第十八話 採掘場での戦い
盗賊団から保護した三人の子供のうち、二人は女の子で一人は男の子であった。見つけた時は全員が汚れた顔をしていて見分けが付かなかったが、後で顔を拭いたりしてやったところで性別が分かった。その中でも年長と思われる女の子は口調もしっかりしており、彼女たちが暮らしていた村の位置を詳しく知ることが出来た。女の子の話によれば村は砦から北の方角、山岳地帯の中ほどに位置しており、主に石炭や石材などを産出する鉱山として生計を立てているという話であった。ヒロシたちにとっては寄り道になってしまうが、子供たちを放って先を急げるはずもなく、ヒロシたちの馬車は一路北を目指して進んでいった。村までは直線なら一日くらいで辿り着ける距離だが、山岳地帯の道は路面が悪い上に曲がりくねった折り返しが多く、ゴーレムの力も借りて馬車を押したりしながら、結局三日ほどの時間がかかってしまった。
「ふう、やっと辿り着いた……思った以上に大変な道のりだったなあ」
盗賊団の砦を出てから三日目の夕方、村の入り口で馬車から降りたヒロシは、疲れた様子で周囲の様子を見渡した。村は切り立った山沿いにあり、所々で崖を削った場所に家が建てられている場合もあり、それなりの人数が暮らしているのが見て取れた。しかし村にはあまり活気が無く、昼間だというのに表を出歩いている人間の姿がほとんど見当たらない。もう一度村の様子を注意深く観察していると、食料の入った籠を両手で抱えた、疲れた表情の若い女性が歩いているのを見つけた。彼女はヒロシたちの姿を見た途端にひどく怯え、急いでその場から走り去ろうとしたのだが、ちょうど馬車から降りてきた子供たちの姿を見た途端、手にしていた籠を地面に落として立ち止まった。
「あ、ああ……アンナ……!」
女性は村の位置を教えてくれた少女をじっと見つめ、わなわなと震えながら近づいて来る。少女もその女性を見た途端、彼女の元へ駆け寄って抱き付いた。
「お母さん!」
「アンナ! 良かった、無事だったのね……! ごめんね、助けてあげられなくてごめんね……!」
二人はボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ずっと強く抱き合っていた。話を聞くまでも無く、この二人は親子なのだろう。その声を聞き付けて周囲の家から村人たちが顔を出し、状況が分かると十数人ほどの村人が集まって来て、ちょっとした騒ぎのようになってしまった。すぐに残りの二人の子供の母親らしき女性たちも現れ、それぞれに再会を喜び合っている。その光景を微笑ましく思いながらも、奇妙なことが心に引っかかっていた。集まって来た村人は全員が女性か、まだ小さな子供ばかりなのである。
(なんか変だな……)
しばらくすると、落ち着きを取り戻した女性とアンナと呼ばれた女の子が並んでヒロシに声をかけてきた。
「話は娘から聞きました。盗賊団を倒して私の娘も助けてくださったそうで、本当にありがとうございました。本当なら村を挙げてお礼をしなければいけないのですけど……」
「ああ、いいんですよ。お礼を期待してここへ来たわけじゃないので、気にしないでください」
「そんな、恩人になにもせず帰すなんて出来ません! でも……」
女性の口ぶりからして、どうやら事情がありそうである。奇妙に感じていることも含め、ヒロシは表情の晴れない彼女に尋ねてみた。
「さっきから気になってたんですが、この村には男の人の姿が全然見えませんね。みんなどこかへ行ってるんですか?」
その言葉を聞いた途端、目の前の女性だけでなく周囲の村人たちも一斉に押し黙ってしまい、急に静まり返ってしまう。
「……すみません、ここではちょっとお話がしにくいので。良ければ皆さん、私の家までおいでください。詳しいことはそこでお話しします」
女性や周囲の人々の反応に不穏な気配を感じつつ、ヒロシたちは言われるまま彼女の家へ付いて行くことにした。村の中央から少し奥まった小高い場所が彼女の家らしく、周囲と比べても一回り大きく立派な作りをしている。家の中に案内され、大きなテーブルにヒロシと仲間の六人が並んで座ると、反対側に向き合って女性と娘のアンナが腰かけた。
「自己紹介が遅れました。私はジル。この村の村長の娘です。皆さんに助けて頂いたのが娘のアンナです。どうぞよろしくお願いします」
丁寧に挨拶するジルの横で、アンナは明るい様子で手を挙げている。本来は明るく人見知りをしない性格のようだ。彼女はお茶を用意すると言って、椅子から降りて台所の方へ行ってしまった。ヒロシは席に残ったマリアに目を向け、尋ねた。
「それじゃ詳しい話を聞かせてもらえますか?」
「はい……もう一ヶ月以上も前になりますけど、この村に魔王軍の人たちがやって来たんです」
「ま、魔王軍……!」
魔王軍がこの地にいるという事実にヒロシはぎょっとするが、女性は変わらず落ち着いた様子である
「ああ、今は大丈夫です。昼間は全員、村にはいませんから」
「そ、そうか、よかった……」
「彼らは急にやってきて、命令に従えと……逆らえば命は無いと脅されて、私たちは従うしかありませんでした。それで働ける村の男たちは全員、魔王軍に連れていかれて働かされているんです。私の父と夫も……」
「そうだったんですか、道理で男の人がいないわけだ。それで魔王軍はどんな目的でここに?」
「私も詳しくは聞かされていないのですけど、ここからもっと山奥にある古い採掘場の跡で、なにかを掘り起こしているらしいんです。なんでも古代のキカイというものらしいんですけど」
「な、なんだって!?、その話、本当ですか!?」
「は、はい。古い採掘場の跡には、それがいくつも埋まっているそうで。その発掘を男たちは無理やり手伝わされているんです」
