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アヤカシ太夫♂とイロオトコ  作者: 駿馬
童歌 通りゃんせ
21/53

童歌 通りゃんせ ─壱、

 


通りゃんせ


 通りゃんせ



「此処は何処の細道じゃ、」


 ―天神様の細道じゃ


 

 



 その日もまた、彼は疲れの欠片も見せず木偶人形に向かい木刀を振り続けていた。

 がん、がん、がん、

 木偶は既に凹みだらけだが、何度も何度も叩き付ける様は、まさしく鬼の如し。


 姓を早良サワラ、名を乱丸ランマルと言う。

 何故に姓を持つか。彼曰く、尊敬する父より預かっているとの事。


 飢饉の多いこの時代には珍しく、彼は元気な……悪く言えば、少々血の気の多い侍だった。

 まだ数え年を十六、七もいかない、色黒の若い男だ。琥珀色の瞳、細く鋭い眼光。顔に……否、全身に大小様々な刀傷を蓄え、歳にしては酷く経験重ねたかの如き風貌を持つ。


 その見た目通り、否。それ以上。

 刀の腕は今まで幾人もの侍を相手にしても勝る程の腕前を持ち、巷では「鬼童(きどう)」「鬼に好かれた男」と恐れられていたと言う。

 中には「背後に黒い、おどろおどろしい何かが見えた」と怯え慄き、戦わずして逃げる男もおった程だ。

 ……まぁ町で悪代官の僕をしている侍集団ほど、早良はたちの悪い男ではなかったが。


 正義と悪の判断はちゃんとつく男である。

 夢は岡引、喧嘩両成敗、人は不殺……只、ほんの少し喧嘩っ早く、見た目の所為で喧嘩を売られやすいだけなのだ、と、彼と親しい者は言う。


 早良は一人を除き、人前で笑顔を見せる事を一切しなかった。

 故に、友人と呼べる人間が片手で納まる程にしかおらず……それ以前に、早良は人付き合いを苦手としていた部分もあったのだが。

 それにしても不自然な程に四六時中何処か緊張したような、怒っている様な顔をし、時折悲しげな瞳をちらつかせるのが早良の癖となっていた。



 早良が住む家は、しがない農家だ。

 江戸幕府盛りの安永の末、農家の息子が侍である事など普通の事。

 早良本人はこの家の血を引き継いでいない拾い子である事以外、その時はほぼ不自由無く暮らしていた。


 育ての親は、早良を本当の息子の様に可愛がった。

 早良が真っ当な侍となれたのは、そんな両親を助けたいと願う故でもある。


 幕府に雇われ、剣豪と言われ始めたのは、その真っ直ぐな態度と曇りの一つも無い眼も要員の一つなのであろう。



 そんな早良の家の近くに、幼馴染は住んでいた。

 その整った顔をいつもむすりとさせ、一切『笑う』と言う事をしない早良が、唯一笑顔を見せる相手。それが、幼馴染であるこの男。


 毎日の様に、早良は彼の所に通った。

 大きな屋敷だ。此処周辺を纏める大きな百姓の家であり、早良とは身分が違う。しかし、此処の者達は、早良には良くしてくれていた。

 一番大きい理由は、友人など出来ぬ此処の息子を大事にしてくれるから、であろう。

 彼の両親は、彼等二人が静かに語り合うその時間が、彼等にとって最も幸せな時間である事を知っていた。早良を取り巻く善からぬ噂よりも、それはとてもとても大事な、重要な事だ。


「頼もう、

 奈々(ななお)───……居るか」

 玄関では無く裏口で叫び、その声は屋敷中に響く。が、奈々尾はいつも返事をしない。

 その代わり、彼が起きている時は家の奥……縁側から、まるで天女が奏でるそれの様に、美しい笛の音が流れてくるのだ。

 自然に早良は彼のところへ足を運び、やがて笛を吹き続ける天の者の傍で胡座をかき、微風のような笛の音にじっと耳を傾け始める。

 その様子はまるで憂いを含んでいるようで、何時もの活気の良さは何処かへ消え失せて。


 一頻り笛を奏で終えれば、奈々尾は何時も自らの膝の辺りを見た。

 何時も、早良は彼の膝枕で気持ち良さそうな寝息を立てているのだ。


「早良……」


 柔らかい彼の黒髪をそっと撫ぜ上げ、まだ剃っていない前髪の下に隠れる額に触れ。

 奈々尾はいつも、小さな声でこう呟くのだった。


「……俺の、早良。」


 奈々尾は、こんな早良が好きだ。

 何時も庭を駆け回る犬のような活発さも。何時もそれと無く自分の身を案じてくれる優しさも。

 荒々しい、まるで刀で木を切り彫刻したような、凸凹だが素朴で味のあるこの男に、奈々尾は惹かれている。



 此度はこの少年侍、早良乱丸の話である。




 * * * * * * * * * *





 季節は、秋に差し掛かっていた。



 (ひぐらし)の声も疎らになった時期、空気はひんやりと冷気を含みつつ木々の合間を駆け抜けて行く。

 やがて蛙の合唱は秋虫達のそれへと取って代わり、ぽつりぽつりと曼珠沙華の花が咲き始めている。




 吉原から西、山一つ越えた所にある、小さな村。

 この時期、この村ではしきたりによりとある事が内密に行われていた。


 秋口に差し掛かると、生き過ぎた年寄りは東の山へ自ら消え、二人目として産まれ七歳となった子は母と共に北の山へと入る。そして母が山より降りて来た時……その傍らに子は居らず。


