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第十五話 辺境の村


 ガンバに蹴り飛ばされ、転がるようにポータルからヒロシが飛び出してきた直後、ポータルの向こう側から派手な爆音が響き、それと同時にポータルはかき消すように消滅してしまった。


「ガンバ! おいっ、冗談だろ!?」


 身を起こしたヒロシはポータルのあった場所へ手を伸ばすが、指先は虚空を掻くばかりであった。


「なんだよカッコつけて……お前、そんなんじゃなかっただろバカ野郎!」


 力の魔将ギリュウの隙を突き、身を挺して自分を救ってくれたガンバの姿はもう見えない。また大きな借りを作ってしまった自分の不甲斐なさにうなだれるヒロシだったが、ふと周囲の様子に目をやって思わず呟いた。


「ど、どこなんだここは……」


 そこは荒涼とした灰色の大地だった。今まで自分たちが居た工場らしき場所ではないが、ヒロシたちがやって来た王都東の草原ともまるで違う。空は重苦しい雲に覆われて薄暗く、周囲の地面はゴツゴツした岩肌が剥き出しになっていて植物がほとんど生えていない。しかも冷たい風が常に吹き続けていて、容赦なく体温を奪っていく。


「そうだ、みんなは無事なのか!?」


 脳裏によぎった嫌な考えを振り払うように振り向くと、硬い地面の上に横たわるヒナタとツキヨ、そして彼女たちの手当てをするメリアとヤクモ、そして皆を心配しているかのようにじっと見つめているゴーレムの姿があった。


「よかった、みんな揃ってた……ヒナタとツキヨの具合は?」


 ヒロシが仲間の元へ駆け寄ると、メリアはヒナタの、ヤクモはツキヨの手足などに食い込んだ破片を取り除いている所だった。ヤクモは手を止めて顔を上げ、ヒロシの方を見上げて言う。


「命に別状はありません。ただし今は立って歩くのも厳しいでしょう。応急措置が済んだらどこかで休ませないと」


 ヤクモは再び横たわるツキヨに顔を向け、彼女の足に刺さった鋭い破片に手を伸ばす。


「……痛みますが耐えてください。少しの辛抱です」


 ツキヨは半分だけ開いた目でヤクモの顔を見ながら、小さく頷く。ヤクモはが破片を掴んで素早く引き抜くと、ツキヨはわずかに歯を食いしばるような表情を浮かべたが、苦痛の声を発することはなかった。ヤクモは傷口を瓶に入った清潔な水で洗い、消毒作用のある薬を塗ったガーゼを傷口に当てると、慣れた手つきで包帯を巻いていく。同じように数ヶ所の破片を取り除いてツキヨの手当てを済ませると、まだ手当の終わっていないヒナタの処置を引き受け、メリアは手当ての済んだツキヨに回復魔法を施し始めた。


「……」


 ツキヨは相変わらず声を出さなかったが、魔法のおかげで痛みが和らいだのか、呼吸も落ち着いてきた。その後すぐに手当てが終わったヒナタは、メリアの回復魔法を受けながらヒロシの方へ顔を向けて口を開く。


「いてて、ちょっとドジったニャ……なあヒロシ、あのネズミ男はどうなったニャ?」

「ガンバは……こっちに来れなかった。あいつ、俺を助けようとして……」

「そっか……疑って悪いコトしたニャ」


 そう呟くと、ヒナタは静かに目を伏せる。態度や言葉には出さないが、まだ傷が堪えるのだろう。ヒロシもこれ以上の会話を続けることはせず、必死に手当てを続けてくれたメリアとヤクモを見る。


「二人ともありがとう。俺が怪我した時もそうだったけど、メリアとヤクモ先生がいてくれて本当に良かったよ」

「はい、あとはちゃんと休める場所があればいいんですけど、ここって……どこなんでしょうか」


 メリアは心配そうに周囲を見渡すが、それはヒロシもヤクモもまったく同じ気持ちであった。


「どう見ても王都東の草原じゃないよな。俺たちがこっちに来る直前、ポータル発生装置が故障して変な場所に飛ばされたってことかな」


 ヒロシが考えていると、ヤクモも周囲の風景を注意深く見つめながら言った。


「この景色を見るのは初めてですが、話に聞いたことのある地域と特徴が一致しています。大陸の南北を分かつ山脈、その北側に広がる魔王の勢力下は、荒れた岩肌の土地が多く寒冷な気候であると」