ジルの話を聞いて、ヒロシは嫌な汗が止まらなかった。もしゴーレムと同じような古代のロボットが無数に眠っており、それが敵に回ってしまったら大変な脅威となるのは間違いない。この状況を見過ごせば、魔王軍は発掘した古代の兵器で軍団を作り、王都へ攻め込んでくることも想像に難くない。転送装置を実際に起動して軍隊を送り込んできた前例もある以上、この事実を無視するわけにはいかなくなてしまった。
「みんな、話は聞いてたと思うけどまずいことになった。魔王軍がゴーレムと同じようなロボットを手に入れたら、手が付けられなくなるかもしれない」
ヒロシの言葉に全員が頷き、ヤクモが口を開く。
「ええ、ゴーレムがいかに強力なのか、それは我々が一番よく知っていますから。これらのような古代兵器が敵に回るのは、できるだけ阻止しなければならないでしょう」
ヤクモに続き、今度はツキヨが言った。
「では、採掘場にいる魔王軍の兵士と一戦交えることになりますね。ですが敵の人数も把握せず仕掛けるのは命取りになる。その辺、詳しく分かりませんか」
ツキヨに尋ねられ、ジルは少し困ったような表情をしながらも、必死に記憶の糸を辿っている様子である。
「ええと……正確には言えませんけど、武装した兵士たちが二十人くらいだったと思います。他にも大きなトカゲや犬みたいな魔物、それに翼があって空を飛ぶ魔物なんかも何匹か一緒に連れていました。だから私たち、本当に怖くて……しかも男たちの留守を狙って、盗賊も村にやってきたりで……ううっ……」
村は思った以上の苦境に立たされていたようで、ジルがずっと疲れた顔をしていたのも無理のないことだった。
「そのくらいの数なら勝てない相手じゃないニャ。盗賊どもは弱っちくて消化不良だったから、こっちで思いっきり暴れてやるニャ!」
相変わらず気楽に言うヒナタに、話を聞いていたダンも思わず苦笑する。
「へっ、言ってくれるぜまったく。だがまあ、聞く限りじゃ無茶な人数差ってわけでもねえ。それにこっちにもゴーレムがある以上、全くの不利にゃならねえだろう。調子に乗ってる魔王軍の連中に、いっちょ思い知らせてやるとするか!」
手のひらに拳を当てる仕草をして、ダンも不敵に笑う。およそ全員の意見が一致したところで、ヒロシは隣に座るメリアに目をやる。
「メリアは大丈夫かい?」
「はい。今回も私の魔法がお役に立てると思います」
「そっか、ありがとう。よし、俺たちで魔王軍を追い払おう!」
そう意気込んだはいいが、窓の外は日が沈み薄暗くなり始めている。元々寒い地方だが、標高の高い位置にあるこの村の冷え方は一段と厳しいものがあった。
「今日は日も暮れてしまいましたし、長旅でお疲れでしょう。今夜はうちに泊まっていってください。一晩くらいなら魔王軍にも見つからないはずです」
ジルの言う通り、ヒロシたちは村へ辿り着くまでの道中で十分な休養は取れていない。万全を期す為にも今夜は彼女の提案を受け入れ、身体を休めることにした。娘を助けてもらった礼ということもあって、用意された食事は状況を顧みれば豪華な内容であった。食事の準備はジルと娘のアンナ、そしてジルの母でもある村長の妻の三人で行われ、大きめの肉や野菜を煮込んだスープは素朴だが厳しい土地で生きるための、濃い味付けだが身体が温まり、力の付く料理だった。食事が終わるとアンナが空になった食器を重ねて台所へと運び始め、それを見たメリアが残りの食器を集めて重ねると、戻って来たアンナに手渡した。
「アンナ、お手伝いできてえらいね」
両手で食器を抱えるアンナを、メリアは微笑みながら褒めてやる。
「これくらいは当然だもん。私だってお姉ちゃんたちに恩返しがしたいから」
得意気な顔でそういうアンナの前でしゃがみ、目線を合わせてメリアは彼女の頭を撫でながら尋ねた。
「ねえアンナ、お父さんやお母さんは好き?」
「うん、大好き! でも今はわるい人たちが来て、いつもお母さんは悲しそうな顔してるの。それにお父さんもお爺ちゃんも連れていかれちゃって、ずっと帰って来なくて……」
自身も盗賊に誘拐されるという恐ろしい目に遭いながら、それよりも家族の身を案じる幼い少女の姿に、メリアも悲しげな表情を浮かべる。
「大丈夫だよ。明日になったら悪い人たちは、みーんな追い出しちゃうから。だからアンナはいい子にして待ってて」
「うん、わかった」
「家族を大切にしてあげてね。もうみんなから離れちゃダメだよ」
「うんっ」
明るく返事をして台所へ向かうアンナの背中を見送り、メリアはゆっくり立ち上がる。その様子を少し離れてヒロシは見ていたが、あえて声はかけず用意された来客用の寝室へと足を運んだ。来客用の部屋は広めの空間に暖炉がひとつ、そしてベッドが六つ並べてあるだけだったが、柔らかい床で身体を横にして休めるだけでも充分であった。翌日の戦いに備えて装備や道具の確認を行った後は、旅の疲れもあり全員すぐに眠ってしまった。
翌朝、十分に休養が取れたヒロシたちは例の採掘場へと向かった。村のさらに北、険しい渓谷地帯を一時間ほど進んでいくと、露天掘りの鉱山が見えてきた。そこは比較的新しい場所のようで、最近まで作業が行われていた形跡がある。魔王軍たちが作業をしているのはここから更に奥の方ということで慎重に進んでいくと、次第に岩や土を削る音が聞こえてきた。近くの岩陰に身を隠し、そっと様子をうかがってみると、直径二百メートルくらいはありそうなすり鉢状の採掘場に、武器を持った魔王軍の兵士と発掘作業をさせられている工夫たちの姿が目に入った。工夫たちの数はざっと見て六十か七十人くらいは居そうだが、武器を持った魔王軍の兵士と、周囲を巡回するようにうろつく魔物に見張られ抵抗は難しそうな状況である。そして、すでに採掘が終わったであろう奇妙な機械が、採掘場の中腹辺りにずらりと並べられていた。それらは表面の材質や質感は銀色の金属製であり、形はゴーレムのような人型ではなく、足が長く首のない鳥のような姿をしたものが六体、大砲のようなものが二体、台座の上に球体が乗っかったようなものが二体であった。
