第十三話 王都襲撃
港町リンドへ無事に戻れたヒロシたちだったが、街は物々しい雰囲気であった。住人の姿はまばらで、至る所に武装した兵士が立っていたり、慌ただしく走ったりしている。以前にも王都で同じような光景を見た記憶が蘇り、ヒロシは嫌な予感がしていた。周囲の様子を見ていると、赤い羽根飾りの付いた鉄兜を被った、身分の高そうな兵士が近付いてきた。
「ヒロシどのと仲間の皆様ですね。街の代表より重大な相談がありますので、至急屋敷までご同行願いたい」
周囲の様子からしても、ここでノーとは言えない雰囲気である。次はどんな事件に巻き込まれるのだろうと思いつつ、ヒロシは兵士に従いリンド代表の屋敷へと向かった。そこは以前、四魔将の一人イレーナと遭遇した場所で、大きな門をくぐって敷地に足を踏み入れると、屋敷から慌て様子の老人が駆け寄ってきた。頭は禿げ上がり、白い眉毛とヒゲを生やした顔には深いシワが刻まれているが、身に付けている衣服は金細工があしらわれた上等なもので、身なりの豪華さならダレル王にも引けを取らない。老人は膝に手を置いて呼吸を整えると、焦った様子で顔を上げた。
「はあ、はあ、そなたらがヒロシどのとそのお仲間らか。以前は街を救ってもらったというのに、碌な礼も出来ず失礼した。わしはこの街の代表を務めるトリスタンじゃ。戻って早々ですまんが、実は大変なことが起こっておるのじゃ」
やっぱり、と心の中で呟くものの、ヒロシはそれをぐっと飲みこんで尋ねる。
「もしかして……魔王軍が攻めて来たとかですか?」
「おお! まさにその通りじゃ! 王都とリンドの間に広がる草原に突然魔王軍が現れ、王都を攻撃し始めたのだ。だが奇妙なことに、どこからどうやって魔王軍が出現したのか、その方法がまるで分らん。海路は我らの目が光っておるし、魔王軍の船団が来たという事実も報告されておらん。無論、北の砦を無視して王都の領内まで進軍できるはずもなく、奴らが陸路を進む姿を見た者もおらん。ただ本当に、突如としてその場に現れたとしか説明ができんのじゃ」
ヒロシたちはにわかに信じられない話を聞き、顔を見合わせる。
「いきなり軍勢が現れたって、魔法かなんかで送り込んできたとか?」
ヒロシが言うと、メリアが静かに首を振る。
「転移魔法というのは高度な術のひとつなんです。自分や誰か一人を別の場所へ送るだけでも多くの魔力を消耗しますから、軍隊ほどの人数を送り込むのはとても効率が悪く、普通じゃ考えられません。仮に魔王が転移の術を使えるとしても、軍隊規模の人数を転移させるというのは相当な魔力を失うことになりますし、よほどの理由が無ければやらないと思います」
自称大魔法使いタバサの元で学んできたメリアが言うのだから、転移魔法というのはそこまで万能では無いようである。その話に頷いて、ヤクモが続けた。
「メリアどのの言う通りでしょうね。もしそのようなことが可能であれば、北の砦を攻めるなどせず、最初から王都だけを直接狙えばいいわけですから。となると、今回の件には仕掛けがあると見るのが妥当です」
ヤクモの推測はもっともであり、否定する要素も特に思いつかない。この予想が正しければ、まずは魔王軍を送り込んできた仕掛けについて確かめる必要がありそうだ。
「うーん、軍隊を送り込めるような仕掛けか……なんにせよ、実際に連中の様子を探らないことには始まらないな」
ヒロシが言うと、港町リンドの長トリスタンは渡りに船とばかりにヒロシに迫る。
「おお、行ってくれるか! さすがは街を救った英雄じゃ! 今度も期待しておるぞ!」
「えっ、いやあの、まだ行くとは一言も……」
「いいや遠慮はいらんぞ! そなたらの手柄を横取りしようなどと、さもしい事は考えておらぬ! 十分に活躍し、今回もパパッと解決しちまってくれぃ!」
