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第二話 異世界での生活



王都ストームサングは、その周囲を高い城壁に囲まれた都市である。壁はおよそ十メートルほどもあり、並みのモンスターではおいそれと飛び越えて入ることは出来ない高さである。壁の内側には住宅のみならず、商業・工業・行政といった役割の区画が整理されていて、近隣国家の中では特に栄えている王国である――というのが、新しい住居へ案内してくれた役人の話だった。王宮を出て歩くこと約三十分、王都の外れに位置する場所にダレル王の言う、ヒロシたちの住居があった。


「……」


 メリアと並んでそれを見上げたヒロシは言葉が出なかった。確かに人が住める一軒家には違いないが、木造の屋根も柱も壁も、目に入るどこもかしこも古びており、所々崩れたり腐ったりしているような有様である。一言で表現するならば、まだ崩れていないボロ屋としか言いようがない代物だった。建て付けの悪い扉を開けて小屋の中に足を踏み入れるが、こちらも外観同様、かろうじて生活できる程度の内装であった。


「こりゃあ牢屋よりマシかもしれないけど、ひどい物件だなあ。基礎が雑だし傾いてるし、窓とか壁もあちこち歪んで……ああっ、こんな隙間があったら雨が吹き込んでくるじゃないかっ」


 ボロ小屋の傷み具合を素早く確認しながら、ヒロシはがっくりと肩を落とす。その光景が意外だったのか、メリアは驚いた様子で尋ねた。


「あの……ヒロシ様は建物に詳しいんですか?」

「ん? ああ、少しだけどね。住宅とか家廻りの設備とか、そっち関係の仕事をしてたから」

「そうだったんですね、すごいです。私はそういうの、全然わからないので」

「いや、大したことじゃないよ。昔取った杵柄ってだけで、建築は専門外だし……あ、それよりも」


 ふと大事なことを思い出し、手をポンと叩いて話題を切り替える。


「王宮では悪かったね、勝手に君のことを預からせてくれとか言っちゃって」

「あっ、いえ、それは……えっと、その……」

「も、もちろん強制するつもりじゃないんだ。あの王様のやり方に腹が立っただけで……ちゃんと家族の元へ帰してあげるつもりだよ」


 ヒロシがそう言った途端、メリアは寂しそうな表情を浮かべ、うつむきながら言った。


「家族は……いません。六年くらい前、まだ私が小さい頃に両親は死んでしまいました」

「あ……ご、ごめん。もっと言葉に気を付けるべきだった。知らなかったとはいえ」

「いいえ、ヒロシ様は悪くありません。もう慣れましたし……両親を亡くした私は兵隊さんに保護されて、それから王宮で住み込みの仕事をして生活してたんです」

「そうだったのか……まだ若いのに、ずいぶん苦労したんだな。今まで大変だったろ」

「……!」


 その言葉を聞いた時、彼女の深い緑の瞳が揺れた。だが、すぐに何事もなかったように彼女は顔を上げた。


「大変なこともありましたけど、おかげで無事に生きてこられましたから」

「そうか……メリアは偉いなあ。同じ頃の俺とは大違いだよ」

「えっ?」

「俺が十代の頃なんて、なーんにも考えてなかったもんなあ。なんとなーく将来は楽してお金が稼げたらいいなあ、とかそんなので……今思い出しても馬鹿すぎる……」


 若い頃の自分を思い出して落ち込むヒロシを、メリアは目を丸くして不思議そうな顔をしている。


「でも、今はこうしてお家ももらえたわけですし、ヒロシ様は立派だと思います」

「うう、なんていい子なんだ……!」


 自分を褒めてくれるメリアに思わず男泣きしてしまいそうになるが、ヒロシはぐっとこらえ落ち着きを取り戻す。


「でも困ったな、メリアに家族がいないとなると……いやしかし……許されるのかコレは?」


 一人で難しい顔をして考え込むヒロシに、少し不安を感じたメリアは尋ねる。 


「あの……困る、とは? もしかして私、ヒロシ様の気に入らないことをしてしまったのでしょうか」

「へ? いやいや、そんなことないって! むしろ原因はこっちの方で、困るのは君の方というか」

「えっ?」

「メリアの両親は亡くなっているから、今の君は帰る場所がないってことだよな?」

「はい」

「で、俺も他に行くアテなんかないし、当然ここで暮らすしかなくて」

「はい、そうするのがいいと思います」

「あーっと、つまり……俺とメリアは同じ屋根の下で暮らすってことになるんだけども」

「あっ……」


 ようやくヒロシの心配事に考えが至ったらしく、メリアは顔を赤くして目を逸らす。


「や、やっぱり嫌だよな、こんなオジサンと一緒に生活するなんてさ」

「……はい?」

「若い女の子とオジサンが一緒に暮らすなんて、そもそも社会的に色々アウトだし、あらぬ噂でメリアの評判に傷でも付いたら……うむむ」


 本音と理性の間で懊悩するヒロシを、メリアはポカンと見つめていたが、思い悩むあまりにボロ小屋の柱に頭突きをし始めたヒロシに彼女は声をかけた。


「あの、ヒロシ様」

「ぐおおっ……! あ、ああ、ごめん。つい取り乱してしまって」

「すみません、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「ああ、なんだい?」

「その、さっきから言うオジサンとは、誰のことなのですか?」

「誰って、俺のことだけど……」

「ヒロシ様の姿は、私と同じ十代くらいの若い男性に見えるのですが……それとも転生者様というのは、とても長寿な種族なのでしょうか」

「じゅ、十代? 俺が……!?」


 メリアに言われてヒロシは、自分の顔を両手で触ってみる。あまり手ざわりに変化は感じないが、肌は確かにハリがあるような気がする。近くに鏡になるようなものはないかと探してみると、台所に汲み置きの水を貯めた壺があり、ヒロシはその水面を覗き込んだ。


「これは……!?」

 

 水面に映っていたのは、仕事に疲れくたびれたサラリーマンではなく、まだ将来への希望を失っていない、十代後半か二十歳そこそこといった若い自分の顔であった。


(わ、若返ってる……転生者ってのは、こっちに来る前の年齢や姿のままじゃないのか……!)


