り上げが未熟なり。小娘、お前は魔法の基礎程度しか学んでおらぬな。そんなものでわしは倒せん」
嘲笑に耳を貸さず、メリアは自分の身体に巡る魔力を高めていく。だが、死霊使いもその隙を黙って見てはいない。
「カッ――!!」
真っ赤な両目が輝き髑髏の口が開かれた瞬間、再び衝撃波が放たれる。メリアは咄嗟に踏ん張ったものの耐え切れず、吹き飛ばされて背中から地面に倒れ込む。それでも彼女は魔導書を手放さず、再び両足で身体を支え立ち上がった。
「私は……負けません!」
ダメージを受けてなお、意思を込めた瞳に陰りの見えないメリアは、呪文の続きを唱え始める。やがて彼女の纏う服がざわつき始め、緑色の瞳と髪が淡く光を放つと、その輝きは彼女の身体全体に及び、球状の光となって広がっていく。その光に触れた木製の長椅子からは、植物の芽がざわざわと出現し始めていた。
「その力は……ッ!? 小娘きさまッ!」
死霊使いはメリアの放つ力に脅威を感じたのか、初めて焦る様子を見せた。素早く骨だけの手を掲げ、メリアに向けて魔力の塊を放とうとしたその瞬間、瓦礫の方向から死霊使いめがけて飛来するものがあった。それは透明の液体の入った小瓶であり、死霊使いは反射的にそれを空中で破壊したが、飛散した液体に触れた瞬間、死霊使いの身体から焼けるような音と煙が立ち上った。
「ぐうっ……!?」
液体の正体は聖水だった。それだけで死霊使いへの致命的なダメージとはならなかったが、メリアが呪文を唱え終えるまでの時間稼ぎには十分だった。
「塵は塵へ、屍は屍へ……亡者よ闇へ帰りなさいッ!」
メリアが対亡者用である『清浄の光』という魔法を発動させた瞬間、周囲にまばゆい閃光が解き放たれる。その光を浴びた途端、骸骨の身体は端から赤く焼け崩れ始めた。
「ギャアアアアアッ!?」
みるみるうちに死霊使いの身体は灰となって崩れ、空中に飛散していく。半分ほど残った頭部でメリアを睨みながら、死霊使いは最期の言葉を吐き出した。
「くくく、わしを滅ぼしたとてなにも変わらぬ……いずれ……魔王……が……」
そう言い残し、死霊使いの身体は完全に消滅してしまった。それと同時に周囲に立ち込めていた黒いもやが晴れて行き、辺りに日が差したように明るくなった。教会の回りを取り囲んでいた亡霊や死体の群れも全て消滅、動かなくなり、平穏と静けさが訪れていた。
「へへ、やったじゃないかメリア。あ、あんな強そうな魔物もやっつけるなんて……やっぱり君は凄いなぁ」
身体の上に散った瓦礫を押しのけ、這い出してきたヒロシが言った。身体のあちこちに細かい破片が刺さってはいるが、丈夫な生地の服を着ていたおかげもあり、致命的な傷はどうにか避けられていた。
「ヒロシ様、大丈夫ですか!?」
「な、なんとかね……ちゃんと冒険者用の服を着ておいてよかったよ、ははは」
メリアは今にも泣き出しそうな顔だったが、こみ上げる感情をぐっとこらえて目元を拭くと、魔導書のページをめくり始めた。
「えっと、確かこの辺に……あ、ありました。治癒の魔法、試してみますね」
「ああ、頼むよ……さすがにちょっと痛くてさ」
メリアがヒロシの身体に手をかざし呪文を唱えると、痛みが和らぎ力がみなぎってくる。身体のあちこちに刺さった小さな破片もひとりでに抜け落ち、動いてもまるで痛みを感じないほどだった。
「どうですかヒロシ様? まだ痛むところはありませんか?」
「いやあ、もう大丈夫だよ。魔法って凄いな、こんな傷もすぐに治っちゃうのか」
ヒロシが感心した様子で自分の身体や手足の感触を確かめていると、メリアは心底安堵したように笑顔を浮かべていた。
「良かった……本当に……」
そうつぶやいた途端、メリアは糸が切れたように気を失ってしまった。
メリアが気が付いた時、そこは揺れる馬車の上だった。彼女の傍らにはヒロシと、馬車の隅にガンバが座っている。ヒロシは安堵で胸を撫で下ろし、身体を起こそうとしたメリアをそのまま寝ているように促す。
「ああ、気が付いてよかった。無理をし過ぎたんじゃないかって心配してたんだよ」
「すみません、ご迷惑をおかけしたみたいで」
「なに言ってるんだ、大活躍だったじゃないか。あんなおっかない怪物もやっつけてさ、カッコよかったなあメリアは」
