1.パックツアーなのに未明から空港でキャンセル待ちの列に並ばされた話
一九八九年二月十三日。午前二時頃だったように思う。ボンベイのタージマハールインターコンチネンタルホテルの客室で眠っていた私と妹は現地ガイドに起こされた。空港に移動するから急げと言う。
予定では六時二十分発の飛行機でボンベイに移動する事になっている。いくらなんでも早すぎないか? それに、こんな時刻に起こされるなんて聞いていなかった。
寝ぼけ眼を擦りながら用意された車で空港へ。そこで初めてキャンセル待ちをするからカウンターに並べと指示される。
はあ? キャンセル待ちっ! キャンセル出なかったらどうするの?
え? 飛行機の席がとれなかったら車で移動する? ボンベイから今日の目的地のオーランガバードまで直線でも三百キロくらいあるよね? 道路事情はわからないけれど、車で移動したら何時間かかるの? 今日の観光予定はどうなるの?
このままギリギリまで空港にいてから車に乗るより、いっそ今から車で移動した方がいいんじゃないの?
え、ちょっと、おい……。
インドとはいえ、この時期この時間帯は肌寒い。こんな時間帯にうろうろさせられるとは思っていなかったので防寒対策はしていなかった。空港の建物はボロくて外と変わらない温度。
紅茶どころか水の一杯も提供される事なく待たされる。こんな所で放置せず、ガイドが手続きしてホテルで寝かせておいてくれればいいのにと思ったけど、キャンセル待ちの順番を早くする為には搭乗者本人が空港で待機している必要があるらしい。
全員分のキャンセルが出たという事でとりあえず安堵。
搭乗手続きをして、滑走路に出ると飛行機までそこそこの距離をテクテクと歩いていく。
小さなプロペラ機。席に着いて足元を見ると床に隙間が……。しかも、ドアもきちんと閉まらないらしく、ドアハンドルに巻いたロープを使って固定してるぞ! ひえぇっ!
飛んでいる飛行機の床の隙間から地上を見る、という得難い(?)経験の後、オーランガバードに到着しました。
1995年にボンベイはムンバイに名称変更されましたが、旅行当時の名称で表記しています。
空港も今は近代的なビルが建っているようですね。
この時のツアー名は「古代美術の旅 エローラ・アジャンタの遺跡とタージ・マハール9」1989年2月11日発。
参加者は私と妹、別々に申し込みされた男女それぞれ一名。
一泊目のホテルに着くなり、他人の男女に用意されていたのがダブルルームひとつだったところからトラブルは始まっていました。最後の最後まで予定通りにいかないんですよ。あれこれと。