 驚きはしたものの、これは嬉しい誤算でもあった。思えばやけに感情の起伏が激しくなっていたのも、多感な十代の感性に戻っているのだとしたら納得できる。四十代の自分はこんな風に、驚いたり慌てたりする感覚をすっかり忘れていたのだから。


(はは……驚いてばかりで、また頭が混乱しそうだ)


 ヒロシは思い切って水の中に頭を突っ込むと、頭を冷やして落ち着きを取り戻す。そしてびしょ濡れのまま顔を上げると、メリアの方に顔を向けた。


「メリア、俺はこの世界のことをなにも知らない。ここで生きて行く方法も見つけなきゃならない。だから君の助けが必要なんだ。少しの間……暮らしの目途が立つまでで構わない。俺に力を貸してくれないか、頼む!」


 真摯な頼みと裏腹に、頭から水をボタボタと垂らすヒロシの姿に、メリアは思わず表情が緩んでしまう。


「はい、もちろんです。私もヒロシさんのお力になりたいと思ってましたから。どうかよろしくお願いします」


 そういって微笑むメリアの表情は、花が咲いたように可憐であった。おもわず見とれてしまったヒロシは、誤魔化すように視線を逸らし天井を見る。


「とりあえず最初は、生活のための仕事を見つけるのと、このボロ小屋をどうにかしないとなあ。住環境の整備と充実は、暮らしの満足度における重要項目だから」

「そうですね……さすがにこのままだと、お掃除しても病気になっちゃいそうで」

「ところでガンバの姿が見えないけど、あいつどこへ行ったんだ?」

「ラット人の方々は、決まった住処をあまり持たないと聞いたことがあります。この小屋も、興味がないのかもしれませんね」

「へえ、そうなのか。少し残念だけど、またひょっこり顔を出すかもしれないな。とりあえず今は職探しと、ボロ小屋のリフォームを最優先の目標にしよう。よーし頑張るぞ!」

「はいっ、頑張りましょう!」


 こうして決意も新たに、ヒロシとメリアの共同生活が始まった。




 最初はうっすらと、同じ屋根の下で男女が過ごす生活に淡い期待を抱いたりもしたが、現実はそう簡単に妄想を実現させてはくれなかった。ヒロシは利き手である右腕を負傷しており、その傷がまだ癒えていない。おかげで肉体作業どころか雑用すらもままならず、まともに仕事に就くことも出来なかった。メリアの話によれば傷を癒す魔法の薬か、あるいは治癒魔法の使い手に頼めば、すぐにでも腕が動かせるようになるらしいが、そのために支払う報酬は決して安くはなく、最低でも平均的な賃金の一ヶ月分くらいは必要とのことであった。


「一ヶ月もあればさすがに傷も治ってるだろうし……なんて使えないんだ俺は!」


 ボロ小屋の中でテーブルに突っ伏し、ヒロシは自分の不甲斐なさに悶絶していた。メリアは行政区にある食堂で給仕の仕事が見つかり、そこへ通い始めてもう一週間が過ぎていた。雇い主に頼んで給料を日払いにしてもらい、メリアはもらった賃金で食糧を買い、暗くなった頃に戻ってくる。そして仕事で疲れているだろうに、片手が不自由なヒロシのために食事まで用意してくれているのだ。


「なんだっけ、こういうの……働かずに女の人に食わせてもらってるだけの……ああ、ヒモだったな確か……」


 ブツブツと呟きながらその言葉を思い出した瞬間、ヒロシは勢いよく顔を上げて叫ぶ。


「いやヒモて!! 別世界に生まれ変わってやってることがヒモ!? 聞いたことないわそんなん!!」


 あまりにも居たたまれなくなって、ヒロシは勢い良く立ち上がり、ボロ小屋を飛び出した。とはいえ行くアテも特になかったので、メリアが働いている食堂の様子を見に行くことにした。王都の中心部にほど近い行政区は治安も良く、食堂の客もランチ目的の役人が大半で、安定した仕事のひとつと言えた。ボロ小屋から歩くこと三十分ほど、ヒロシはメリアの働く食堂に辿り着いた。そこは大きな役所と一体になった店で、食堂の反対側にある窓口で様々な手続きが出来るようになっていた。メリアの姿を探してヒロシがキョロキョロと周囲を見回していると、両手に料理の皿を持って運ぶ彼女の姿が目に映る。料理を客の待つテーブルに置いた後は、空席になったテーブルに残った皿を重ね、積み上がった皿を持ち上げて厨房の方へ戻っていく。


(ウェイトレスって、思ったより大変そうな仕事だな……腕さえ怪我してなければ俺も手伝えたのに)


 まだ包帯が外せない右腕を忌々しそうに眺め、ヒロシはため息をつく。その時、背後にある窓口の方から大きな声が聞こえた。


「だからおかしいって言ってるんじゃねえか!」


 どうしたのかと思って振り返ると、『税の支払い』と書かれた窓口の所で小柄な男が大声を張り上げていた。丈夫そうだが煤で汚れた厚手の服を着て、真っ白な髪と立派な髭を生やした人物である。背は見た限り百四十センチくらいと、およそ百七十センチのヒロシと比較するとかなり低めだが、その顔は特徴的な丸い大きな鼻に年季の入った皺が刻まれた、いかつい職人といった顔立ちである。


