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アヤカシ太夫♂とイロオトコ  作者: 駿馬
襖幽霊(フスマユウレイ)
5/10

襖幽霊(フスマユウレイ) ─四、

日常變ワラヌ遊郭街

何モ變ワラヌ今宵モフタリ

ノ界見下ロシ笑ヒアフ

 


 翌朝。


「……の幽霊はな……ずぅっとあの男を……」


 遠く微睡みの向こう側より、心地の良い男の声。

 嗚呼、何と良い子守歌……思い掛けるも、しかし幽霊が如何のと言う言葉にてぞっと鳥肌が全身を襲い、暗い目前をヒュルと白いものが横切り。

 思わず瞼を開いた時、その目と鼻の先に……真っ白な、幽霊。


「うわあァ!!」


 悲鳴と共に飛び起きた源三郎の頭が、目前のそれとゴツンとぶつかり、星が散った。堪らず額を押さえ布団へ転がる源三郎、同じく痛そうに頭をさするは、漸く見慣れてきたし乃雪であった。


「……何じゃ源の字、跳び起きるなよ!」

「おッお前が悪いんだろう!耳元で幽霊が如何のと、」

「聞きたいと申しておった故、話しておったまでじゃ。如何じゃ、幽霊の夢を見られたかえ?」

「お前は!全く……、」


 溜息と共に、そう言えば外が酷く騒がしい。昨日に似た既視感を覚えし乃雪を見れば、もう何時もの振り袖姿となった彼はふわり笑む。……差し込んでくる朝日を浴び、妙に眩しく見えたのは気の所為に有らず。


「気になるかえ、」

「又誰かが?」

「"誰"、か…… まあ、その前に先の襖幽霊の話をゆうるり聞いてからにしようぞ。お前さんが寝ておる最中に総て話し終えてしもうたが、聞いてはおらなかったであろうて?」

「……この頃思うが、お前さんは意地が悪いな」

「真の意地悪は起き掛けの茶等出さぬよ」


 随分用意が良い。既に準備されていた茶を急須より湯呑みに注ぎ、すと源三郎へと差し出すし乃雪。一口それを含めば、その姿を嬉しそうに見詰めていたし乃雪は歌を紡ぐ様にゆっくりと語り出す。



「……最初にあの男に殺されたは、夜鷹(外にて身を売る女)であったのだと」

「たえ葉が最初では無かったのか、」

「たえ葉の部屋の襖に居ったのが、その夜鷹じゃ。…名を鈴と言うたか。

 旦那に逃げられ、病の娘を養う為にそうするしか無かったと。

 何時もの様に夜道に立っておった時、偶々通り掛かったあの瓦版屋に声を掛けた所、首を絞められたのだとさ」

「追い剥ぎか、」

「否、」

「まさか」

「左様。あの男は"それが好き"なのさ。

 鈴は首を絞められた…しかし、辛うじて死ななかった。薄らと意識が残った中、人形の如く扱われ、近くの川に投げ込まれ、其処で死んだ。

 浮かばれぬまま娘の所へ向かえば、娘は薬も飯も口に出来ぬまま独り枯れ死んでおった」

「……」

「鈴は、あの男の顔を知り得ておった。そう、鈴だけは、な。

 あの男の後を辿り、あの男の行く先へ先回りし、あの男の視界に写る所にその姿を描いた。次に犠牲となる女への忠告も兼ねて、な」


 ふんわり、茶の湯気が朝日に揺れる。春の花の香りに茶の芳香が混じり、しかしその華やかさが何処か物悲しい。

 握ったままの湯呑みが熱を伝え、源三郎は耐えきれずそれを畳へ置いた。


「詰まる所……あの襖幽霊は」

「左様。彼女達が向いておった先は"俺"では無く、あの男であった、と言う事さ」


 其処まで呟き、ふぅ…と吐息を漏らす。ふと閉じられた眼、長い銀の睫が微かに揺れる。

 源三郎は胸元に何か重いものを抱えた様な心持ちにてもう一口茶を啜り、やがて。


「…あの野郎、」

「捕まえるつもりかえ?」

「嗚呼。同じ人として許せねえ」

「同じ人として、…ねぇ?」


 立ち上がった彼に、しかしし乃雪は微笑みながら零す。


「のぉ、源三郎?今、下で騒いでおるのが気になるであろうて、」

「嗚呼、」

「教えてやろう。

 吉原の入り口に生えておる柳の木の下にて、人程もある大狢(むじな)が大瓢箪を背負って死んでおるのだとさ」


 瞬時、目を瞬かせた源三郎。嗚呼何だそうか……そう受け流そうとしたものの、何かに気付き「…ん!?」と再び顔を上げる。


「大瓢箪?」

「ふふ、」

「…… 否否否、まさか!あの瓦版屋が狢の変化(へんげ)だとでも?」

「さぁてね。俺はその様な事は一言も言うておらぬよ?」

「だよ、なぁ?……だよなぁ……」


 その様な事等有り得ぬ…否、有ってたまるものか。くるくると思考を巡らせ考え込むものの、しかし答えが出て来る訳も無し。

 その様がやけに滑稽に見えるし乃雪、嬉しそうに笑い始めた姿がやはり美しく、しかし故に腹が立つ。やがてぱんと膝を叩き、源三郎は痺れ切らした様に立ち上がった。


「…嗚呼、面倒だ!

 し乃雪よ、見に行こうぜ!!」

「遅いよ、源の字」

「何だと、」

「俺はその為にこうして着替えを終わらせたのさ。さあ早う、着替えろよ」


 にこにこ笑いながらふらふらと振り袖を揺らす姿が、憎たらしい。


 分かったよ、嗚呼分かった。頷きながらも寝間着を脱ぎ捨て、しかし思う。

 この天人とも見紛う美しき太夫…確かに、自分をも惹きつける不思議な香り。

 しかし、その中身が余りに予測出来ず、気付けば先回りされ、からかわれている。ほら、今も。

 今後暫く、この男に振り回されなければならぬのか…そう思った刹那、どっと胸に疲れが伸し掛かった気がしたが。


「……しかし、お前は面白い野郎だな」


 皮肉か本音か、自身でも分からぬその言葉に、し乃雪は只ふわりと微笑んだ。紛う事無く、その笑みは恋う男へと向ける女の笑みで、しかし源三郎は思わず顔を背けてしまった。

 し乃雪が恋うは俺ならず、彼の身の回りにて起こる怪異の方。目を向けられた自分はよもやその一部か……其処にぞくりと恐怖を感じた故である。


「まっこと恐ろしきは妖にあらず、な……」

「何か言うたか源、」

「さてね、」


 この太夫との付き合いは、一体何時まで続くのやら……。小さく溜息を漏らし、しかし飽きの来ないこの男に興味を抱いている己が居る事も又事実。


 ― 一度(男と知らず)惚れた奴だ……


「仕方無ぇ。とことん付き合うてやるか、」

「付き合う気があるなればほれ、早う」

「……」


 ― ……この野郎。


 その一言を着流しの中にそっと隠し、源三郎が漸く立ち上がった時、し乃雪の顔が玩具を貰った子供の様にぱっと華咲いたのは言うまでも無い。




 衾幽霊 完

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