「いっ!? じゃあ俺たちは、まだ敵地にいるってことですか!?」

「おそらくは。ただし、この地方の住人全てが魔王軍に忠実というわけでもありません。基本的には魔王軍に侵略され、仕方なく従っている人々が大半と聞きます。人の少ない辺境ともなれば、魔王軍の影響も小さいはずです」

「そ、そうか……なら、少しは安心かな。とにかく人里を探さないと、俺たちも凍えて死にそうだ」


 ヒロシは吹き続ける冷たい風に身震いし、辺りを見渡す。周囲はどこも岩が転がる荒地ばかりだったが、傍らで地面に横たわっていたツキヨが耳と鼻をピクピクと動かした後、うっすらと目を開いて風上の方角を指した。


「この方角から……かすかに人の気配と匂いを感じます……軍隊のそれではない……」


 それだけ言うと、ツキヨは力なく手を下ろして再び黙り込んでしまう。その様子から見ても、本当は呼吸をするだけでも身体が痛むのを無理して喋ってくれたのはすぐに理解できた。


「他に当てもないし、今は彼女の言う通りにしてみよう。とにかく人のいる所へ行かなきゃ」


 ヒロシはゴーレムに命じてヒナタとツキヨの二人を抱え、両腕の上でそれぞれ座るような姿勢にして持ち上げる。楽な姿勢とは言えないかもしれないが、今はこれが二人を運ぶ一番の方法であった。ヒロシたちは荷物をまとめ、ツキヨが指した風上の方角へと歩き出した。およそ三十分ほど歩いた所で、ツキヨの言う通りに人が住んでいるであろう集落に辿り着いた。そこは質素な村で、木材と石で出来た家が立ち並んでおり、住人もこれといった武装はしておらず、部外者であるヒロシたちをジロジロと眺めはするものの、敵対的な行動をする者はいなかった。


「すみません、怪我人がいるんです。どこか休める場所を教えて欲しいんですが」


 ヒロシが近くにいた村人に声をかけて事情を説明すると、しばらく待つように言われた。ほどなくして村の奥から村長であるという老人が現れ、来客用の空き家を貸してもらえことになった。


「滅多に客など来ない辺鄙な村でしてな、ろくに宿などありませんのじゃ。この小屋でよければお使いなされ。とても良い宿とは言えんが、暖房とベッドはありますのでな」

「いえ、急な頼み事なのに良くしてもらって本当に助かります。これは宿代ということで」


 ヒロシはお金の入った袋を取り出し、数枚の貨幣を村長に手渡す。王都で同じ人数が数日は宿泊できる程度の金額であったが、村長はそれを見て目を丸くしていた。


「お前さん、こんなにもらっていいのかね? こりゃあ大金じゃないか」

「僕らが暮らしてる所での相場ですから。それに落ち着いて仲間の治療もしたいですし」

「そうか……わしらの村も貧しいのでな、金はありがたく受け取らせてもらおう。薬や食料、薪が足りなくなったらワシが用意させよう。ゆっくりお仲間の傷を癒すといい」

「親切にありがとうございます」


 ヒロシは礼を言い、急いでヒナタとツキヨをベッドへ寝かせると、暖房に火を入れて冷えた身体を温めた。それから三日後、治療の甲斐もあって負傷した二人は無事に回復し、特にヒナタの方は治りが早く、普通に歩き回れるまでになっていた。