「でも、書類の通りに計算するとそうなるんですよ」


 窓口の受付をしている若い男が困り顔でそう答えるのだが、いかつい顔つきの小男はテーブルを叩いて怒鳴る。


「いいやそんなはずはねえ! 売り上げは先月と大して変わんねえのに、どうして払う税が倍近くも増えてやがるんだ!」

「そう言われましても、こちらは提出された品目の一覧どおりに計算しただけで……」

「てめえ、まさか勝手に税を上乗せして、その分をハネてんじゃねえだろうな!」

「そんなことしませんよ! いい加減にしないと兵隊を呼びますよ!」


 建物中に響き渡る言い争う声で、周囲の注目がすっかりその場に集まっている。興奮のあまりいかつい小男はテーブルの書類を辺りに投げ散らかしてしまい、そのうちの一枚がひらひらとヒロシの足元まで舞い落ちた。


「あーあ、ダメだよ書類をこんな風に扱っちゃ……」


 思わず書類を拾い上げたヒロシはそこに書かれた文字を見たが、そこで少し驚いて目を見開いた。


(な、なんだこれ……)


 そこに書いてある文字は今まで見たこともないもので、少なくともヒロシが元の世界で知っていたどの言語とも違う。しかし一番驚いたのは文字の違いではなく、その見たこともない文字とその意味が、全て理解できることだった。


(字が読める……そう言えばバタバタしてて忘れてたけど、最初から普通に会話も出来てたし、こんな文字も言葉も知らないはずなのに、どういうことなんだ?)


 不思議に思いながらも、その点について今考えても仕方がないので、ヒロシは改めて書類にざっと目を通してみた。そこに書かれていたのは鍛冶工房の商品売り上げ内訳で、一ヶ月に売れた品目とその数、金額が羅列されたものだった。


(ははあ、これは売上帳かな。ものすごく簡単な書き方だけど、売れた品の数と金額をここに書いて、役人がこの数字から計算して払う税の額を出すって感じか。剣が五十、弓が四十、矢が五百に槍が七十の売り上げ……他に鉄製の装備や日用品とかも含めて、ざっと五十項目くらいか……ふむふむ)


 ヒロシは簡単に書類の内容を把握すると、他にも飛び散った書類を拾い集めて窓口へ近付き、言い争う役人と小男に声をかけた。


「あのー、ちょっといいですかね」


 その言葉に言い争いの声が止まり、小柄な男と役人の視線がヒロシに向く。


「書類が散らばってたんで集めておきました」

「……礼は言わんぞ。それどころじゃねえんだこっちは」

「ああ、その話なんですけど、おせっかいだけど口を挟ませてもらっても?」

「ああん!? おめぇには関係ねえだろ引っ込んでな!」

「まーまー、このままじゃ話が進みそうもないし、ちょっと任せてくださいよ」

「ちっ……余計なマネしたらタダじゃおかねえからな」


 小柄な男は不服そうにしながらも、一歩引いてくれた。ヒロシは内心ホッとしながら、窓口の役人に声をかけた。


「ああ、急に割り込んでしまってすみません。少し話を聞かせてもらったんだけど、どうも税金の金額が合わないとかで」

「ええ、そこのジイさんがそう言って聞かないんですよ。こっちはしっかり書類通りに計算してやってるのに」

「そう、その書類なんだけど、先月の分をちょっと見せてもらえます? もっと前の記録もあればそっちもぜひ」

「はあ、それくらいは構いませんが……」


 役人の男は不思議そうな顔をしながらも、奥の戸棚から言われた書類をいくつか持ってきた。ヒロシがその書面に目を落とすと、日付は一か月前、同じ鍛冶工房の名で、さっき見たのとほとんど同じ品目が書かれた売上帳に間違いなかった。ヒロシはそれを今月分の売上帳と並べ、ひとつずつ品目の名前や売り上げた数、金額を比較し始める。


(……あった、これだ)


 ヒロシの目が止まった場所には、同じ項目が書かれていたが、前月と今月とで比較すると、今月の書類は途中で一品目の名前が抜けており、そこからひとつずつ名前と売り上げの数字とがズレてしまっていた。品目ごとに単価が違うので、そのまま計算すると最終的な売り上げの金額が大きく違ってしまう。こうなると売り上げにかかる税金の額も変わってしまうというのは当然の理屈であった。


「分かりにくいけど、ここから品目の名前と売り上げの数がズレちゃってる。このまま計算すると、実際の売り上げに対して税金が多くなっちゃうんですよ」

「ああっ、本当だ……!? あ、あんたよく気付いたねこんなの」


 驚いて書類を見比べる役人に、ヒロシは苦笑いを浮かべる。


「はは、つい最近同じような仕事をしたもんで……でも、ここを修正すれば解決ですね」

「ちょっと待ってくださいよ。計算をやり直さないといけないんで。ええと……」


 役人は新しい紙とペンを取り、最初から計算をやり直し始めた。ところが彼はそれらの作業が得意ではないのか、時々考え込んだり悩むような様子を見せて手を止めるので、ヒロシは新しい紙とペンを貸してくれと頼む。右手でペンを握ると腕の傷がまだ痛むが、文字を書くくらいなら問題はなかった。


(計算は単純だから、名前と順番を間違えないように気を付けて……電卓が無いと、計算も案外手間なんだな)