 所謂"姥捨て"、"子捨て"である。

 


 そのしきたりは延々の昔よりこの村では行われていたが、江戸藩がこの奇習に気付いたのはつい先日の事だ。

 江戸の中心よりさほど遠くなく、食糧事情も悪くない筈。何故に今尚姥捨て子捨てが続くのか……否、本当に今も続いているのか。

 藩は、調査の為に二人の男を村へと向かわせた。


 一人は、藩内の勘定所にて働く藤原(ふじわら) 弥次郎(やじろう)と言う男。

 日に焼けた肌と少々大きめな背丈は彼が良く動く男であるかの様に見せるが、常に皴が寄せられたままの眉間は、感情より"帳簿"を優先する男である事を雄弁に物語る。

 しかし計算事と情報収集に置いては目を見張るものがある……故、勘定所の情報収集係として外を走らされることもままあった。


 そんな弥次郎に幕府のお偉方は目をつけ、「この村の金回りが怪しい」と言う難癖と共に村の調査を任せる事とした。…が、それのみでは心許ない。

 幕府は、護衛と称してもう一人同行させる事とした。それが、件の早良 乱丸である。


 奉行が早良を選んだ事には理由がある。

 一つ、彼は余計な情報に惑わされぬ強い男である故。

 一つ、幕府はこの"早良 乱丸"を幕府お抱えの剣士に育てんと画策している故。

 そして一つ、その村にて姥捨て子捨ての他に、良からぬ黒い噂があった故だ。



「……何故に勘定所の一役人がこの様な……」


 はぁ…と大溜息を漏らす黒羽織。その後ろを着いて歩いていた早良は、眉をしかめながら口を開く。


(おれ)も同じ気持ちじゃ。何故にこんな刀も抜けん弱虫の子守などせねばならぬのか」

「気が合うな、」

「……今此処で叩っ斬ってやろうか?毎度毎度、口数の減らぬ奴め」

「やるなら構わん、お前がしょっ引かれるだけだ」


 刀に手を置き掛けた早良、しかしぴしゃりと言の葉にて切り捨てられ、「ぐ……」と言葉を呑み込む。

 その前を歩む弥次郎の脚が、少し速い。歩幅の所為だろうか、腰の刀を差し直したその瞬く間ですら身一つ離され、慌てて速度を合わせた。


「……全く、図体はでかい癖に。

 勘定奉行よりその眼鏡を貰うたのならば、(めい)に文句など漏れる筈もあるまいに」

「命に文句がある故では無い。"勘定所に此度の命が下る事"自体が可笑しいと言うておるのだ」

「……チッ……堅物が」


 山を下るこの道を正面に見れば、目的地であるあの村が下方に見えてくる。

 西に傾き始めた太陽が照らすその土地は田園もありつつ木々の緑が多めに残り、山の麓や林の合間にぽつりぽつりと茅葺き屋根が見える程度。 ……村と言うには余りに寂しい。


「……あの村か、」

「三十もおらぬ小さな村だ。

 余りにも小さい上に外との交流も無い故、藩では無きに等しき扱いであったが……松茸やら山魚やら、美味な食材が手に入ると言う城下の金持ち共の噂が、この村の再調査へ繋がったと」

「ふぅん……」



 一目見る限り、人の姿が見当たらない。

 早良は表情一つ変える事無く、


「……ならば、鴉天狗(からすてんぐ)がこの土地を治めておる等と言う噂が出おるのも……無理は無いな」


 目を細め、また呆れ混じりに呟いた。



 早良が弥次郎の護衛と手伝いを任されたのは、この『鴉天狗』の噂故だ。


「この村の東方にある山の中腹に、九十九(つくも)神社と言う古い(やしろ)がある。数百年の昔に建立、甕速日神(みかはやひのかみ)を祀っておると言う。

 その神社周辺の山々に、昔から天狗が出ると言う伝承はあったが……」

「「夜になると人と同じ位の黒い何かが、森から森へと飛び回る事がある」……莫迦莫迦しい。それを鴉天狗と言うか」

(あやかし)など伝承に過ぎん。…大方、(ましら)(ふくろう)と見間違えたのだろうが」


 ……あやかしなんか。


 弥次郎の後ろを歩く早良の表情がほんの少し狼狽を見せたが、弥次郎が気付く筈も無い。

 最近の早良は、妖……と言う単語に敏感になっている。無理も無い、数ヶ月前に自ら妖と対峙したばかりであった故だ。それも、幼馴染みが『兄』と慕う妖と。


 —――……なれば、己もあいつも幻覚を見続けておると言う事かよ…。


 聞こえぬ程度に独りごちた辺り、ずっと下り続けていた山道が開け、平坦になる。少しずつ道端に棚田が点在し始め、やがてあれ程遠く眼下であった茅葺き屋根が、真正面に大きく見えてきた。

