溺愛シリーズ・ある日の休日
久しぶりの溺愛シリーズです。
三城の仕事が落ち着いたある日の日曜日。
「恭一、11時に出発するから用意をしておけ」
広々としたリビングルームの真ん中に鎮座するソファーセットで、悠然とスマートフォンを眺めていた三城は顔を上げるとキッチンに立つ恭一へ声を掛けた。
この部屋は三城名義の持ち家であり、タワーマンションの上層階に位置する。ワンフロアに一部屋だけという広大な造りで、今三城達が居るLDKだけでも50帖はあった。ソファーセットからキッチンへ話し掛けるには声を張り上げなければならない。
「え?何?春海さん」
コーヒーカップを二つ手に持った恭一が丁度キッチンから顔を覗かせた。
白と黒を基調としたシンプル且つデザイン性に富んだLDKは大抵が三城の好みを再現しているが、キッチンだけは恭一が好きにしていた。キッチンに立つのは大抵が恭一であり、三城は冷蔵庫を開ける程度しか行わない為だ。
今も恭一が自身と三城の二人分のコーヒーを淹れていた所であった。
「11時に出発するから準備をしろと言った」
「え?出かけるの?分かった準備するよ。あ、でも、何処に?」
恭一は三城の元まで行くと、ガラス天板のセンターテーブルにコーヒーカップを二つ置いた。そして当然とばかりに、十分な人数が座れるソファーセットでありながら三城と密着するようにそこへ腰を下ろした。
「この前伝えただろ。特別展示をしている美術館に行くと」
「え?そうだっけ?」
三城の腕も又は、当然そうするべきかのように恭一の腰へ回され、自身の方へと引き寄せる。しかし恭一も慣れたもので、腰を掴まれながらも中腰となりセンターテーブルの隅に置いていた手帳を手に取った。
「えーっと…あれ?やっぱり今日の予定は何も書いてないけど?」
「書き忘れたのではないか?」
「そんな筈は…予定が入ったらすぐ書くようにしてるんだけど…」
困ったような不安なような。眉を下げて三城を見上げる恭一は、それでも尚美しかった。
決して女性的というわけではなく、男で美人とはこのような容姿を言うのだろう、と多くの人が思ってならない面立ちだ。大きく優しい目元、柔らかいラインを描く眉、スッと筋が入り小さい鼻、柔らかみのある唇。真っ直ぐな黒髪は手入れが行き届いてると伝えるかのように艶やかだ。
「今回に限って書き忘れたのではないか?」
「そうかも知れないけど…でも…」
「なんだ?はっきり言え」
口籠る恭一に、三城は鋭く告げる。少し苛立った雰囲気を漂わせる様子は、威圧的で慣れて居なければ萎縮をしてしまうだろう。
それはただ恐ろしいからではなく、三城の整った容姿が威圧感に拍車を掛けるのかも知れない。
華奢な体躯の恭一とは異なり、男らしいガッシリとした骨格。そして引き締まった肉体。輪郭も又同じように男性的で整っている。目鼻口のバランスは計算されたかのようで、切れ長で鋭い目元も、少し釣り上がった眉も、薄い唇を持つ口元も、どれをとっても容姿端麗だと言えた。
そのような三城に臆する事なく、恭一は言いにくそうに口を開いた。
「えっと…、あのさ。…ここ暫く、僕達まともに会話してないよ?」
「は?何を言っている。同じ家に住んでいてそのような事…」
「だって春海さん凄く遅く帰って来る事が多くて、僕は学校が早いから先に寝ちゃってさ。起きてたとしても春海さんは直ぐシャワーに行って、それからベッドに直行、エッチして寝るパターンだったじゃん?」
「それは…」
恭一は高校の数学教師だ。外資系企業勤めの三城と比べれば圧倒的に朝は早かった。
「…確かに…そう言われれば…」
言ったつもりで言っていなかったかも知れない。記憶力には自信がある三城が振り返ってみると「絶対に伝えた」と言い切れなくなった。
「ハァ…すまない、言ったつもりになっただけかも知れん」
「大丈夫。いきなりでびっくりしただけで特に用事もないから出かけられるよ」
「俺としたことが…こんなイージーミスをするなど」
「最近凄く忙しそうだったし仕方ないよ」
三城は外資系総合商社の日本支社副支社長であり、海外営業部部長をも兼任している。その為常に忙しくしているが、ここ最近の多忙ぶりは尋常ではなかった。
だからこそ、自宅で恭一と会うとタガが外れたようにその身体を求めてしまう。日々の報告や雑談などする間などなく、疲れを癒すかのように何度も抱いていた。
「話をする間は確かになかったな…」
ようやく様々な物事が落ち着き、一息がつける状態になったのはつい昨日の事だ。
仕事からの開放感で昨晩も恭一を激しく渇望したのだと、妙にリアルに思い出した。
「でも大丈夫だから!予定ないから出かけられるし、今日は沢山話そう?僕も春海さんに話したい事が沢山あるんだ!」
あまりミスをしない三城にとってこのような単純なミスは受け入れ難い。もしもこれが仕事関係であればと思うとゾッとする。
もっともそうと考える一方で、これは恭一に対してだからこそであるとも確信があった。
誰よりも愛している最愛の存在。何物にも変えられない宝物。
その恭一の前でだからこそ気が抜けてしまっていたのだろう。
「あぁ、今日は沢山恭一の話を聞かせろ。そうだ、ランチに行き美術館に行き買い物にも行くぞ。一日俺とだけいろ」
コーヒーカップを手にしていた恭一に構う事なく、三城は彼を自身の胸に引き寄せるように抱きしめた。
「わっちょ、春海さん!コーヒー溢れる!」
なんとか腕を伸ばし恭一はテーブルにコーヒーカップを置いた。
「家に居ても、外出しても、僕は春海さん以外見てないよ」
口元に笑みを浮かべ、恭一は三城を抱き返す。
「やはり恭一は落ち着くな」
予定を伝え忘れる程に。自信家で完璧主義な三城がミスを誘発させる程度に。
三城にとって恭一は癒しであり救いであり、特別な存在。
それを改めて噛み締めながら、三城は暫く恭一を離しはしなかった。
[完]
リクエストあれば是非!