「いやあの……俺の話聞いてます?」
「っかー! 颯爽と現れて危機に陥った民を救っていく! これこそまさしく英雄の姿であるな! のう!?」
やたらと押しの強い爺さんである、とヒロシは思った。周囲にいる兵士たちも、口には出さないがヒロシたちに期待の眼差しを向けている。もはや断れそうもない雰囲気に、ヒロシは苦笑を浮かべるしかなかった。
「わ、分かりましたよ。俺たちくらいの人数なら、こっそり様子を見に行くのも向いてるだろうし。でも、正面から魔王の軍隊とやり合えとか言わないでくださいよ」
「うむ、さすがにそこまで無茶は言わん。魔王軍が出現したタネが分からぬ以上、下手に手を出して警戒されるのは避けたいのでな。敵の状況さえ把握できれば、機を見て奴らの背後から一気に攻め込んでくれるぞい」
さすがに貿易港の代表だけあり、トリスタンも駆け引きについては心得ているようだ。ともかく魔王軍の様子を偵察するのが、今回のヒロシたちの仕事と決まった。
「草原は身を隠す場所が少なく、ノコノコ出ていけばすぐに見つかってしまうじゃろう。そこで地形に詳しいガイドを雇っておいたから、上手く使ってやってくれぃ」
そう言って合図をすると、どこからか姿を現したのは見覚えのあるネズミ顔の小男であった。
「へっへっへ、久しぶりだなヒロシ」
「ガンバ! 久しぶりじゃないか、元気にしてたのか? 北の砦で戦った後、またすぐにどっか行っちゃっただろ」
「こう見えても俺は色々と忙しい身でな。そんなに俺様が恋しかったのか?」
「気色悪いこと言うなよ……でも、また会えてよかった」
「お前の噂はあちこちで耳にしてるんだぜ。最初はゴブリンにチビッてたのに、ずいぶん立派になったもんだな、ええ?」
「だーっ! 余計なことを言うんじゃないッ! そんなの忘れていいから! ていうか忘れろ今すぐッ!」
久しぶりなこともあり、ヒロシとガンバは男同士の軽口を交わしている。そんな様子を一歩後ろで眺めているヒナタの視線は、じっとガンバに向けられている。
「おめー、ガンバとか言ったニャ。北の砦でヤクモに雇われてたラット人だっけ」
ヒナタが言うと、ガンバは彼女に顔を向け、へつらうような笑みを浮かべる。
「おっと、勇敢な戦士サマに覚えてもらえるとは光栄で。あっしはガンバと申しやす。ヒロシとは同じ牢屋の飯を食った仲でしてね、へっへっへ」
「ヒロシが誰と友達でもそれは別にいいのニャ。ただ、時々アタシらの周りでチョロチョロしてるの、別の目的があったりしねーだろニャ」
ヒナタの口調は平坦だが、その視線は鋭く、じっと視界の正面にガンバの姿を捉え続けている。
「おっと、こいつぁ心外ですねえ。戦士サマは俺を疑ってらっしゃるんで?」
「……身に覚えでもあるんかニャ」
「へっへっへ、まさか。こう見えても俺ぁ友情に厚いってコトで通ってるんですぜ」
なぜか二人の間にはピリピリした空気が漂っている。その理由が分からず戸惑うヒロシだったが、ヒナタはふんっと鼻息を吐くと、鋭い目つきを緩ませた。
「まあいいニャ。道案内はしっかり頼むニャ」
「任せてくださいよ。料金分の仕事はしっかりやる主義なんでね」
そそくさと離れてトリスタンの方へなにやら話に行ったガンバを横目に、ヒロシは小声でヒナタに尋ねる。
「どうしたんだよヒナタ。あんな風に突っかかるなんて珍しいな」
「……あいつ、なーんか気にいらねーのニャ。見てるとムズムズしてくるっていうか」
「それはネコとネズミの、仲良くケンカしな的なアレでは……」
「そーゆーのじゃなくて。あいつが時々ヒロシの家の周りでコソコソしてたの、アタシは知ってるニャ」
「ああ、時々様子を見に来てるとか言ってたけど、それじゃないのか?」
