王子の結婚相手を決めるため令嬢による『カーテシーコンテスト』が開催されました
王城の大ホールには、身分を問わず大勢の観客が集まっていた。
イベントの進行を務めるのは二人の男。そのうちの一人が挨拶を行う。
「さあいよいよ始まります、カーテシーコンテスト。実況は私、ロッズがお送りいたします。さらに解説には、カーテシー評論家で知られるピーター氏にお越し頂いております」
隣の中年男が頭を下げる。
「どうぞよろしく」
「イベントの概要を説明いたしますと、このたび我が国の第一王子レオラス・アルビートル殿下が結婚相手をお探しすることになりました。そして、殿下に“好みのタイプ”を聞いたところ、『カーテシーが得意な人』とおっしゃられたので、今回のコンテスト開催の運びとなったわけです」
ホールの壇上に設置された椅子に座り、第一王子レオラスが手を振っている。
金髪碧眼で、精悍な顔立ちをした王子の肩書きに相応しい好青年である。
「そして、このたび8人の令嬢が、王子妃の座をかけてカーテシーを競うこととなりました!」
歓声が沸く。
「しかし、カーテシーをご存じない人もいると思いますので、改めて説明させて頂きます。カーテシーというのは女性の挨拶方法でして、片方の膝を軽く曲げ、スカートの裾を持ち上げ、一礼する、というものです。特に貴族女性の間では、これを美しくできるかも大きなステイタスになると言われています」
ロッズが続ける。
「ですがやはりご覧になられた方が早いと思うので、今回は本選の前に、お手本のカーテシーを見て頂きましょう。どうぞ!」
男爵令嬢ライム・オディンが入場する。セミロングの栗色の髪で、派手さはないが、素朴な可愛らしさを持つ令嬢である。
「それではライム嬢、お願いします!」
ライムはややはにかみつつ、スカートの裾を持ち上げ、片膝を曲げ、上品なカーテシーを決めてみせた。
「いかがでしょう? ピーターさん」
「なかなかいいカーテシーでしたね。ちょっと緊張が見えるところも個人的に高ポイントです」
「さすがカーテシー評論家、細かいところまでよく見てらっしゃる。どうもありがとうございましたー!」
拍手の中、ライムが退場する。
「さあいよいよカーテシーコンテストが始まります。おそらくはハイレベルなカーテシーが飛び交うことでしょう!」
「非常に楽しみですね」
「最初の挑戦者は、公爵家令嬢テレーヌ・クロストック嬢! どうぞー!」
波打つ長い金髪で白のドレスを纏った気品ある令嬢が登場した。
「それではお願いします!」
ロッズに促され、テレーヌが動き出す。
まず片膝を曲げ、スカートの裾を両手で――
「破ッ!!!」
――引きちぎった。
破ったスカートの布を、テレーヌはドヤ顔で観客に見せつける。
大きな拍手が起こる。
「こ、これは……!?」
「破壊のカーテシーですね」
「破壊のカーテシー!?」
「カーテシーをしつつ、スカートの裾を破る。恐ろしいくらいの指の力がなければ、到底できません。テレーヌ嬢はこの日のために、凄まじいトレーニングを積んだのでしょう」
「なるほど~。あ、ここで資料が入ってきました。テレーヌ嬢、あのカーテシーを会得するためになんとスカートを10万着、ひきちぎったとのことです!」
凄まじい記録に歓声が沸き上がる。
「難度の高いカーテシーを会得しつつ、経済を回す。まさに貴族の鑑のような女性ですね」
「なるほど~!」
テレーヌは観客たちにガッツポーズを決めると、肩をいからせ威風堂々と場を立ち去っていった。
「続いての挑戦者は侯爵令嬢プラネッタ・ニーレン嬢です!」
プラネッタはベージュ色の髪をポニーテールにまとめた美しい令嬢だった。
そして、なぜか巨大なドラゴンと一緒に入場する。
観客たちからも悲鳴が上がる。
「ギャオオオオオオオンッ!」
ドラゴンは本能のままプラネッタに襲いかかる。
このままでは食べられてしまう――と思いきや。
プラネッタの膝が、ドラゴンの顔面にめり込み、そのままノックアウト。
ドラゴンは担架で医務室に運ばれていき、プラネッタの圧勝となった。
「いやはや、凄まじい一撃でした……! これはどういうことでしょう?」
「カーテシーの時に曲げる膝、あれを利用して強烈な膝蹴りを繰り出したんです」
