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アヤカシ太夫♂とイロオトコ  作者: 駿馬
刀憑(カタナツキ)
43/53

刀憑(カタナツキ) ─壱、

 


春近シ

サレド

春遠シ


吹雪ク春日ノ片隅ニ

小サキ炎クスブリテ


溶ケル冬ノ片隅ニ

微カナ怨念満チタリテ



 






 "ざ ぁ ……"


 強い風が吹き荒れ、大地に厚く降り積もった新雪が、満月の明かりに照らされきらきらと舞い上がる。

 (もみ)の木が揺れ、其処かしこにてドサリと雪が落ちる様を、鴉獄は同じく雪積もる屋根の上にて佇み、眺めていた。



 伊賀忍総本山、忍頭氷雨衆。

 鴉獄は、調べ物の為に里へ再び帰って来ていた。

 昨日早良より頼まれた事で、鴉獄自身も目的の為に知り得たかったものだ。


 其の件について、あの資料室にて該当箇所は総て目を通したが、やはり記述は少なく。

 今、彼は最後の手段として頭領の帰りを待ち詫びている。



 吹き荒れていた風は収まり、流れの速い黒雲が月を朧にぼかした時。

 ふと背後に僅かな気配を感じ取り、振り向き、其の場にて跪く。

 其れまで影すらなかった場所に、気付けば一人の男が笑みながら佇んでいる。


「流石鴉獄、気付きましたか」

「お待ちしておりました、お頭様」


 赤と金の短い髪を風にそよがせながら、鍬刃が笑う。


「最近は如何です?早良乱丸と柏木奈々尾の様子は」

「変わりませぬ。

 嗚呼、早良に稽古を付けておりますが、此処暫くは流石に上達が早く、驚いております次第」

「ふふ……楽しい様で何より。信頼されて来た様ですね」

「はっ……」

「し乃雪太夫は、あれから如何です?元気になられました、」

「もう何時も通りに過ごしております。お頭様の御力添えの御陰に御座います」

「重畳、」


 にこり。忍らしからぬ笑顔を褐色の顔に浮かべ、鍬刃は頷く。

 続き、鍬刃は再び雲より顔を出した満月を見上げ、赤と金に彩られた瞳を瞼の中へ隠し。


「……其れで。

 私を待っていたと?また何か良からぬ事でも、」

「否。早良より聞いた情報にて気になる事がありました故、御耳にお入れしたかったのと……お伺いしたき事が」

「ふぅん…… 私も鴉獄に調べて頂きたい事があります故、聞いて頂けるなら伺います」


 悪戯っぽい笑みを見せる鍬刃の仕草が、無邪気だ。

 鴉獄は口布の下に小さく笑みを作った後、其れ以上反応するでも無く。


「仰せの儘に」

「其れは良かった。なれば、少々急ぐ用事ですから……こちらから先にお話させて下さい、」


 口振りから察するに、初めから使いを通じて『用事』とやらを請ける事となったであろう。


「御意……、」


 跪いたまま、鴉獄は深く頭を下げた。






 * * * * * * * * * *






「のぉ、源の字よ」


 何時もの様に二階出窓より人の往来を眺めていたし乃雪、ふと何かを思い付いたかの如く振り向く。

 源三郎は、どうやらし乃雪に対し何か悪戯でも仕掛けようとしていたらしい。

 目と鼻の先程に居た彼、ビクッと震えた後に出し掛けていた手をサッと隠し、気まずそうな表情でそっぽを向く。


「おッ!?……何だ、急に振り向くな!」

「お前さんなぁ……ん?何を持っておるのじゃ?」

「否、何も……あっ!おま、何を!?」


 見せ遣れ、ほれ!と飛び掛かるし乃雪を振り払う事も出来ず、其れは直ぐに取り上げられる。

 ……見れば、銀の柄に銀の短冊飾りが揺れ、銀線細工の蝶が紅い珠に留まっている、美しい(かんざし)であった。


「……お前さん、これは」

「あっ……嗚呼、まぁ……」


 顔を赤く染め、酷く狼狽を見せる源三郎。

 ……ははん、そう言う事か。し乃雪は源三郎のせんとしていた事を察し、悪戯めいた笑顔と共に其の簪をくるくると弄ぶ。


「何じゃ、わざわざ悪戯する為に買うて来たのかえ?

