第38話:幻の果実と、打ち上げられし精霊使い
――南の島、バカンス2日目。
潮騒、ヤシの木、白い砂浜。澄んだ空の下、バーガー店の面々は――今日も結局、騒がしかった。
「えっ、リゾートに来てまで仕事ですか……?」
日傘をさしながら冷たいジュースを啜る成美いろはが、ジト目でつぶやく。
「“幻の果実”ってワードにロマンを感じないなんて……いろは、感性が干からびてるわよ」
メモ帳片手にやる気満々の千尋。瞳はキラキラ。
「筋トレがてら探してやるよ、その幻果実」
タンクトップ姿の辰人が、気合入りすぎな巨大リュックを背負ってにやり。
「……完全に探検部のノリなんだけど……」
いろはが肩を落とす。
こうして、幻の果実を求めて“ジャングル調査隊”が出発した。
「で、地図とかあるの?」
いろはが半信半疑で尋ねると――
「もちろん。昨夜、島の文献と航海日誌、あと地元の長老のお話を参考に、地形をマッピング済みよ」
千尋が得意げに広げたのは、魔法で色分けされた立体マップ。ちゃんと果実の生息圏まで記されている。
「完璧すぎるだろ……」
いろはがぽかんとしている横で、
「おい、もう行くぞ。筋トレ兼ねて行軍だ!」
辰人がリュックを背負ってノリノリ。
「えっ、誰も地図見てないんだけど!?」
「だいじょぶ! オレの筋肉センサーでなんとなく方角は感じる!」
「だから地図意味ないじゃないの!!」
汗を拭きながら道なき道を進み、枝葉をかき分け、蔦をくぐり、罠のようなぬかるみに足を取られ――
「きゃっ!? な、なにこの地面……ぬるぬるするぅ!」
「それは“癒し泥”ね。美容成分入りって書いてあったわ」
「ぬかりないな千尋……ていうか情報多っ!」
森の奥は湿度100%。聞こえるのは鳥の鳴き声と、いろはの愚痴。
やがて、一行は開けた空間にたどり着いた。
そこには――空中に浮かぶように咲いた、虹色の果実。透明な枝葉、宙を舞う蝶のような精霊たち。まるで夢の中の果樹園。
「……すご……まさか本当にあったなんて」
いろはが思わず見惚れる。
「ふふ、予想どおり」
千尋が地図と周囲を見比べて、満足げに微笑む。
そのとき、小さな鈴の音とともに、羽根つき妖精がふわりと降りてきた。
「ここは契約者さましか実を収穫できませんのです」
妖精はぺこりとお辞儀をするが――
「契約者……? 誰それ?」
いろはが眉をひそめた、その頃――
◇◇◇
海岸では――ルミナたちはのんびりモードだった。
太陽はさんさんと輝き、潮風はほんのり甘くて、まさに南国バカンス日和。
ルミナ、ナナ、杏奈、クラウス、隼人の五人は、ヤシの木陰でトロピカルジュースを片手に乾杯していた。
「はぁ〜……バカンス最高……」
ナナがビーチマットの上で大の字に寝転び、とろけるような声を漏らす。
「みなさま、日差しは強いが、紫外線防御魔法があるから安心してください」
クラウスがさりげなく日傘を広げ、ルミナの頭上に差しかける。
「ふふっ、気が利くじゃない、クラウス」
ルミナはサングラスをかけたまま微笑む。
「……ねえ、あれ」
ふとナナが、波打ち際を指差した。
白銀の髪に褐色の肌、白いビキニ姿の少女が砂浜に倒れている。
右手には――なぜか、ステーキナイフ。
「お、おい……大丈夫か……?」
隼人がすぐに駆け寄り、少女の肩を軽く揺らす。
少女は薄く目を開け、かすれた声で呟いた。
「私は……剣聖ステラ・マリーヌ……魔王との死闘の果てに……捕らえられ……アリを食べながら……生き延びて……この島へ……」
「……また変なの出たー!!」
杏奈が即ツッコミ。だがその直後――
「ステラお姉ちゃーん!」
島の少年が駆けてきて、元気に手を振った。
「また“流れ着いた剣聖ごっこ”してるー!」
「……え?」
全員が沈黙する。
ステラはムクリと起き上がり、何食わぬ顔でナイフをしまった。
「……ふぅ、なかなかリアルだったろう?」
「演技だったんかい!!」
杏奈のツッコミが炸裂した。
そのとき――砂浜が轟音とともに揺れた。
ドゴゴゴゴン!!
