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アヤカシ太夫♂とイロオトコ  作者: 駿馬
妖神(アヤガミ)
33/53

妖神(アヤガミ) ─壱、

 


 し乃雪が岩魚を貪った日より、幾分も経たぬ数日後。


 鴉獄は里へ帰って来ていた。先の件を報告する為だが、其れのみであれば鴉に文を預ければ済む話。

 鴉獄が直に足を運んだのは、通例の其れに加え、もう一つ気になる事があった故だ。


 久し振りの里、とは言え数月に一度は帰り来る故、大して目新しくもない。降り立った里の姿は、しかし晩秋の凛とした枯葉のにおいを漂わせ、密に生やした枝の隙間は深い青が高く広がっている。


 ひっそりと隠れる様に、其処は森の中で家が立ち並んでいる。其の中で一際大きな屋敷に、用事があった。

 玄関を潜り、薄暗い最奥の廊下、壁を返した先の床下、其の更に下。……少し進んで、壁の裏。

 地下室とは思えぬほどに広い部屋に、無数の本が所狭しと収納された、其処は記録室。四重にも裏をかき、存在を秘匿され、故にこの里の者は恐らく誰も知らぬ場所。

 忍……他の伊賀忍よりも諜報に重きを置く氷雨衆にとっては特に、情報こそが命。此処はまさしく、伊賀氷雨衆の要である。


 誰も知らぬはずの其処で半日程、鴉獄はかびの臭いに顔をしかめつつ、ひたすら書類を漁り続けている。

 ……何故に此処を知っているのか?暇潰しに秘密を探った気紛れの賜物なのだが、其れはまた別の話。

 永年、百年単位で文字通り積み重ねて来た活動記録と、事件の顛末……膨大な量の書類だが、探すものははっきりとしている。


 “土御門"。


 あの男"清慈"は、性をそう名乗っていた……詰まる所、あの白い不思議な人間は土御門の血筋だと言う事。源氏名であろう"し乃雪"、そして良くある名字である"佐原"を追うより確実であると踏んでいた。

 土御門に関する事件。昔聞き齧った情報を、偶々覚えていた。故に目星は付いている。後は尻尾を見付けられれば……


「……あった、」


 十年と少し前の記録に、其の名を見付けた。

 北の方に、土御門を性に持つ陰陽師の村があったと言う。かの有名な安倍晴明の直系ではあれど、京の土御門家から分かれ、ひっそりと"御役目"を務める一族であったと。

 其の土御門の村、分家である佐原と御役目の取り決めが原因で内紛が起き、村が壊滅した……と。


 "土御門"と"佐原"、この両名が並んでいるとなれば間違いは無い、が。


「……御役目、」


 訝しむ鴉獄。

 此処に書かれている記録は総て氷雨衆が絡んだものだ。故に、普通なればもっと詳細に記録してある筈……なのに、余りにも内容が薄い。

 そして、肝心の部分には何か記号の如き簡素な文字?……蚯蚓みみずが這ったかの如き……が記されておるのみ。

 隠されたこの部屋で尚秘匿すべき情報なのか?若しくは単に鴉獄の思い違い、この件は『氷雨衆は殆ど絡まぬ』話なのか……


「…… 雪の監視を言い渡された俺も、あの時は仔細を聞けなかったのだ。余程の事なのか……」

「世には知らなくて良い事もありますからね」


 あるはずのない返事が背後より投げられ、鴉獄の身がバと苦無を向け。ギンと弾かれた其れは空を回り鴉獄の身がよろけ。弾み、本が床にバササと広がった。

 身を引き忍刀を構えれば、其処にはにこにこと満面の笑みを湛えた頭領…鍬刃の姿があった。


「お頭様!?