 ヒロシは新しい紙に数字を書き込み、手早く計算を済ませると役人に見せた。役人はヒロシの計算した数字と書類を見比べ、驚きの声を上げた。


「あ、合ってる……この数字で間違いありませんよ!」

「じゃあ、それで手続きを済ませちゃってください」


 役人から再び告げられた税金の額を聞いて、それまで眉間に皺を寄せていた小柄な男の表情は、みるみる穏やかになる。


「おお、そうだそうだ。税金てのはいつもこれくらいの額だったんだよ。いやあ助かったぜ兄ちゃん」

「いえいえ、どういたしまして」

「俺ぁドワーフのギリウス。工房で鍛冶屋をやってるモンだ。鉄を打ったり物を作るのは得意だが、書類だの手続きだのはまったく苦手でよお」


 自らをドワーフと名乗った男、ギリウスは立派な髭をごつい手で撫でながらカラカラと笑う。それはさっきまでの焼けた鉄のような印象とは違う、豪快で気のいい人物といった印象だった。


「ああ、わかりますよその気持ち。こういうのって色々と複雑だから」

「あんたいい奴だな。礼といっちゃなんだが、飯でもおごらせちゃくれねえか」

「それはもう喜んで」


 ちょうど腹が減り始めていたヒロシは、渡りに船とばかりにその提案に乗ることにした。二人はそのまま隣の食堂に向かい、テーブルに座ってウェイトレスを呼ぶ。ほどなくして現れたのは、ウェイトレスの服を着たメリアだった。


「いらっしゃいませ……あ、ヒロシ様」

「や、やあメリア」


 メリアは驚いた顔をしたものの、すぐに微笑んで言った。


「どうしてここへ? なにかご用事でも?」

「ああ、最初はちょっと様子を見に来ただけだったんだけど、ついさっきこの人と知り合ってさ」


 向かいに座るギリウスをメリアに紹介すると、彼はヒロシとメリアを交互に見て言った。


「ほう、アンタら夫婦だったのか」

「ぶっ!?」


 思いもよらない言葉にヒロシは思わず吹いてしまう。メリアは恥ずかしそうに眼を見開いて黙ったままである。


「いや違う、そういうのじゃないから!」

「なんだ、年頃も近そうだし、俺ぁてっきりそうかと思っちまったぜ。がははは!」

「ま、まあその話は置いといて……とりあえずランチセットを二人分頼めるかな」


 ヒロシがメリアにお願いをすると、彼女は注文をメモに取って厨房の方へ戻って行く。


「しかし兄ちゃん、見ない顔だな。他所からこの国へ来たのか?」

「はは、まあそんな所です」

「しかしまあ、タイミングの悪い時に来ちまったなアンタ。今は色々と不景気だからよ」

「そうなんですか?」

「ああ、最近までゴブリンが大発生して食糧が届かなかったり、あちこち魔物が出て物騒な噂が多くてな。北の方じゃ、もっと良くないことが起きてるって聞いたぜ」

「……不安定なんですね、この世界は」

「こういう時にこそ、転生者サマってえのが現れて世界を救ってくれるなんて言う奴らもいるんだけどな。それもどこまで本当だか分かりゃしねえ」

「……」

「ま、俺に出来るのは鉄を打って物を作るコトだけだがよ。今日知り合ったのも縁だ、もし頼み事があればうちの工房に来な」

「はい、ありがとうございます!」


 ほどなくして運ばれてきたランチセットを食べ、ヒロシは工房へ帰っていくギリウスを見送った。


(さて、俺もそろそろ帰るかな)


 そう思って自分も外に出ようと思ったその時、背後から肩に手を掛けられた。少し驚いて振り返ると、税の支払窓口にいた役人の男が笑顔を貼り付けて立っていた。


「わっ、びっくりした!」

「驚かせてすまないが、ちょっといいかな」

「は、はあ」

「君、うちで働かないか?」


 突然の申し出に、ヒロシは目を丸くして固まってしまう。


「え、いいんですか!?」

「いいもなにも大歓迎さ! 読み書きが出来てしかも数字の計算も正確で速い! まさにうちの仕事に適任だよ!」

「そんな大げさな……」

「大げさなもんか、事務仕事なんて地味だって嫌がる連中の方が多いんだから。そもそも俺だって最近雇われたばかりで、今日みたいなトラブルは割と起こるんだよォ。頼む、人助けだと思って!」

「そんな、俺にとっては願ってもない話ですよ。よろしくお願いします!」


 思いもよらず転がり込んできた仕事にヒロシは歓喜した。事務仕事なら腕の怪我も大したハンデにはならず、無事に勤めることが出来るはずである。ひとまず生活の目途が立ちそうな状況に、ヒロシは心底安堵していた。メリアがすぐ目の届くところで働いているのも、秘かに安心できる要素でもあった。



 それから瞬く間に半年が過ぎた。共働きのおかげで食うに困ることはなく、少しずつ貯えも増えてきた。その間、ボロ小屋の状況に辟易としていたヒロシは思い立ち、住処の建て替えを実行に移すことにした。とはいえ、いきなり新築の家を建てるほどの資金は無いため、色々と考えていたアイデアも含め、少しずつ計画を立てて進めることにした。


(まずは基礎からだな……この世界の基礎は石を並べて隙間に粘土を詰めただけみたいな、単純で強度も不安な作りなんだよな)


 もともと建築設備関係の会社に勤めていたヒロシにとって、そこは見過ごせない点であった。基礎とは地盤に接し、建物を安定して支えるための部分である。基礎がしっかり作られていなければ、その上の建物は強風や地震といった要因で簡単に崩れてしまう。勤め先を含めた行政区の建物などを見ても、基礎は石を敷き詰めて作られたものばかりで、いざという時に心もとない。おそらくはそれでも問題ない風土なのかもしれないが、新しい家を建てようというヒロシには見過ごせない問題であった。


(基礎といえば鉄筋コンクリートだけど、この世界で同じものが作れるんだろうか)


 コンクリートはセメントと水、砂利を混ぜ合わせて硬化させたものだが、そのセメントの材料には石灰石、粘土、酸化鉄といった材料が必要になる。そうした材料の一覧を手書きのメモに書き記し、ひとつずつチェックしていく。


