第50話:深夜のお菓子は魔法より危険です!
深夜。
王都アルフェリアの外れに建つ一軒の屋敷。
異世界に召喚された現代組が共同生活を送るその拠点は、《魔女っ子ハウス》と呼ばれていた。
もともとは朽ち果てた廃屋だったが、今や北欧風のリビングに旅館風の風呂、そして謎に便利な魔法の衣装袋まで完備された、魔法と胃袋とドタバタに満ちた住まいだ。
ただし――深夜の間食だけは、クラウスの厳しい監視下にある。
そんなある夜、屋敷の静けさを破るように、ひとりの影が廊下をそろりそろりと進んでいた。
「ふふふ……今日は、いけないことをする日なのです……」
魔女っ子バーガーの店長、ルミナである。
忍び込んだキッチンで戸棚の奥から取り出したのは、“お菓子没収箱”。
マシュマロ、カリカリチョコ、グミ、謎のハチミツヌガー、そして冷蔵庫からは禁断の“黒曜シュワシュワ”。
「宮廷では禁止されていた……でも、ここは魔女っ子ハウス。今夜だけは誰にも止められない、お菓子の大革命だッ!」
テーブルにお菓子を広げ、シュワシュワをいれ、キャンドルを灯す。
準備は万端。真夜中のお菓子パーティー、いざ開幕――!
……と思いきや。
「あ、あのルミナさん……?」
突然の声にルミナがびくっと肩をすくめて振り返ると、
ドアの隙間から、寝ぼけまなこのナナがのぞいていた。
「お水を取りにきたら……なんか、あまい匂いがして……」
「み、みちゃったわねナナ……」
お菓子の山に目を奪われたナナが、ちいさく手をあげる。
「わ、わたしも……参加してもいいですかっ?」
ルミナはきゅっと親指を立てた。
「よかろう。だがナナ、これは深夜の禁じられしパーティーなのだ」
「禁じられし……!」
「つまり、クラウスに見つかっちゃダメ!」
「りょ、了解ですっ!」
ふたりはこそこそとクッキーをつまみ、マシュマロをちぎり、ひそひそと笑いあう。
「おいし……でも、ちょっと罪悪感が……」
「それが美味しさのスパイスなのです!」
マシュマロで乾杯したちょうどそのとき、廊下から足音が――
「……あんたたち、なにしてんのよ」
ブランケットを肩に羽織った杏奈が、ぼんやりと現れた。
「またこんな時間に糖分摂取して……太るぞ……」
冷蔵庫から水を取り出し、ごくりとひと口。
「……いい匂いはするけど。じゃ、おやすみ」
無表情でスタスタと戻っていった。
「禁断の言葉が聞こえた気がするが……今は忘れるのだ……」
「杏奈さん、切れ味さすがです……」
そこへ、ぽよん、と浮かぶ音。
「……ふわぁ〜〜……ラーメンの海……」
「うわっ!? な、なにあれっ!?」
「ふ、フェリィさん……!?」
現れたのは、夢遊状態のフェリィだった。
星柄パジャマ姿で、足を床に着けず、ふわふわと空中を漂っている。
「……この空間、ケーキでできたらいいな〜……
ティーカップからプリンが出て……」
目はとろんと閉じたまま、ふわりと回転しながらテーブルに着地。
クッキーをひとつつまみ、満足そうに言った。
「ふふふ……このチョコは、空飛ぶハンバーガーの味……」
「ね、寝てますよね?」
「ぷっ……だ、だめ……もう無理……!」
ルミナが口元を押さえて肩を震わせ、
ナナもカップで口を覆いながら、顔を真っ赤にして笑いをこらえる。
だが、フェリィの妄想は止まらない。
「雲の上に……おせんべい座布団……硬い……バターの枕ベトベト……」
「くふっ……!!」
ルミナの笑いスイッチが限界に達しそうになった、そのとき――
キィ……
廊下の奥から、静かにドアが開く音がした。
「……まったく、何をしているのかと思えば。令嬢の“夜間お菓子活動”ですか」
現れたのは、執事クラウスだった。
「ば、ばれたぁ……!!」
ルミナが頭を抱え、ナナがシュワシュワを吹きそうになりながらあたふたする。
フェリィは、くるりと回ってそのまま寝室の方向へすぅっと戻っていった。
クラウスは無言でその背中を見送り、テーブルに目を戻すと、
「……次回は、最初からお声がけいただければ、参加もやぶさかではありませんよ」
そう言って、懐から板チョコをひとつ取り出して置いていく。
「この時間には、ビターがちょうどよいかと」
ふたりには何も求めず、ただ背を向けて歩き出す。
蝋燭の火がほのかに揺れる。
その淡い明かりに照らされたクラウスの背中は、どこか穏やかで――やさしかった。
途中、ふと足を止めると、背を向けたまま静かに言葉を落とす。
「……おふたりとも、風邪など召されませんように」
それだけ告げて、クラウスは扉を開け、静かに去っていった。
残されたのは、月の光と、テーブルに置かれたビターチョコだけ。
ふたりはそっとそのチョコを割って、口に運ぶ。
「……にがっ!!」
「ねれないやつじゃんコレ……!」
シュワシュワで流し込み、マシュマロで打ち消し、また笑って――
ふたりはいつしか、机にうつぶせて、寝息を立てていた。
しばらくして、クラウスが静かに戻ってくる。
ルミナの肩に、ナナの膝に、そっとブランケットをかける。
マシュマロをひとつつまみ、窓の外の月を見上げた。
魔女っ子ハウスには、たまに魔法より甘い夜がある。
それはちょっぴりいけなくて、でも、やさしい夢の味がするのだった。