地下から突如現れたのは、チョココロネ型ドリルモービル!?
ビーチを派手に突き破りながら、先端のドリルがぎゅんぎゅんと回転する。
屋根がバシャッと開き、現れたのは――
「フィオナ・グランリリー姫、ここに参上!!」
真紅の水着にリボン付きパレオ。
ツン顔全開で仁王立ちするのは、隣国オルディア王国の第一王女。
その隣では、パンナ・ミルフィーユがのんびり手を振っていた。
「やっほー。今日もあっついねー」
アイスを片手にニコニコ微笑んでいた。
「ちょっとー! わたくしの治める島で、なにを勝手にリゾートしているのですの!?」
「フィオナ……これ、お土産」
隼人が、ポケットから取り出した貝殻ネックレスを差し出す。
フィオナは一瞬、目を瞬かせ――
「しょ、しょうがありませんわね……一緒にバカンスしてあげても、よろしくってよっ!」
「単純だなぁ」
杏奈がこっそり小声で突っ込む。
「ところでわたくし、カツ丼バーガーを所望しますの!」
「また腹ペコキャラ化してる……」
杏奈が冷めた目でつぶやいた。
隼人は苦笑しつつ、バカンス用の調理台へ向かう。
持参した特製フライ鍋とバンズ、冷却保存された南国食材が並ぶ。
その目は真剣。まるで厨房に立つプロの料理人のようだ。
まずは衣をまとった厚切りカツを、熱した油に投入。
ジュワッという快音とともに、香ばしい匂いがあたりに広がる。
「……揚がってきたな」
隼人が小さく呟く。
カツの表面が黄金色に染まりはじめた頃、彼は鍋に地元産の卵を割り入れ、丁寧に溶いたダシを注ぎ込む。
ふわふわに煮立てた卵とともに、サクサクのカツが鍋の中にすべり込んだ。
そこへ――
「これが、例の“幻の果実”のダレか」
透明な瓶に入った琥珀色のソースをひとさじ、慎重に加える。
すると、ほのかな甘みとスパイスの香りが混じり合い、まるで南国の夕暮れのような芳香が立ちのぼった。
「よし、いい感じ……」
手際よく鍋から引き上げたカツと卵を、半熟の黄身ごとそっと島バンズにのせていく。
ふかふかのパンに、甘辛ダレがじんわり染みこみ、断面はまるで芸術品のようだった。
「はい、できた。……特製カツ丼バーガー、南国Ver」
隼人が差し出したバーガーには、潮風と果実の香りがふんわりと漂っていた。
「いただきまーすっ!」
ルミナが誰よりも早くひょいと手を伸ばし、がぶりと大胆にかぶりついた。
「おいおいルミナ! まだ盛り付け確認も――」
隼人のツッコミが入る間もなく、ルミナの瞳がきらりと輝く。
「んんっ……これ……すごい……カツがふわとろで……あ、果実のタレがとろけて……もう最高っ!」
もぐもぐしながら幸せそうに小躍りする。
「やっと、いただけますわね……」
フィオナがふわりと髪を揺らし、バーガーを手に取る。
「隼人、ありがと……。その、今日は、あなたが作ってくれたから――」
がぶっ。
「……うん、美味しいですわっ! とっても……!