「あれが掘り出された古代のロボットか。ゴーレムとは違うけど、どう動くのか想像できないな」
呟きながらヒロシが別の方向へ目を向けると、大きな鉈のような刃物を手にしたトカゲ人間らしき怪物が見えた。
「な、なんだあれ……リザードマンってやつか?」
リザードマンとは名前の通り、人間とトカゲを掛け合わせた魔物である。動物と人間の要素が混じっているという点ではヒナタやツキヨと共通しているが、リザードマンはより見た目がトカゲそのものに近く、凶悪そうな雰囲気を醸し出している。それが四匹と、巨大で赤い毛並みをした犬のような魔物も同じく四匹おり、採掘場の中を歩き回って工夫たちに睨みを利かせている。
「これは……思ったより厄介かもしれません。特にあのトカゲ人間と犬の魔物は獰猛で、私とヒナタで連中を引き付けておかないと危険です。そうなると残りをヒロシどのたちに任せることになりますが」
同じように状況を観察していたツキヨは表情こそ変えていないが、その両眼は鋭く魔物たちを睨んでいる。ヒロシはその気迫に押されて同じように採掘場の方を見ていたが、しばらくして言葉の意味に気付いた。
「えっ……二人抜きで二十人の兵隊を……俺たちだけで?」
前に出て戦えるのはゴーレムとダンの二人だけ、メリアの魔法もあるとはいえ、ヤクモとヒロシは白兵戦の戦力として数えるには厳しいものがある。これで二十人の魔王軍兵士を相手にするのは、単純な人数差で厳しいと言わざるを得なかった。
「だからってこのまま引き返すワケにゃいかねえだろう。こいつは愉快なパーティになりそうだぜ」
低い声でそう言うダンではあったが、やはり状況を理解し表情には緊張の色が見える。
「そんな無茶な……ヤクモ先生、なにかいい作戦はないんですか?」
すがるようにヒロシが言うと、ヤクモは発掘された古代兵器をじっと見つめたまま答えた。
「発掘された古代兵器ですが、あれを上手く利用できれば勝機があるやもしれません。ゴーレムを見つけた時、戦いで故障したゴーレムはヒロシどのを主と認めることで再び起動していました。仮にあれらの機械が動くのだとしたら、同じようにすれば味方に付けることが出来るかもしれません」
「そ、そうか、その手があった。見たところまだ起動してないみたいだし、一か八か賭けるならそれしかないのか」
「もちろん最悪の状況も想定しておくべきです。すでに兵器が起動済みで、敵の指令によって我々を攻撃してくる可能性も十分にあります。どんな攻撃を仕掛けてくるか分からない以上、危険な作戦であることに変わりありません」
「ううっ、やっぱりそうなるのか……」
ヒロシはがっくりと肩を落としつつも、自分の後ろに付いて来ているタマゴ型のゴーレムに触れる。
「こうなるとお前が頼りだ、頼んだぞ」
タマゴ型のゴーレムは言葉を発さないが、声は聞こえていたのか表面に光の筋を走らせて反応している。
「あの……皆さん、ちょっといいですか?」
その時、じっと作戦を聞いていたメリアが声を上げた。
「私の扱える魔法に『目隠しの煙』というものがあるんです。といっても、しばらく周囲に濃い煙を出して視界を悪くするだけなんですけど……これで目くらましをしてから近付くのはどうでしょうか」
メリア以外の全員はしばらく黙ったまま彼女をじっと見ていたが、やがて一斉に口を揃えて言った。
「「「「それだ!!」」」」
採掘場へ攻め込む算段が決まり、それぞれが配置に移動する。ヒナタとツキヨは二人一組で左手側へ移動し、残るヒロシたちは正面から最短距離で発掘されたロボットたちの元を目指す。メリアが風上に立って『目隠しの煙』の魔法を唱えると、周囲に濃い煙が立ち込め、それはどんどん広がって採掘場を包み隠していった。視界を奪われた採掘場からどよめきが聞こえる中、ヒロシたちは放たれた矢のように飛び出していった。
「ツキヨ遅れるんじゃねーニャ!」
「ああ、分かっている! 行くぞ!」
ヒナタとツキヨは最初に高い位置まで駆け上って採掘場の奥へ進むと、そこから一気に駆け下りて頭上から魔物たちに襲いかかった。ヒナタがリザードマンを、ツキヨが犬の魔物を一瞬で斬り倒すと、その絶命時の叫び声と周囲に広がる血の臭いによって、それを敏感に嗅ぎ付けた魔物たちが彼女たちの元へ集まって来た。
「狙い通りノコノコ集まって来たニャ。まとめて相手してやるからかかってこいニャ!」
ヒナタはわざと大声を張り上げ、魔物たちの注意を引いて走り出す。その後をリザードマン一匹と犬の魔物二匹が追って行き、狙い通りに魔物たちの分断に成功する。残るリザードマン二匹と犬の魔物は味方の死体を気にする様子もなく、じりじりとツキヨに向かって距離を詰めてくる。
「仲間をやられても動じないか……これがお前たちの流儀か、それとも魔物ゆえか。どちらにしろ嫌な奴らだ」
ツキヨは背中に括り付けていた槍に持ち直し、腰を低くして身構えた。犬の魔物は唸り声を上げ、一気にツキヨへと飛び掛かった。瞬きすら許されぬ猶予の中、彼女は鋭い牙が並ぶ口の中へ槍を突き刺すと、すかさず槍を手放し真横へ跳躍した。そして受け身を取りつつ地面を転がって素早く起き上がると、リザードマンが眼前に迫っていた。それを迎え撃とうと腰の剣を素早く引き抜いて振り上げた瞬間、剣を握る手にガツンと重い衝撃が走る。
「くっ!」