 悪戯の為に銀の簪など、高かったであろうに」

「……お前、女形の時でもそうそう簪は着けぬだろう?

 ……偶々これを見掛けて、銀の髪に似合うかと思って……な……」

「……俺に?」

「……嗚呼……あっ余りこっちを見るな、恥ずかしいじゃ無えか!」


 其れが如何言う意味での羞恥心であるのかは定かで無かったが、何れにせよ食い物以外の土産は初めてだ。

 し乃雪の顔が、酷く綻ぶ。


「……な、源。着けてくれぬかえ、」


 紅色の瞳が、きらきらと星の様に輝く。

 し乃雪が簪をそっと差し出せば、顔が赤いままの源三郎は照れ臭そうに受け取る。

 くるりと後ろを向いたし乃雪の頭に、源三郎の手がそっと触れる。

 ……手の感覚が仄かに温かく、心地良く感じ。

 し乃雪は彼に見えぬ角度にて、嬉しそうに目を細めた。


「まるで、恋仲じゃの……、偶には良いのぉ」

「偶には……な、」

「ん?」

「何だよ、」

「お前さん、そう言えば(おれ)に簪を贈っておる事に疑問を抱いておらぬのかえ?」

「あ? あっ……

 ……嗚呼、嗚呼知ってらぁよ!

 其れが如何したい、」

「気持ちが悪いであろうて?男ぞ?」

「偶にはと言ったろうが!男だって女形じゃねぇか!!」

「んふふ……そうかえ、そうかえ」


 顔を真っ赤に狼狽する源三郎を尻目に、くつくつと楽しそうに揺れるし乃雪。


「……っ、で?

 雪、お前何かを言い掛けた様だが……」


 し乃雪の後頭部にて簪がしゃらりと飾られた辺り、躊躇いがちに源三郎が切り出す。

 途端、先刻と違う目の輝きを湛えたし乃雪が嬉し気に振り向いた。


「そうじゃ、」

「おッ!?」

「源、知っておるかえ?また最近妖の噂が出たらしいわえ」

「……お前、未だ懲りて無ぇのか?

 何度か"飽いたわえ"ってぇ言葉を聞いた様な気ィするがよ、」

「噂話するのみは良いであろうて?

 其れに、進んで首を突っ込むはお前さんの方じゃて?