 下り終え、村へ入ったのだ。


 やがて空が茜色に染まり、赤い世に群青の影を長く落とす。

 今宵の宿に辿り着いたのは、蜩の涼しげな声と夕焼けと同じ色の蜻蛉が飛び回り、東の空が群青に堕ちた頃であった。



 妙に人気の無い村だ。

 訪ねれば家や宿の中にちゃんと人は居るのだが、通りを歩く人の姿が殆ど見当たらない。


 弥次郎は宿の窓からじっと外の様子を伺い続けており、早良はその弥次郎の様子を見つつ刀の手入れをする。

 時折眼鏡をくいと上げる動作、そして手控えに何かを記す以外、弥次郎は殆ど動かない。

 …手控えの中がちらとだけ見えた。日付、時間、位置、…現状が簡易的な文字で記されている。


 —――日記か…?


 思った所で、弥次郎がぽつりと呟く。


「……気配がせぬ…。

 暮六つには早いが」

「…………」


 弥次郎の呟きに早良もまた重い腰を上げ窓の外を覗く。しかし目を向けた方向は弥次郎の様に道端では無く、奥の山の方だ。

 じっ……と、目を凝らし、耳を凝らす。さわさわと風が吹き、次第に暗くなり行く山々の中にちらり、と炎の様な明かりが揺れ。


「……弥次郎、」

「何だ」

「あの明かり、」

「嗚呼……先刻話しただろう、九十九神社だ」

「ふぅん…… ……この村、おめえは人数を把握しておるのか」

「三十弱と申した」

「何処に年寄りと子供が居るかは?姥捨て子捨てが何時行われるかは?」

「其処は調査せんと分からん。…姥捨て子捨ては主に秋口の十六夜の辺りとは聞いたが」

「……十六夜、 明後日か!」


 がたん、

 少々慌てた様子で立ち上がった早良に、弥次郎が言を投げる。


「やめておけ」

「何を暢気な事を!おめえは何しに此処へ来た?」

「調査だ」

「止めようとは思わんのか?原因を突き止めようと?子供が何処へ行くのか、」

「今は村を刺激した所で凶方へ転がる。今は触れるな」

「……おめえなぁ……」


 すっかり呆れ果てた様子の早良であるが、弥次郎は引かない。

 眉間の皴を深くし、早良と弥次郎の視線はかち合ったまま。


「弥次郎よ……もしおめえが飢餓であったり生贄であったり、何かしら絶対子を捨てねばならん理由があった時。

 もし誰か知らぬ人間がのほほんと訊ねに来たら如何思う?」

「それは私やお前と何の関係がある、」

「この石頭が!怒って追い返すか口を噤むかであろう!!その様な態度でおめえ良く今まで……」

「…好い加減、お前は何が言いたい?」


 はぁ。

 苛々と腸煮え繰り返る思いを何とか抑えながらも、早良は溜息と共にドンと刀の鞘で畳を突く。


「誰も口を開かぬから表沙汰にならなかったのであろうが!

 その様な中聞き込んでみろ、今であれ翌朝であれ村を追い出されておしまいではあるまいか!!」

「だが聞き込まねば一寸たりとも情報は得られまい、違うか?」

「ど阿呆が!!

 兎に角、今宵皆が寝静まった頃、先ずは家々を回り、どの家にどの様な家族がおるか見て回る!

 年寄りがおる家と子が二人おる家の目星を付け、明後日動きを見せたら後を付ければ良い……違うか!?」

「断る」

「なん…ッ」


 ちら、と手控えを見た後、眼鏡の奥にある視線が俄かに尖る。


「お前こそ好い加減にしろ早良!

 “それ"を見られたらそれこそ終わりだ」

「化け物信じぬおめえが夜を怖がって如何するど阿呆!!

 ……全く。ならば己一人で行く!!」


 相当腹を立てたらしい。早良は刀を腰へ差し直し、顔を怒りに歪ませながら乱暴に襖を開け、出て行ってしまった。



「…… 全く、話が通じぬ……」


 その後姿を見送り、弥次郎は小さく溜息を漏らし。

 眼鏡を取り畳み、懐へと収め、零す。


「……さて。動くか」


 その言葉とは裏腹に、少し垂れ気味の目……鳶色の澄んだ瞳は何処か涼しげだ。





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