「ヒロシ様は……」
「ん?」
「い、いえ……そういえば、私が呪文を唱えている時に聖水の瓶を投げてくれたのは……」
メリアはガンバの方に目をやったが、彼は肩をすくめて首を振る。
「そいつは俺じゃねえよ。情けねえ話だが、あの時は長椅子に潰されて身動きが取れなかったんだ」
「それじゃあ、ヒロシ様が……?」
メリアはヒロシに目を向けるが、彼は気まずそうに頬を指で搔いている。
「いやあ、その話はガンバにも聞いたんだけど……あの時の事は夢中でよく覚えてないんだ。とにかくメリアの手助けをしなきゃと思ってはいたんだけどさ」
「……」
その話を聞いた途端、メリアはふふっと微笑むと、横になったままヒロシの手を握った。
「私、まだ少し不安です。だから街に戻るまで、こうしててもらえますか?」
ヒロシは顔を赤くしつつも、メリアの願いに応えじっとそのままにしていた。
王都へと帰還したヒロシは、すぐさま報告のため謁見の間に通された。廃村での出来事をそのまま報告すると、ダレル王は珍しく驚きの表情を見せた。
「なんと、そなたらだけで村に巣食っていた死霊使いを退治したと申すか!」
「なにか不服でも?」
嫌味を込めてそう返すヒロシを、ダレル王の隣にいるリィナ姫が怖い顔で睨みつける。
「だから! 無礼だと言ってるでしょうあなた! いい加減にしないと今度こそゴブリンの餌にするわよ!」
「落ち着けリィナ、今はそのような話をしている場合ではない」
ダレル王は怒れる娘を制し、ヒロシに目を向ける。
「死霊使いを倒すのは、手練れの戦士たちでも容易ではないのだが……むう」
「それと王様、ひとつ聞きたいことがあるんですが」
「なんだ、申してみよ」
「魔王とはなんですか? 死霊使いが最後にそう言ってたんですが」
その言葉を聞いた途端、謁見の間がざわついた。ダレル王も目を見開き、明らかに動揺を隠せない様子であった。
「そうか……魔物がその名を口にしおったか」
ダレル王は天井を仰ぎ、深く息を吐いてから再びヒロシを見た。
「魔王とはその名の通り、魔物の王にして我ら人類にとっての大いなる脅威である。我が王国も幾度となく魔王の軍勢と戦い続けてきたが、未だ決着は付いておらぬ。死霊使いは魔王の尖兵の一人に過ぎぬが、奴の手がこの国に迫っている兆候であろう」
「ま、魔王……」
「魔王の正体は分からん。遥か北の地に居城を構えているとだけ分かっているが、他は全てが謎なのだ。ただ、奴の配下には強力な四人の将が付いており、それらが軍団を従え侵略を行っている事は確かだ」
(な、なんか話が急にデカくなってきたな……)
「そして魔王に抗しうる力を持つ者こそが転生者である。天より授かりし『能力』を振るい、いずれは魔王を打ち倒し世を平和へと導く……古来よりそのように言い伝えられてきたのだ」
「えっと、それじゃ俺の立場って……」
折に触れて話題に上がる『能力』を持たない自分の存在がどういうものか、ヒロシもようやく理解が追い付いてきた。この世界に来た直後、ダレル王がひどく落胆したのも無理はない事だった。その後の仕打ちはまだ根に持っているが。
「ヒロシについては、まるで読めんというのが正直なところだ。そなたは『無能』でありながら、妙に強い悪運を持っておる。だが、それに意味があるのかどうか、わしには分からぬ。占い師でさえお前の運命は見通せんと匙を投げたくらいだ」
「……それって馬鹿にされてますよね絶対」
「だが、ひとつだけ確かなことがある。魔王を倒さねば、この世界に未来は無いということだ」
しばらくの間、重苦しい空気と沈黙が続く。しばらくしてダレル王は口を開いた。
「そなたとて転生者であれば、なにかしらの運命に導かれてこの世界に来たはずだ。それを見極め、いずれ王国の力となってくれればそれで構わぬ。ともあれ今日は疲れたであろう、下がって休むがよい」
ヒロシは廃村の調査依頼をこなした報酬を受け取り、自宅へと戻って行った。
魔王、転生者、四人の将――疑問は尽きなかったが、今はとにかくベッドで横になりたかった。
第三話 おわり
次の投稿は一週間後の金曜夕方以降の予定です