(石灰石、粘土は建物に使われてるのを見た。酸化鉄は鍛冶工房に行けば手に入るだろうし、材料を焼成する窯も貸してもらえそうだな。条件は揃った……あとはチャレンジあるのみだ)


 メモを確認し終えると、ヒロシは工業地区にあるギリウスの鍛冶工房へと足を運んだ。工房はレンガ造りの立派な建物で、高い屋根の煙突からは煙が立ち上っているのが見える。ヒロシは重厚な取っ手の付いたドアを開け、工房の中に入ってみた。工房の中は暑く、ギリウスによく似た風体の職人らしきドワーフが数人作業をしていた。


「ん? おうヒロシじゃねえか、よく来たな!」


 そのうちの一人がヒロシに気付くと立ち上がり近付いて来た。以前知り合ったギリウスに間違いない。


「以前、手紙で相談した話なんですが」

「ああ、コンクリートとかいうのを作りてえって話だったな」

「今日はそのことを確認したくて」

「鍛冶の時に出る屑ならいくらでも持って行っていいぜ。窯も空いてる奴を貸してやるが、ひとつ条件がある」

「条件とは?」

「面白そうだからわしも一枚噛ませろ。それにどうせ、あとで人手も必要になるんだろ?」

「いいんですか?」

「へっ、当たり前よ。型通りの形に石壁を作れるとなりゃ、工房の職人で興味の湧かない奴ぁいねえぜ。こいつはすげえ発明だってな」

「はい、きっと今後の建築にも役に立つと思いますよ」

「がっはっは、年甲斐もなくわくわくしてきたぜ!」


 ギリウスは快く協力を約束してくれた。彼のツテを使うことで材料は簡単に集まり、ヒロシは仕事が休みの日には鍛冶工房に足を運び、何度もコンクリート製造にチャレンジしていた。素材を混ぜ合わせる比率や窯で焼成する温度などを細かく調整し、理想的な配合比を記録に残していく。数か月後、理想的な強度のコンクリートが完成すると、ついに新居のための基礎作りが始まった。

 基礎を作るための地面を整地して形を整え、形作りたい形状に木の型枠を置き、内側にでこぼこの突起を付けた金属の棒を、垂直または地面に平行になるようにして無数に配置。そこへコンクリートを流し込んで硬化させるという工程を経て、基礎の一部が出来上がった。ヒロシの指示によって作業をしていたギリウスも、出来上がったコンクリート製の基礎に触れて、その出来に驚きを隠せない様子だった。


「こりゃすげえ! あの重たい泥みてえなのが固まるのも不思議だが、本当にこんな素材があるとはなぁ。あんたはなんでこんなモノの作り方を知ってるんだ?」

「あ、いや……それはなんというか、ははは」

「……まあいい、ヒロシが何者だろうと俺には関係ねえ。仕事は最後までキッチリやるから安心しな」

「ありがとうギリウス。力仕事は得意じゃないから助かるよ」


 その後は資金が用意できる度にギリウスに作業の続きをしてもらい、翌月には基礎全体が完成した。残りの上部分は木材を組み合わせて新しい住居を建てるのだが、そのための材料の仕入れや家具の作成なども、ギリウスが色々と細やかな所まで手配をしてくれた。そうして、月日は瞬く間に過ぎて行った。




 ヒロシが異世界へ転生してちょうど一年。二階建ての新居が完成した。外見は他の家と大きく変わりはしないが、その強度や安定感は比べ物にならず、内装や部屋の配置も暮らしやすいよう細やかな配慮が行き届いたものであった。ヒロシのこだわりで綺麗な風呂とトイレも完備しておいたのは、秘かな自慢であった。元のボロ小屋は不安な部分だけ補強し、ひとまず物置として残すことになった。


「立派なお家が出来ましたね。すごいです、ヒロシ様」

「いや、俺一人じゃなにも出来なかった。メリアやギリウスが頑張ってくれたおかげだよ」


 新しい我が家の中で、ヒロシは感慨深い気持ちでいっぱいであった。腕の傷も癒え、多少ひきつることはあるが重い物を持っても痛むことはもうない。役所での仕事も問題なく続けられ、王に課せられた税の支払いも滞納したことは無い。一度は途方に暮れた生活も、今は全てが順調といって良かった。


「あの……ヒロシ様」


 メリアはかしこまった様子でヒロシに向き直り言う。


「私をお城から連れ出してくれたこと、本当にありがとうございました」

「え? いや、俺はなにも……」

「あの時、連れ出してもらえなければ……今も希望を持てないままだったと思います。ここでの暮らしは大変なこともありましたけど、ずっと生きてる実感がありました。私、それがとても嬉しくて」

「はは、そこまで言われると少し照れくさいなあ。それにしても早いよな、もう一年か」


 ヒロシもこちらの生活に慣れて、気持ちにも多少の余裕が生まれてきた。そしてもうひとつ、目の前のメリアもずいぶんと見違えた。初めて出会った時は粗末な服装に痩せた体形の少女という印象だったが、この一年で栄養状態が前より良くなったのと、彼女の成長も合わさったおかげか、ずいぶんと身体つきも女性らしくなったのである。特に胸回りなどは、成長著しいという表現がぴったりであった。


「でも、そう言ってもらえると俺も頑張った甲斐があったよ。こちらこそありがとう」


 じっとヒロシを見つめるメリアの、深い緑の髪と瞳が揺れる。思い返してみれば日々の仕事や住居の新築作業に忙しく、彼女とこんな風に向き合って会話したこともあまり無かった気がする。


(これからはもっと交流を深めなくちゃな。まだこの世界のこと、知らない事ばかりだし)