これは、隼人が作ったからこその味かしら? ふふ、特別って感じ……」
照れくさそうに言いながらも、しっかり口元に甘辛ダレが付いている。
「姫、口元……」
クラウスがそっと差し出したハンカチには気づかず、ふた口目に突入していた。
「ふむ……昔な……」
ステラがバーガーを見つめて呟く。
「剣聖の美女は、バーガーをたくさん食べることで、秘技“多段斬り”を会得したという噂を聞いたことがあってだな……」
「それ、絶対ウソでしょ」
杏奈が冷ややかに返す。
しかし当のステラは真顔のまま、バーガーをがぶっ。
「……うむ。これは深い。果実の酸味が剣閃、卵のとろみが防御の構え……。もうひとつ、おかわりを所望しよう」
完全に言い訳がましいが、堂々とした口ぶりだった。
「それ、ただいっぱい食べたいだけじゃ……?」
ナナが小声で呟く。
ナナもそっとバーガーを手に取り、ひと口食べて目を丸くする。
「えっ、やだ……なにこれ……美味しすぎて泣きそうなんだけど……」
思わず笑顔がこぼれた。
「……また、名作が生まれてしまいましたな……」
クラウスが静かに感嘆の声を漏らす。
「隼人くん、君はほんとうに……バーガー界のヘッドショット職人とでも言いますか……」
「クラウスさん……FPSみたいな例えでどうした……」
隼人が苦笑する横で――
「おかわり、あと三個ねーっ!」
ルミナとフィオナとステラが仲良く手を上げていた。
そのとき――
ルミナの魔導通信が、ぴこーんと軽快な音を立てた。
《ルミナ? ステラさんって人、知らない? 幻の果実と契約してるらしくて……》
「お姉さんなら、ここにいるよ〜」
ナナが持っていた果実かごから、ぷるんと光る果実の精霊がひょっこりと顔を出す。
「……ステラ様。果樹園との契約、許可なさいますか?」
「やはり、私が契約者だったか……」
ステラが腕を組み、海風を受けながら夕陽を背に仁王立ちする。
「って、さっきまで“剣聖”って言ってたよね!?」
杏奈のツッコミが速攻で飛ぶ。
「よし、バーガー店と正式に契約を結ぼう」
ステラが手を合わせると、果実の精霊たちがキラキラと光の粒になって舞い上がり、彼女の身体をふんわりと包み込んだ。
「契約、完了。幻の果実、調理および加工の権限を発令」
「よっしゃあああああああ!!!」
千尋たちの歓喜が、魔導通信越しにどっと響いた。
ナナがぽつりと尋ねる。
「……ステラさん。結局あなた、何者なの?」
ステラは空を仰ぎ、少し目を細めながら答える。
「かつて世界を旅し、果実と語らい、剣を振るった者……。だが今は――腹が減って彷徨う、ただの“果実のお姉さん”とでもいったところか」
「“果実のお姉さん”って何よ!!」
杏奈の鋭いツッコミが炸裂し、全員がずっこける。
ステラはふとルミナのほうを向き、真顔で言った。
「この島にはな、美味しいものを食べさせ、私を連れ出してくれる者が現れる……そんな伝説があるのだ。ということで、私も一緒に行こうと思う」
「ステラさん、ここはただのリゾート地ですわ」
フィオナがサラッと即否定。
「まぁ……美味しいもののために生きるって、悪くないじゃない?」
ルミナが穏やかに微笑む。
「……また妙なのが増えましたわね」
クラウスが頭を押さえてため息をついた。
「はいっ、オッケー! ようこそ、ステラさん!」
ルミナがにっこりと歓迎の笑みを浮かべる。
「最高の日ですわね〜」
フィオナがご機嫌でドリンクをすする。
そしてルミナが空を見上げ、声を上げる。
「よーし、南国ラストデイ! みんなで楽しむよーっ!」
ルミナの声が、青く広がる空に吸い込まれていく。
その場にいた誰もが、思わず笑顔になった。
潮風がふわりと吹き抜け、果実の甘い香りが鼻をくすぐる。
砂浜の向こうでは、波が穏やかに寄せては返し、
どこまでも続く水平線が、今日という一日の美しさを静かに映していた。
ステラは腰に手を当て、空を見上げる。
フィオナは芝生に寝転びながら、のんびり空に浮かぶ雲を追っていた。
ナナと杏奈が果実の皮むき競争を始め、クラウスはそれを横目に日傘を広げる。
隼人は、次のメニューの構想を考えながら、火の加減をチェックしていた。
特別な冒険や大事件があったわけじゃない。
けれど、心に残る、宝物のような一日。
そんな時間が、たしかにここにはあった。
──そして、また一つ、新しい仲間が加わった。
それだけで、明日はもっと面白くなる気がする。
そう、異世界の空の下。
今日もバーガーの香りと笑顔があふれている──。
【南国リゾート編 完】