「ヒロシは知らないだろうけど、アタシの村の言葉にこういうのがあるニャ。『ネズミは不吉の目』だって」
「不吉の目……また嫌な感じだなあ。でもガンバは俺を何度も助けてくれたんだ。悪い奴じゃないよ」
「だといいんだけどニャ。ま、変な動きしてたらアタシがとっちめてやるから、ヒロシは安心しろニャ」
ヒナタはニヤリと笑みを浮かべ、鋭い爪をアピールする。
「ま、まあ程々にな。やりすぎないでくれよ」
ヒロシが苦笑していると、ヒナタは普段通りの顔つきに戻り、ぐっと身体を近付けてきた。
「ところでさーヒロシ、メリアとばっかりイチャついてないで、たまにはアタシのことも構えニャ」
「お、おい、いきなりなにを……!?」
「美味しいゴハン食べに行くとかー、いい酒を貢いでくれるとかー、どっか遊びに行くとかー、そういうのがあってもいいんニャよ?」
ぐいぐいと身体を近付けてくるヒナタ。それは同時に彼女の立派な胸を押し付けられることにもなり、ヒロシは高速で視線を泳がせて狼狽える。
「あっ柔らか……じゃなくて、わかった、わかったから押し付けないで見られちゃうッ!」
「もしかしてアレかニャ? ヒロシは釣った魚に餌はやらねータイプなのニャ? いつからそんな上級者ぶってんのニャ? このロクデナシ―、ヒモー」
「いや違うっ! 断じてヒモとかじゃあないぞ俺はッ!」
「ニャハハ、じゃあまた今度、いい酒でも買ってきてくれニャ。ちゃんとツキヨのぶんも用意するんニャよ」
「わ、わかったっ、わかりました! お願いこれ以上は誤解されちゃうぅぅぅ!」
カチコチに硬直するヒロシの姿を見て笑いつつ、ヒナタは肩をポンポンと叩いて身体を離す。
「んじゃ、ヒロシの貢ぎ物を楽しみに頑張るとするニャ。誰かさんの視線が怖いから、また今度ニャー」
笑顔でスッと離れていくヒナタと入れ替わるように、ふと見るとメリアがこっちを青ざめた顔で凝視している。
「ヒロシ様……?」
「ああああっ!? ち、違うんだこれはッ! やましいことは別に……!」
「柔らかかったんですか?」
「そう……あれはまったりとしてもっちりとして、それでいてしつこくなく適度な弾力が……って、はっ!?」
「……ヒロシ様って、やっぱりえっちなんですね」
「ごふうっ!?」
ボディブローを受けて突き出たアゴに見事なアッパーカットをもらったように、ヒロシはその場で仰け反った。メリアは頬を膨らませてムッとしており、言い訳御無用の状況である。
「……私は甘いものがいいです」
「ほえっ?」
「王都の商業区においしいケーキとプリンのお店がありますから」
「わかった、買う! ケーキとプリン買ってきます! それでみんなで食べようねっ、わははは!」
「……もうっ」
どうにかメリアの機嫌を取ってなだめている間に、出発の準備が整ったようである。気を取り直し、ヒロシはガンバの案内に従い魔王軍が出現した草原へと向かうのだった。
途中まで馬車で街道を移動し、途中から一行は馬車を降りて草原の中を突っ切るようにして移動していた。草原といっても一様になだらかな地形というわけではなく、所々に小高い丘や窪みがあり、地面から岩が剥き出しになっているような所もある。ガンバはそうした地形の物陰を選び、平地と変わらない足取りで進んでいく。そうして一時間ほど歩いたところで、最初に声を上げたのはヒナタだった。
「あーもー、いつまで歩かせるんニャ。疲れたニャ」
ヒナタは不機嫌そうに言い、先頭を行くガンバの後頭部に恨みがましい視線を送る。ガンバはちらりと背後を見てから、相変わらず低い姿勢で周囲への警戒を怠らずに言う。
「まーまー、敵に見つからないように進むにはこれしかないんですよ。もう少しの辛抱ですぜ」