 ともあれ、これからは腰を落ち着けてこの世界のことや、今後どう暮らしていくかを考えていけるだろうと思った矢先、家のドアをノックする音がした。扉を開けた向こうに立っていたのは、王国からの呼び出しを伝えに来た兵士であった。


「ヒロシどの、王がお呼びです。急な話ですまないが、王宮までご同行願いたい」


 出頭命令のような呼び出しにヒロシは嫌な顔をしたが、拒否すれば罰を受ける可能性もある。ヒロシはメリアに留守番を頼み、兵士と共に王宮へと向かった。久しぶりの謁見の間には、例の如く立派な玉座にダレル王が腰かけており、その隣には一目で高価であろうと見て取れる赤いドレスを纏う、若い女性が立っていた。初めて見る顔だが、服装と立ち位置から王様の娘、つまりこの王国の姫であろうことは簡単に想像がつく。年齢はメリアと同じ十代くらいだろうか。すらりとした体形に美しいブロンドの髪が目を引くが、その目つきはヒロシを値踏みし、そして期待外れといった感情が露骨に表れていた。


「来たかヒロシよ。一年ぶりであるな」

「お久しぶりです王様。それで、今日はどんな用事で俺を呼んだのです?」


 ヒロシとしては、以前ゴブリンの餌にされそうになったこともあり、正直この人物とあまり関わりたくないというのが本音であった。しかしそんな考えが透けて見えたのか、隣の姫らしき娘が口を開いた。


「礼儀がなっていないわねあなた。お父様に向かってそんな口の利き方、許されると思っているのかしら。まったく、育ちが知れるわね」


 メリアとは違い、どうも耳に響く声質である。こういう手合いは下手に刺激すると後が面倒になりそうだと、ヒロシは頭を下げた。


「申し訳ありません、こうした場には不慣れなもので……お許しください」

「ふんっ」


 いかにもわがまま姫といった感じの仕草に、ヒロシは少し微笑ましい気分になってしまったが、すぐに気を取り直して王を見る。


「ヒロシよ、先に紹介しておこう。これは我が娘のリィナだ。転生者の顔をどうしても見たいというので連れてきた」


 想像通りに姫だったリィナは一歩前に出て、不機嫌そうな声で言う。


「リィナよ。お父様があなたの存在をずっと隠してたから、一体どんな人物なのかと期待していたのに……転生者さまがこんな礼儀知らずの冴えない男だとは思ってなかったわ。ともかく、口の利き方には注意することね」


 どうやら、彼女のヒロシに対する第一印象はかなり悪いようだ。


「もうよい、下がれリィナ」

「はい」


 父の言葉には素直に従い、リィナ姫は一歩引いて元の場所に立つ。


「さて、そなたを呼んだのはひとつ頼みがあるからだ」

「はあ、なにをすればいいんでしょう?」

「都より北西、馬車で半日ほど行ったところに小さな村があったのだが、そこが魔物の襲撃に遭い壊滅したと報告が入ってな。せめて犠牲者を弔ってやらねばと兵を派遣したのだが、そこで奇妙なことが起きているというのだ」

「え……なんか怖いんですけど」

「村に到着した兵によれば、村の中を死体が歩き回り、亡霊が辺りを飛び交っているという。これでは死者の埋葬どころか、新たな脅威の種となりかねん。そこで、そなたに村の状況を詳しく調査してきてもらいたいのだ」


 話の内容は理解できた。実際にゴブリンに襲われた身として、この世界に怪物や魔物が闊歩しているのも事実だと認識している。確かに普通の状況でないと察したヒロシは、ぐっと表情を引き締めて言った。


「嫌です。というか無理。うん無理だなあこれは」


 その言葉を聞いて王と姫は唖然としていたが、すぐにリィナ姫の方が両目を吊り上げて声を発した。


「ちょっと、なんなのよその言い草は! あなたは国王の言うことが聞けないというの!?」

「いや無理なものは無理ですってば。聞いてるかもしれませんけど、俺にはオバケや動く死体と戦うような力はありませんよ」

「それをなんとかするのが役目でしょ!」

「いやぁ、そんな役目を請け負った覚えはありませんが……」


 プンスコと怒る姫をなだめ、ダレル王は言葉を続けた。


「まあ待て、別に魔物を全滅させよとは言っておらん。動く死体や亡霊が出現したとなれば、必ずその原因があるはずだ。それさえ突き止められれば、対策を講じた部隊も派遣できよう」

「……つまり、俺が行くなら腹も痛まないと?」

「我が国はまだ余裕がない。正体も分からぬ敵を相手に、いたずらに兵を消耗するわけにはいかんのでな。それにヒロシよ、そなたも転生者であれば、いずれ世のために働いてもらわねばならぬ。わしがお前を王都に住まわせたのは、マイホームを建てさせるためではないぞ」

「うっ……」


 突然飛んできた正論パンチに腹を打たれ、ヒロシの顔は青ざめていく。どうにも拒否できるような雰囲気ではなかった。


「動く死体や亡霊と対するなら、魔法の使い手が必要になるだろう。これは彼らを雇う時の足しにするがいい」


 そういって王は、袋に入った金を渡すよう召使いに命じる。受け取った袋はずしりと重く、そこそこの金額が入っているようだった。


「では行け、ヒロシよ。良い報告を期待しておるぞ」


 支度金を渡され、ヒロシはそれを手に困り顔のまま帰宅した。帰りを待っていたメリアに事情を説明すると、彼女は思い当たることがある様子だった。


「仲間を雇うのなら、冒険者ギルドへ行ってみるのがいいと思います」


 冒険者ギルドとは繁華街にある酒場で、仲間を募る冒険者たちが集まって登録し、それぞれ条件に見合う仲間を探す場所なのだという。


(なるほど、アニメとかゲームで見るやつと一緒だな……)