「なるほど……!」
「カーテシーとともに膝蹴りを出すと、その威力は通常の10倍にもなると言われています。これはカーテシー界の常識です」
「常識なんですね」
「プラネッタ嬢はあのカーテシー膝蹴りだけで、数多くの魔物や、敵国の兵士を打ち倒しているそうです」
「これまたとんでもないカーテシーが飛び出しました~!」
会場はプラネッタコールに包まれるほど、大盛り上がりする。
続いての挑戦者は、伯爵家令嬢リエーチ・ヴォラレ。
長い黒髪と切れ長の眼が冷たい美貌を醸し出す令嬢である。
「それではどうぞ!」
リエーチは膝を曲げ、スカートの裾を持ち上げ、カーテシーを決めた。
が、これだけでは終わらない。
持ち上げた裾を下げ、やっぱり上げ、を超高速で繰り返す。
やがて、リエーチの体が浮かび上がった。
そう、スカートの裾を上げ下げすることで、彼女は鳥のように羽ばたいているのだ。
「飛行カーテシーですな」
「飛行カーテシー!?」
「古の令嬢はああやってカーテシーで自在に飛ぶことができたと聞きます。達人であれば三日間は飛び続けられるとか。まさか、この技を現代で見られるなんて……」
ピーターは感動している。
しかし、リエーチは裾の上げ下げで飛行したまま、窓から外へ飛んで行ってしまった。
「あっ、どこに行ってしまうのでしょう!?」
「まあ、そのうち帰ってきますよ」
リエーチは行方不明になったが、気を取り直し四人目の令嬢が登場する。
エトゥーレ・バンクス。公爵家の生まれで、艶やかな長い栗色の髪がチャームポイント。
「エトゥーレ嬢、どうぞ!」
エトゥーレは思い切りスカートの裾を持ち上げた。
これではパンツが丸見えだ。いきなりの行為に周囲は驚いたが、なんとエトゥーレはスカートの下にさらにスカートを履いていた。
しかも、エトゥーレはどんどんスカートをまくるが、その下にはスカートを履いているのループが続く。
ピーターがうめく。
「これは……マトリョーシカーテシー!」
「なんですか、それは!?」
「スカートの裾を持ち上げたら、その下にスカートが……を繰り返すという伝説のカーテシーです。この目で見られる時が来るとは……」
ピーターは感極まって涙ぐんでいる。
「凄いカーテシーが飛び出しました! やはりこのコンテスト、恐ろしくハイレベルになっています!」
五番手は伯爵家令嬢、アイナ・ブルーノ。
青みを帯びた短い髪が特徴的な、活発そうな令嬢である。
アイナは突然、こう叫んだ。
「緑茶を飲みます!」
コップに入った緑茶を一気に飲み干すと、美味しかったのか笑顔を見せる。
会場全体が困惑する。
「ピーターさん、これは……?」
「ええっと……」
しんとする。
「……あ、カテキン?」
「え?」
ピーターが気づく。
「おそらくアイナ嬢はカーテシーを“カテキン”と勘違いしてしまったのでしょう!」
「なるほど、だからカテキンが豊富に含まれる緑茶を飲んだと!」
「そういうことです」
誇らしげに自分の飲み干したコップを掲げるアイナに、一気に会場中が大盛り上がり。
ピーターはこう締めくくった。
「これだけ場を盛り上げたということは、これも立派なカーテシーです!」
「その通りですね!」
心がこもっていればそれはカーテシーとなる。勘違いなど些細なことなのである。
興奮冷めやらぬ中、現れたのは公爵令嬢フィーア・アディッカ。
セミロングの金髪で、真っ赤なドレスを着用している。
そして、そのまま――
「セイヤァッ!!!!!」
空手における正拳突きを繰り出し、そのまま帰っていった。
「これはどういうことでしょう……?」
「私にとってはこれがカーテシーなんだという、熱きメッセージですね。フィーア嬢の空手にかける想いが伝わってくるようです」
ピーターはニヤリと微笑む。
「なるほど~! 私まで胸が熱くなりますね!」
フィーアと入れ替わりにホールに入ってきたのは、侯爵令嬢ノルン・ヴァルス。
黒髪で目つきの鋭い令嬢で、漆黒のドレスに身を包んでいる。
ノルンは両腕を広げ、観客たちにこう告げる。
「見せてやろうぞ、愚かなる人間ども……我が深淵なるカーテシーを!」
ノルンがスカートの裾を持ち上げようとする。
すると、地響きが起こり――
彼女の東側に魔族の長、魔王が!