 お前さんも満更では無かろうて、のぉ?」

「………… 全く、分かったよ。で、」

「そう来なくてはな!」


 にこり。毎度の事ながら美しい満面の笑顔を浮かべ、赤と黒の振袖をふわり翻し。

 心底呆れ返った表情の源三郎の隣へ軽快に腰を下ろし、し乃雪は手にした熱燗で源三郎を促し、彼の手にある猪口へと注いだ。



「幕府に勤めておるお前さんなれば、一度ならず耳にしておろう。

『村正』の話じゃ」

「村正?と言えば……妖刀の村正か?刀鍛冶の千子村正か、」

「ほぉ?話が早い」


 自分の横へ熱燗をトンと置いた其の音すら嬉しそうで。

 肴である糠漬けと湯豆腐を箸で突付き始める源三郎の横にて、し乃雪は簪を小さく鳴らしながらそっと寄り添う。

 少々恥ずかしそうながら、しかし源三郎は熱燗を差し出し「ほら、お前も」と促した。


「……聞く噂のみでは、どちらの『村正』かは分からぬが。

 只、やはり共通するは『刀』じゃ」

「刀?か、」

「左様。

 ……源三郎。お前さん、まさかとは思うが……

 聞いた事が無いのかえ?この噂」


 あな珍しや。口に出さずとも顔にてそう語るし乃雪が妙に艶めかしく、源三郎は胸を高鳴らせつつ眉をひそめる。


「さてねぇ……弥次からも聞かなかったな、揉み消された話なのやも知れん。

 雪、お前の耳に入った事は奇跡なのやも知れねぇぞ?」

「其れが真ならば、このし乃雪めはまっこと妖寄せの化物野郎じゃの、」


 笑えぬ冗談を笑い飛ばし、注がれた酒をくいと飲み干し。

 何時もながら良い飲みぶりに感心した面持ちの源三郎に、潤した舌でし乃雪は語りだした。



「ならば、今宵は俺が語り部となろうかえ……」



 * * * * * * * * *



 この話を耳にしたのはつい一昨日。

 事が起こったのはひと月近く前じゃ。



 この吉原遊郭より少々離れた、鍛冶屋町近辺での話。

 あすこへ行くには一つ森を抜けて行かねばならぬ故、夜は余り人が通る事が無い。

 が、其の日或る男は違っておった。


 名も聞いておるよ、江戸城にて働く下級武士の蜂谷十郎(はちやじゅうろう)と言う男…… ん?名は聞いた事がある?そうじゃ、十九日程前に死んだあの十郎じゃ。

 奴は事切れる前に当時の様子を妻に話しておったらしい。


 十郎は何時もと違う気配を感じ足早に帰路に着く途中であった。

 知り合いの鍛冶屋と少し飲んだ故、少々帰りが遅くなってしもうたらしい。


 春は近しとは言え、未だ吹雪く時もある。

 十郎が小走りで進む道も、森の中とは言え酷い吹雪にて視界が悪い。

 強い風が人の嘆き声の如く唸り、十郎へと何か語り掛けて来る様であったのだと。


 嗚呼、薄気味悪い。

 寒さ故ならぬ鳥肌を、研いだばかりの刀を握る事でやり過ごしながら、(やっこ)さんは急ぎ走った。

 ……しかしながら、鳥肌が治まるどころか、下級武士である十郎にすら分かる程に、吹雪の中に得体の知れぬ殺気が入り乱れ始め……

 やがて、空耳なのか……唸る風が真のおどろおどろしい声となり、十郎の周りをぬらぬらと渦巻き始めた。



 ― 恨めしや……

  憎らしや……


  徳川は何処(いずこ)じゃ

  紅蓮は何処じゃ……



 ぴたり、十郎の足が止まった。

 否……急に足がずっしりと重くなり、止まってしもうたのだと。


 声はじわじわと十郎へと近付いて来おる。

 十郎はもう怖あて怖あて仕方無く、刀を抜いて目前の闇へと構え、叫んだそうな。



「誰だ!!気味の悪い声なぞ出しおって、姿を見せい!!」



 すると。

 莫迦正直なそやつは、ゆっくりと闇の中より姿を現したそうだ。

  ……但し、其の姿は十郎の予想外のものであったらしいがの……。



 暗がりよりぼぅ……と蒼い光。

 ゆらゆら揺れながら此方へ向かい来る。

 まさか人魂(ひとだま)か狐火か……逃げようにも足が動かず構えておれば、やがて現れたのは……体の彼方此方より蒼い炎を灯らせた、侍であった。

 其の不気味な佇まいだけでも酷く恐ろしいものであったが、其れだけでは無い。

 くん、と上げられた其の顔を見、十郎の心が凍り付いた。


 先日何者かに殺されて死んだ、同僚の顔であったのじゃ。

 其れも、死んだ当時の刀傷其のままに、血を流しながら憎悪の表情を浮かべ、濁った瞳で十郎をじっ……と見詰めておるのだ、と。



 ― 徳川に死を……

  紅蓮に闇を……!!