リザードマンはツキヨより一瞬早く巨大な鉈を振り下ろしており、彼女はそれを剣で受ける形となった。だが武器の重さと筋力では圧倒的にリザードマンが勝っており、真正面からそれを受けるのは不可能だった。それを悟ったツキヨは手首の力を抜き、剣の角度を変えて大鉈の刃を滑らせる。金属同士が擦れ合う音が響き、火花が散る。リザードマンの怪力を受け流したツキヨは、手首を返して剣の向きをくるりと変え、リザードマンの喉元に鋭い突きを入れた。
「ガッ……!」
喉を突き刺されたリザードマンは口から血を吐き、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。だが手応えを確かめる間もなく、ツキヨの脇腹に重く鈍い衝撃が走った。
「あうっ……!?」
勢い余って吹っ飛ばされたツキヨが見たのは、リザードマンが丸太のような尻尾を鞭のようにして叩き付けて来た瞬間だった。その打撃は素早く重く、予想外の場所から飛んでくる恐ろしい武器に違いなかった。
「ギシャーッ!!」
体勢を崩した彼女を見たリザードマンは今がチャンスとばかりに、大鉈を片手で持ち上げ、トドメを刺そうと何度も叩き付けて来た。ツキヨは地面を転がりながら大鉈の刃を避け続け、起き上がると同時に両足で地面を蹴って高く跳躍すると、空中でくるりと身を翻して弓を構え、素早く矢を放った。放たれた矢は空を切り裂いて一直線に飛び、リザードマンの眉間を貫いた。
「……!」
リザードマンはうめき声ひとつ立てず、そのまま前方に倒れ込んで動かなくなった。
「ふう……やはり油断ならない奴らだ。皆も上手くやれているだろうか」
脇腹の具合を確かめながら呟くと、ツキヨは犬の魔物に刺さったままの槍を引き抜き、混乱に包まれる採掘場の中へ飛び込んでいった。一方のヒナタはツキヨたちと十分に離れたことを確認すると、逃げるのをやめて切り出された岩の上に立って追っ手を待ち構えた。近くにはつるはしやシャベルといった道具を持ったままの工夫たちが残っていたので、さっさと逃げるように大声で伝えておいた。殺気立った魔物たちが来ると聞いて工夫たちは一目散に逃げ出し、それと入れ替わるようにして犬の魔物二匹とリザードマン一匹が追い付いてきた。犬の魔物たちはヒナタが高い場所にいるのを見るや、採掘場の斜面を駆け上って食らい付こうと迫って来た。
「おめーら犬コロはそう来ると思ってたニャ!」
ヒナタは犬の魔物たちをギリギリまで引き付けてから飛び上がり、身を屈めてくるくると前方回転しながら低い場所に残っていたリザードマンの頭上に迫った。
「うりゃあっ!!」
落下と回転の勢いを加えたかぎ爪の一撃が、空中に弧の軌道を描く。斬撃を受ける暇もなく直撃を受けたリザードマンは、頭から身に纏っていた鎧ごと切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。だがその直後、もう引き返して来ていた犬の魔物の片割れがヒナタに向かって猛突進し、鋭い牙で嚙み砕こうと迫ってきていた。
「だから犬コロは好きになれんニャ!」
ヒナタは近くに落ちていた拳大の石を掴み、まさに噛み付こうとしてきた犬の魔物の口に押し込む。さすがに石を噛み砕くのは難しかったらしく、その牙がヒナタに届くことは無かった。その隙を見逃さず、ヒナタは左手で犬の魔物の頭の毛を掴んで持ち上げると、すかさず喉元めがけてかぎ爪を突き刺した。角度的にそこは心臓の位置でもあり、急所を突かれた犬の魔物は声も立てず絶命した。だが、残るもう一匹はヒナタと距離を取ったまま四肢を踏ん張り、背中の毛を逆立てて唸り声を上げた。直後、犬の魔物の顔面が半分に裂けたかと思う程に口を開くと、喉の奥から灼熱の火炎を吐き出してきた。
「うわっちちち! 火を吹くとか聞いてないニャよ!?」
ヒナタは素早く飛び退いて炎から逃れたが、わずかに髪の先が焦げてしまっていた。犬の魔物が正面を向いている間は迂闊に近付けなくなり、ヒナタは背負っていた短い弓を手にし、矢をつがえて構える。
「当たれっ!」
雑に念じながら放った矢は、犬の魔物の頭上を越えて背後へ飛んで行ってしまう。ならばと二の矢を繰り出すものの、今度は動きを読んでいた犬の魔物が横に飛び、空しく地面に突き刺さるだけであった。
「うー、やっぱツキヨみたいに上手く当たらんニャ」
ヒナタは弓矢の扱いが上手ではなかった。それでもいざという時のためにとツキヨに扱いを教わってはいたが、普段から己の感覚を頼りに腕を磨いてきたヒナタにとって、精密な狙いや動作というのは相性が良くなかった。仕方なく弓を放り出して身構えると、その一瞬の隙をも見逃さんとばかりに、犬の魔物は猛然と突進してきた。反射神経とスピードには自信のあるヒナタだが、そもそも身体の作りが違う動物系の相手は瞬発力が段違いであり、あっという間に鋭い爪と牙で彼女を引き裂こうと飛び掛かって来た。
「んぎっ!」
ヒナタは咄嗟にかぎ爪で防御し爪と牙を防いだが、犬の魔物はのしかかって体重をかけ、強引に圧し潰そうとしてきた。しばらくかぎ爪越しに前足で掻いたり牙で噛みつく動作を続けていたが、途中で犬の魔物は動きを止めてヒナタを抑えつけたまま、背中の毛を逆立ててがばっと口を大きく開く。
「げっ、ま、まずい……!?」
開かれた喉の奥は赤く光り、犬の魔物は至近距離から炎を吐き出そうとしていた。逃れようにもかぎ爪越しに前足で抑え付けられ、咄嗟に火炎の射程から逃れるのは不可能である。どんどん喉の奥の赤い光が強まる中、追い込まれたヒナタは叫ぶ。
「こんのぉ……調子に乗るニャ!」
犬の魔物が炎を吐き出そうとしたその瞬間、ヒナタは片足で思いっきり犬の魔物の顎を下から蹴り上げた。それによって開いていた顎を強制的に閉じられた犬の魔物は、そのまま頭を真上まで跳ね上げた直後、行き場を失った炎の熱と圧力によって、頭部を真っ赤に焼いて爆発させてしまった。頭部を失った犬の魔物の身体は糸が切れたように力が抜け、ヒナタはそれを押し返し地面に転がして難を逃れた。