西に竜族を統べる竜王が!
南には地獄の支配者、地獄王!
北に太陽の主、灼熱王!
四人の王が召喚された。
四人の王はノルンに跪き、彼女にパワーを与える。その姿はまるで僕である。
ノルンはそのままスカートの裾をさらに持ち上げる。
まるで禁断の封印を解くかのようなド迫力。
大地が揺れ、雷雲が轟き、竜巻が発生し、海面が荒れ狂い、空一面が暗黒に包まれる。
「ピ、ピーターさん、これは!?」
「暗黒のカーテシーです。どうやら彼女は世界を滅ぼすつもりのようです」
「なんですって!?」
「残念ながら今日で世界は滅びるのでしょう。しかし、これほどのカーテシーを見て滅びるのであれば本望だと思いませんか?」
「確かに……むしろ望むところですね!」
観客は絶望するどころか、盛り上がる。
素晴らしいカーテシーを見られるのなら、世界滅亡など安いものだ。
そのままノルンは片膝を曲げ、美しいカーテシーを繰り出した。
一瞬にして四人の王は元の世界に帰り、天変地異は落ち着き、空も明るくなった。
「安心しろ……私は世界を滅ぼすつもりはない。矮小なる者たちの生命を摘むのは私の趣味ではないのでな……」
こう言い残し、ノルンはホールを後にした。
「どうやら助かったようですね」
「世界を滅ぼす力を持つ彼女だからこそ、誰よりも生命の尊さを知っているのかもしれませんね」
ピーターがそれらしく締めくくった。
最後は公爵令嬢ルナ・シュディン。
絹糸のような金髪の、人形のような上品さを漂わせる令嬢である。
「さあルナ嬢、どんなカーテシーを見せるのか!?」
ルナは目を見開き、叫び出す。
「カァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
会場が震えるような音量である。
「こ、これは!?」
「大声を出すとスポーツ選手のパフォーマンスは上がるものです。ルナ嬢はその基本を押さえていますね」
「テェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」
ルナは膝を曲げ、スカートの裾を持ち上げる。
「シィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
大声カーテシーが決まった。
観客たちは両手で耳を塞いでいるので、肘で拍手をした。
ルナは満足げな表情を浮かべている。大声を出したのでスッキリしたのだろう。
全ての令嬢のカーテシーが終わり、改めてホールに8人の令嬢が集められた。
「ピーターさん、いかがでしょう?」
「8人とも、甲乙つけがたいカーテシーを見せてくれました。誰が王子に選ばれてもおかしくありませんね」
「そうですよね~」
ロッズが椅子に座るレオラスに顔を向ける。
「それでは殿下、誰と結婚したいか、発表をお願いします!」
レオラスは椅子からゆっくり立ち上がると、勇気を振り絞ってこう言った。
「あ、あの……僕は男爵令嬢のライムさんと結婚したいです……!」
完
お読み下さいましてありがとうございました。