4.パックツアーでお遊戯発表会を見せられた話
スケジュール表にはバスって書いてあったのに、またしても狭いオンボロ車でアグラからデリーへ移動した我々はざっとオールドデリーの観光を済ませた後、ホテルへ向かったガイドに
「インド舞踊は何時頃から観に行くんですか?」と訊いた。
何の事だという表情をしたガイドに重ねて
「タンドリーチキンも食べられるんですよね?」と尋ねる。
行程表ではその日の昼食はホテルでタンドリーチキンとなっていたのだが、実際には移動中立ち寄ったドライブイン(それも、物欲しそうな顔で我々の食事をチラ見し続けていた痩せた子供が、素手で土と一緒にこね回した牛糞を壁に塗る補修作業をしているすぐ傍)で食べさせられた正体のわからない野菜の唐揚げだったので、きっと夕食に出るんだ、なんて話していたのだ。
が、ガイドはそんな話は聞いていない、と言う。
「ええっ、じゃあ、サリーの着付け教室は?」
行程表を突きつけて、詰め寄る我々にガイドはなんとかする、と答えた。
大体今回のツアーは全観光付のはずなのに、2日程ガイドが代わったかと思うと別れ際にガイド料を請求されたり、飛行機のキャンセル待ちをさせられたり(何時間も空港で待たされたあげく、陸路をとらされていたらと思うとぞっとする。その前夜、私と妹の部屋の隣にはもっと大人数の団体の添乗員が泊まっていたらしく、飛行機がとれなかったら、半分は列車で移動させるとかなんとか電話で手配しまくる声が響いてきて眠れなかった。ガイドがいれば部屋を換えてくれと言いに行くところだが、行程中ガイドは別の宿を取っていた)
もっと、細かい事あれこれ、ロクな事がなかったのだ。
さて、夕方ガイドが迎えに来て連れて行かれた先はなんとYMCA。古びて薄汚れたその建物の中に入ると小規模な学校の講堂のような小さな舞台があり、いい加減に木の椅子を並べたその場所にパラパラと人が集まり始める。
幕があがり、音楽と共に踊り手達が現れた。確かに普段なかなか目に出来ないインド舞踊なのだが、どうも動きがぎこちない。ダンス学校の初級生徒の発表会という感じだ。
固い椅子のせいでお尻が痛くなり始めた頃、舞台ははね、デリーでも有名だというレストランへ。
店の雰囲気こそ、今までの田舎のあばら屋的ドライブインとは違ったが、日本人の口に合わなかっただけなのか、とても「おいしい」とは言い難い食事を済ませ、デザートのアイスクリームに……
これが、また強烈!
どう説明すればいいのだろう?
多分、香辛料が独特っていうか……うーん、私は一口食べて気分が悪くなってしまった。
結局、サリーの着付け教室は、なし。
いい加減にしてよ!
と、わめきたい気分だった。
1989年2月17日の出来事。
次回は「帰国便に乗れず、深夜の空港に妹と二人きりで放置された話」です。