「ふう、危なかったニャ……たく、乙女の肌に焦げ跡が付いたらどうしてくれるニャ」
ため息をついて身体の埃を払い、ヒナタは騒然となった採掘場に目を向ける。
「他の連中は無事かニャ。アタシもさっさと合流しないと」
ふと顔を動かすと、自分の近くに一人の若い男が立っていた。汚れた作業服姿で、魔王軍に連れて来られた村人の一人であるのはすぐに分かった。身長はヒナタより高く大人と同じ体格だが、髪は短めの金髪で、まだあどけなさを残した若い顔立ちである。
「あ、あの、これ……どうぞ」
若い男が差し出したのは、ヒナタが放り出した弓であった。
「おっ、わざわざ拾ってくれたのかニャ、さんきゅー」
ヒナタが笑顔で弓を受け取ると、若い男は少し顔を赤くし、どもった口調で言った。
「あう、えっと……さっきの戦い見てました! たった一人で魔物と戦ってあっという間に全部やっつけるなんて……凄いです!」
やや早口でまくし立てるような若い男に、ヒナタはふふんと鼻を鳴らして得意げな顔をする。
「ほほう、おめー見どころがあるニャ。アタシは天才だから、あれくらい朝飯前だけどニャ」
「お、俺、ウィルって言います。村に魔王軍がやって来て、本当はみんなを守りたかったけど……自分一人じゃなにも出来なかった。その勇気も無かった……どうやったらお姉さんみたいに強くなれますか!」
思いがけない言葉を口にしたウィルという若者を、ヒナタはつま先から頭のてっぺんまでジロジロと眺めて言う。
「ふーん、まあいいカラダはしてると思うニャ。戦いの腕がどんなもんかは知らんけど、必要なのは覚悟と度胸、あとは頼りになる仲間を見つけることだニャ。いくら強くても、一人じゃすぐにやられちまうニャよ」
「仲間……」
仲間という言葉にウィルは押し黙ってしまい、ヒナタは彼の肩をポンポンと叩き、逃げ惑う工夫たちの方を指す。
「ま、気持ちは分かるけど素人は無茶しない方がいいニャ。騒ぎになってる今のうちに、仲間と一緒に逃げニャよ」
そう言って背を向け歩き出そうとするヒナタの手を、ウィルが掴んで引き留めた。
「待ってください、俺も戦います! 大事な人たちが苦しめられているのに、なにも出来ず逃げるのはもう嫌なんだ!」
そう言って手を離さないウィルの方へ、ヒナタはゆっくり顔を向ける。
「……はぁ。アタシが言っても聞かなそうニャね。そんで、オメーはなにが出来るニャ? 悪いけどこっちも足手まといを連れてく余裕はニャいからな」
「ええと、弓と槍なら多少は……」
「多少ねぇ、なーんか頼りないニャ」
「あ、で、でも! 俺ならきっと役に立てると思うので! 見ててください!」
少し焦った様子のウィルだったが、彼はヒナタから手を離すと、数歩離れた場所でぐっと真剣な表情をした。そして彼の身体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間にはウィルの腰から下が馬に変化していた。
「うわっ、変身した!? それどうなってんのニャ!?」
「俺はケンタウロス族なんです。普段は人間と同じ姿で暮らしてますけど、いざという時はこの姿になれるんで」
「すげー! なんかかっこいいニャ!」
「えっ、かっこいい……?」
思いがけず褒められ、ウィルは照れくさそうな顔をする。ヒナタは馬そのものである部分をぐるりと回って眺めた後、その背にひょいと飛び乗った。
「わわっ、お姉さん!?」
急に背中に乗って来たヒナタに驚き、ウィルは少し慌てた様子である。
「アタシはヒナタって言うニャ。確かにこれなら歩かずに済んで楽チンそうだし、気に入ったニャ!」
「ん? 楽チン?」
ヒナタの言葉に微妙な引っ掛かりを感じたウィルだが、そこへ弓と矢の入った矢筒を彼女から押し付けるように渡された。
「とりあえずコレを渡しとくニャ。武器も無しに走り回るのはあぶねーからニャ」
「は、はい、ありがとうございます!」
「よーし、そんじゃアッチにアタシの仲間がいるから、さっさとススメー!」
尻をぺしぺしと叩かれ、ヒナタを背に乗せたウィルは採掘場の中を駆け出して行った。
ツキヨとヒナタが魔物と戦っているのと同じ頃、ヒロシたちも魔法で生じた煙に紛れて移動を始めていた。周囲では視界を奪われて戸惑う工夫たちのどよめきと、不測の事態に警戒する魔王軍兵士たちの声も聞こえてくる。ほどなくして採掘場の反対側から、騒ぎの声が聞こえてきた。別行動の二人が上手くやってくれることを祈りつつ、ヒロシたちも先を急ぐ。しばらく進んで発掘された機械が並べられている場所の近くまで辿り着いたが、さすがに兵士たちの警備が集中しており、十人ぐらいがその場に留まっていた。視界を奪う煙も次第に流れていき、敵の目を誤魔化せる時間も残り少なくなっていた。
「よし、ここまで近付ければ十分だろ。俺が先行するから、お前らは援護を頼むぜ」
ダンは腰の剣を鞘から抜き、煙に紛れて静かに走り出す。そして近くにいた兵士の背後を取ると、素早く口を押さえながら剣で突き刺すと、すぐさま次の相手の元へ向かう。そして同じように二人目を始末したところで、異変に気付いた魔王軍の兵士が声を上げた。
「襲撃だ! 敵が紛れ込んでるぞ!」
兵士たちが背を向けてダンを探し始めたその瞬間が、またとない絶好のチャンスとなった。ヒロシは目立たないようタマゴ型のままで連れて来たゴーレムに、ここぞとばかりに命令をした。
「今だゴーレム、魔王軍の兵隊をやっつけろ!」
ゴーレムは瞬時に人型へと姿を変え、乾いた地面を踏み締めながら前進していく。煙の中から突如現れた巨大な影を見た魔王軍の兵士たちは取り乱し、周辺は大混乱に陥った。
「むっ」
