第3話:魔女っ子、ボロ屋敷を買う。異世界に拠点を構えます!
──バーガーショップ開店準備中の現代組は次なる課題に直面していた。
「……戻れない、か」
辰人が呟く。空を見上げても、そこに現代への帰り道はない。
「っていうかさ、俺たち今夜どこで寝るんだ?」
「寝るとこないのは困るっ!」
魔女っ子ルミナがぶすっと頬を膨らませる。
「お嬢様、いっそ宮廷にお戻りになっては……」
クラウスが落ち着いた口調で提案する。
「却下!あそこ、自由ないし! 夜のお菓子禁止だし! バスタイム二十分までとか、拷問でしょ!?」
「お風呂時間の制限は、体調管理のためかと」
「無理無理無理っ! お風呂は魂の癒やしなのよ!?」
「……お嬢様、そろそろ現実を」
「むむむ……よし、じゃあこのへんで探すわよ。距離的にも風水的にも完璧だし」
「その『風水』って、なんの根拠が……」
「お、お嬢様! あの屋敷はどうでしょう!」
ミーナがビシッと指差した先には、屋根に大穴の空いた、どう見てもいわく付きの廃屋が。
「フムフム……庭、バルコニー付き。訳あり物件──亡霊が住み着く家」
「絶対に訳がありすぎるんですけど!?」
「えっ、逆に最高じゃない!? きっと個性があるのよ。ちょっとくらい幽霊がいても平気よ、ほら、かわいく装飾すれば」
「ルミナ様、その理論は……(お嬢様、可愛ければすべて解決というのは、少々無謀でございます)」
「スナイパーに狙われたらどうする? 屋根あいてるし」
隼人が真顔で指摘。
「だから誰が撃ってくるのよこの世界で!」
「やはり宮廷にお戻りになるしかないのではと……」
「やだ! このボロ家、今日からわたしたちの拠点にする!」
ルミナが高らかに叫び、銀貨十枚を空に投げると、金色の紋章が輝き出す。
「我のものとなり、このボロ家よ──契約を示せ!」
バシュン! と光が弾け、屋敷がきらきらと輝く。
「えっ、家が反応した!?」
「これが……魔法契約……?」
中に入ると、見た目以上に広い──が、埃とクモの巣の嵐。「はぁ……これは……」 千尋は眉をひそめ、すでに白いマスクを装着していた。
「ホコリ、すごすぎ。もう、吸い込みたくない気持ち100%って感じ」
「このベッド……」クラウスが手袋でシーツをつまみあげながら、静かに言った。
「お嬢様、ダニの王国が築かれている可能性が否定できません」
「ダニの王国ね……これはもう、歴史あるレベルよ」杏奈がさらっと言い放つ。
「ダニは……血を吸うから嫌いッ!」ルミナが叫ぶように言うと、手を高く掲げた。
「ホーリーライトォ!!」
まばゆい光が部屋中に炸裂! ベッドの下から、うごめく影が一斉に浮き上がり──
「ウォォォォッ!!」
どこからともなく、うめき声が響いた。
「えっ!? い、いま……」
いろはが震えながらルミナに寄り添う。
「なんか、うめき声……聞こえたよ……?」
「気のせいです。私のお腹の音だと思ってくだされば」クラウスが冷静に断言する。
「いや、お腹の音、不気味すぎるでしょ……」いろはが眉をひそめた。
「お嬢様〜、持ってきました〜! 布と木材です〜!」
ミーナが材料を抱えて帰ってくる。
「ナイスミーナ! よし、フェリィ! 妄想タイム!」
「ふ、ふぇえっ!?」
フェリィが空中でくるくる回転しながら、目を閉じて妄想を始める。
「ふかふかのソファがいいです……あ、ひざ掛けつきで……本棚は壁一面に……ライトは暖色で……」
ルミナが杖を掲げながらいう。
「よし、それでいいわ!いっくよー!イミテーション・リアリティ!」
魔法陣が広がり魔法が発動。素材が光り、形を変え──北欧風のリビングが出現する。
「え、待って普通におしゃれじゃん」
「ここ住めるわよ」
フェリィがにこにこしながら、魔法衣装ボックスを披露する。
「これ、袋に入れたら勝手に服を畳んでくれる機能がついてますよっ!」
「えっ……それ、袋詰めの仕事も自動にできそう……? ……私の仕事なくなるじゃん!」
いろはが思わずつぶやいた。
「大丈夫よいろは!あなたの詰めた袋のシルエット美は、誰にも真似できないから!」と千尋がすかさずフォローした。
「な、何その褒め方……バカじゃないの……」
照れくさそうに口を尖らせるいろは。
「じゃあ次は……お風呂よ!」
ビシッと指を刺し、キメながらルミナが言う。
「すでに裏庭に湯殿スペースを整えてあります」
クラウスが準備済みの素材を差し出す。
「フェリィ、最後の妄想お願い!」
「え、えーと……旅館っぽいのがいいです! 石畳の床に、桶があって……魔法ランタンが壁にかかってて……あ、湯気はバラの香り……!」
「うん、それいいかんじ!」
いろはが思わず声をあげると、ルミナが杖を高く掲げた。
「イミテーション・リアリティ!」
声高らかに魔法を叫び、魔力が杖の先に集まっていく。
ルミナの魔法がきらめき、裏庭に湯気立つお風呂が出現した。
石畳の床に、木製の桶。湯気の立ち上る大きな湯船。
壁に飾られた簡素な魔法ランタンが、どこか旅館のような趣を添える。
「お風呂は、あったかさが命よね。魔法熱源と幻想水路で自動供給……」
ルミナが湯面を指差し、うっとりと笑う。湯の表面に、うっすらとバラの香りが漂っていた。
「……あったかいって、いいよね」
杏奈が小さく、でも確かに言った。
誰もが静かに、その言葉にうなずいた。
ルミナが振り返り、両手を腰に当て、ドヤ顔で叫ぶ。
「さぁ、これでバイトくんたちとの『おうち』は完成ねっ☆」
こうして──ボロ屋敷だった拠点が、彼女たちの『居場所』へと生まれ変わったのだった。