「アタシは歩くのがキライなんニャ! 出来る事なら一日中、あったかい部屋でダラダラゴロゴロして遊んでいたいのニャ!」
彼女はなぜこれで強いんだろう、とその場の誰もが思った。そんな事をしているうちにヒロシたちは小高い丘を登り、頂上付近でガンバが身を屈めて姿勢を低くしろと言った。その言葉に従い、うつ伏せになって丘の向こうを覗いてみると、草原の中に黒い軍勢がいるのが見えた。武装しているのは黒い肌に屈強な体格をしたオークの兵士である。
「やっぱり魔王軍だ……本当にこんな場所まで来てたんだな」
北の砦での戦いを思い出し、ヒロシは息を呑む。今まさに攻め込もうという軍勢の姿を目の当たりにするのは、やはり気分の良いものではない。その数は見える範囲で千人くらいだが、その一部は部隊を作ると王都のある方角へ向かって進行していく。オークたちは馬の代わりに二足歩行する巨大なトカゲのような生き物に乗っており、その速度は馬に全く引けを取らないものである。
「これだけ目立つ連中が、誰にも気付かれずにいきなり現れるなんてやっぱり不自然だ。どうやってここへ来たのか確かめないと」
ヒロシがじっと魔王軍の様子を注視していると、突然なにも無い空間に白い円形の雲のようなものが現れた。遠目からでは正確な大きさは分からないが、ざっと見ても直径五メートルほど、地面に対して垂直に立ち、例えるなら巨大な円盤か鏡に似た形の雲がそこに出現したといった様子である。そして白い表面が波立つように動いたかと思うと、そこから数十人ほどの武装したオークたちがぞろぞろと歩いて出てきた。雲の後ろには当然なにも無く、後ろから通り過ぎたわけではない。
「あの白いのからオークたちが出てきたニャ。これって転移術ってヤツじゃねーのかニャ?」
「私には魔法かどうかの判断は出来ないが、尋常な手段ではないのは確かだろう。一度にこんな数を送り込んでくるなんて、普通では考えられない」
揃って様子を見ていたヒナタとツキヨも、驚きを隠せない様子である。それはメリアやヤクモも同様であり、白い雲のようなものから出てくるオークの軍勢をじっと見つめていた。
「やっぱり、普通の魔法じゃ考えられないと思います。あんなに大きな転移術を展開し続けるなんて、普通の人間や、魔物であっても魔力が持ちません。一度でもこんな術を使ったら、命を失うくらいに消耗するはずです。それをこんなにたくさんの軍隊を送り込めるくらい続けるなんて、一体どうやって……」
魔力の流れを敏感に感じ取れるメリアが言う以上、普通の魔法とは違う方法なのだろう。ヤクモはオークの数や装備などを事細かに書き記しており、やはりこの状況が以上であることに異論は無い様子である。
「しかしまずいですね。この調子でオーク兵たちを送り続けられたら、王都はどんどん不利になるでしょう。それに連中が出現してくるあの白い雲のような物も、周囲の状況を見るに、この場所だけ出現するとも限らない。おそらく地形的にこの場所が都合が良かったから選んだだけ、といった所でしょうか」
ヤクモの言葉に、ツキヨが耳を立てて顔を向ける。
「それでは、その気になれば連中は、出現場所も自由に変えられると?」
「ええ、さすがに街の中へ直接オークを送り込むといった真似は出来ないようですが」
「そうなると危険ですね……連中にこちらの行動を察知されてしまうと、リンド兵による後方からの奇襲も効果がないどころか、逆に追い詰められる危険が生じます。まずあの転移術とやらをどうにかしなければ」
ヤクモとツキヨが話し込んでいる間も、ヒロシはじっと白い雲のような物を観察していた。それ自体は初めて見るのだが、ヒロシはどこかでこれに似たなにかを見た覚えがあり、それを記憶の底から掘り起こしていた。
「……ポータル。そうだ、ポータルだこれ」