「んー、だいぶイイ感じになってきたニャ。寝るのは好きだけど、動けないのは全然楽しくないニャ」


 暖炉の前に立って伸びをするヒナタに、シチューの入った鍋を持ってきたヒロシが声をかける。


「ヒナタはもう大丈夫そうかな。食事持って来たけど食べるか?」

「食べる―! ちょうど腹減ってたニャ!」


 ヒナタはテーブルに座ると、上機嫌にニコニコしながらシチューの皿を待つ。


「それにしても驚いたなぁ。魔法や薬のおかげもあるだろうけど、俺の時よりずっと治りが早いんじゃないか?」

「アタシらみたいないわゆる亜人は、ケガの治りが人間より早いんニャ。だからまー、大体が戦士とかに向いてたりするんだけどニャ」

「へえ、そうだったのか。身体能力も高いし、亜人って凄いんだな」

「そうだろそうだろー。もっとアタシを褒めろー、ニャハハ」


 そう話しているうちに、シチューを入れた皿がヒナタの前に置かれる。彼女は湯気の立つ皿に目を落としてから、ヒロシにスプーンを握った手を差し出した。


「アタシぃ、猫舌だから熱いのは苦手ニャ。だからフーフーしてて、ついでに食べさせて欲しいニャ」


 いつもの悪い癖が始まってしまったとヒロシは思ったが、下手に断って機嫌を損ねるのも良くない。どうしようかと思っていると、静かに表れたメリアがヒナタの隣の椅子に座り、ヒナタの手からスプーンを取って言う。


「まだ病み上がりですし、無理はいけませんよね。だから私が食べさせてあげます」

「あっ、メリアいつの間に……? いや、これはちょっとしたユーモアだニャ」

「私がフーフーしますから、口を開けてください」


 メリアは特に表情を変えるでもなく微笑んでいるが、対するヒナタはすっかり目が泳いでしまっている。メリアは熱いシチューをスプーンでゆっくりと掬い、何度か息を吹きかけて冷まし、ヒナタの口元へ持っていく。


「あの、メリア? アタシ本当に熱いのダメで、火傷しちゃうから許して欲しいニャ」

「別に私は怒ったりしてませんよ? さあ、じっとしててください」

「うう~っ!」


 ヒナタは目を見開いたまま口を開け、シチューの入ったスプーンを受け入れる。それが舌先に触れた瞬間、思わず目を閉じてしまったが、シチューはちょうどいい温度で、舌が熱いと感じる事もなかった。


「ん……熱くない。てか、普通にうまいニャ」

「そんな意地悪したりしませんから。それと、ヒロシ様をからかうのも程々にしてあげてくださいね」

「はーい、反省しますのニャ」


 ヒナタは安心したように肩の力を抜き、メリアから少し覚ましたシチューを食べさせてもらっている。色々と紙一重だった気がしなくもないが、メリアも段々とヒナタの扱いが慣れてきた様子であった。


「代わってもらって助かったよ。メリアの分のシチューも作ってあるから、後で一緒に食べよう」

「はい、ぜひご一緒させてください。私の代わりに料理をしてもらって、こちらこそお礼を言わなきゃいけないのに」

「なに言ってるんだ、メリアはずっと回復魔法を使ってくれてたのに、これ以上無理はさせられないだろ。このくらいは手が空いてる俺がやらないと、それこそ存在意義ってもんが……」


 つい苦笑してしまうヒロシだったが、仲間のために自分でもやれることがあるのは単純に嬉しい事だった。


「んじゃ、がんばったヒロシにもご褒美あげるニャ。ほれ、あーん」


 ヒナタはいままで口に付けていたスプーンで皿のシチューを掬い、ヒロシの方にぐいっと差し出す。その表情は懲りた様子のない、いつも通りの悪戯を仕掛ける時の笑みである。だが、その行動を先読みしていたのか、メリアはヒナタの手首を握って自分の方へ引き寄せると、スプーンを口の中に入れてしまった。


「あっ、なにすんのニャ!」


 空になったスプーンを口元から離し、メリアは笑顔を崩さずに言う。


「次はフーフーしない方がいいですか?」

「あっ冗談だニャ、やだなーもー! ていうかメリアがだんだんツキヨに似てきた気がするニャ!」


 その一言で自分たちと出会うまでのツキヨの気苦労も分かる気がしてきたが、深刻になり過ぎないヒナタの明るさに救われているのも事実であった。三人がそんな風に喋っている一方、ツキヨはまだベッドの上で大人しくしており、傍らに座るヤクモの診察を受けていた。ヤクモは新しい包帯を巻き終えると、見慣れた微笑みを浮かべて言った。