 地を這う様な不気味な声にて、腰を抜かしひぃひぃ怯える十郎へ、じり、じり……近付いて来おる。

 亡霊が持つ刀だけはギラギラと新品の如き輝きを放ち、冷たくも見える蒼い炎に包まれておったそうじゃ。


「俺は徳川となんも関係無ぇ!!人違いじゃ!!」


 十郎は叫びながら、持っておる刀を振り回し、亡霊を追い払おうとした……が、亡霊に脅しが利く筈も無し。


 哀れ、十郎は振り下ろされた蒼い刃の餌食となったのさ。



 十郎は全身を切り刻まれたものの、直ぐに殺される様な事は無かった。

 言い方は悪いがの、遊ばれた……と言う所かえ。


 虫の息の所で朝が来て亡霊が消え、只あの刀だけがカラァンと落ちた。

 しかし周囲を見渡し、今一度刀の方を見た時には、刀は影も形も無く消えておったそうだ。



 * * * * * * * * * *



「……其の後間も無く、十郎は死んだ」


 ふぅ……と、溜息の後虚空を見上げ、し乃雪は目を閉じる。


「しかしの、話はこれだけでは無い。

 なぁ源三郎、本間 真天斎(ほんましんてんさい)と言う剣豪を知っておるかえ?」

「……聞いた事があるな。確か城下町の外れに道場を持つ男であったか。

 其の本間真天斎が如何した?」

「五日前、夜中の道端にて似た様な亡霊に襲われたらしい。

 やはり蒼い炎に包まれた刀片手に、徳川を殺せ紅蓮を云々……と呟きながらのぉ。

 其の顔は、弟子であった十郎の死に顔だったのだと」

「…………で、」

「無論、名のある剣豪である真天斎は迎え撃ち、何とか追い払う事が出来た。

 この話を俺にしてくれたのが、一昨日じゃ」

「……客であったのかよ、」


 あらぬ所に反応し、源三郎の顔が嫌そうに歪む。

 其の表情を見たし乃雪は、苦笑を浮かべつつも源三郎の腕に絡み付き、近くなった耳元に……低く妖艶な声にて、そっと囁いた。


「……そして、今朝。

 至る所を焼けた刃にて切り刻まれた真天斎の亡骸が、道場内に転がっておったのさ」

「!?」


 ぞっ……と、源三郎の肌が粟立つ。

 し乃雪の方を振り向いた彼の顔は青褪め、表情が少々強張っている。

 其の瞳に映っているし乃雪の顔は何時もながら艶やかで、美しい。


「おぉおぉ……源三郎の其の顔、堪らぬのぉ……」


 目を細め、ニィと笑む。

 が、


「俺にゃお前さんの其の顔が怖あて堪らぬがな」


 と源三郎に切り替えされ、む、と口をへの字に曲げてしまった。


「何じゃ……なれば其の鳥肌は俺の所為かえ、」

「散々お前さんに馴らされたこの俺が、やれ妖やれ殺しで怖がると思うかよ?

 実際随分巻き込まれたしよ、お前に」

「……確かにのぉ……嗚呼、しかし、面白いわえ。

 こうすれば源三郎の鳥肌が拝めるのかえ、」


 ころころと笑うし乃雪はやがて再び源三郎の腕に擦り寄り、上目遣いにて彼を見上げる。

「なぁ源……」と切り出したと同時、源三郎の口もまた開いた。


「また調べよとか言うなよ、」

「何じゃ、まだ何も言うておらぬて」

「分かるさ。今まで妖の話を切り出して調べずに終わった物は無ぇだろがよ」

「お前さんから調べ始めたものの方が多かったよ?

