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アヤカシ太夫♂とイロオトコ  作者: 駿馬
妖神(アヤガミ)
38/53

妖神(アヤガミ) ─六、

 


「……あの後。

 "依代"……あの少年を抱いて分所を脱出した総次郎は、里へ下りる道中に江戸へ向かう蘭方医と遭遇。

「家なき幼子」とだけ説明し、治療と……出来ればこのまま引き取って貰えぬかと交渉していました。

 蘭方医は了承。一度里まで同行し、数日治療して貰いがてら過ごした後、彼は分所へ戻りました。

 少年は、…… 此処はまぁ、良いでしょう」


 頭内の報告書を其処まで言葉に紡ぎ、鍬刃はゆるりと目を開く。

 ……薄明差し込む襖の隙間を背に、行燈に揺れる鴉獄の顔は酷く青褪めている。


「"鬼神"……し乃雪が……?」

「さて、……如何でしょうね?」


 絞り出された言の葉に、鍬刃は淡々と返す。


「我々が新吉原で彼を発見した時、彼は見てくれ以外はほぼ普通の"陰間"でした。

 良く笑い、良く飯を食い、手練手管が妙に上手い。

 そして酷く博識で、"妖"に近しい。

 あの「し乃雪太夫」でした。

 ……あの蘭方医が何をしたのかは存じませんがね。


 少なくとも、彼が鬼神の兆候を見せたのは後にも先にもあれ一度きりです」


 少しばかり首を傾け、コキと鳴らす。

 其の目が鴉獄を捉え。


「怖気づきました?」

「……否、そうでは、無く」


 冷や汗を拭う鴉獄。

 動悸を押さえる様に、一つだけ、大きく呼吸し。

 今一度、其の金の瞳が真っ直ぐ鍬刃に向いた。


「嗚呼、何故かは分かりませぬ……

 し乃雪が、……あの「し乃雪」が、」


 ――― 俺と、似ていた。


 言い掛け、呑み込む。

 其の感情は禁忌であると、知っている。

 溢れかけた其れを、溜息で追い出し。


「…… 余りにも、惨過ぎる」


 鍬刃は、目を細めた。

 恐らく、"禁忌"の其れに気付いているのであろう…… 呑み込んだ事も。



「何れにせよ、」

「、」

「氷雨衆の監視理由はこれが総てです。

 陰陽寮分所の"事件"以降、行方知れずとなった"依代"の捜索と監視……

 総次郎……否。次代清慈がし乃雪太夫に近付いたのは、(みかど)派である陰陽寮の宗家土御門からの命であったと思われます」


 行燈の灯りが、小さい。

 油が切れかけているのだろうか……

 しかし日の出が近いらしく、二人の影ははっきりと其処に落ちつつある。


「我々伊賀氷雨衆は、幕府からの命を遂行するのみ。

 あれは未だ"始末"の段階ではないと判断しています。

 美貌と手練手管で男を魅了し、ニコニコと飯を頬張る……

 貴方の報告にある其れが今の"彼"なれば、其れ以上でも以下でも無いのでしょう。


 さて……鴉獄、」


 二人の眼が、かち合う。


「貴方には秘中の秘なる真実を明かしました。

 拒否はすなわち…… 分かりますね?」

「……元より、覚悟の上」


 鴉獄の金の目に、光が咲く。


「氷雨衆が一人、この鴉獄。

 …… し乃雪太夫の監視任務、謹んでお受けいたします」


 襖の隙間より、細く日光が差し込んだ。

 金色の其れは二人を照らし、僅かに吹き込む秋風が、髪を揺らし。



 "スパァン!!!"