「経過は順調です。明日にはツキヨどのも普通に歩けるようになるでしょう。ヒナタどのよりは少々遅れはしますが、お二人の回復力は大したものです」


 ツキヨは自分の手に視線を落として握ったり開いたりを繰り返していたが、しばらくしてヤクモの顔を見た。


「色々と手間をかけさせてしまいました。感謝しますヤクモどの」

「礼には及びません。怪我人の治療は当然のこと、それが行動を共にする仲間であれば尚更のことです」

「……」


 ツキヨはしばらく黙っていたが、静かに目を伏せてから頭を下げてお辞儀をした。


「どうされました、ツキヨどの?」

「……すまなかったヤクモどの。本当のことを言うと、私は今まであなたの事を信じ切れずにいた。酔狂な目的で行動を共にしてはいるが、本当は別の狙いがあるのではと。だから日頃から、あなたの行動は秘かに監視していたのだ……どうか許して欲しい」


 頭を下げたまま詫びるツキヨに、ヤクモは彼女の手を取って言う。


「許すもなにも、ツキヨどのは間違っていませんよ。あなたの行動と判断は正しい。ですから顔を上げてください」


 意外な発言にツキヨが顔を上げると、ヤクモはいつも通りの笑顔のままで続けた。


「私には皆のような切実な理由はなく、言うなれば己の欲で行動している身。そのような人間を簡単に信頼してはならないのは、ごく当然のことでしょう。ヒロシどのを含め、他の皆さんは人を疑う事には向いていないようですから、ツキヨどののように慎重な判断をするのも大事なことです」


 ヤクモは冷静に自分の立ち位置を語り、それはツキヨが内心思い続けていた考えとまったく一致するものだった。だからこそ、ツキヨにはどうしても不満に思えてならないことがあるのだった。


「……やっぱり気に入りませんね、あなたは」

「おや、なにか気に障ることでも言ってしまいましたか」

「ヤクモどのはいつでも冷静で、その言葉や判断はいつも正しい。けれど人間はもっと感情に動かされたり、時には間違いをするものです。なのに、あなたは本当の顔を常に正しい理屈と笑顔で隠しているように見える。それが気に入らないと言っているのです」


 じっと鋭い目つきで自分を見るツキヨに、ヤクモは普段の貼り付けたような笑顔ではなく、本心から笑ってしまったような表情を浮かべた。


「はは、どうやらツキヨどのには隠し事は出来ないようですね」

「ヤクモどのが悪人でない事は私にも分かります。現にこうして私の治療も手厚くしてくれていますし、あなたの知恵や戦略の才能は疑いようもない。だから……もう少し私たちのことも信用して欲しい」


 じっと見据えてくるツキヨの視線から目を逸らさず、ヤクモは言った。


「もちろん、私は皆を信じていますとも。ただこのような性分ゆえ、よく言われるのですよ。お前の喋りは商売人より詐欺師のそれに聞こえると」


 珍しく困ったような顔をするヤクモを見た途端、ツキヨは思わず吹き出して笑ってしまう。


「ぷっ……ヤクモどのでも、そんな顔をすることがあるのですね。しかし詐欺師とは言い得て妙というか……ふふっ」

「おかげで商売を始めたばかりの頃は、薬を買ってもらうのに苦労しました。ただ効能を説明するだけでは、なかなか客の心を動かすことが出来なかった。だから同業者に商売のコツを尋ねたりしながら、色々試したわけです」

「もしや、普段から笑顔でいることが多いのもそのせいで?」

「ええ、この笑顔と少々大げさな宣伝のおかげで薬は売れるようになりましたが、今度は表情がなかなか元に戻らなくなりまして」


 日頃の貼り付けたような笑顔にそんな理由があったのかと、ツキヨは納得すると同時に再びつい笑ってしまっていた。


「ふふ……いや、失礼。ですが少し安心しました。ヤクモどのも色々苦労されたようで」

「もう少し愛想よく生まれ付いていればと、何度も思ったものです。しかし、つまらない話をお聞かせしてしまいました」


 ヤクモの話を聞いているうちに、少々張りつめていたツキヨの表情もいつしか柔らかいものへ変化していた。


「いえ、いい話が聞けました。またそのうち、色々と聞かせてくださいヤクモどの。背中を預ける仲間の事は、もっと知っておきたいので」

「このような話でよければ、いくらでも」


 打ち解けた雰囲気で言葉を交わす二人の様子を目ざとく見ていたのは、テーブルでシチューを食べさせてもらっていたヒナタだった。ヒナタは敏感にそれを感じ取って目を光らせると、席を立ってツキヨのベッドに近付いた。