 他人(ひと)の所為にするは良くないのぉ、」


 言葉と態度は裏腹、まるで猫の如く甘えてくるし乃雪。

 対し、源三郎はさて困ったと言う面持ちを浮かべ、彼を見下ろす。

 あの狛虎が刺身をねだる時のものと同じ表情。とどめに「……さぁ、如何するえ?」と小首を傾げられた所で、源三郎ははぁ……と大溜息を漏らした。


「分かった分かった、其の様な目で見るな……全くお前って奴ァ、」

「次の酒の宛てが、楽しみじゃのぉ……、」

「唯、とは言わねぇよ。

 ……お前さんにも手伝って貰うぞ?」

「何じゃ、俺もかえ?」

「当たり前だ!」

「嗚呼、この身が女なればのぉ……外に出られぬのに。億劫じゃ」


 其れは言うなよ……と絞る様に漏らし、心持ち俯き加減にて猪口を向ける。

 し乃雪は、しかし嬉しそうに其の猪口へ酒を注ぎ、無垢な少年の笑みを浮かべた。



 ……

 この総て、源三郎……否、忍である鴉獄の計算に寄るもの。

 真天斎がし乃雪の客として彼の耳に噂を入れた所から今に至るまで、鴉獄が仕組んだ事である。

  ……真に真天斎が襲われ、命を落とした事を除き、だが。


 通常の隠密のみでは収拾が付かぬ事である……と、幕府より氷雨衆に依頼されたものであった。



 ――― ……粗方上手く来たな。


 そっと思いつつ、注がれた酒を一口で飲み。

 源三郎は伏し目がちにし乃雪を見、呟く。


「……しかしよ。

 調べるとは言え、俺の耳にすら入らぬ事件じゃなかなか手も付けられねぇな?

 さて、何処から手を付けようか……、」

「嗚呼。なれば、宛てはあるわえ」


 あっけらかんと言い放った言葉に、源三郎の眉根が寄る。


「……随分簡単に言うな?」

「んふふ……。

 とは言え、もし俺の予想が当たっておれば……の話じゃが、の。

 郷に入らば郷に従え、って、ね」


 言い、浮かんだ笑顔は、発せられた言葉とは裏腹に自信に満ちたものだ。


 ――― 妖太夫とは、まっこと恐ろしい男だな……


 ふぅん……頷きながらも源三郎がそっと思ったのは、果たして如何なる心理か。

 其れを知るは、源三郎本人のみだ。




 * * * * * * * * * *



 し乃雪に指定された待ち合わせは、丑三つ時の町外れ。

 一旦別の用事を済ませやって来た源三郎は、殊更冷たくなった空気を胸一杯に吸い込み、白い吐息で感覚の薄れた手を温めながら、じっと待っていた。


 何故にこの様な時間に待ち合わせねばならぬのか……愚痴が口を突いて出ようとした丁度其の辺り。

 男物の着物姿で腰に刀を差したし乃雪が、寒そうに自らの肩を抱きながら小走りでやって来た。


「遅うなって済まぬの、」

「否、俺も今来た所だ。

 其れより、早速話して貰おうかい」

「ん?何をじゃ、」

「今から何をするか、だ」

「言うたであろうて?郷に入らば郷に従えとさ」


 けろりとそう話すし乃雪。

 源三郎ははぁと溜め息を漏らした後、手にしていた一升徳利三つを掲げ。


「其れでは説明にならんだろうが?

 折角言われたものより上物の酒を調達して来てやったのに。遣らんぞ?」

「いけず」


 猫の様にすり寄り、上目遣いにて零すし乃雪。

 男の姿にて其の仕草が彼にしては少々珍しく、源三郎は笑みを零し、笑う。


「似合わねえなぁ、」

「悪かったな」

「で、これから如何するのだ、」

「ふむ……だが今言うてしまうと詰まらぬ様な気もしてのぉ……言わねばならぬかえ?」

「詰まらぬも何も、遊びじゃあ無えんだからよ」

「今より逢う奴等は気の良い連中じゃ、其処は気にせぬでも良いわえ。

 ……俺はお前さんの驚いた顔を見てみとうてのぉ……」

「相変わらず、変態な」


 そう零しつつも腕を組み少し考える源三郎であったが、どうも肌を刺す寒さが思考を鈍らせてならず。

 組まれた腕が体を抱く様な形となり、冷え始めた体の芯が鳥肌となって表れた。


「……っ嗚呼……やはり寒いな!

 もう良い、さっさと行こう。近くかい?」

「嗚呼、直ぐ近くの古寺じゃ。なれば行こうかえ、」


 言うより先に歩き始めた源三郎の背中が、小さく丸まっている。

 ふっ、と吹き出したし乃雪は、堅く組まれた腕に背後より手を差し込み、寄り添った。


「あっ、おい雪!?なん……」

「誰も見ておらぬて……其れに直ぐ其処までじゃ、偶には暫しの恋仲気分も良いであろう?……寒いしの」

「野郎の(なり)でかよ……仕方無ぇな、」


 どうやら、し乃雪の行動のお蔭で寒さは吹き飛んだらしい源三郎。

 野郎に絡まれる色気の無さに冷めた顔をしつつ、しかし幸せそうに絡みついた温かな身を解こうとはしなかった。

 目的地であろう建物の陰が、もう見えて来た故である。



 着いた場所は、源三郎も良く傍を通る廃屋の如き古寺。

 常に人気どころか動物の気配すら無く、ひっそりと静まり返っている。


 今宵も同じく何の気配もせぬのだが、何処か空気其の物が違う妙な違和感が漂っており、源三郎は只一言ポツリと漏らす。



「……何だ、此処か?」

「左様。慈恩寺(じおんじ)と言う」

「…………」

「如何した?何時もの源三郎らしく無いわえ」

「何時もの俺もこうだぞ?