ひとり呟くヒロシの言葉に、仲間たちの視線が集まる。
「どこかで見たことがあると思ったら、あれはポータルだ。といっても映画とかゲームでしか見たことないけど……」
聞き慣れない言葉に全員が不思議そうな顔をしたが、ヒロシの隣にいたメリアが尋ねた。
「ヒロシ様、ポータルとはなんでしょうか?」
「ああ、えっと……ポータルってのはメリアが言う転移術に似てて、人を一瞬で別の場所に移動させられるんだ。ただ、それは魔法じゃなくて機械が発生させてるものなんだけど」
「機械……ですか?」
「ああ。機械ってのはこう、複雑な仕組みと電気で動くもので……そう、ちょうどゴーレムみたいな感じの物だよ」
珍しく正しい例えが出来たとヒロシは思ったが、すぐに嫌な事実に気付いて表情が引きつってしまう。
「ということは、魔王軍はポータル発生装置を手に入れたってことだよな……それも軍隊を送り込めるくらい規模の大きな奴を。だとしたら大変だぞ……!」
推測が正しければ、ポータルを発生させている機械が健在である限り、魔王軍はどこでも自在に兵を送り込めるという事になる。今回のような事態が常態化してしまえば、魔王軍の攻勢に王都はとても耐えられないだろう。当然、ヒロシたちのマイホームも戦渦に巻き込まれ、住む場所を失ってしまう事になる。
「あああ、まずいまずい。どうしようヤクモ先生、なにかいい知恵はないですか!?」
ヤクモはヒロシの言葉を本に書き込み、しばし考えてから口を開く。
「ヒロシどのの言葉が事実だったとした場合、考えられる対策はひとつ。そのポータル発生装置とやらを破壊するしかありません」
「えっ……破壊するったって、一体どうやって?」
「もちろん、奴らのポータルを利用するのです。魔王軍の本拠地からオーク兵がこちらへ出て来られるなら、こっちから向こうへ乗り込むことも可能なはず。そして膨大なエネルギーを消費するものである以上、ポータルの入口側は発生装置の近くに固定されていると考えるのが自然です。ならば、奇襲を仕掛けてポータル発生装置を破壊できる可能性は十分にあるでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。奇襲を仕掛けるって言ったって、敵の本拠地ですよ!?」
「だからこそ、です。彼らの性質から考えても、襲撃に怯えて警備を強化しているとは考えにくい。それに連中も我々が本拠地に奇襲を仕掛けてくるなど、本気で想定などしていないでしょう。つまり、付け入る隙はあるということです」
「いや、しかし……向こうにどんな相手が待ち構えているか分からないのに。それこそ四魔将の誰かが居たりしたら……」
「ええ、ですので奇襲攻撃は速さが命となります。敵地へ乗り込んだら速やかに装置を破壊し脱出する。無駄な戦いをせず、目的の遂行だけを第一に考えるのです。敵軍の中心で、まともに戦おうなどと考えてはいけません」
「ええと……それって、やっぱり俺たちがやらなきゃダメかなあ……?」
すっかり青ざめて引きつった表情でヒロシは言うが、ヤクモは真剣な表情を崩さない。
「この人数、そして今だからこそ敵の裏を掻くことが出来るのです。魔王軍に我々の狙いを感付かれてしまったら、ポータル発生装置を破壊するのは二度と不可能となるでしょう」
「うう、やっぱり……」
がっくりと草むらに突っ伏すヒロシだったが、しばらくして観念したように顔を上げる。
「でも、仮にポータル発生装置の破壊に成功したとして、帰りはどうするつもりなんです?」
「それは我々もポータルを利用させてもらえばいいでしょう。装置を破壊し、ポータルが消滅する前にくぐり抜けて脱出する。シンプルですがそれが一番の方法かと。当然、無事に帰れるかどうかは賭けになりますが」