「おんやぁ? なーんか二人してイイ感じに喋ってなかったかニャ? なーんかあやしーニャ―」


 ニヤニヤと笑うヒナタの頬をギュッとつねり、ツキヨは呆れ顔で言う。


「手当てをしてもらった礼を伝えていただけだ。それに言葉を交わせば理解が深まることもあるだろう」

「ギニャー!? 痛い痛い、ツキヨやめるニャ!」


 ツキヨがパッと指を離すと、ヒナタは頬をさすって涙目になりながらヤクモを見る。


「うぇーんヤクモー、ツキヨがいじめるー。なんかお薬出してニャ―」

「ふむ……肌の腫れにはこの軟膏が良いでしょう」


 ヤクモが薬箱から出した軟膏を頬に塗ってもらうと、ヒナタはむすっとした顔でツキヨに目を向けた。


「まったく、冗談なんだからもうちょい手加減するニャ。跡が残ったらツキヨにキズモノにされたって言いふらすからニャ!」

「……それだけ喋れるなら、本当に傷はもう大丈夫そうだな。だが、せめて今日は静かにしていてくれ」

「わーかってるニャ、怪我人の隣で騒いだりしねーニャ。あ、そうそうヤクモ、ひとつ聞きたいコトがあったのニャ」


 ふと思い出したように尋ねるヒナタに、ヤクモは顔を向ける。


「はい、どのような質問でしょう?」

「あのさー、例の転送装置とかいうの? ぶっ壊す時に、ヤクモはあのゲスいカチカチ野郎をブン投げたニャ。あれどうやってんのニャ? ヤクモの腕力じゃ、あんなデカブツ投げ飛ばせないはずニャ」

「ああ、そのことですか。あれは私の故郷に伝わる武術のひとつです。互いの重心を見極め、力ではなく技で相手を倒す。そういう戦いの技術が、私の生まれた東方には古くから伝わっているのです」

「へー、なんか面白いニャ。それってアタシにも使えんのニャ?」

「その気があるのなら、お伝えするのは構いませんよ。ただしこの技術はあくまで対人間用のもの。魔物には通じないこともあるのは覚えておいてください」

「オッケー、わかったニャ! んじゃ、後で技の稽古を付けてくれニャ。あの時みたいに武器が通じない奴が出てきたら、別の手が使えるようにしときたいのニャ」


 元気よく手を挙げて返事をするヒナタに、ヤクモは頷いて薬箱を片付け始める。そして彼が椅子から立とうとしたところで、ツキヨが呼び止めた。


「あの、ヤクモどの。ケガが癒えたら私にもその技を教えて欲しいのですが」


 ヤクモはいつものように口元に笑みを浮かべ、こくりと頷く。


「もちろんです。お二人は腕利きの戦士ですから、そう苦労せずに技のコツを得られるはず。ツキヨどのはもう少しだけ休んでいてください」


ヤクモは立ち上がり、ヒナタと一緒に小屋の外へ足を向ける。何をするのか気になったヒロシととメリアも、ツキヨの分の食事を用意してから外へ出た。小屋の外ではヒナタとヤクモが三メートルほどの距離を取って向かい合っており、互いに武器は持たず素手である。


「あれこれと理屈を説明するよりは、まず実際に体験する方が早いでしょう。ヒナタどの、どこからでも打ち込んでみてください」

「ヤクモ、そんなコト言っていいニャ? ケガしても知らんニャよ?」

「素手同士ならば問題ありません。遠慮せずにどうぞ」

「んじゃ行くニャよ!」


 ヒナタはぐっと身を屈めてから、全身のバネを使って飛び掛かるように踏み込みながらヤクモに右手を振り下ろす。武器のかぎ爪こそ付いていないが、普段の攻撃方法と変わらない動きである。ヒナタの爪がヤクモの顔面に届こうかというその瞬間、ヤクモは左手をヒナタの右手首に、右手を肘の内側に添えると同時に、右足を軸にして身体を後方に半回転させるような動きをした。それら全ての動作はほぼ同時かつ一瞬であり、ヒナタの身体は突進した勢いのままふわりと宙に浮き、空中に投げ出されていた。