 ……何やら余り良い気がせなんだが、」


 苦虫を噛み潰した様な顔でし乃雪を見る。

 途端、し乃雪はニヤァと企みの笑みを浮かべ、源三郎の口元がピクリ引き吊った。


「……ほら見ろ、其の顔!絶対何かある!!」

「無ければ連れて来るまいて。

 案ずるなよ、俺達が来る事はちゃぁんと伝えておる故、襲われやしないさ」

「…………、」

「ほれ、寒いわえ……行こうぞ、ほれ!」


 そう問答しつつ、既に寺の扉は目前にあった。

 話す最中にし乃雪が少しずつ源三郎を引っ張っていた故だ。


 蜘蛛の巣と埃と松葉にまみれた扉を、及び腰の源三郎を掴んだままのし乃雪がぐいと押し、開ける。

 暗がりの中の更なる暗がり……かと思いきや、突如射し込んだ眩い程の灯り。

 源三郎は目を細めた。


 別の場所へ来てしまったかと思ってしまう程に沢山の、声。

 源三郎が其処にあった光景に驚きを見せたのは、隣にてし乃雪が声を上げた一瞬後であった。


「よぉ、皆達者であったか!?」

「おぉ、お雪ちゃんか!?」

「待っておったぞ!!」


 其処に居た者達……否、"物"達は、胴体が生えた古い琵琶や竹箒の髪を持つ女、(みの)にくるまれた仔狸等……所謂、付喪神達であった。

 外見とは裏腹に、金銀細工で煌びやかに飾られた宴会場があり、其処にて付喪神達が笑い合い、酒を楽しんでいるのである。


 ……奥の方に、一体。

 ぱち、ぱち、と音を出しながら帳簿を睨み続ける、黒い算盤玉頭がいる。

 何処かで見た妖……認識した所で、彼はふと此方を見、ニコと会釈した。



「……はー、成る程な……」


 し乃雪の言っていた事を漸く察し、感嘆の声を上げる源三郎。


「分かったかえ?」

「道具の事は道具に聞け、か……」

「そうで無くとも、至る所より集まる彼等なれば大抵の事を知っておる故にのぉ」


 言い終わるが早く、し乃雪に蓑の仔狸が飛び付きごろごろと擦り寄り、話が途切れた辺りで別の所より声が上がる。


「お雪ちゃん、ほれ座りいや~!

 其処の兄ちゃんも、ほれほれ!!」


 笑顔でそう促したのは、普賢菩薩像の隣に座っていた唐傘の小坊主。

 真っ赤な傘布を頭から被り、破れた隙間より見えた幼い顔はあどけない笑顔。

 ……噂に訊いていた唐傘の妖とは違った印象を受ける。


「あいよ、」と返しぱたぱたと歩き出したし乃雪の後を源三郎は戸惑い気味に付いて行き、彼より一歩下がった辺りで目立たぬ様静かに腰を下ろした。

 が、背後より


「源三郎様!そんな所に居ないで此方へいらっしゃいな、」


 と見知らぬ女達に腕を引かれ。


「お……おい雪、」


 戸惑い気味に声を上げれば、


「嗚呼、其の酒だけ此処に置いておいておくれ、後は暫く遊んでいて良いよ」


 と冷たくあしらわれてしまった。



 良く見れば、源三郎へ親しげに寄り添った女達は皆見た事のある道具の付喪神の様。

 少し前に無くした自分の持ち物らしき女もおり、其れに気付いた源三郎は途端に顔を青褪めさせた。


「……ちょいと訊くが、お前さん。

 其の腕の傷……」

「そうそう、覚えておいでかしら?