 ともあれ足を運んで魔法使いを探してみようと、ヒロシとメリアは繁華街の大きな酒場へやってきた。まだ昼間とあって客足はまばらだが、それでも様々な風貌の客が席について飲み食いや雑談に興じていた。ひとまずヒロシはカウンターに近付き、店のマスターらしきヒゲの男に話しかけた。


「あのー、ここで冒険の仲間を雇えるって聞いたんですが」

「よお、いらっしゃい。あんた初めて見る顔だな。で、どんな奴が希望なんだ?」

「魔法使いを」


 魔法使いと聞いた途端、マスターらしき男性は小さくため息をつく。


「そいつは難儀な探し物だな。魔法使いってのは貴重でよ、ウチでも三人しか登録されてねえ。そのうち一人は薬の調合に失敗して寝込んでて、もう一人はとあるお偉いさんに囲われてほぼ専属、残りの一人がソイツだ」


 マスターの指す方を見ると、店の隅の席でワインの瓶に囲まれたまま突っ伏している女性の姿が目に入った。顔は見えないが特徴的な三角帽子に黒いマントと、いかにも一目で魔法使いといった格好をしている。


「あいつは腕は確かなんだがクセが強くてなあ……ま、せいぜい気を付けて行ってきな」


 マスターの不穏な発言に少し不安を感じつつ、ヒロシはメリアと一緒に近付き、テーブルに突っ伏している女魔法使いに声をかけた。


「あのーすいません。魔法使いの仲間を探しているんですが」

「んあー?」


 間抜けな声と共に、女性はゆっくりと顔を上げた。口元にはよだれの跡が残っており、いかにも寝起きといった半開きの目で、だらしないという以外に形容する言葉が無いような表情をしていた。


「だれ、あんらら」


 女性はろれつの回っていない口調で言う。ヒロシは気を取り直して自己紹介をすることにした。


「俺はヒロシと言います。事情があって仲間になってくれる魔法使いを探しているんですが」

「んー? あー? はいはい、仲間ね……あー頭痛いわ……おえぇ」


 中に二日酔いのおっさんが入っているとしか思えないような声を出し、女性は大きなあくびをする。そして眠そうな目をこすりながら、ようやくヒロシの方に顔を向けた。起き抜けの顔はさすがにひどい状態だったが、改めて見ると顔立ちは整っており、切れ長で長いまつ毛の瞳にすらっとした鼻筋、血色の良い赤い唇をした、大人びた色気を振り撒いていた。


「タバサ。これが私の名前ね。で?」

「で? とは?」

「いくら持ってんの? 先に出すもん出しなさいよ、ホレホレ」


 タバサと名乗った女魔法使いは、気怠そうな表情のまま手先でクイクイとジェスチャーをする。ヒロシが王様から受け取った支度金の袋をそのまま彼女に手渡すと、タバサは袋のひもを緩めて中身を一瞥した後、ジトっとヒロシを睨んだ。


