第7話:ドラゴンテイル農園 〜異世界空中さんぽとコーヒーの香り〜
朝の光がやわらかく差し込む丘の上。風が草をなで、果樹の葉がカサカサと歌っている。
農園の門の前に立った私たちは、しばし足を止めてその景色に見とれた。
「ふわ〜、この空気、めっちゃ新鮮! 野菜もきっと超おいしいに違いないっ!」
いろはが深呼吸をしながら伸びをする。山々の稜線がくっきりと見える澄んだ空気に、ほんのり甘い土と草の匂いが混じっている。
「交渉しに来たのに、ピクニック気分じゃん……」
千尋があきれたように呟きつつも、その目はどこか和らいでいた。
「すみませーん! 誰かいませんかー!」
農園の門を開けた私たちの声は、風に溶けていくばかりだった。
「……いないねえ。ちょっとあっち見てくるねー」
いろはは手をひらひら振って、畑の奥へと歩いていく。のんきな後ろ姿が少し小さくなったところで――
ズズン……ズズン……
地面が揺れるような足音。空気がざわめき、影がのしかかる。
「な、なに……?」
巨大な影が畑の向こうに現れた。鋭い目に、大きな翼。鱗がきらりと陽光を跳ね返す。
――ドラゴンだ。
「ちょ、ちょっと!? いろはーっ!! 後ろ後ろ後ろーー!!」
「んー? あ、なんかちょうどいい岩が――」
いろはがドラゴンの背中にぴょこんと乗った。
「えっ」
ドラゴン、満足そうに「グォン!」と一鳴き。
「えっ、飛ぶの!? え、ま――」
バサァァァッ!!
空気が爆ぜる音とともに、ドラゴンは空へと舞い上がった。
風が巻き起こり、千尋の髪がふわりと舞う。
青い空。果てしない大地。丘の上に並ぶカラフルな果樹園。遠くには湖と、浮遊する島々。
いろはは空中から、その異世界のパノラマを見下ろしていた。
「う、うわあ……すごい……!」
景色が、空が、世界が――まるごと彼女を包み込んでいた。
一方その頃、地上では。
「……いろは、いいやつだったな……」
しんみりとつぶやく千尋。
そこへ、**ブォン!!**という音とともにドラゴンが豪快に着地。
「勝手に殺すなーーー!!」
背中から元気よく飛び降りたいろはが、風になびいた髪でどや顔。
「なんか、仲良くなっちゃったかも」
「いやすごいけど!? 普通気づくでしょドラゴンに!!」
「ちょうどよさそうな岩だったんだもん……」
そこへ、カラカラと笑い声が響く。
「ふふ、あんたたち、面白い子たちだねぇ」
畑の向こうから現れたのは、日焼けした肌と鋭い眼差しの女性。革の胸当てに、剣の鍔が覗いている。
「私はリディア。この《ドラゴンテイル農園》の主だよ。こいつはポトフ、うちの看板竜」
「看板!? ドラゴンが!?」
「ポトフは元々、私が若い頃に戦った相手でね。まあ、今じゃ立派な相棒さ」
「ドラゴンが農業してるなんて、聞いたことない……」
「おかげで土がフカフカよ。ポトフの炎で雑草も一発」
「エコ……!? っていうか雑草処理ってスケールでかすぎない!?」
その時、ふと漂ってきた香ばしい香り。
「……コーヒー?」
「気づいた? 焙煎したてなのよ」
リディアが差し出した木のカップ。千尋といろはが、そっと一口――
「……うまっ!? なにこれ、香りが段違い!」
「火力が強い分、芯までしっかり煎れるの。豆は南山の斜面で育ててるわ。乾燥も、ポトフの火加減でね」
「ドラゴン焙煎……!!」
いろはがぐっと前のめりになる。
「この豆、うちでも使いたい! 仕入れたいです!」
「お、出たな商魂!」
「だってこれ、絶対人気出る味だよ!? 異世界コーヒーで勝負したい!」
「フフ、いいわよ。あんたたちの勢い、嫌いじゃない」
「あと、この『ドラゴンポテト』ってやつも、気になりますっ!」
「ふふ、これはうちの特産。コーヒー味の試作品もあるわよ」
「うわー! ハンバーガーセットに絶対合うやつだー!」
青空の下。ドラゴンとともに生きる農園と、その恵み。
――異世界って、いいなぁ。
そう思わずにいられない、風景と出会いがここにあった。