 初めてお頭様にお稽古を付けて戴いた時の……懐かしいでしょう?」


 くノ一の姿をした女が、さも嬉しそうに笑う。

 聞けば、やはり彼女は源三郎が氷雨衆へ入った時より大切にしていた大苦無(おおくない)であり、名を白銀(しろがね)と言うらしい。

 ……どうやら、此方へ来てからこの宴会の存在を知り、入り浸っているのだとか。


「御免なさいね、つい……明日よりまた貴方の傍にいるから、許して?」

「別に構わねぇが……俺の事を言い触らしておる訳ではあるまいな?」

「心配には及ばぬわよ、あたいも忍の端くれよ?」


 ほっと胸を撫で下ろせば、白銀はまたころころと笑った。


 そんな他愛の無い雑談に花を咲かせながらも酒を飲んでいる最中、暫くしてし乃雪が声を上げる。


「源三郎!お楽しみ中悪いが、」


 見れば、例の唐傘小僧と何やら話していたらしいし乃雪、此方へ向かって手招いている。

 漸くこの場に慣れ掛けた所なのだが……少し眉根を寄せたが、白銀が「今宵は未だ長いのよ?」と促してくれた所で渋々立ち上がり、妖達の間を縫う様に彼の所へと向かった。



「早いな、何か分かったのか?」

「嗚呼、槇島(まきしま)が知っておった」


 槇島と呼ばれた唐傘小僧が、し乃雪と其の隣に座った源三郎を交互に見やり、傘布の奥にてニッと笑う。

 そう言えば挨拶もしていなかった事を思い出した源三郎が頭を下げたが、「嗚呼そんなんええねん、堅苦しいさかい」と言われ、顔を上げた。


「ぜぇんぶお雪ちゃんと白銀から聞いとるで、源ちゃんよ!

 何や、村正の事知りたいんやて?」

「左様、」


 余りにも軽い態度に少々違和感、源三郎の口角がほんの少し震える。

 察したのか否か、槇島が少し端が欠けたぐい飲みを源三郎へと差し出し、並々と酒を注いだ。


「まぁなぁ……あんの阿呆にゃわいら江戸の付喪神も手ェ焼いとるさかいに。

 あんた等みたいに妖と人の間っこにおるモンなら何とか出来るやも知れんな、」


 一口酒を含み、しかし今し方の明るい笑顔が曇り、槇島の声色が落ちる。

 口振りより『村正』の質の悪さが容易に想像出来、隣に居るし乃雪がにやり笑んだが、其れを見た槇島は苦笑を零した。


「村正についてァ流石のお雪ちゃんでも手ェ負えへんかも知れんで?」

「俺を何ぞと思うておる槇島?悪運の塊と言えばこのし乃雪太夫様よ、」


 違いあらへんわ、と槇島が笑う。



「其れで。

 槇島殿……付喪神達は何を御存知で、」

「せやから……んもぉ、源ちゃんたらもっと肩の力抜いてええねんて、襲わんさかい!

 ……実はわいらも良う知らんねん。あの阿呆がどっから来て何が目的か……。

 付喪神なのか刀鍛冶の千子村正の怨念なのか、若しくは両方なのか、すらな。

 只な、ひとぉつだけな」

「……其れは、」

「言葉の意味や。

 彼奴が人ぉ襲う時、徳川がどうの紅蓮がこうの言いはるやろ?