「うにゃっ!?」


 宙を舞うヒナタは素早く身を屈め、両膝を抱えるようにして自ら回転を加えると、空中で体勢を立て直し着地する。


「ふー、ちょっと驚いたニャ。技の仕掛けは見えてたのに、全然踏ん張れなかったニャ」


 ヒナタが驚きの声を上げると、ヤクモはニコニコしながら両手を叩いている。


「さすがはヒナタどの、素晴らしい反射神経と身体能力です。互いの重心と力の流れを読むことによって相手を倒す、というのがこの技の重要な部分ですが、多少は理解できましたか?」


 それは様子を見守っていたヒロシやメリアにとっては、あまりにも一瞬すぎて何が起きたのかさっぱり分からなかったが、技を仕掛けられたヒナタは少し難しい表情をしている。


「うん、だいぶ珍しい戦法だニャ。アタシが見てきた限りだと、こんな技を使ってる連中なんて見たことないニャ」

「ええ、これは私の故郷、はるか東国に伝わる古い武術のひとつです。この技は力をほとんど必要としない代わりに、見えない重心や力の流れといったものを感じる感覚、そして正しい動きが必要となりますので、習得が少々難しくこの地方では広まっていませんね」

「うん、そんな感じがするニャ。でも使える手は増やしておきたいし、あのゲス野郎をぶっ飛ばすためにも覚えとくニャ」


 納得したヒナタは早速、技の仕掛けをヤクモから聞いて頷いている。その様子を並んで見ていたヒロシとメリアの方へ顔を向け、ヒナタが声を上げた。


「おーい、せっかくだし二人も技を体験しとくニャ。この技、どっちかっていうとおめーら向きだニャ」


 そういってヒナタがこいこいと手招きをするので、ヒロシとメリアが近付くとヒナタはにんまりと笑う。


「おっし、そんじゃいっちょ試してみるニャ。ヒロシ、ちょっとアタシを殴るフリしてみ? あ、フリだけでいいニャ、ほんとに殴ったらしばらくクチきいてやんねーからニャ」

「そ、そんなことしないって。えーと、こんな感じでいいのか?」


 ヒロシはヒナタと向き合い、スローな動きでパンチを繰り出す。その一瞬でヒナタは滑るように間合いへ踏み込み、ついさっきヤクモが自分にしてみせたのと同じように両手を身体を動かす。するとヒロシの身体はくるりと回転しながら宙を舞い、背中から地面に叩き付けられた。


「ぐほっ!?」


 予期せぬ衝撃に地面でヒロシは悶絶し、その様子を見てヒナタは大いに喜んでいた。


「おっしゃ、一発で成功したニャ! さすがアタシ!」

「これは素晴らしい。日頃から戦いに身を置いているおかげで、必要な動きや感覚はすでに身に付いていたようですね。普通は技の仕掛けを成功させるのに、何年もかかったりするものです」

「へへん、そーだろそーだろー。アタシは天才だからニャ。みんなもっとアタシを崇め奉って、貢いでくれていいニャよ?」


 ふふん、と鼻を鳴らすヒナタを見上げ、ヒロシは何度か咳込みながら身体をを起こす。


「いててて……結構ガツンと来たぞ今の……ごほっごほっ!」

「ヒロシ様、大丈夫ですか?」


 メリアは心配そうにヒロシの顔を覗き込み、手を差し伸べてヒロシが立ち上がるのを手伝う。ヒナタは起き上がったヒロシとメリアの手をそれぞれ掴み、ヒロシがメリアの右手首を掴む格好にさせる。


「せっかくだし、次はメリアもやってみるニャ。エロ親父とか変態が寄ってきた時にコレ使えると便利ニャよ」

「えっ? あ、はいっ」

「こんな感じで酔っぱらいがメリアに迫って来たとして……あ、ヒロシはメリアの手を引っ張り続けとくニャよ。さて、今は魔法をぶっ放せないメリアはどうするニャ!」


 なぜかクイズのようになって戸惑うメリアだったが、試しに引かれている腕を振り解こうとしてみると、彼女の腕力ではヒロシの手から逃れるのは難しそうであった。メリアは一度落ち着いて、ヤクモがしていた動作を思い浮かべてみる。すると不思議なことに、自分の腕やヒロシの身体に、ボンヤリとした薄い光のようなものが見え始めた。それは腕を掴まれている部分では強く光り、決まった方向に光が流れているように見えた。


(なんだろう、この光……?)