 …申し訳ございません!!」


 落とした本の上に忍刀を取り落とし、其の場で平伏す。が、鍬刃に怒りや殺意は感じられず、其の場にしゃがみ、鴉獄の肩に手を触れ。


「良いんですよ、立ち入るべからずとは書いていませんし、禁止もしていませんし。

 誰も知ろうとしない故、寧ろ心配していました。お前達は其れでも忍か、とね」


 ─── 嗚呼、其れでお頭様は嬉しそうなのか。


「其れはそうと、本を傷付けた件は後程」


 優しい声でそう告げられ、一度上げた鴉獄の頭が再び垂れた。





 * * * * * * * * * *





 罰として屋敷中の掃除を言い渡され、ようやっと終わったは丑三つ時。

 其れだけあの書物は価値ある物である事を、鴉獄は分かっている。其れでも、箒と雑巾で独り走り回るには余りに広過ぎる。

 雀の涙ほどの力を絞りながら雑巾で走り、最後の廊下の端でぐったりとへたりこんだ傍に、笑いながら鍬刃が佇んでいた。


「半日ですか、腕を上げましたね。前は二日掛かっていたのに」

「……何時の話を……」


 其れは此処へ来た時の話でしょう、……そう言い返したくも、息切れが邪魔をして言葉が出ない。

 其れを見下ろす鍬刃の目は何処か優しく、しかしからからと笑いながらもすぐ側にある座敷の襖を開ける。


「で。

 あの妖太夫は何ぞや、を知りたいと」

「は……」

「何故に知りたいのです?」


 其の声に、ほんのりと重み。

 …この男は何時もそうだ…自分を測る様な言動の時、其の声は重みを増す。

 嘘は、通じぬ……胸に秘めた理由を、紡ぐ。


「何故にあの者を監視するのか、理由を知りとうございます」

「其れを知らねばならぬ程、あの者を知ったと?」

「……『陰陽師』の名が陰間に対し出て来る等、通常あり得ぬ事。

 此度の如き異常事態を今後予測する為にも」

「過去を知る事で其れが分かるとは思えませんが」

「糸口にはなるかと」

「ふぅん、……惚れました?」

「否」


 食い気味に即答され、そうですか、とほんのり頭を垂れる鍬刃。後、少しばかり思慮を巡らせ、


「なれば、そうですね。

 貴方なれば任務に支障を来す事は無さそうですかね」


 常なる鋭き(まなこ)が、一度瞼に隠され。


「"あれ"は、……

 結論から言えば、あれは"妖神(アヤガミ)"として処理されています」

「は…… ?」


 知らぬ言葉。

 鴉獄の言が、詰まる。


「……つまり、 "ヒト"では無きモノ……と?」

「そう判断されたというだけの話です」

「俺は、ヒトならざるものの監視をしておると、」

「"そう判断された"、と言うだけの話、です」

「……」


 俄かに、鴉獄の金の瞳が揺れる。

 其の顔に、困惑。……しかし。


「……お頭様、お教えください。

 あの者の事を」


 言葉の後に向けられた眼が、真っ直ぐに鍬刃の其れを貫く。

 鍬刃は、其れを無言で受け取った。

 目を細め、表情揺らす事なく、鴉獄を見た。


「其の心意気や良し」


 座敷の上座にてすぅ、と息を吸い込み。

 後、紡がれるは低き、"忍の頭"たる声。


「心しなさい。

 幕府に関わる秘の中の秘、故に紙に残せぬ記録の一つです。

 其の事を、鴉獄。貴方は黙し通す事が出来ますか?」

「幕府の……?」


 思わぬ言葉。

 単に自分があの本の山より見つけられぬだけかと薄ら思っていた、其の考えが覆され、聞き返す。


「あの者は、…しかしまさか」

「好奇心のみなればお勧めしません。

 しかし、監視を含め、貴方を副頭候補と見込んだ上での事……

 知りたいと宣うのなれば、もう後戻りはさせませんよ。

 さあ、如何します?」


 黙し、鴉獄は暫し思考を巡らせ。

 ……ぎゅ、と口を噤んだ後、瞳は朝焼けの如き金の色を宿し、目前の男を見据えた。


「あの者の為にも。

 お願い申し上げます」


 

 


其レハ

一ツノ島ヲ揺ルガス

マルデ海ノ如ク

幕府タル船ヲ見詰メシ

暗ク深キ闇ノ底

其レハ

幾ツカニ砕ケシ深淵ノ

唯ノ一欠片トナリテ

冷タキ亡骸ヲ無数ニ宿ス

異形ノ塊


 

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