 徳川は噂で何を指すか瞭然やねんけどな……アレやろ?徳川に糾弾されて村正の作る刀は妖刀やぁ言われたっちゅー。

 けど『紅蓮』の意味がずっと分からんかってん……其れが、最近ようやっと尻尾だけ掴んだんや」

「俺も気になっておったのじゃ、」


 少しばかり目を輝かせ、槇島へとすり寄るし乃雪。

「はしたないぞ」と源三郎が制止しつつ。


「其れで……」

「とは言え、わいも自信あらへんねんけどなぁ……二ァつ心当たりがあんねや。

 まずは一つ。

 余り銘が表に出ん銘刀で『紅蓮』っちゅーのがあってな。

 普通の刀鍛冶の手じゃ溶かすんは愚か、刃の手入れすら出来ん程に研ぎ澄まされた鍛鉄で出来とるらしいねん。

 ……今何処にあるんか分からんねんけどな。


 二つ目。

 鍛冶屋町と真逆の方向、江戸の海沿いの隅ぃ~っこに小ぃさな鍛冶屋があるんは知っとるか?」

「ん……源、知っておるかえ?」

「……否、」

「あすこは『焔屋(ほむらや)』言うてな、其処の主人が、銘刀『紅蓮』を造った天才刀鍛冶やっちゅー噂や。

 ……只な、あらゆる意味で変わりモンな上、今刀は一切扱っておらん言う話やて」

「……焔屋、か」


 そう呟き、し乃雪はさも嬉しそうに酒を含み。

 久々に楽しめそうな話の内容に、今のし乃雪は体が疼いて仕方無い様で、酒の回った桜色の手が源三郎の膝をバシンと叩く。


「痛って……」

「嗚呼……面白いのぉ……、」

「酒が入っておるのは分かるが、先ず落ち着け……今宵のお前さん、何だか変だぞ?」


 変、と言われ、少し興醒めしたらしい。

 むっと顔をしかめたし乃雪であったが、口を尖らせたまま源三郎の傍にて小さく背を丸め。


「……手掛かりが無き以上、先ず其の焔屋を当たるしか無いの。

 源三郎、如何する?退くかえ?」

「嫌うなよ……どうせお前独りで行くんだろうが、其れじゃあ心配だからよ。俺も行く」

「無理しなさんな、」

「して無ぇよ」

「まぁまぁ、落ち着きなはりや……」


 何処か大人気無い二人の遣り取りに見兼ね、槇島が割って入る。

 この妙に高揚した空気に当てられたせいなのだろうか……察した源三郎、恥ずかしそうに一つ咳払いの後、座り直す。


「……先ずは……槇島殿、かたじけない」

「ええねんええねん、其れよかお雪ちゃんの事頼んまっせ!

 なぁ源ちゃん、あんさんだけが頼りやさかい」


 其処まで言った後、槇島は「嗚呼其れとな、」と源三郎の耳元へ近付き。


「お雪ちゃんがな、こうして妖達の間取り持ってくれよるのが、みんな嬉しいねん。

 知ってはる?昔ぁし々、二人の陰陽師が喧嘩しとったの」

「はぁ……安倍晴明と芦屋道満の事で、」

「せや。

 お雪ちゃん、あの道満さんにそっくりなんや」

「……と、申しますと」

「知らんか?都を護る為と言うて安倍晴明は都中の妖を追い出しはったんや。

 せやけど、道満さんはそんな妖達に罪はあらへんと護り通してくれはっとったんやで?」

「ほぉ……、」

「お雪ちゃんはそんな道満さんに似てはってなぁ……他人の気がせぇへんねん。

 嗚呼言う人はなかなかおらへん、護ったってや」

「……成程」

「其れになぁ、源ちゃん。

 お雪ちゃん、"例の件"で見た目よりか相当参っとるみたいやで?

 今この子が心から頼れるんは源ちゃんだけやさかい、偶にゃ可愛がってやりいな、」

「……如何言う意味で、」

「んもぉ、分かってはる癖に!」


 パァンと源三郎の背を叩き、槇島はニヤリ笑う。

 ……源三郎の顔が、羞恥と呆れにほんのり歪んだ。


「……槇島殿、何か勘違いなさってお出ででは?」

「ん?何がやねん?」

「源。何をぶつくさ話しておるのじゃ、」


 少々機嫌が傾いたし乃雪が、ぶっきらぼうに言い放つ。

 其処で漸く槇島が離れ、し乃雪へ「なんもあらへんよ?」ニッコと笑顔を向け。

 ……今宵の源三郎は白銀達女形衆と酒を味わいつつ、しかし臍を曲げたし乃雪の機嫌取りに徹する事となった。


 其の宴と源三郎の気苦労は、夜通し続いた。




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