ゴーレムは近くにいた兵士を掴んで放り投げ、さらにもう一人を平手で弾き飛ばす。見た目には手加減しているようにも見える攻撃だが、三メートルの巨体から繰り出される威力は相当なもので、地面に叩き付けられた兵士も平手を受けた兵士も、もはや地面から立ち上がれなくなっていた。しかもゴーレムに気を取られていると、今度は煙の中からダンが忍び寄って息の根を止めに来るという挟み撃ちで、魔王軍の兵士たちは次々にその数を減らしていった。
「よし、今のうちに俺たちは機械の所へ行こう!」
ヒロシはメリアとヤクモを連れて、煙に紛れつつ発掘された機械の元へと急いだ。並べられた古代の機械はどれも錆ひとつ無く、まるで新品のように磨かれている。そしていずれも平和利用のためとは思えないような物々しい雰囲気に、ヒロシは嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「動かせるか分からないけど、とにかく調べてみよう」
ヒロシは首が無い鳥のような形をしたロボットに近付き、あれこれと調べてみた。頭上には楕円の胴体らしき部分があり、ダチョウのように長い金属製の二本足がそれを持ち上げている。ちょうど目線に近い位置の関節に触れてみると、ロボットは滑らかな動きで足を畳んでしゃがみ、胴体部分が低い位置に降りて来た。横や下からは良く見えなかった胴体部分は人が乗る座席のようになっており、二人まで一緒に乗ることが出来そうだった。
「そうか、これは人が乗って操縦するタイプのロボットだな。ええと、どうやって操作するんだ?」
ヒロシは座席に座り、正面にある小さなボタンらしきものに触れてみた。すると垂直にモニタ用の立体映像が浮かび上がり、様々な機能が表示されていた。
「ええと、なになに……起動可能、システム異常なし。操作は操縦桿とペダルのみのオートマチック……武装に機関砲と榴弾砲が一問ずつだって?」
思った通りに物騒な表示が出てきてヒロシは苦笑したが、これを逆に利用できれば一気に決着が付けられる。ヒロシは一度鳥型のロボットから降りて、もう一体のロボットも胴体を下ろして起動の画面を表示させた。
「メリア、ヤクモ先生、このロボットは俺たちで操縦できそうだ」
ヒロシは二人を呼んで簡単に操作の説明をする。メリアの手が塞がるのは問題があるので、もう一台の方はヤクモに操縦を任せることにした。ヤクモは興味深そうに操縦席に乗り込むと、操作パネルに目を通してからせり上がって来た操縦桿を握る。するとロボットは滑らかな動きで立ち上がり、生き物のように歩き始めた。
「なるほど、思った以上に操縦は簡単なようです。これなら勝機は十分ですよヒロシどの」
あっという間に順応してしまったヤクモに驚きつつ、ヒロシはメリアと一緒に最初に見た方へと乗り込んだ。
「よ、よし。こっちも運転開始だ。あ、その前にシートベルトをしておかないと」
「は、はいっ」
座席には身体を固定するベルトが用意されていたので、ヒロシとメリアは念のためにベルトの先端を金具に差し込んで身体を固定する。
「よーし、行くぞ!」
せり上がって来た操縦桿を握り、ヒロシが足元のペダルを踏みこむと、ロボットは突然全速力で走り出した。
「うわあああっ!?」
「きゃーっ!?」
敵のど真ん中を巨大なロボットが突っ切って行き、辺りはにわかに騒然となる。
「誰だ、古代兵器に勝手に乗っている奴は!」
ヒロシは暴走するロボットをなかなか止められずに右往左往していたが、その目立ちすぎる行動がかえって敵の注意を引き、魔王軍は完全に統率を失っていた。
「へっ、やるじゃねえかヒロシ! これなら楽勝だな!」
地上で兵士を斬り倒していたダンも笑いながらその状況を見ていたが、急に上空に暗く重い雲が立ち込めたかと思うと、一筋の稲妻がすぐ近くに落ちた。
「うおっ!?」
轟音と共に無数の破片が周囲に飛び散り、頭上からパラパラと落下してくる。その場に立ち込めた砂煙が風に流されていくと、その場に真っ黒なローブを身に纏った魔導士のような風体の人物が浮かんでいた。
「なんだ、新手か!?」
ダンは剣を構えて身構えるが、黒いローブの魔導士は彼のことなど意に介さず、騒ぎの起きた採掘場に不気味な瞳を向けて言った。
「なにやら騒がしいので来てみれば、我が兵器の採掘を邪魔する愚か者どもめ……ならば望み通り、絶望と死をくれてやろう!」
魔導士が両目を妖しく輝かせると、それまで沈黙していた他のロボットたちがひとりでに動き始めた。ヒロシたちには見えていなかったが、ロボットの操作パネルは赤く色付き『自動殺戮モード』の文字が浮かんでいた。
「わわっ、止まれ、止まれぇぇぇっ!」
ヒロシは揺れる操縦席で叫びながら、足元にあるもうひとつのペダルを力いっぱい踏む。するとロボットに急ブレーキがかかり、ようやく暴走は収まった。
「はあ、はあ、えらい目に遭った……メリアは大丈夫だったかい?」
「は、はい……いつ転ぶかと怖かったですけど……」
二人でため息をついた直後、ヒロシが顔を上げると、そこはロボットに乗り込んだ場所のすぐ近くだった。しかし、地面に並べられている他のロボットたちの様子がおかしいことにすぐに気が付く。赤い表示パネルが点灯し、小刻みに振動しているのがすぐに分かる。最初に変化があったのは、並べ置かれた大砲のような機械だった。大砲の左右から内側に折り畳まれていた四本の足が飛び出し、昆虫のように地面を歩き始めたのである。それと同じように、台座に置かれた金属の球体としか言いようがないそれも、土台部分から折り畳まれていた四本足が出現して動き始めた。最後にヒロシたちが操縦している鳥型のロボットの、残り三体が操縦者がいないまま動作を開始したのである。全力で嫌な予感を感じたヒロシはすぐにその場を離れようと思ったが、ふと見た先に、歩く大砲がこちらに向かって狙いを定めているのが目に入った。
「ま、まずいっ!?」