「うう、不安だなあ……想定通りに行かなかったらと思うと……」
思わず身震いしてしまうヒロシだったが、ふとあることを思い出す。
「あ、そうだ。ポータル発生装置とか、どう考えてもゴーレムと同じ古代の機械だよな。もしかしてゴーレムも、ポータル発生装置の事を知ってるんじゃないか?」
ヒロシは後方でうつ伏せになっているゴーレムに顔を向ける。相変わらず目が光っている以外は感情らしいものは読み取れないが。
「なあゴーレム、ポータル発生装置って知ってるか?」
「むっ」
ゴーレムは返事をするように音声を発する。返事のタイミングや音声の調子からして、どうやら肯定している様子である。
「確かこの前、女神様が古代装置へのアクセス権を与えたとか言ってたし、もしかして操作出来そう?」
「むっ」
やはりゴーレムの返事は肯定していると思われ、目をチカチカと小刻みに点滅させている。データをロードしているパソコンのランプみたいだなとヒロシは思った。
「よし、じゃあポータル発生装置に辿り着いたら、ゴーレムは自爆とか暴走とか、とにかく指令を出して装置を二度と使えないようにしちゃってくれ。頼めるかい?」
「むっ!」
やはりゴーレムの音声は変わらないが、どこか「任されよ」と言っているような雰囲気である。
「やっぱり機械には機械が一番だよな。じゃあポータルに飛び込んだらゴーレムが装置を見つけて壊すから、俺たちは邪魔されないように守る。みんな、作戦はこれでいいかな?」
ヒロシが全員に尋ねると、否定の声は上がらなかった。死地に飛び込む覚悟は、決まったようである。
「よ、よし……まったく気は進まないけど、この作戦で行こう。みんな、くれぐれも気を付けてくれよ」
ヒロシの言葉に、わずかだが緊張した空気が和らいだ。その状況をじっと見ていたガンバは、口の端を持ち上げて言った。
「へっ、あのヒロシがずいぶん偉くなったもんだ。じゃあ俺も、ちょっとばかし手伝いをしてやるぜ。あのポータルとやらを利用するにしても、連中の気を引いて遠ざけねえとな」
ガンバが指を鳴らすと、今までどこに隠れていたのか、彼と同じラット人の仲間らしき連中が茂みから姿を現した。ガンバが手先でサインを送ると、仲間のラット人たちは魔王軍の方向へと静かに近付いていく。
「仲間がちょっとした騒ぎを起こすからよ、俺たちゃその隙にポータルってヤツに突っ込むぞ。準備はいいな!」
ガンバがくいっと手を曲げて合図をすると、オークたちの近くにある茂みから白い煙が立ち上り始める。それも一ヶ所ではなく複数の場所から煙が立ち上り、オークたちを煙に包んでいく。急に視界を奪われたオークたちは騒ぎ始め、辺りはにわかに騒然となった。
「こっちは風下、しかも高い位置だ、連中の位置もよく見えるし、今なら気付かれずにポータルへ近付けるぜ」
あらかじめそこまで計算していたガンバの抜け目のなさに驚いたものの、ヒロシは覚悟を決めて立ち上がり、身を屈めながらオークたちの集団がいる方角へ進んでいく。狙い通りオークたちは煙に巻かれて周囲に気が回らず、ヒロシたちの接近に気付いていない。その隙に彼らの脇を通り抜け、ヒロシたちは宙に浮かぶ巨大な雲のような円――ポータルの前へと辿り着く。
「うう、嫌すぎるけどみんな行くぞ! ゴーレムを守って装置を壊したら、すぐに脱出するんだ。みんな怪我したりやられないでくれよ!」
ヒロシはそう言いながら、祈るような気持ちでポータルへ顔を向ける。やはり敵の本拠地であろう場所へ乗り込むのは、どうしても尻込みしてしまう。その横をするりと通り抜けざま、ヒロシの肩にポンと手を置いてヒナタが前に出た。
「おっと、最初はアタシが行くニャ。みんなすぐに来るんニャよ!」