 メリアは不思議に思いつつ、もう一度掴まれた手を振り解こうと動かす。すると自分の身体の光とヒロシの身体の光がぶつかり、その状態ではビクともしないのだが、ある方向に自分の腕を動かそうとした時だけ、光のぶつかり合いが消える瞬間があり、スッと互いの力が抜けた状態になるのをメリアは敏感に感じ取った。


(これって……)


 その角度を慎重に確かめつつ、さっき見たヤクモの動きを真似てメリアは身体を動かしてみた。


「えいっ」


 すると力ずくでは動かせなかったヒロシの身体から抵抗が消え去り、あっと思った瞬間にはヒロシの身体がくるりと宙を舞っていた。


「ごっふ!?」


 さっきと同じように背中から地面に落ちたヒロシは、背中を仰け反らせながらその場で悶絶していた。


「おっ、おおおおっ……!」

「ご、ごめんなさいヒロシ様!」


 メリアは慌てて地面に倒れるヒロシに駆け寄るが、その光景を見ていたヒナタとヤクモは驚きの表情を浮かべていた。


「へえ、メリアなかなかやるニャー。実はけっこうデキるオンナだニャ」

「ええ、これは驚きました。彼女まで一度で技のコツを掴んでしまうとは……」


 ヤクモは悶えているヒロシの上体を起こし、背中に掌を叩くようにし当てると、ヒロシは再び咳き込みながらぜえぜえと呼吸を再開する。


「ごほっ、はあっ、はあっ……! 衝撃が芯に、芯に来る……ッ!」

「こういう時は受け身を取らないと危険ですよ。もしやヒロシどの、受け身も未経験ですか?」

「受け身なんて、高校の体育でやった柔道の時くらいで……ええと、つまり未経験ですハイ」

「そうでしたか、ふむ」


 ヤクモはしばらく考え込んでいたが、今度はメリアの方に視線を移して言う。


「それにしてもメリアどの、よく技のコツが掴めましたね。実に無駄のない、綺麗な動きでした。とても初めてとは思えません」


 ヤクモの問いに、メリアは自分が見た身体の不思議な光について説明すると、ヤクモはしきりに感心していた。


「なるほど。メリアどのは魔法が使えますから、魔力と同じように人の身体にある力の流れ……オーラのようなものを見ることが出来るのでしょう。これは素晴らしい才能ですよ」

「いえ、そんな……でも、上手に出来て良かったです」

「せっかくですし、皆でいざという時のために技の動きを練習しておきましょう。さあ、次はヒロシどのの番です」


 ヨロヨロと立ち上がったヒロシは、ヤクモに向けて同じように技を仕掛けてみるのだが、何度やっても上手く行かず、彼の姿勢を崩すことも出来なかった。


「ぜえ、ぜえ……俺だけ……俺だけなんの成果も得られませんでしたッ!」

「そう気を落とさずに。普通はこのように失敗を繰り返しながら覚えていくのものですよ。女性のお二人には、技を成功させるのに必要な基礎がすでにあった。それだけのことです。ついでにヒロシどのは、受け身の訓練も並行してやっておきましょうか。倒れた時に打ち所が悪いと、それだけで命取りになりますからね」

「うう……頑張ります」


 しょんぼりと肩を落としながら、ヒロシは力なく頷くしかなかった。それから全員で動きの確認などをしつつ、ヒロシは受け身の練習として地面をゴロゴロ転がり、たまに気分が悪くなってオエッとなったりしていた。翌日には動けるようになったツキヨも合流し、ちょっとしたリハビリも兼ねて全員で技の練習をし、ヒロシは相変わらず投げられたり地面を転がったり、回りすぎてオエッとなったりしながら数日を過ごすのだった。



第15話 辺境の村 おわり 

次の更新は金曜19時予定です

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