ヒロシは咄嗟にレバーのボタンを押した。すると鳥型のロボットは素早く足を折り畳んでその場にしゃがむ格好となった。直後、大砲のロボットが放った弾が頭上をかすめていき、背後の岩壁に命中して爆発した。
「ひええっ、このままじゃやられる、反撃しないと……!」
ヒロシが操縦桿を傾けると、鳥型ロボットはすぐに走り出す。操作パネルにある武装の表示に目をやると、機体の前方に照準用の画面が広く展開された。
「よ、よく分からないけどこれで狙えばいいんだな。くらえっ!」
ヒロシは砲撃を行ってきた大砲ロボットに照準を定め、操縦桿のトリガーを引く。すると鳥型ロボットの胴体に格納されていた左腕のような部分がせり出し、一発の砲弾を発射した。砲弾は狙い通りに命中、爆発し、脚が吹き飛び半壊した大砲型のロボットは動かなくなった。
「やった、命中したぞ! メリア、今の見てた!?」
「やりましたねヒロシ様、すごいです!」
ヒロシとメリアは無邪気に喜んでいたが、その直後、激しい揺れが二人を襲う。残っていたもう一体の大砲ロボットが、ヒロシたちの乗る鳥型ロボットの片脚を撃ち抜いていたのだ。バランスを保てなくなった鳥型ロボットは、そのまま真横に倒れ込む。
「うわーっ!?」
「きゃあっ!?」
激しい衝撃と共に地面に叩き付けられた――かと思いきや、ヒロシとメリアはシートベルトで身体を固定していたため、投げ出されずに無事であった。ヒロシはベルトを外して座席から降り、メリアに声をかけた。
「痛てて……シートベルトしておいてよかった。メリア、大丈夫かい?」
「な、なんとか無事みたいです。でも、ベルトの金具が歪んでるみたいで……」
ヒロシも一緒になって金具が外れないか試したが、衝撃で歪んでしまった部分は動きそうになかった。そうしているうちにも二発目でトドメを刺そうと、大砲ロボットの砲口が彼らの方を向いていた。
「しまっ……!?」
気付くのが遅れ、万事休すかと思ったその瞬間、大砲ロボットは激しい銃撃を受けて大破、爆発炎上した。
「ようやく操縦のコツが掴めてきました。お二人とも、ケガはありませんか」
二人の窮地を救ってくれたのはヤクモの乗る鳥型ロボットだった。ヒロシはナイフでメリアの身体を固定しているベルトを切ってやると、解放された彼女を座席から下ろしてやる。
「残念ながら状況は良くありません。動き出した古代兵器たちは強力な武装を持っているようです」
「そういえば、ダンとゴーレムは?」
ヒロシが周囲を見回すと、ダンの姿は見つからなかったが、ゴーレムとそれに群がるロボットたちの姿が目に入った。二体の鳥型ロボットは周囲を走りながら銃撃し、ゴーレムを足止めしていたが、問題は球体のオブジェクトのようなロボットであった。この球体の表面はうっすらと光を帯びており、台座から三十センチほど浮き上がってゆっくりと回転している。そしてその輝きが強くなった瞬間、光は一点に収束し、緑色の光線となって放たれたのである。ゴーレムは咄嗟に回避姿勢を取ったが、避けきれなかった肩の装甲が吹き飛び、穴が開いてしまっていた。
「レ、レーザー兵器!? そんなのまで出てくるのか!?」
幸いにも貫かれたのは装甲版だけで内部は無事だったようだが、あの攻撃を何度も受けてはゴーレムもひとたまりもないはずである。
「あの光線は危険だ! ゴーレムを助けないと!」
ヒロシが言うと同時にその意図を汲み取ったメリアが、素早く呪文の詠唱に入る。そして杖をかざすと、球体ロボットの頭上から強烈な稲妻が降り注いだ。直撃を受けた球体ロボットは狂ったように動作がおかしくなり、その場でバタバタと足を動かした後、上部の球体部分が爆発を起こして転がり落ち、動作を停止した。
「やった! やっぱり見た目通り電機には弱いんだな。頑張れゴーレム、そいつらをやっつけろ!」
敵の数が減って動けるようになったゴーレムは、まず周囲を走る鳥型ロボットに飛び掛かって殴りつけた。ゴーレムのパンチで胴体がひしゃげた鳥型ロボットは横倒しになり、火花を散らして動かなくなった。そしてゴーレムは鳥型ロボットから格納されていた銃器の部分を剥ぎ取ると、もう一体の球体ロボットに向けて榴弾を発射した。爆発の衝撃で足が折れて傾いた球体ロボットはまだ生きていたが、ゴーレムは攻撃の隙を与えないとばかりに走って近付き、球体部分に拳を振り下ろした。球体部分はロボットにとって重要な部分らしく、ここを破壊された球体ロボットは動作を停止してしまった。
「なんか手慣れてるな……もしかして、昔もこんな風にゴーレムは戦ってたのか?」
ヒロシが感心していると、ゴーレムは破壊したばかりの球体に手を突っ込み、中から部品を引っ張り出した。見た目にはバッテリーのような装置だが、ゴーレムはそれを胸元へ持っていくと、胸元の装甲が開いてそれを組み込んだ。するとゴーレムの前に立体映像の表示パネルが浮かび、そこにはこう書かれていた
『サブ動力パックを追加。出力上昇により機体能力向上。および武装:プラズマビームの使用が可能です』
ゴーレムは立ち上がって残り一体となった鳥型ロボットの方へ向き、右腕を突き出して構えた。すると右手の形が一瞬にして大砲のような形に変化し、灼熱の火炎を一点に収束させたような真っ赤な光線を発射した。その光線が直撃した瞬間、鳥型ロボットの胴体は大穴が空き、さらに残った部分も瞬時にして真っ赤に溶け出して派手な爆発を起こした。
「……!?」
あまりの光景にヒロシは言葉が出なかったが、全てのロボットを片付けたゴーレムは右手を元に戻し、いつものようにヒロシに近付いてきた。
「むっ」
敵をやっつけました、という事だろうか。恐ろしい火力を手に入れはしたが、ゴーレムは相変わらずヒロシに従ってくれているようである。これで一安心と言いたい所だったが、まだ脅威は残っている。残る魔王軍の兵士と、突如現れた黒いローブの魔導士である。宙に浮いたまま様子を眺めていた魔導士は、真っ赤に光る眼でヒロシたちを見降ろしていた。