ヒナタは躊躇せずに白いポータルへと飛び込み、姿が見えなくなってしまう続いてツキヨも槍を手に飛び込み、さらに続いてヤクモも飛び込んでいく。次々に仲間が先行して焦るヒロシの背中を押すように、メリアがポータルの前に立って言う。
「行きましょうヒロシ様。私たちのお家を守るためです」
さすがにこれ以上モタモタしても居られないと、ヒロシも仕方なくだが覚悟を決める。
「よし、こうなったらヤケクソだ! 頼むぞみんな!」
ヒロシが一気にポータルへ飛び込むと、それに続いてメリア、ゴーレム、最後に周囲を見張っていたガンバもポータルへと飛び込んだ。騒然とする現場で、ヒロシたちがこっそりポータルへ入り込んだことに気付いたオーク兵は誰も居なかった。
ポータルを通り抜けた先は、巨大な工廠のような施設の中だった。薄暗い建物の中は無数の照明と、物々しい配管や太いケーブルが蜘蛛の巣のように走り、ヒロシたちの目の前には高さ五メートルほどもある、角が無く滑らかな楕円形の巨石がそびえ立っていた。周囲の配管やケーブルは全てがこの巨石の基部と繋がっており、巨石の表面には青く光る奇妙な文字が浮かんでは消えていく。
「こ、これが……ポータル発生装置……?」
巨石を見上げて思わず呟いてしまったが、ヒロシはすぐ我に返って周囲を見回す。幸いにもオークの兵士は見当たらず、丁度入れ違いに全て出て行ったタイミングだったようだ。
「と、ともかく今のうちに装置をやっちゃおう。ゴーレム頼むぞ!」
と、ヒロシが指示を出したその時だった。
「おいおい、なんだテメーらは。どこから入ってきやがった、あ?」
周囲に響く、ガラの悪い口調の言葉が背後から聞こえてヒロシたちは素早く振り向いて身構えた。声の主は薄暗い工廠の奥から重い足音を響かせながら、ゆっくりと姿を現わす。それは重厚な鉄の鎧を身に付け、襟に毛皮をあしらった赤いマントを羽織った、身長二メートルをゆうに超える背丈の大男であった。大男の肉体は常人の倍以上に分厚く、自分の身体よりも巨大なハンマーを軽々と肩に担ぎ上げている。鎧に覆われていない腕や足の一部から見える筋肉は、異様なほど発達して岩のように盛り上がっている。頭には角飾りの付いた兜を着け、金色にギラつく恐ろしげな目つきでヒロシたちを見下ろしていた。
「奴隷どもじゃねえなお前ら、見覚えがねえ。てことはポータルを逆に通ってこっちに来やがったのか。あのオークども、力がちょっとばかし強いだけでアタマは悪いからなぁ。こんな奴らをのうのうと素通りさせるなんざ、ったく使えねえ」
ズシン、ズシンと床を揺らしながら、大男は忌々しそうに吐き捨てる。
「人ん家に勝手に上がり込む害虫はよー、ブチッと潰すのが普通だろ。テメーらだってそうするだろ、なあ?」
大男は巨大なハンマーを片手で突き出し、冷徹な視線を向けてくる。
「だ、誰だお前は!?」
苦し紛れにヒロシが言うと、大男は瞬時に悪鬼のような表情となり叫んだ。
「図に乗ってんじゃねえぞゴミクズどもが! 俺の許可なく喋ってんじゃねえッ!」
鼓膜が破れそうなほどの怒声に、ヒロシたちは思わず耳を塞いでしまう程であった。
「質問してんのはこっちなんだよコソ泥。なにしに来たのか痛めつけて吐かせようかと思ったけどよぉ、ムカついたわ。テメーら全員この場で潰し殺す。この力の魔将ギリュウ様がな!」
予想はしていたが、しかし最悪の展開となってしまった。力の魔将と名乗った大男から発せられる重圧は口先だけのそれではない。猛烈に嫌な予感に襲われながら、ヒロシは止まらない足の震えを必死にこらえていた。
第13話 王都襲撃 おわり
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