「あんたさー、私をナメてんの? それとも世間知らずのボウヤなのか、どっち?」

「あ、いや別にナメてるとかそんなつもりじゃ……その金額じゃ足りませんか?」

「……はぁ、世間知らずなわけね、オーケーオーケー。じゃあさー、せっかくだから親切なお姉さんが教えといてあげる」

「は、はぁ」

「魔法使いを雇いたいんなら、桁がひとつ足んないわよこれじゃ。ちゃんと稼いで出直しておいで」

「け、桁が足りないって……あの王様、それを知ってて支度金がこれだけだったのか!?」


 ヒロシはまたしても直面した王様の性格に、頭が痛くなりそうだった。タバサは支度金の袋をテーブルの上に落とすと、酒臭い息を吐いて言った。


「なるほどね、君たちもあの王様にしてやられたクチかー。性格悪いっしょ、あのおっさん」

「悪いですね、めっちゃ性格悪いと思う。絶対歪んでるグニャグニャに!!」


 間髪入れず力いっぱい同意するヒロシに、タバサは思わず吹き出してしまう。


「あははは! あんた正直だねえ、ちょっと気に入ったよ。でも、その報酬じゃ協力はしてやれないよ。命の安売りをすると、他の連中の迷惑にもなるんでね」

「うぐぐ……」

「でもあんた、なんだってこんな場所に魔法使いなんか探しに来てるのさ」

「え?」


 タバサはヒロシの隣にいるメリアに視線を移し、怪訝そうに言う。


「そっちの緑髪の子、木精ドリアードの血を引いてるね。珍しいマナの流れだわ……その子なら、半端な魔法使いよりよっぽど上等な魔法を使えるはずなんだけど」


 その言葉に大きく驚いたのは、他でもないメリアだった。彼女は珍しく自分から身を乗り出し、タバサに尋ねた。


「あ、あの! 私は魔法を使えるんですか!?」

「そう言ってるだろ。私の見る限り、あんたはかなり魔法との相性がいい。まさか気付いてなかったなんてねぇ」

「私が……魔法を……」


 メリアは独り言のように呟いてから、ヒロシに向かって言った。


「ヒロシ様、私にやらせてください。魔法を覚えてお手伝いします!」


 いつになく押しの強いメリアに少し戸惑いながらも、ヒロシは聞き返す。


「そりゃ願ってもないけど……危険な目に遭うかもしれないんだぞ」

「平気です。私、もう覚悟はできていますから」


 メリアの目は真剣そのものである。他に当てもなく、彼女の願いを断るのも忍びない。ヒロシに他の選択肢はなかった。


「わかった、それじゃ頼むよメリア」

「はいっ!」


 元気よく答えるメリアの姿に、タバサが唇の端を持ち上げて笑みを浮かべる。


「そうだねえ、私は雇われてやれないけど、餞別くらいは譲ってあげようか。はいコレ」


 タバサはどこから出したのか、一冊の古びた本を取り出してメリアに渡す。使い古された感じはあるが、分厚い表紙に細かい装飾が施された、高そうな本である。


「初歩の初歩、やさしい魔法の入門書だよ。まずはそれを読んで基本の魔法を覚えるんだね」

「あ……は、はい、頑張ります!」

「んじゃ、この金は代金としてもらっとくよ。本当なら魔導書はもっと値が張るんだから、私に感謝しなさいよー」


 タバサは支度金の袋を手に取って、豊満な胸の谷間に押し込んでしまった。ヒロシもタバサに礼を言い、ひらひらと手を振る彼女を背にして一度自宅に戻ることにした。

 自宅に戻ると、テーブルの上に魔導書を置き、ヒロシはメリアに言った。


「話によればこれを読めば魔法を使えるって話だけど、やってみてくれるかい?」

「は、はいっ」


 なぜか上擦ったような声で返事をするメリアを不思議に思いつつ、ヒロシは本のページをめくる彼女の様子を見守る。それからしばらくすると、メリアは本をぱたんと閉じ、ふうっと息を吐いた。


「どうかな? もしかして、もう全部魔法を覚えたとか?」

「……あの、ヒロシ様」

「うん?」

「ええと、その……」

「どうしたんだ?」


 とても言いにくそうに、メリアは視線を泳がせたりして落ち着きがない。どこか具合が悪くなったのかと、つい心配してしまうほどであった。


「メリア、大丈夫か?」

「う、うう……」


 メリアは身体をわなわなと震わせ、そしてついにわっと大きな声を上げた。


「ご、ごめんなさいっ! わ、私、その……う、うう……」


 今にも泣き出しそうなメリアの様子がただ事ではないと察したヒロシは、慌ててフォローに回る。


「な、なにがあったか分からないけど落ち着いて。一体どうしたんだ?」

「あうう……本当にごめんさない……わ、私……読めません……」

「えっ?」

「魔導書が……ここに書いてある言葉が難しくて読めないんですぅ!」

「……えっ」


 予想の斜め上の言葉に、ヒロシも次の言葉が出てこず固まってしまう。その沈黙に耐え切れなくなったのか、メリアは大粒の涙を瞳にためて何度も頭を下げた。


「すみませんっ、すみませんっ! あんなに勢いよく魔法を覚えてお手伝いをするって言ったのに、私……!」

「まーまー、落ち着いてメリア。とりあえず深呼吸して気持ちを鎮めよう」


 ヒロシに言われた通り、すーはーと深呼吸を繰り返してからメリアは顔を上げた。しかし、相変わらず表情には悲壮感が漂ったままである。


「しかし文字が読めないとは……思いもよらない盲点だったなあ」

「普通の会話や、料理や食材の名前みたいな簡単な単語なら分かるんですけど、こういう難しい文字は習っていなくて……」

(そういえば、まだ小さい頃から城で働いてたんだっけ。それじゃあろくに勉強もできなかったんだろうな)

「せっかくヒロシ様の役に立てると思ったのに、どうして私、こんなに役立たずで……ぐすん」


 再び泣き出してしまいそうなメリアがさすがに気の毒になり、ヒロシは魔導書を手に取ってページを開いてみる。そこに書かれていた文章や呪文は確かに難しい言い回しや書き方の物が多かったが、ヒロシには全て読み取ることが可能だった。


「メリア、俺はこの魔導書が読めるらしい。文字も多分書けるんじゃないかな」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ、これなら紙に書いて君に教えることもできそうなんだけど、どうする?」

「ぜひ、ぜひ教えてください! お願いします!」


 今までどん底のようだったメリアの顔が、ぱあっと明るくなる。ヒロシは仕事で使っている紙とペンを用意し、さっそく読み書きの練習を始めるのだった。元々メリアには意欲があったおかげで、砂が水を吸収するかのように彼女は文字と言葉を覚え、三日後には大まかな内容をほぼ読み取れるまでになっていた。


「よし、これだけ読み書きができればひとまず十分なんじゃないか」

「はいっ、ありがとうございます。ヒロシさんの教え方がわかりやすかったので、とても助かりました」

「はは、これくらいは褒められるような事でもないよ。それより魔法の試し撃ちでもやってみないか?」


 ヒロシは自宅の外に出て、空いた地面に杭を一本刺す。これを的にして魔法の威力を確かめようというわけだ。


「よし、それじゃこの杭めがけて火の玉の魔法、いってみようか!」


 魔法と言えば火の玉、火の玉といえば魔法の花形である。そう思いつつヒロシは安全な位置に移動し、メリアの様子を見守る。彼女は精神を集中して身体に流れる魔法の力を高め、それを呪文の力によって火の性質を持たせ、形作っていく。


「えいっ!」


 メリアの掛け声とともに、握り拳より一回り大きな火の玉が出現、杭めがけてまっすぐに放たれ、直撃した。杭は炸裂した火の玉の衝撃によって砕け、火が燃え移った破片が周囲に降り注ぐ。少なくとも普通の人間がこの直撃を受けたら、無事では済まないだろう。


「うおお、やったーっ! 本当に火の玉の魔法が成功したぞ! かっこいいぞメリア!」

「はいっ、やりました! 私頑張りました! これならオバケが出ても怖くありません!」


 努力の成果を目に見える形で味わい、二人はしばらく感動の余韻に浸っていた。こうして最低限の準備が整ったヒロシは、王に依頼された村の調査へと向かうのだった。


 


第二話 異世界での生活 おわり 

次の投稿は一週間後の金曜夕方以降の予定です

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