「どうやら過ぎた玩具を持っているようだな。先に貴様を始末しておくべきであった。だが、これで勝ったと思うなよ」
魔導士は魔力を膨れ上がらせ、暗い波動を周囲に解き放った。その波動を浴びた生き残りの魔王軍兵士たちは突然頭を抱えて苦しみ始め、この世のものとは思えないおぞましい絶叫を上げた。そして次々とその姿を変化させ、下半身が馬の魔物へと変貌していったのである。
「この採掘場は放棄する……だが貴様らもただでは帰さんぞ。そのバケモノどもと心ゆくまで遊んでいくがいい」
そう言い残し、黒いローブの魔導士はかき消すように姿を消してしまった。後に残った下半身が馬の兵士たち――ケンタウロスは、正気を失った悪鬼のごとき形相で襲いかかって来た。彼らはいずれも獰猛で、なにより脅威なのはそのスピードとパワーであった。馬同様の巨体を正面から迎え撃つのは不可能であり、その体重とスピードを乗せた一撃の重さは、地上にいる者にとってシンプルな脅威であった。縦横に駆け巡りながら襲い来るケンタウロスの前に、ヒロシはメリアと一緒にゴーレムの陰に隠れてやり過ごすのが精一杯で、ゴーレムも彼らのスピードに対抗する武器を持ち合わせていなかった。
「ヒロシ様、あれを見てください!」
ふとメリアが声を上げたのでその方向を見ると、ダンに倒されて地面に倒れていた兵士の身体がビクンと跳ねた。そしてゆっくりと起き上がり、傷口から血を垂らしたまま、ふらふらと身体を揺らしながらこっちに近付いて来る。
「もしかして、さっきの変な術は、死体も操れるのか!?」
さらに敵が増えて戦慄するヒロシだが、反撃に出なければ押される一方である。動きの鈍い死体はメリアに任せ、ヒロシはまだ無事であろうヤクモの姿を探した。すると遠くの方でケンタウロスたちに追い立てられながらも、鳥型のロボットに乗って走り回っている彼の姿を見つけた。その隣にはダンの姿もあり、ヤクモは姿の見えなくなったダンを探していてくれた様子である。
「ヤクモ先生、ロボットは全部破壊しました! 後はこいつらをなんとかしないと!」
声が届いたかは分からないが、ヒロシはヤクモに向かってそう叫ぶ。一方のヤクモは動きの速いケンタウロス相手では、操縦と武装の照準を合わせる両方に手が回らず、攻撃は弾の無駄だと察して回避に専念していた。隣に乗っているダンは身を乗り出して剣を振り、周囲の敵をけん制しているが、あまり効き目はなかった。
「くそっ、騎兵がこんなに手強いとは思わなかったぜ! しかも全員頭がおかしくなってやがる!」
「ええ、古来より騎兵は戦場で中核を成す存在でしたからね。このような機械に乗っていても手が出せないのは、つくづく恐ろしいものです」
「感心してる場合かよ! ハッキリ言って単純にこっちの手が足りねえ! ヒナタとツキヨはまだ戻って来ねえのか!」
ダンがそう言った直後、採掘場の反対側から走ってくるケンタウロスの姿があった。
「くそっ、まだ新手がいやがったか!」
忌々しげに吐き捨てたダンだったが、よく見るとその背には見覚えのある二人が乗っている。それは間違いなくヒナタとツキヨであった。二人を乗せたケンタウロス――ウィルはさすがに重量が堪えているようで少し苦しそうな表情をしている。
「よーっす、アタシが戻って来たニャ! こっちもなんか派手にやってたみたいだニャ!」
「どうやらまだ油断できない状況のようだ。ヒナタ、こっちは任せた!」
「あいよ、いってら!」
ツキヨはウィルの背から飛び降り、素早く地上を走ってヤクモの操縦する鳥型ロボットの方へ向かう。そして一息に跳躍して操縦席に乗り込むと、弓を取り出してダンに言った。
「ここは私がやる! ダンはヒロシどの援護を頼む!」
「あ、ああ、その方が良さそうだな。んじゃここは頼んだぜ!」
ダンは状況を察し鳥型ロボットから飛び降り、ヒロシのいる方向へ向かう。ツキヨは立ったまま弓を構え、迫り来るケンタウロスめがけて矢を放った。放たれた矢はケンタウロスの眉間に命中し、絶命したケンタウロスは転倒し地面を何度も転がって離れていった。
「ヤクモどの、このまま走り続けてください。ここからならよく狙える……!」
ツキヨは高い位置を維持したまま移動し続け、走り回るケンタウロスたちを次々に射抜いていく。彼女の弓と鳥型ロボットの高さとスピードは絶妙に相性が良かった。そしてヒナタはウィルの背に乗ったまま、近くを走る魔王軍兵士と並走していた。
「ウィル、もっと近くまで寄せるニャ!」
「そ、そんなこと言ったって、敵の間合いですよ!」
「そんなんでビビってたら戦いなんかしてられんニャ! おりゃっ!」
ギリギリまで近付いたウィルの背中からヒナタはケンタウロスの背中に飛び乗ると、背後から心臓の位置をカギ爪て突き刺す。そして素早くウィルの背に戻ると、急所を突かれたケンタウロスはつんのめって転倒し、二度と立ち上がることは無かった。
「す、すごい……!」
ウィルが感心していると、ヒナタは彼の尻部分を手でぺしぺしと叩く。
「感心してる場合じゃねーのニャ! さっさとこいつら片付けて村に帰るんだからニャ!」
「は、はいっ!」
ウィルは預かった弓を構えて近くにいたケンタウロスの胸を射抜いて倒す。戦士たちが戻ってきたことで魔王軍兵士たちはついに一掃され、二十人と魔物たちから成る魔王軍兵士たちは全滅した。戦いが終わり自分たちが解放されたと知った工夫たちは大いに喜び、ヒロシたちを囲んで村へと戻っていくのだった。
第18話 採掘場での戦い
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