 俄かに襖が開いた。

 急に部屋全体を照らす陽の光。

 驚き振り向けば、逆光に仁王立ちする一人の男がいた。


「失礼致します」

「嗚呼、お早う御座います」


 ニッコリ笑う鍬刃と、眩しさに手をかざしつつも驚き隠せぬ鴉獄。

 ……目が慣れた頃、其処に佇む男が、見慣れた双子の片割れである事に気付いた。

 自分に同じ顔、だが肌は白く髪は白金。

 銀の光宿す青い瞳が、しかし今はどうも薄っすら緋色に色付いている。


「何だ鴉浄(あじょう)、話中だ。慎め」

「……」


 二人を交互に見遣る、鴉浄と呼ばれた双子の青年。

 やがて、ギ、と鴉獄を見下ろし、地の這う様な声で唸る。


「お前か」

「……何がだ?」

「とぼけるな、地下の資料だ。

 並びは変わる、本は傷んでおる、直せど直せどきりがない。

 挙句昨夜は本が散らばったまま放置されていやがった!"バラバラに"、だ!!」


 震える恨み節を耳にするだに、鴉獄の顔より血の気が引いて行く。

 ……まさか。


「……ま、さか……

 お頭様、まさか、あの"資料室"は」

「ええ、彼が管理担当です」


 にっこりと満面の笑みで返され、冷や汗が滝となる。

 平謝りせんと身を動かしたが既に遅く、其の胸倉が圧倒的な力で掴まれた。


「……面を貸せ」

「や、鴉浄、痛いッ痛いから、すまねぇって謝るから」

「問答無用!

 お前は情報を雑に扱い過ぎるのだ!!

 先の一文ズレの件も、"手控え"に佐伯の件を失念するわ"弥次郎"を雑に扱うわ従兄弟等と適当ほざくわ、勘定所ではお前のせいで帳簿の間違いも増えて手間ばかり……一遍叩き直してやる!!」

「あっ鴉浄其れは……済まなかったとこの前も……」

「黙れ!!」


 一方的に捲し立てられながら引き摺られ、遠くへ去っていく二人。

 鍬刃はニコニコと笑みつつ、只見送っていた。


「……"情報"は、丁寧に扱いましょうね」



 小春日和の、氷雨衆隠れ里での出来事である。





 妖神 完

 

* * * * * * * * * *



 二日程、後。


 春は桜が植えられていた植え込みに、この時期は紅葉が植えられている。

 新吉原の恒例だ。

 今年の初雪の名残が未だ落ちぬ紅葉に残り、白と紅の対比が鮮やかに彩る。


 吉原俄(よしわらにわか)の莫迦騒ぎも通り過ぎ、人疎らとなる時期。

 桔梗柄の羽織を靡かせた源三郎が、黒町屋の玄関に立つ。

 其の姿を目聡く見つけた二階出窓のし乃雪太夫、ぱぁと笑顔を咲かせ。


「おお、源の字!」

「よぉ、もう体は良いのかい?」

「この通りじゃ、何とも無いわえ」

「そうか……

 外郎(ういろう)が売っておったぞ、食おうぜ」


 笑えば、し乃雪の笑みが更に灯った。



 何時もの部屋。

 何時もの茶。

 何時もの、友人。


 華やかな振袖姿のし乃雪、今日は何処かへほっつき歩いていたらしい。

 花魁の姿ならぬ時は"着替えが間に合わぬ時"であると、源三郎は知っている。


「何処へ行っておったんだ?」


 外郎の包みを開けながら問えば、


「ん?…… いけず」


 有耶無耶に返され、「何だよ、」と笑い返した。

 …… 察しは付く。



「整理は、着いたか?」

「…… 否、」

「だよな」

「ふふ、」


「……あのな、源三郎」


 改めて、呼ばれ。

 振り向けば、窓際で吉原錦を纏った美しき天人の、寂しそうな微笑み。


「お前さんがおってくれて、良かったよ」


 取り分けた外郎を差し出しながら、源三郎は目を逸らした。

 上気する顔を隠す為もあるが……。


 否、

 し乃雪は、"し乃雪"だ。


「おう、」


 照れ笑いもそこそこに、源三郎は彼を……"し乃雪"を、再び真っ直ぐに見遣った。




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